第5節 不動産の流動化
不動産市場の現状をみると,不動産の有効な利用が十分行われず,国民経済的に損失になっているとともに,景気回復にも足かせになっている。また,土地流動化が進まないことによる金融機関のバランスシート改善への制約,それによる金融システムへの影響が現れている。
地価が下がることは,資産効果や金融機関の不良債権問題を通じた景気へのマイナス効果はあるが,新規開業や業務拡大を目指す企業にとってはコスト低下となり,新たな生産的投資という意味ではプラス材料となるはずである。しかし地価がどこまで下がるか予測できない状況ではそのメリットが表れない。現在地価は全体として下落傾向が続く中で,下落率にバラツキがみられ,地価の二極化がみられるようになっており,利用価値の高い優良物件では相応の評価がなされつつあるという意味で不動産市場が機能を回復しはじめているとは言える。しかし現実には権利関係の整理などに時間とコストがかかり,不動産の流動化は十分には進んでいない。
97年秋から98年の総合経済対策にかけて,一連の土地流動化のための土地利用規制緩和,不動産の証券化促進のための措置,税制面の措置などが決定されている。これら措置が不動産市場を活性化することが期待される。
(不動産市場の現状)
不動産市場の現状をみると,価格の低迷や取引の不活発もさることながら,結果として不動産の有効な利用が十分行われず,国民経済的に損失になっているとともに,景気回復にも足かせになっている。また,第3章第3節にみたように,土地流動化が進まないことによる金融機関のバランスシート改善への制約,それによる金融システムへの影響が現れている。
不動産市場の現状について,最近の動向を見よう。
第一は不動産の有用性である。バブル崩壊後しばらくは地価はその有用性とは無関係に一斉に下落を続けた。しかし最近は地価の二極化が指摘される。そこで東京都内の地価をみると,全体としては下落傾向に変わりはないが,ここ数年で地価の下落率にばらつきがみられ,1m2あたりの公示価格別の地価動向をみると,次第に1m2あたりの公示価格が高い土地ほど下落率が小さくなっている(第3-5-1図)。このことは利用価値のある優良な土地については相応の評価がなされつつあることを示唆している。こうして不動産の利用価値が価格に反映されるようになってきたことは,不動産市場の機能が多少とも回復してきたことを示している。
不動産投資の収益性には回復がみられる。不動産のキャピタルゲインとインカムゲインを加えた収益率の推移をみると,バブル期には地価のキャピタルゲインが大きく,超過収益率(キャピタルゲイン+インカムゲイン―長期プライムレート)は急激に高まったが,バブル崩壊とともに急落した(第3-5-2図)。しかし,最近では,地価下落幅の下げ止まりや長期金利の低下もあって,収益率は下げ止まっている。また,インカムゲインだけをみると,長期プライムレートを上回っている。
第二は不動産の非規格化商品としての特性である。土地は,形状,立地条件等物件ごとの特性が大きく,このため市場参加者には,将来売りたいときに売れないという意味での流動性リスクが存在し,取引価格や売買相手等に関する情報収集のコストは高い。
土地取引が活発化し流動性が高まると流動性リスクが低下し,取引の促進につながると考えられる。商品としての特性に差異はあるものの土地と株式で取引量と価格の相関係数を比較すると,相対的に地価の方が取引件数の影響を受けやすいとの結果となっている(注1)。これは,不動産の現物取引が,有価証券取引に比して,単位当たりの情報収集コストが高く取引量に対し逓減することが一因となっているためと考えられる。
もっとも,土地においては,単純に価格や取引件数についてその高低や多寡の議論のみを行うのではなく,あくまでも土地利用との関係でその実態を把握し,有効利用を促進していくことが重要である。
第三は金融機関の不動産担保貸出との関係である。貸出と地価との関係をグレンジャーの定義した因果関係(先行・遅行関係)でみると,バブル期を含むか否かを問わず,「地価→貸出」の関係は認められる,との結果となった(注2)。土地は法人にとって生産設備であると同時に借入の担保としても重要な機能を果たしており,これまで銀行の貸出において,土地が担保として重要な位置を占めてきた。近年,長期にわたり地価が下落し続け,金融機関の貸出の伸び率が鈍化している。今後は,銀行の不動産担保貸出偏重の審査体制の見直しが必要となる。
第四に土地税制である。保有税負担の程度を,土地資産の時価総額に対する実効税率でみると,90~91年をボトムに上昇に転じている。( 第3-5-3図)。
この間,土地税制については,種々の見直しを講じてきており,10年度改正においては,長期にわたる地価の下落,土地取引の状況等の土地を巡る状況や厳しい経済情勢に鑑み,臨時緊急的な措置として,地価税の課税の停止,法人・個人の土地譲渡益の課税の緩和等の措置が講じられ,また,投機的取引の抑制等に主眼を置いた法人の超短期所有土地の追加課税制度や新規取得土地等に係る負債利子の課税の特例等が廃止された。
(競売の制度面での問題)
前述のように,優良地については,地価の下落率が回復ないし上昇に転じているが,その他の不整形地等は下落を続けている。また,不良資産には,多くの場合,複数の担保権が設定されており,通常の回収は困難な場合が多い。こうした土地の整理促進のためには,競売手続きがより一層スムーズに進むようにする必要がある。
競売については,競売は融資の内容がすべて公にされてしまうので,金融機関はこれを嫌がり,また不動産がいずれ値上がりすると考えていたこともあり競売を避けていた。しかし上昇に転ずると期待していた地価は一向に上昇せず,資金回収のために競売の申し立てがわずかながらではあるが増加傾向にある。しかし,不動産市場の低迷を反映して売却率が低下する一方,新受件数が高い水準で推移していることから,未だ競落されずに残っている未済件数は増加傾向にある(注3)。こうしたことも,不良債権問題の解決を遅らせている遠因になっていると考えられる。したがって,情報開示促進を通じて競売不動産を購入しやすくするための環境を整備するとともに,競売手続きの見直しによりその迅速・円滑化を図る必要がある(注4)。
(不動産関係の諸施策)
不動産の有効利用や不動産市場の活性化のために現在様々な方策が検討されているが,そのうち①容積率引上げによる土地高度利用の可能性,②定期借地権の効果,③不動産の証券化について詳しくみる。
①容積率引き上げによる土地高度利用の可能性
旧市街地には1963年の容積地区制導入以前に建てられたものがかなりあり,現在の指定容積率に対して既存不適格,つまりすでに指定容積率を超えてしまっているものがある。97年秋の経済対策で,これらの更新に当たり,高度利用地区について空地確保を必須の要件としない容積率割増基準を新たに設定すること等の措置を講ずることとなった。これにより建物の更新が促進されよう。
また,社会資本整備が不十分なため実際に使われている容積率が少ない場合もある。東京都の例で,道路率と容積率の充足率の関係をみると,道路率が高い区ほど概算容積率が高くなっており,このことは社会資本整備が不十分なため実際に使われている容積率が少ない面があることを示している(第3-5-4図)。
②定期借地権の効果
定期借地権(注5)は1992年に施行された借地借家法によって導入された新たな借地制度である。これはひとたび設定されれば更新を重ねることによって半永久的に借地権者の土地の利用を保証する従来の借地権とは異なり,終了を前提とした時間的に有限な借地制度であり,土地の有効利用に向けて土地所有者の参加しやすい手法として期待されている。
購入サイドにとっても土地を返却する時の残余資産価格で比較しても必ずしもどちらかが有利になる訳ではない。例えば,一定の前提をおいて50年後の残余資産を比べてみると,金利,地価の前提を過去10年の平均とすると定期借地権付きの住宅の方が有利となり,過去20年の平均とすると土地所有権付き住宅の方が有利となる。このように,設定条件次第では土地所有権付き住宅と定期借地権付き住宅のいずれか一方が必ず有利になる訳ではない(第3-5-5図)。すなわち,住宅購入者からみれば選択の幅が広がったことを意味している(注6)。
③不動産の証券化
日本の不動産市場は小口化や証券化への対応が遅れており,事実上現物取引の市場のみとなっている。このため,取引単位は大きくなり購入者は限定される。その結果市場が低迷すると物件の流動性が極端に低下することになる。また,家計からみると,約1,200兆円といわれる金融資産の運用はリスクの小さい預貯金が中心であるが,自らがリスクをとって運用を考えるとすれば,不動産市場は国民の資産運用の投資の対象として注目されうる。
証券化により家計は金融資産として不動産を有するのと同じ効果を持つ。これによる家計の資産運用の枠がどのように変化するかをみると,不動産の証券化商品をポートフォリオに加えることで,同じリスクで実現可能な最大の収益率の集合である有効フロンティア(注7)は上方に拡大する(第3-5-6図)。
不動産の証券化に関し,SPC(特定目的会社)を活用する制度が創設された。SPCは金融機関等から購入した不動産の資産を担保にして有価証券を発行し,小口化して投資家を募集する。集めた資金でさらに金融機関から資産を購入し,資産の管理・運営によって獲得した収益を証券の配当等で投資家に還元する。金融機関にとっては,塩付けになっている不動産の売却が容易になり,土地の売買が活発になって不良債権額そのものを減らすことができると期待されている(注8)。