おわりに

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(厳しい景気情勢と経済対策)

1997年度当初からの消費税率引き上げや駆け込み需要の反動減に伴う景気の減速は,当初は短期的なものにとどまると考えられていた。しかし,秋以降複数の金融機関破たん等による金融システム不安の高まりやアジア経済・通貨危機などによる不安心理によって悪化し,98年に入ってからも景気は停滞を続け,厳しさを増している。97年秋に消費者心理が冷え込んで生じた家計需要の落ち込み,および企業の景況感の悪化や金融機関の貸出態度慎重化によって弱含んだ設備投資の影響は,徐々に経済の諸方面に及び,投資や雇用も厳しい状況となっている。国際的にみても,日本の景気減速がアジアの混乱の原因とは言えないが,内外需の拡大を通じた日本の景気回復は,アジア製品の輸入拡大にも資するものである。

これに対して,97年度秋から98年度にかけて,財政面から有効需要を拡大する措置,金融システム安定化のための措置,日本経済の足腰を強め活力を回復させる措置,等がとられた。年度末にかけての金融システムの問題はとりあえず乗り切り,またアジアの為替・経済の動揺は一応治まりつつある。こうして家計の景況感や消費需要には97年末の大幅な落ち込みからは回復する動きがみられるが,他方で雇用が非常に悪化した影響が家計の所得や心理にもマイナス影響を及ぼしている。企業にとっても,在庫調整が長びき,全体として減収減益となって,投資活動などが総じて消極化している。

4月の「総合経済対策」は経済の先行き不透明感を払拭し,景気を回復に転じさせるための,過去最大規模の思い切ったものである。

財政面からの需要刺激策は92年度から95年度にかけてとられ,景気の下支え役を果たしたが,結局現在,民間需要中心の自律的景気回復は実現していない。それ自身の需要効果は間違いなく出て成長率を引き上げるのだが,バブル後遺症により民間部門が財務面で問題を抱えたり先行き不透明感に悩まされたりしている中では,公的需要増の効果が民間投資の低迷によって相殺されてしまう他,97年に入ってからの消費税率引上げ,金融システム不安,アジア通貨・経済危機等が自律的景気回復を妨げた可能性がある。

今回の「総合経済対策」は,社会資本形成や特別減税による需要追加策とともに,昨年秋以来とられた規制緩和等の経済構造改革,法人税・有価証券取引税・土地関係税制の減税,金融システム改革,金融システム安定化策などとあいまって効果を発揮すると考える。有効需要の拡大とともに,企業の競争力を強化し事業機会を拡大し,金融システムの安定性を確保することなどで,民間部門の積極的行動を促すための措置が,いわば車の両輪となって効いてくることを期待したい。

(景気減速と90年代の低成長)

昨年の経済白書では,景気は「民間需要主導の自律的回復過程への移行を終えつつある」としていた。93年10月に景気回復過程に入った日本経済は,当初は回復というよりは底ばいに近い状態が続き,95年の円の急上昇や大震災で足踏み状態になるなど,低水準の成長を続けた。しかし96年後半には民間需要が盛り上がって回復が本格化し,景気回復期に本来見られるべき生産・所得・需要の好循環のメカニズムが動き出していた。90年代に入って長らく財政面からの景気刺激策で下支えされてきた日本経済が,民間需要主導型の自律的回復過程へと移行しようとしていたのである。

97年度に入ってからの消費税率引き上げによる駆け込み需要の反動減とともに,消費税率引き上げ,特別減税の終了及び医療保険制度の改革等による実質可処分所得の減少が,97年度の個人消費に,短期的には,ある程度の影響を与えることは予想されていた。97年度政府経済見通しは,「消費税率引上げの影響等により,年度前半は景気の足取りは緩やかとなる」としていた。現実には97年4月の消費税率引き上げを前にした駆け込み需要とその反動減は政府の予想を上回る大きさとなったが,日本経済は97年度当初の落ち込みから,夏には緩やかに再び回復への道をたどりはじめていた。

しかし,97年秋口に至って景気は減速に向かう。株価の下落,企業の倒産,さらに複数の金融機関破たん等による金融システム不安の高まりによって,家計や企業の景況感は大幅に悪化,消費や投資行動に急ブレーキがかかった。景気の悪化は金融機関による貸出態度の慎重化を招いた。アジア経済・通貨危機も不安心理を増幅し,実体的にも輸出の鈍化を招いた。こうした実体経済面,心理面などの各種要因が重なる形で,景気は停滞を続けている。

今回の景気減速を含め,バブル崩壊による不況以降日本経済は総じて低成長を続けており,為替レート変動,金融システム不安などにより,何回かの短期的調整を余儀なくされた。こうした状況を克服するために累次の経済対策がとられたが,結果的に低成長からは脱却できず,景気は停滞状態となった。

(低成長から脱却するためのマクロ経済政策と構造改革)

こうした90年代の低成長と最近の景気停滞から脱却するには,様々な将来への不確実性を克服し,揺らいでいる家計や企業の先行きへの信頼感を立て直すことが必要条件である。

また,現代は企業や資本が自由に国を選ぶ時代である。個人にとってと同様,資本にとっても居心地のよい経済を作っていかないと,その経済は発展のための原動力を失って停滞し,「空洞化」と呼ばれるような状況にも陥りかねない。企業にとっても,個人にとっても,資本にとっても魅力的な経済をつくっていくことが,経済の持続的な発展をも可能にするのである。

こうした観点から,次のような分野での積極的対応が不可欠である。

その第一は,言うまでもなく当面の景気の先行きへの不透明性の克服である。昨年来,家計や企業の景況感が悪化した。そこで,社会資本整備と減税による過去最大規模の内需拡大策を講じ,国内需要を喚起しようとしている。これにより,経済の先行き不透明感を払拭し,景気を回復に転じさせることができると考えている。停滞してきた生産活動が上向き,雇用情勢も回復に向かえば,家計や企業も回復感を実感することができよう。

第二は日本経済の長期的な成長性を高めるための構造改革である。企業のみる予想成長率は,短期のみならず今後数年間の中期見通しについても低下を続けている。その背景には90年代に入っての設備投資の減少や生産性の伸びの鈍化による生産能力の減速があるが,期待成長率の低下が積極的投資行動を手控えさせ,現実の成長可能性をさらに下げるように働いた可能性がある。

経済の供給サイドを強化し,長期的な成長可能性を高めるための構造改革が行われなければならない。情報通信分野をはじめ広範な規制撤廃・緩和,公正・透明で国民や企業の意欲が引き出せるような所得課税・法人課税の検討,科学技術の振興,ベンチャー企業育成や中小企業のための対策などによって,民間部門の積極的行動を促すことが必要である。現在とられている需要拡大策は,こうした構造改革と同時並行的に実施されているが,両者があいまってはじめて,短期的な需要喚起効果による景気の上向きが,民間需要中心の持続的な回復プロセスにつながっていくことができる。

第三はバブル後遺症の影響の克服のための不良債権問題解決である。主として建設業や不動産業をはじめとする企業や金融機関は本来生産的投資に回るべき資金を財務の建て直しにつぎ込まざるをえず,金融仲介チャネルはリスクマネー供給に躊躇し,また不動産市場は停滞して不動産の有効活用が阻害されている。とくに経済の循環器系ともいうべき金融システムの機能を十分に回復させなければならない。不良債権問題は昨年秋の複数の金融機関破たんの要因の一つとして挙げられるだろう。また,金融機関の財務改善と収益性向上の要請から,金融機関の貸し出し態度の慎重化がみられる。

複数の金融機関の破たんが生じた97年末以降の金融システムの不安定化に対し,金融安定化二法が整備され,また,金融機関の貸出態度慎重化に対しては,民間金融機関の融資対応力を強化するための措置や政府系金融機関等を活用した資金供給の円滑化などが講ぜられた。日銀も潤沢な流動性供給を行ったこともあり,金融システムの安定性は確保された。今後はいよいよ不良債権問題・不良資産問題そのものの解決と金融システム改革の円滑な推進に向けて,根本治療がなされなければならない。現在,不良債権の背後にある担保不動産の処理のための,土地・債権の流動化と土地の有効利用のための政策が具体化されつつある。金融機関や不良資産を抱える企業は一日も早くこうした枠組みを活用してバランスシートの改善と自らのリストラクチャリングを行うよう期待したい。

第四は今後の産業・就業構造変化の方向性に対する不確実性の克服と日本的経済システムの自己改革である。日本的システムは,雇用慣行であれ企業間の取引関係であれメインバンク関係であれ,長期安定的契約関係を特徴とする。モノ作り的な分野では,雇用者への企業内訓練(OJT),部品供給企業への技術移転などにより,メリットを発揮してきており,そうした利点は存続すると考えられる。一方,情報,ソフトウェア,ネットワークなどの分野では,自由な発想と高度の専門性が要求され,競争力の源泉となるのは最適な資源を組み合わせていく柔軟性である。新しい分野であるため,先行きへの不透明感は払拭できない面がある。

産業・就業構造変化が雇用機会を奪うネガティブな要因としてでなく,新たな飛躍のためのチャンスをもたらす福音と受け取られるようにならなければならない。そのためには,規制緩和等の構造改革によってビジネス機会を広げ,ベンチャー企業など成長性のある分野の発展を可能ならしめることによって雇用とビジネス創出の場を確保し,新規企業や新規事業に多様な資金供給チャネルを通じて資金が流れるようにする必要がある。また,産業構造が変化する中で新たに成長する産業に労働力が円滑に移動できるよう,労働市場の需給調整機能を強化するとともに職業能力開発を推進する必要がある。

企業経営自身も,ROA(総資産利益率),ROE(株主資本利益率)を高めるような,効率的かつ透明性の高い経営システムを作り上げていかなければならない。

これに関連して第五は,我が国金融システムの改革である。従来我が国の金融システムは,リスク回避型の間接金融中心のシステムであった。本源的な資金供給者である家計部門はリスク回避的に資産選択を行い,資金調達者である企業もメインバンク中心に間接金融機関に依存してきた。また金融仲介機関は不動産や株式などの物的担保融資を重視しており,結果的に企業や事業の将来性などを評価する能力の向上にはマイナスとなっていた可能性がある。

今後,我が国金融システムが,リスクをとりながら成長性の高い分野に必要な資金を供給していくためには,これまでのようなリスク回避型の間接金融中心の単線的な金融仲介では不十分である。直接金融と間接金融の有機的な組み合わせによって多様な資金が多様なチャンネルを通じて円滑に供給されうるシステムが不可欠になる。このためにも金融システムの改革(日本版ビックバン)を成功させなければならない。すなわち,投資家がそれぞれのニーズに応じて適切なリスクとリターンの組み合わせを選べるよう,また企業が各種の資金供給チャネルを選択できるよう,効率的かつ公正な金融・資本市場をつくっていくこと,その前提として情報が十分開示された透明なシステムとすることが,今後の日本経済の発展にとってカギとなる。

第六は長期的な経済社会変化に対する不透明感,特に高齢社会での社会保障制度の安定性や将来の財政収支を確保するための制度改革である。

少子高齢社会に向けての社会システムの準備が急がれなければならない。給付と負担の適正化等の公的年金改革により将来の制度の安定性,信頼性を確保し,医療・介護についても高齢化に伴う需要増加に備えて一層の効率化と負担の適正化を進める必要がある。また,不透明感を払拭するためには,その結果としての将来の給付・負担やその前提となる生産性,高齢者就業などに関するシナリオが開示されなければならない。また,財政バランスの悪化は将来に向けての負担増の懸念をもたらし,そのことを国民も強く認識するようになってきた。欧米諸国の経験を踏まえ,着実に財政構造改革を進めていかなければならない。昨年11月に成立した「財政構造改革法」により明確な目標を設定しておくことは将来の不確実性を払拭する上で不可欠であり,財政構造改革の重要性はいささかも揺らぐものではない。「経済活動の著しい停滞」が国民生活等に及ぼす重大な影響に対処するための施策の実施に重大な支障が生ずる場合には,特例公債の発行枠が弾力化されるように修正されたが,今後とも,財政構造改革法に従って,財政赤字を着実に削減していくことが必要である。

(停滞から新たな飛躍への転換)

このように,将来に向けての様々な不確実性を克服するため,政府は「6大改革」をはじめ広範な政策展開をしようとしている。しかし市場経済の主役は言うまでもなく民間部門である。民間部門がいたずらに悲観論に身を委ねることなく,自らの展望を明確にし,積極的に事業機会,就業機会を活用するようになってはじめて,持続的な景気回復と新たな経済発展への道が開ける。

戦後の日本経済の発展の主役は,リスクをおそれず困難な状況下で事業機会を開拓してきた企業家,経営者と労働者であった。しかし今,我が国経済全体として,チャンスに挑戦しようというより,むしろ危険を回避し現状維持を指向しているように見える。これには,企業システムや制度・規制などが,失敗したときの有形無形のペナルティの割りには,成功したときの報酬が乏しいという意味で,リスクを冒すことのインセンティブを十分提供しなくなっていることが背景にあるのではないか。この点は日本的システムの「制度疲労」の一つの重要な要因となっていると考えられる。

しかしながら,こうした停滞的状況がすべてではない。例えば,景気の停滞した1997年度でも過去最高益を記録した企業は数多く存在した。このことは,様々な自己変革とリスクテイクによって高い業績を上げている企業や個人は少なくないということである。日本経済を回復させ新たな発展に導く原動力は,決して失われていないのである。

既に述べたように,バブル崩壊後の現在の不確実性はさまざまであるが,一言でいえば,従来は成功を収め,当然の前提と考えられてきた経済や産業を取り巻く諸条件,枠組みが,大幅,かつ場合によっては突然に崩れ,しかも今後の新たな枠組みが見えてこないことが,こうした不確実性をもたらしているといえよう。一つは,企業内,企業間の旧来の日本的システムが立ち行かなくなったが,それに代わる新たなシステムが読めないことである。二つは,アジア太平洋経済が世界の成長センターであり続けると考えていたところ,予想外の調整を余儀なくされ,グローバル経済の中での位置づけが見失われたことである。三つは,日本および世界の需要の伸びる分野の中心が,日本産業が得意とし頂点を極めてきたチームワーク的手法によるモノ作り技術の分野から,自由な個々人のひらめきや独創性に支えられる情報やソフトウェアなどの技術の分野に移ってきているが,そうした分野で日本経済が比較優位を持ちうるのかどうか確信が持てないことである。四つは,安定性が高く世界的にも強力な存在と考えられてきた日本の金融システムが,一時期機能不全に陥ったほどの困難に直面していることである。

こうした不確実性は,第一次石油危機後の不況時に似ている。安くて豊富なエネルギー,世界経済の持続的発展などを当然の前提として発展してきた日本経済にとって,ある日急にその前提条件が崩れ去ったのである。戦後初の経験でゼロ成長論をはじめ悲観論がただよったが,現実には政府が経済・物価の安定化策を全力でとる中で,企業は血の出るような産業調整を行いながら省資源・省エネルギーかつ環境負荷の少ない製品を,そして産業構造を民間主導で作り上げていき,その後の成長と企業の強力な競争力の基礎を作ったのである。

現在も戦後初の大型金融機関破たんなどもあり,悲観論がただよっているが,従来のやり方が立ち行かなくなったことが広く認識されて初めて,変革が進むという面もある。米英でも70年代にスタグフレーションの進行する中,政府,国民が一体となって改革を進めたことが,その後の繁栄をもたらした。我が国でも,現にリストラクチャリングを重ねながら業績を伸ばし飛躍を期している企業も少なくない。後から振り返ってみれば,この90年代に,日本経済の変革と21世紀に向けての飛躍の準備が進んでいたということになるよう,政府の構造改革推進と民間部門の積極的行動が期待される。

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