第6節 労働力需給のミスマッチの拡大により重要性が増す労働市場の機能

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産業・就業構造変化や情報・技術革新の進展に伴い,労働力需給のミスマッチが拡大している。また,企業は競争の激化や成長率低下によって経営環境が厳しくなり,営業リスクがこれまで以上に大きくなる状況になることが考えられる。こうした状況に柔軟に対応するためには,企業の内部組織や戦略目標を柔軟に変更し,戦略的なリストラクチャリング(事業の再構築)や企業間提携・合併などを行えるようなシステムであることが必要になる。その際,重要な条件は雇用の柔軟性である。内部労働市場が雇用を維持しつつ構造変化へ対応するための調整機能を発揮するため,職業能力開発や労働者の職業能力を十分に発揮できるシステムが重要となり,これに加え,外部労働市場の役割も今後増大すると考えられる。このため,労働力需給調整機能の強化が重要であり,有料職業紹介事業や労働者派遣事業など民間の労働力需給調整機能に関わる雇用労働分野の制度の見直しが行われており,これらの事業の発展が予想される。また,労働者も長期雇用を前提とするだけでなく,労働移動の可能性を視野に入れる必要があり,労働者の自発的な職業能力開発の重要性が高まっている。

政府としては,労働移動に対応した制度の整備を進めていくことが求められる。

1. 構造的・摩擦的失業の上昇

(長期雇用は基幹となる労働者を中心に維持)

長期雇用や年功序列型賃金といった日本型の雇用慣行は,日本的経営システムの重要な要素の一つとされている。日本的経営システムについて制度疲労が指摘されるなか,日本的な雇用慣行についてもその変化の必要性が論じられている。終身雇用や年功序列型賃金について企業はどのような見通しを持っているのであろうか。経済企画庁「平成9年度企業行動に関するアンケート調査」によると,今後5年間の変化について,雇用形態面においては長期継続的雇用を重視する企業が依然過半数を占めているものの,処遇面においては能力主義的処遇の重要性が高まるとする企業が9割以上を占めている。企業が望ましいと考える雇用方針の組合せを職種別にみると,企画・管理職については従来型の長期継続的雇用を維持しつつ能力主義的処遇を導入する一方,専門職については能力主義的処遇の導入に併せ外部からの人材登用も積極的に行い,一般職については長期継続雇用,年功主義的賃金による従来型の従業員と外部からの人材登用を組み合わせようとしていると考えられる結果となっている(第2-6-1図)。また,今後5年間に実施を検討する新たな雇用方針としては,年俸制やストックオプション制度の導入等がこれまでと比べて大幅に増加している(第2-6-2図)。

こうしたことから,長期雇用は今後も企画・管理職等の基幹となる労働者を中心に維持される。一方,専門職や一般職でも長期雇用は基本的には維持されるが,外部からの人材の登用も今後積極的に行われる。また,企画・管理職や専門職では,人事評価や賃金の面では年功制に代わって「実力主義」の側面が強くなっていくことが予想される。こうした企業の見通しに加えて,競争環境の激化を通じて外部労働市場の一層の活用が進むことや構造的・摩擦的失業の上昇の圧力が続くことにより今後労働市場の需給調整機能の強化や職業能力開発の必要性が増すものと考えられる。

(外部労働市場の一層の活用)

規制緩和を通じて財・サービス市場の競争条件が高まると生産性が上昇する効果が生じるが,その一方でより競争が激化することによって短期的に倒産や解雇が発生して,失業率が上昇したり,資本の稼働率が低下するといったインパクトも生じる。成長率と失業率に関する構造的時系列分析によれば,生産性の上昇は短期的には失業率を引き上げる要因となっており,規制緩和などによって効率性が改善し,構造的時系列分析における供給ショックと同様の動きがみられると仮定すると,短期的には失業率が上昇する可能性があるとみられる(注1)。

また,今後外部労働市場の一層の活用がなされるようになっていくものとみられる。この要因としては,従来以上に競争が激化することから,企業の経営環境が厳しくなり,コマーシャルリスクがこれまで以上に存在する状況になると考えられることが挙げられる。前節でも指摘している通り,コーポレートガバナンスの観点からも,より迅速で柔軟な企業経営が求められており,そうした経営を実現する上では,これまでの内部労働市場における,雇用を維持しつつ配置転換等を円滑に行うための職業能力開発や労働者の職業能力を十分に発揮できるシステムの整備,準内部労働市場である出向の活用に加えて,外部労働市場の活用が進むと考えられる。

なお,バブル後遺症から未だ脱しきれない企業では,97年の大型倒産などにより経営環境の急激な悪化に耐えうる体質作りが急務であるとの考えが企業に広がった結果,バランスシート調整や事業の再構築に着手する動きが多くみられ,こういった企業では厳しい雇用調整を行わざるを得ない状況にある。これまで企業内部でリスクを負って新規事業を開拓するシステムが成り立ち,人材,資産ともに拡大路線をとってこられたのは,資産価格の上昇等があったからであるとみられる(第4節参照)。バブルの崩壊の影響でこうした前提条件が崩れた今,事業の多角化だけでは雇用維持は困難な状況となってきている。

(構造的・摩擦的失業の上昇)

最近の失業率の高まりは需要不足要因によるところが大きいと考えられるが,労働力需給のミスマッチの程度を表すと考えられる均衡失業率を見ると,バブル期に低下がみられたものの,長期的には上昇している(前掲第1-6-3図)。このような構造的・摩擦的失業の上昇の要因としては,高齢化の進展や労働者意識の変化,経済のグローバル化や産業構造の変化の進展により高度な職業能力が求められていることも一因と考えられる。

また,第1章6節で述べたように,近年の常用雇用者数増加の内訳をみるとパートタイム労働者の寄与が大きく(注2),パートタイム労働者は一般労働者に比べ入職・離職率が高いことから,パートタイム労働者の割合の上昇が摩擦的失業の増加の一因となったと考えられる。

一方,若年人口の減少や専門的な職業の増大により,これまで産業構造の変化に対応した雇用調整として行われた新規採用・引退による調整や配置転換・出向による調整のウェイトが低下することから,産業構造の変化に伴う構造的・摩擦的失業を増大させる要因となると考えられる。

構造的・摩擦的な失業率が今後とも高まるならば,中長期的には失業率が高く推移することとなり,この結果,経済の活力が削がれることになろう。従って,労働移動の円滑化を実現するための労働市場の需給調整機能の強化や構造調整に対応した職業能力開発の推進を図り,構造的・摩擦的失業を削減させるメカニズムが重要となるであろう。

2. 労働移動の円滑化の課題

(円滑な労働移動の重要性)

労働市場の機能を失業期間の面から諸外国と比較すると,我が国は長期失業が多い欧州と比べると短いものの,米国と比較すると長く,これらの違いは雇用慣行等によるところが大きいと考えられるが,労働市場の機能強化により失業期間を短縮しうる可能性をうかがわせる(第2-6-3図)。

さらに,知識集約型産業への産業構造の変化が今後とも見込まれるところであり,このような構造変化は,日本的雇用慣行の下で企業内に蓄積される特殊熟練技術の意義を変化させることとなると考えられる。すなわち,従来のキャッチアップ型のプロセスイノベーションからフロントランナーとしての技術開発へ変化することとなり,イノベーションのリスクと不確実性が従来よりも格段に高まることとなる。この結果,企業固有の特殊熟練技術の役割が相対的に低下し,外部労働市場から直接的に専門技術を有した人材を取り入れる方が望ましい場合も存在する。また,転職希望率は傾向的に上昇してきており(注3),労働者にとっても,円滑な労働移動が重要となってきている。

(労働市場の需給調整機能の強化)

労働市場の需給調整機能の強化を図る観点から有料職業紹介事業や労働者派遣事業等に関する制度の見直しが行われてきた。派遣労働者数の雇用者に占める割合を日米比較すると米国に比べ依然低いものの,日本の派遣労働者比率についても高まりがみられる(第2-6-4図)。また,労働者派遣事業については,96年12月より適用対象業務が従前の16業務から26業務に拡大されたところであり,派遣労働者は更に増加することが予想される。さらに,対象業務のネガティブリスト化,派遣期間,労働者保護のための措置等を中心に制度の全般的な見直しが進められているところである。一方,有料職業紹介については,97年4月に取扱職業のネガティブリスト化等の制度改正が行われ,許可対象職業に係る雇用者数が全雇用者数の約60%にまで広がったところであり,取扱職業の更なる拡大及び許可等に係る有効期間の延長等についてILO第181号条約等を踏まえた検討が98年3月から開始されている。

今後,労働市場の需給調整機能が強化され,外部労働市場の活用が進むならば,企業単位で捉えられていた職業が企業横断的に捉えられることとなり,職業の高度化に対する需要を増加させる面もあると考えられる。したがって,雇用者も自らの職業の安定及び地位の向上を図るため,自己の職業能力を高めるインセンティブや必要性が増すものと考えられる。また,構造調整に対応した職業能力開発を推進するうえでも,これまで企業中心に行われてきた職業能力開発に加えて,労働移動の可能性を視野に入れた自己責任・自己選択を原則とする労働者の自発的な職業能力開発を推進することが重要と考えられる。

(賃金体系は依然として長期雇用を前提)

前述の「平成9年度企業行動に関するアンケート調査」によると,処遇面については,今後は能力主義的処遇の重要性が高まるとしているが,現在は年功的処遇を中心としている。この結果,現在の賃金体系は長期雇用を前提とし,転職者にとっては不利なものとなっており,同一企業に勤務し続ける標準労働者と転職者では生涯賃金に差が生じている。この要因としては,以下の3点が指摘できる。第一に標準労働者に比べ転職者の転職年齢における賃金が低いこと,第二に標準労働者に比べ転職者の賃金上昇率が低いこと,第三に企業の退職金支給額が勤続年数に対して累進的になっていることである。製造業の常用労働者1,000人以上規模企業の男性,大卒,管理・事務・技術労働者でみると,96年の賃金プロフィルを前提にすると,35歳での転職の場合,標準労働者と比較して生涯労働所得が86%となっている( 第2-6-5図)。この結果,賃金についてみる限り,可能な限り企業にとどまろうとする行動が個々の雇用者にとって合理的なものとなっている。こうした構造を反映して,製造業の同一企業定着率の動向をみても,年功序列型の度合いが大きいと考えられるホワイトカラーの定着率が高くなっている(第2-6-6図)。

また,企業年金制度が個々の企業ごとに設計されていることもあって,転職に際してのポータビリティの確保が困難となっている企業年金制度についても,転職を抑制する要因の一つとなっているとの指摘がある。

企業の退職金・企業年金は,支払資金を企業内で準備する社内準備型と外部の信託銀行や生命保険等に支払資金を積み立てる社外準備型に分けられ,社外準備型は更に①中小企業の労働者等を対象とする中小企業退職金共済制度,②市区町村や商工会議所等が税務署長の承認を受けて行う特定退職金共済制度,③事業主と信託銀行や生命保険会社等が信託契約や保険契約等を結び,国税庁の承認を得た場合に事業主掛金の損金算入が認められる適格退職年金制度,④厚生年金の報酬比例部分の一部を企業の設立した基金が国に代わって代行給付を行い,基金の実状にあった給付を加算する厚生年金基金制度に分けられる。これらの制度には本人拠出の有無等の違いがあるが,98年4月には類似したスキームで行われている中小企業退職金共済制度と特定退職金共済制度間を労働者が移動した場合に通算して退職金の支給を受けることができるよう制度改正が行われた。

一方,この他の企業年金に関連する各制度間の通算制度は設けられていない。

以上から,今後,年俸制の導入等能力主義的な賃金体系への見直しや累進的な退職金制度の見直しが進められることが,転職者をめぐる環境の改善につながるものと考えられる。

また,政府としては能力主義的な賃金体系の前提となる個人の能力を適正に評価するシステムの整備を推進するとともに,企業年金に関連する各制度間のポータビリティの構築に関する制度の整備等,労働移動に対応した制度の整備について検討を行う必要があると考えられる。

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