第3節 金融システムの安定化とバランスシートの改善
銀行部門全体の不良債権額は,公表されていた計数をみる限り一応マクロでは減少していた。しかし常に,金融機関が不良債権額等を正しく情報開示していないのではないかと疑うものもあり,不良債権の規模についての不信感があった。こうした不信感や不良債権処理の見通しがはっきりしないことが,金融システムの安定性に対する不確実性を高めている。
各金融機関のバランスシートには,間接償却によりいわば帳簿上の処理を行ったものの,担保保全分の回収に至っていないかなりの額の不良債権が残存している。現実にキャッシュフローを回復し資産を再稼働させる段階に進むためには,担保不動産の売買や有効利用が促進される必要があり,不動産市場の改善・活性化が重要である。
(金融機関に対する市場の評価)
これまで,金融システムを維持するための参入,業務分野,新商品等での競争制限的な金融行政や金融機関各社の横並び体質により,個別金融機関の評価において市場メカニズムが十分に働いていたとは言えない。
しかしビッグバン構想発表後,こうした状況に変化が生じつつあり,金融関連二法の成立により預金の全額保護の徹底が図られることとなったことは,市場からの秩序だった金融機関の退出の仕組みが整いつつあるという面もあり,競争条件の整備の一環との評価が可能である。
変動係数でみた銀行株価のばらつきは,ビッグバン構想を打ち出した96年11月を境に大きくなっている(第3-3-1図)。これは,ビッグバンで「市場原理が働く自由な市場」が標榜され,それまでの金融機関行政からの転換と市場で受け取られたことを示していると考えることができる。
(金融システム不安定化のリスク)
しかし金融システム全体としてみた場合,金融機関が経営破たんする可能性が認識されることにより,一部の金融機関の経営破たんが他に波及する危険性が高まっており,金融システムに対する見方も厳しくなっている。事実,97年9月から本年3月までの金融機関からの預金の増減率と,自己資本比率との関係をみると,両者には明瞭な関係は窺われない(注1)(第3-3-2図)。金融システムが不安定化するような状況においては,一部の金融機関の破たんが経営状態のそれほど悪化していない銀行からの預金流出に繋がる可能性は否定できないことから,金融機関の経営の健全化を高めるとともに,金融機関の情報開示や預金者保護等を図っていく必要がある。
(金融機関に対する市場の評価が強まったことのインプリケーション)
ビッグバン構想で市場が金融機関に対しこれまで以上に厳しい評価をするようになった。昨年末に複数の金融機関の経営破たんが生じたが,これらのほとんどは不良債権処理の後れ等により市場における信認が低下したことから,株価が低下し,市場からの資金調達が困難となったことが,経営破たんの一因となったものである。すなわち,市場における評価の低下が経営破たんにつながった面もある。このように,従来以上に不良債権問題への取組みが市場において厳しく評価されるようになっており,多くの金融機関での対応がこれまで以上に強化されている。また,中長期的にも日本版ビッグバンを控え,欧米諸国の銀行との競争激化にあたり,収益性や健全性の向上のため資本の効率化,資産内容の見直しが進んでいる。こうしたことが,貸出態度の慎重さが続いていることにつながっていると考えられる。
(情報開示の重要性)
わが国の企業が投資家に提供している情報の「量」はアメリカ等と比較しても少ないものではない。にもかかわらず,我が国のディスクロージャーに対しては,充分ではないとの評価が強い。問題は,会計情報と企業実態とにかい離があるのではないかという疑問がある点である。
ディスクロージャーが十分でない場合,投資家は開示された情報を悪く解釈する結果,株価や債券は下落し,調達コストは上昇する(すなわち,"No news is bad news."の状態)。開示された会計情報が企業実態とかい離していると考えた場合,投資家は自分が不十分な情報しか得ていないと認識した程度に応じて,その企業に投資することについてより大きなリスクを認識することになる。投資家が認識するリスクが大きくなれば,要求するリスクプレミアムも大きくなり,企業からみれば資本コストが増大する。資本コストの増大は投資水準,ひいては経済活動を低下させることになる。
また,我が国企業の資金調達に占める銀行借入の割合は高い。この場合,銀行自身の資産内容等の企業実態と開示情報にかい離がある可能性があると,銀行部門全体の資金調達コストを押し上げることになる。例えば,ジャパンプレミアム(注2 )は邦銀というだけで資産内容により差はあるものの資金調達に際してプレミアムを支払わなければならない状態である。このとき,借入企業の企業実態と開示情報のかい離の可能性とともに,経済全体でみた資本コストを二重に増大させている可能性がある。
特に金融機関の情報開示については,ネガティブな情報,例えば,不良債権額の開示の範囲を拡大することで,取付け的な預金の流出や貸出の抑制につながる等の悪影響が懸念されることがあるなど,情報開示の範囲については,様々な議論がある。なお,預金者保護が徹底されたことなどにより,金融機関の選別を促す情報開示も進めやすくなった面もある。
(金融システム不安による金融仲介コストの上昇)
金融機関の破たんによる金融システム不安が,金融仲介コストを高め,それが実体経済に影響を及ぼしていると考えられる。しかし,金融仲介コストは直接観察できない。例えば,貸出先が信用度の高い先に限定されたり,また,金融機関側の調達コストが低下したりすると,結果的に金利は低下することになり,貸出金利が上昇していないことを以って金融仲介コストが上昇していないということはできない。そこで,近似的には安全資産である国債と社債(例えばA格付の社債)の利回りの格差で金融仲介コストの動きをみることができる。
国債と社債の利回り格差は,①金融機関が,自らの流動性を確保するため資産サイドにおいて貸出でなく国債のウエイトを引き上げようとする,②企業サイドでいざという時に金融機関のサポートが受けられず倒産する確率が高まる,③借入から社債発行へ資金調達ルートが移行している,というように金融仲介機能に変化が生じていることを反映していると考えられる。
国債とA格付け債の利回り格差をみると,昨年末の金融システム不安から格差は拡大しており,金融仲介コストが拡大していることが窺える(第3-3-3図)。
(健全な企業への影響)
平均でみた貸出金利は極めて低い水準で推移している。しかし,金利減免を行なっている支援先や破たん先の処理は途上にあり,金融機関がバブル精算を余儀なくされていることの影響が健全な企業にも及んでいる可能性がある。不良債権による利息収入減収やジャパンプレミアム等による銀行の調達コスト上昇は,金融機関収益の減収につながりうるものであるが,一部は健全な借入先に対する貸出金利が十分に低下しないことを通じて,広く浅く影響が及んでいる可能性がある。
(金融機関のバランスシート改善)
公表されている不良債権額,すなわち全国銀行統一開示基準に基づき金融機関が公表している破たん先・延滞債権と金利減免等債権の合計額は,全体では一応減少傾向にある(注3)。また,公表されていた不良債権額から担保でカバーされている分や債権償却特別勘定残高を除いた要処理見込み額は,有価証券含み益の範囲内となっており,金融機関の不良債権処理は表面上は進展しているように窺われていた(第3-3-4図)。しかし,昨年後半には金融機関の破たんが相次ぎ,金融システム自体に対する不安感が高まり,このことが景気回復を妨げた大きな要因となった。不良債権の定義については様々な議論があるが定義によってその金額は大きく異なる。例えば,98年3月期決算では,新基準に基づく「リスク管理債権額」(旧基準の破たん先,延滞債権に3ヶ月以上延滞,貸出条件緩和債権を加えたもので,アメリカのSEC基準にほぼ相当)によると,主要行19行(都銀・長信銀・信託)の「リスク管理債権額」は,19行計で22.0兆円となっている。これは,従来基準の不良債権額(破たん・延滞・金利減免等債権)14.5兆円に比べ,約5割増となっている。これとは別に,98年1月に大蔵省から公表された銀行の自己査定の集計額は,全国銀行合計で76.7兆円となっている。また,例えば,総量規制の対象であった不動産,ノンバンク,建設業向けの金融機関の融資残高は,97年3月末時点で約190兆円に上っており,このうちのどの程度が不良化しているかは明らかでない。
問題は不良債権額の規模が大きいことに加えて,その実体が不透明なことである。金融機関の破たんによる新規の資金供給の圧縮ないし停止が,多くの与信先の不良債権化を促す点を勘案する必要はあるが,例えば,破たん後に不良債権額が直前に公表されていた不良債権額の数倍になっていたケースもある。また銀行以外にも,多額の不動産関連融資を行なっているノンバンクや,多額の債務保証を行なっていたり完成工事未収金比率が高いゼネコン等で不良債権を抱えているとされている。しかし,その実態について的確かつ信頼性の高いデータが存在するとは言い難い。このように不良債権額が大きいことに加えて,実態が正確につかめないことが,不良債権問題の対応を難しくしている。
各金融機関においては不良資産償却のため貸倒引当金を積み増しており,その結果,貸倒引当金残高(債権償却特別勘定等)は大きく伸びている。これまでの不良資産の償却が,債権償却特別勘定への繰入れ(間接償却)が中心であり,かつ,担保保全分の回収に至っていないかなりの額の不良債権がバランスシート上に残存していることを示している。不良債権問題の処理は,まず①財務上,帳簿上での引当・償却,ついで②不稼働資産の売却によるキャッシュフローの回復・資産の再稼働,そして最後に③増資などによる銀行の自己資本の増加,の順に進むと考えられる。現時点では,①の段階にとどまっている。②の段階に進むためには,担保不動産の売買や有効利用が促進される必要がある(第3-3-5図)。
(金融機関の貸出資産自己査定)
大蔵省から,各銀行が4月からの早期是正措置の実施に向けて試行的に行なっている資産の自己査定の状況が公表された。II分類,III分類,IV分類の合計約77兆円のうち,金額的には大半を占めるII分類(65.3兆円)は,個別に適切なリスク管理が必要であると判断された与信であるが,与信の選定と管理の基準は金融機関により相当異なり,またこれらの中には各金融機関において債権管理上注意を怠らなければ損失にはつながらない債権が多く含まれている(第3-3-6表)。
今後の金融機関のバランスシートを考える時に重要なことは,III分類,IV分類(注4)債権をいかに管理・償却していくかと同時に,II分類債権の資産の悪化をいかに防ぐかである。分類された与信がその後どの程度の割合で悪化するかについては,もちろん金融機関の管理体制や景気や地価の動向に大きく左右されることは言うまでもないが,過去のサンプル調査では(注5),D査定(III分類にほぼ相当)では,3年間の累積償却率は75%に達している。またS査定(II分類にほぼ相当)では償却につながる比率は1年目には極めて少ないが,2年目では10%弱,3年目では16%に達している。
もちろん,これらの累積償却率の数字は,限られたサンプルに基づくものであり,またバブル崩壊後の地価下落やノンバンク処理の影響が大きく出ている時期のサンプルに基づくものであるため,ある程度の幅をもってみる必要があるが,S査定(II分類にほぼ相当)からの償却率は高くないがそもそもそのボリュームが他の分類債権に比べ大きいため,適切な管理が必要である。今後の動向次第では多額の償却につながる可能性があることには注意しておくべきであろう。また,最近,回復傾向にあった地価が再び弱含んでいるが,これは不良債権額を増やすことになる(注6)。
(株価変動の銀行行動への影響)
景気回復を妨げた要因の一つに,いわゆる貸し渋りがあった。株価の下落が評価損計上による収益減や含み益減少を通じ自己資本比率押し下げ要因となり,早期是正措置導入を控えた銀行は貸出にきわめて慎重になった。
株価変動幅と評価損の関係をみると,ここ数年不良債権の償却に株式の含み益を用いたことから,株式の簿価が上昇し,株価の動きに対し株式評価損が大きくなっており,株価の変動が銀行行動へ与える影響が高まったといえる(第3-3-7図)。
97年9月時点では,自己資本比率は,ほとんどの金融機関で必要な水準をクリアしている(注7)。しかし,前述のように株価の価格変動リスクが高まっており,ある一定の前提をおいて日経平均株価と自己資本比率(国際基準)の関係を大手銀行18行で試算してみると,日経平均1,000円の変動で自己資本比率(国際基準)を0.2%ポイント低下させる計算となった(注8)。
最近では,株価の短期間の変動が大きくなっており,したがって,たとえば国際基準採用行で自己資本比率8%をクリアしていても,株価動向次第では容易に8%を下回りうる銀行も少なくない。その場合,銀行としては貸出の圧縮等資産サイドの対応を余儀なくされ,実体経済面への影響は大きくなる。
こうした状況下,これまで低価法に統一されていた株式の評価方法が原価法との選択制となったことにより,さしあたり98年3月期に向けては株価の影響は遮断された(98年3月期決算では,大手行19行のうち16行が原価法を採用)。もちろん,原価法を採用した場合金融機関は株式の含み損を抱えることになり,経営の健全性という観点からは問題がない訳ではない。