第9節 金融・資本市場の大幅変動と金融政策
97年は,戦後初めて大手の金融機関が破たんした年として記憶されよう。97年の景気の減速や不良債権問題等を背景に,経営の悪化していた金融機関に対する株式市場や短期金融市場の信認が低下したことが,これらの破たんの要因の一つとして考えられる。これまでバランスシート調整が結果的に十分でなかった金融機関は,市場からの信認を回復するため,改善を急がざるを得ない。また,金融機関にとって株価下落や不良債権処理は自己資本比率の低下要因となり,貸出余力の低下へとつながった。
このように金融システムに対する不安が強まる中で,日本銀行は,短期金融市場において潤沢な資金供給を行うなど,金融緩和基調を維持した。そうした中,金融機関の貸出残高は大規模な不良債権償却や流動化を実行したこともあって大幅に減少したが,一方で普通社債やCP(コマーシャル・ペーパー)といった市場からの資金調達が増加していることもあって,マクロ的に見ると,量的金融の急速な収縮という事態には至らなかったものと考えられる。しかし,企業は規模にかかわらず金融機関の貸出態度が厳しくなったことを実感しており,とくに代替的な資金供給チャネルの乏しい中小企業においては98年度に入ってからも更に厳しくなると見ている。
日銀の低金利政策は,景気の下支えと金融システムの維持に力を発揮した。しかしこれがバランスシートの悪化している金融機関や企業の改善への取り組みを結果的に遅らせた面は否定できない。低金利が維持されているうちに,思い切った経営改善,不良債権処理などを進めないと,個別の企業や銀行にとってもマクロ経済にとっても問題はすぐ再燃することになる。
1. 不良債権問題が影を落とす金融・資本市場
(金融市場の動向)
97年11月には,複数の金融機関の経営破たんを受け金融システムに対する不安が高まり,その影響が金融市場の各方面でみられた。
コールレート(無担保オーバーナイト物)はそれまで公定歩合を若干下回る水準で推移していたが,金融機関の破たんを機に資金の出し手が信用リスクを極度に意識したことから,一時大きく上昇した。その後,日本銀行が潤沢な資金供給を実施したことから,再び以前の公定歩合を若干下回る水準に戻した。
一方,ターム物レート(1~3か月物レート)は,それぞれ3月末をまたぐ資金となるとレートが急上昇した(例えば,2月初には2か月物レートが上昇)(注1)。これは年度末における流動性リスクの高まり,すなわち決済資金等に対する需要が高まる年度末に資金調達がスムーズに行えないのではないかという不安が高まったことによるものと考えられる。ちなみに,1か月物金利が各時点でどのように予想されていたかをみると,1月,2月初における1か月物インプライド・フォワード・レート(注2)では,3月末を越える資金となるそれぞれ2か月後,1か月後に山ができていた(第1-9-1図)。年度末における流動性リスクが和らいだ結果,3月末時点における近い将来のターム物金利は落ち着いたが,10月末に比べると依然として高く,年度末の流動性リスクは乗り切ったが,金融市場における信用リスクに対する認識が依然として根強く残っている。
また我が国の銀行全体に対しても,金融システムに対する不安感の高まりから,「ジャパンプレミアム」(邦銀の資金調達に対する上乗せ金利)が発生,拡大し,12月には一時1%を超えるまでになった。その後,各種の金融安定化策が打ち出されるにつれて縮小した(注3)。
個人レベルにおいても,金融機関に対する信認が低下したことから,いわゆるタンス預金や預金預け替えの増加から,現金の需要が増加,現金・預金比率は上昇した。これは金融機関サイドからみると,現金流出の増加であり,一部は日本銀行の資金供給によってカバーされるものの,これに備えるための現金準備を増やす必要が生じ,貸出に回りうる資金が現金準備として保有されることとなり,金融仲介機能の低下につながることになる。
長期金利にも金融機関破たんの影響がみられた。国債とその他の債券との利回り格差をみると,信用リスクの小さい地方債や政府保証債との格差が比較的安定的な推移となっている一方で,社債との利回り格差は97年末頃から急拡大している。これは上場企業の倒産などが続くなか,97年秋以降,金融機関の破たんを受けて企業の信用リスクに対してマーケットが敏感になった結果,安全資産である国債に対する需要が強まった(第1-9-2図)。その後も,景気の先行き不透明感を主因に低下を続け,国債指標銘柄流通利回りでみた場合,足下6月には1.130%となるなど史上最低水準となっている。
(株価動向)
株価は,97年半ば以降,①上場企業の相次ぐ倒産による信用リスクの増大,②個人消費の減速,③国内需要の低迷による企業業績の悪化懸念,④アジア経済の混乱,等により下落基調に転じ,さらに秋以降は,複数の金融機関の経営破たんで我が国の金融システムに対する不安感が加わり,大幅に下落した。これに対し政府は金融システム安定化策や所得税等の特別減税の実施を表明し,株価はいったん底を打ったが,98年に入ってからは,「景気対策に対する期待・効果の見極め」と「企業業績の悪化,信用リスクの再燃に対する懸念」が交錯し,一進一退の動きが続いている。業種別の株価の動きをみると,96年央以降,国際的に競争力のある加工業種が相対的に底堅く推移するのに対し,構造問題を抱える金融業や建設業等で低迷が続くという二極化が続いている(第1-9-3図)。
バブル崩壊後株価の低迷が長引いている。株価収益率(PER)(注4)でみると,諸外国と比べても依然として高い。PERについては,我が国の場合,株式の持合いが見かけ上PERを押し上げている面もあるため,持合いを調整した後のPER(注5)で比べたが,それでもなお高い(第1-9-4図)。
PERの高さを我が国の低金利に求める見方もあろうが,イールドスプレッド(=長期金利-株式益回り<PERの逆数>)でみると,昨年後半に一時イールドスプレッドはマイナスとなったが,その他の時期では長期金利の低さを勘案しても,ほぼ一貫してイールドスプレッドはプラスとなっている(注6)。ただし,PERやイールドスプレッドには,企業収益や金利の将来予測が正しく反映されているかどうかなどの技術的な問題もあることから,これだけをもって株価の水準を論じることは適当でない。
しかしながら,株価の動向は必ずしも個々の企業業績のみを反映しているとは言えず,短期的には様々な情報でかなりの不規則変動を起こしている。このため,株価については「市場に聞け」という言葉がよく人口に膾炙している。にもかかわらず,この超短期的な株価の動向は,金融機関の行動に影響を与えている。株価の変動のうち,週次の株価の分散と日次の株価の分散の比率をみると,長期的には分散比率は低下傾向にあり,これは日次変動,すなわち短期的な変動が相対的に大きくなっていることを示している(第1-9-5図 )。
2. 金融機関の貸出態度の慎重化
(金融機関のいわゆる「貸し渋り」問題)
企業の資金調達手段として,銀行貸出とその他(債券発行等)が完全に代替的であれば,金融機関側が自己資本比率規制の制約等何らかの理由で貸出が低迷した場合,企業の信用力に変化がなく,情報の非対称性がないとすれば,企業は社債や株式の発行により資金を調達でき,実体経済には影響を及ぼすことはない。実際に,民間銀行の貸出が低迷するなかで,社債,コマーシャル・ペーパー(CP)の発行は増加しており,とくに昨年末頃から増加が顕著となっている(注7)。
しかし,実際には,中堅・中小企業では直接市場からの調達が容易でなく,銀行借入と社債等直接調達手段は完全には代替的ではない。各種アンケート調査では企業の資金繰りが「苦しい」とする企業が増えており,銀行借入が他の調達手段で完全に代替されているとは言えない状況である。調達シフトが円滑に進むのであれば,問題はないが,資金調達手段を変更できない借り手にとっては,影響がある(注8)。このように,代替的な資金供給ルートが十分に機能していないこともいわゆる「貸し渋り」問題が表面化する要因となる。
(貸出供給曲線と借入需要曲線)
貸出の伸び率は97年度は前年割れとなった。これには需要サイド,供給サイドの要因がある。そこで,貸出供給曲線と借入需要曲線をクロスセクションデータで推計した(注9)(96年度決算と97年度9月期中間決算のデータを用いた)。
これによると,97年の3月から9月にかけて借入需要曲線は景気回復の後れ等から下方に大きくシフトしている。貸出供給曲線についても超低金利の金融緩和局面にあるにもかかわらずほとんど変化していない(第1-9-6図 )。これは97年9月期のデータを用いて推計した貸出供給曲線であるが,各種アンケートでは昨年後半以降金融機関の貸出態度が厳しくなっていることや,景気が減速していることなどを考えると,貸出供給曲線・借入需要曲線は98年3月にかけてシフトしている可能性がある。
(自己資本比率と貸出伸び率の関係)
昨年後半以降貸出態度が厳しくなっていることの背景には,自己資本比率の制約が効いていると考えられる。そこで自己資本比率(国際基準及び国内基準)と貸出伸び率の関係をみた(注10)。
前述の貸出供給曲線の推計では,貸出の伸び率は,自己資本比率が増加すれば高まるが,その程度は自己資本比率の余裕幅(自己資本比率がBIS基準行では8%,国内基準行では4%をどの程度上回っているか)に依存するとの仮定を置き推計したところ,有意な結果が得られている。この仮定は,銀行は自己資本比率規制の最低ライン(国際基準採用行で8%,国内基準採用行は4%)を上回っていても,ボーダーに近ければ株価動向次第ではボーダーを下回ってしまうため,ある程度の余裕を確保しようとすると考えられるからである。
推計結果からは,自己資本比率の増加は貸出の伸び率を高めるが,その程度は自己資本比率に余裕が小さいほど(すなわち,8%ないしは4%に近いほど),限界的な自己資本比率の増分に対する貸出の増加が大きいという結果となった。言い換えれば,自己資本比率に余裕が小さくなると限界的な自己資本比率の低下は,貸出により大きなマイナスインパクトを持つ。昨年後半以降貸出態度が一層慎重化したが,この背景には不良債権処理等で自己資本比率の余裕幅が小さくなっている中で株価下落で自己資本比率が下落したことが効いていると考えられる。
(これまでとは異なる貸出態度判断D.I.の動き)
貸出態度判断D.I.の推移をみると,91年以降の金融緩和局面では貸出金利が低下している割には「緩い」超幅は小さく,最近では「厳しい」超となっている。貸出態度判断D.I.と貸出約定金利の動きをみると,今回の金融緩和局面でこれまでの貸出態度判断D.I.と金利の関係に変化が生じていることがうかがえる(第1-9-7図)。これを,貸出態度判断D.I.を貸出約定平均金利と地価上昇率,経常利益伸び率で説明する式を推計し,この推計式に構造変化が生じたかどうかを検証するテスト(注11)を行った。これによると,中小企業では92年前後に推計式に構造的な変化が生じていた可能性が示唆されており,このころから企業の実感として貸出態度の慎重化が始まっていた可能性がある。次に,今回の緩和期だけをとってみても,97年後半に実績値が推計値を大きく下回っており,昨年中にも一層貸出態度が慎重化した姿が見て取れる(第1-9-8図)。
また,大都市圏と地方圏を比較すると,90年までは大都市圏に所在する企業が地方圏よりも緩和基調であったのが,90年以降は大都市圏と地方圏で逆転しており,バブル崩壊の影響をより強く受けているとみられる大都市圏に貸出慎重化の動きがより強く現れている(第1-9-9図)。こうした傾向は,長期借入金・短期借入金を問わずみられており,短期の運転資金だけではなく,設備資金に影響を与えると考えられる長期資金にも貸出慎重化の影響がみられている。
(貸出慎重化のマクロ経済への影響)
5節でみたように,銀行の貸出態度の慎重化が設備投資に抑制的に働いている可能性が高い。ここでは,最終的に貸出動向がGDP成長率にどの程度影響を及ぼすかを,VARモデルでみた。具体的には,GDP成長率,貸出伸び率(全国銀行),コールレートのVARモデルを用い,貸出の伸び率が変化した時に,設備投資等を通じ最終的にGDP成長率にどのような影響を及ぼすかをみると,貸出の伸び率が上昇した場合,その後のGDP成長率を押し上げる結果となっており,貸出低迷が実体経済にマイナスのインパクトを与えている可能性がある( 第1-9-10図)。
銀行が融資先企業の信用リスクを正確に把握する必要があることは言うまでもなく,中期的には,収益性を従来以上に重視することから今後も貸出を積極的に伸ばしていくかどうかは疑問である。その場合,これまでの貸出と実体経済との関係に変化がなければ(貸出以外の代替的な資金調達のウエイトに変化がなければ),結果的にはマイナスのインパクトを有することになる。
(今後の貸出動向の展望)
年度末(3月末)にかけて貸出平残の前年同月比マイナス幅は拡大した。しかし4月以降も貸出は引き続き前年割れの状態が続いており,またアンケート調査でみても企業からみた金融機関の貸出態度は厳しい状況が続いている(注12 )。
貸出残高をストックでみると,貸出の対名目GDP比は,80年代初までの0.6倍程度から80年代を通して一貫して上昇して1倍程度になっている(注13)。上昇は地価・株価が急上昇する以前の80年代前半から始まっている。その後,90年代入り後は,わずかに低下傾向にあるものの,なお過去の水準に比べ高い水準にある。
また,我が国の銀行が自己資本や収益に比し資産規模が相対的に大きいとの指摘がある。ROEやROAで日米の銀行を比較すると,ともに日本の銀行のほうが低く,レバレッジ比率(資本の何倍の資産を有しているかを示す比率)をみると日本の銀行のほうが一貫して高い(第1-9-11図)。今後,わが国の銀行が中長期的に収益性を重視し,資産規模の見直しや融資内容の見直しが進むことを考えれば,こうしたことが銀行貸出の伸びの抑制要因の一つとなる可能性もある。
こうした状況で必要なことは,間接金融機関経由以外の資金調達経路の発展である。とくに株式市場や社債市場といった資本市場は銀行貸出と並ぶ重要な資金供給手段であるが,これらがこれまで以上に十分に機能するような環境整備を図っていく必要があろう。
3. 金融緩和の継続
(低金利の継続とその影響)
景気が停滞を続けるなかで,金融政策は著しい緩和基調を維持してきた。とくに97年秋から金融システムへの不安が増幅し,金融・資本市場が大きく変動し,金融機関の貸出態度の厳しさも増す中で,日本銀行は潤沢な流動性供給を続け,景気と金融システムの下支えを行ってきた。低金利は企業の収益を下支えして景気を支える役割を果たした。また,金融システムの不安定性が著しかったときには,日銀による流動性供給が,金融システム維持への生命線ともいうべき役割を果たした。
しかし,こうした緊急避難的な効果にもかかわらず,低金利の継続が日本経済にマイナスの影響を持つとの指摘がある。第一の指摘は利子所得の減少による家計消費へのマイナス効果である。第二の指摘は,年金会計の運用困難による長期的影響である。そして第三に,バランスシートの悪化している金融機関や企業の構造改善努力を先送りさせる余裕を与えたというものである。これら三点の指摘の妥当性について検討する。
第一は,低金利により家計の利子所得を減少させ,これが結果的に個人消費の低迷につながっているのではないか,という議論である。低金利は,企業の金利負担を軽減し,設備投資の増加要因となるなど経済の下支え効果を持つ。事実,確かに利子所得だけをみれば減少しているが,一方,雇用者所得をみると増加しており,両者をあわせた家計の受取り収入は増加している(第1-9-12図 )。もちろん,雇用者所得の増加を低金利だけの結果ということはできないが,少なくとも96年度までは低金利で企業は利払いが減り設備投資も増え収益が増え,結果的に雇用者所得が増えた,とは言える。
第二は,企業年金の運用利回り低下の指摘である。事実,これまでの低金利や株価の低迷により,運用利回りは低下しており予定利率を下回っている(第1-9-13図)。運用利回りが予定利率を下回る場合には,年金給付の水準を切り下げるか,企業による追加負担になる。長期にわたる低金利と株価低迷という実態を考慮すると,従来の予定利率5.5%をそのまま用いて企業年金の債務を評価した場合,年金債務が過小評価されるため,実際には,実質的な積み立て不足となる企業が多いとの指摘もある。
しかし,必要なのは金利引上げではなく,企業年金が金利変動に対応できる現実的な予定利率を設定し,年金財政の健全化を図ることである。また,運用パフォーマンスの向上も必要である。これまでいわゆる「5・3・3・2規制」(注14)といった運用資産に関する規制があったことで,運用機関ごとの特性・専門性が生かされなかったこと等により,年金資産運用の効率化が阻害され,長期的に高いパフォーマンスを挙げにくい構造になっていたと考えられる。
現在,確定拠出型年金の導入が検討されている。諸外国においては,確定拠出型では企業拠出の柔軟な設計(利益や報酬の一定比率とすること等)が可能なものもある。確定給付型の場合,株安や低金利で運用利回りが予定利率を下回ると,給付水準を下げない限り企業は積み立て不足分を穴埋めするため追加拠出をする必要があるのに対し,確定拠出型の場合は,掛け金とその運用収益の合計額を基に給付が決まるため,企業にとって追加拠出の必要がない。また,従業員が自ら拠出することや運用先を自ら決定することが可能な仕組みとすることも考えられ,従業員の自己責任を喚起することになる(注15)。一方で,確定拠出型の場合は,確定給付型と異なり,給付額が事前に見込めないため,老後の生活が設計しにくいといった短所も指摘されている。
(金融機関や企業の構造調整を遅らせる余裕を与えた可能性)
低金利の問題点としてもう一つ指摘されるのは,銀行が低金利政策による恩恵を受けている間に最善の不良債権処理を進めてきていないのではないか,という不信感である。タイムラグの部分を除けば低金利が銀行の収益にプラスに作用しているわけではないが,不良債権部分については金利収入が十分に獲得できない債権であるため,機会費用である市中金利の上昇の影響は他の条件を一定にすれば保有コスト増加につながる筋合いにあり,結果的に低金利により低く抑えられている(注16)。これが逆に銀行経営の「危機感」を後退させてしまった可能性は否定できない。
本来,こうした中で不良債権を抱えている銀行や企業は,経営改善や不良債権の処理に積極的に取り組む必要がある。しかしながら,例えば,製造業と金融・保険業の雇用者数の推移をみると,金融・保険業で目立って減少に転じたのは94,95年頃であり,バブル崩壊後比較的早い時期に経営リストラで雇用者数が減少に転じた製造業に比べると,対応が遅れている(第1-9-14図)。また,金融業以外の企業についても,非効率な企業のなかには,経営内容が悪化しているにもかかわらず,支払金利負担の軽減のおかげで,倒産を免れているというところもある。中長期的にみれば,非効率な分野から効率的・競争力のある分野への経営資源の移転が行われてはじめて,経済全体の効率性は向上する。
しかしながら,こうした構造調整の遅れは,金利以外の要因に起因する面が大きく,低金利を主因とみなすことは必ずしも適当ではない。金融政策は構造調整の促進を目的とするものではなく,景気や物価情勢に応じて行われる。従って,構造調整を促進するためには,様々な規制の緩和・撤廃などを積極的に進めていくことが必要である。
(金融システム安定化策)
97年11月の中堅証券会社の会社更生法適用申請により,戦後初めて無担保コール市場でデフォルトが発生し,一部の資金の出し手が損失を被った。その後,以前から資産内容や経営状態が悪化していた一部の大手金融機関の破たんが生じたことから,市場参加者の間では信用リスクに対する警戒感が急速に強まり,市場金利の上昇や株価の下落など,金融システムに大きな動揺がみられた。
このため,金融システムを安定化させ,金融システムの動揺から波及する悪影響を取り除くため,様々な施策が採られた(注17)。例えば,保有株式の評価方法を低価法から低価法と原価法の選択制に変更し,土地の再評価益を自己資本に算入できるようにした。また,いわゆる金融安定化2法の成立により,預金者保護のための資金が拡充され,金融機関の自己資本充実策として21行に対し優先株等の引き受けが行われた。こうした施策は金融システムを安定化させ,いわゆる「貸し渋り」の一層の深刻化を防ぐ効果をもったと考えられるが,これを機に金融機関が更なる健全性の回復に取り組むことが重要である。
(海外の金融システム破たん対策の経験)
欧米諸国でも金融システム不安が発生し,それぞれの方法で対応がなされた。しかし,いずれも最終的には公的資金を投入することで金融システムの破たんを免れている。
[アメリカ]
1980年代後半になって,貯蓄貸付組合(S&L)は非住宅用不動産投資や商工業貸出等の分野に進出し事業を急拡大していたが,リスク管理体制や経営陣のモラルに問題があったため,アメリカ南西部の石油関連業や不動産業等の業況が悪化するにつれて,多数のS&Lが経営破たんに直面した。これによって,S&Lの預金保険機構である連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)は収支が破たんし,440億ドルの財政資金投入のうえ清算された。
その後,貯蓄金融機関保険基金(SAIF)が創設され,さらに89年8月成立の「預金金融機関改革再建執行法(FIRREA)」に基づいて時限的に設立された「整理信託公社(RTC)」がFSLICの業務を引き継ぎ,破たんS&Lを一括・集中的に整理することになった。RTCの財源には,&①直接的な財政支出738億ドル(設立時の財政支出が188億ドル,その後の追加財政支出550億ドル),②RTCの資金調達機関として設立された整理資金調達公社(REFCORP)が長期債発行により調達した301億ドル,③政府関係機関の連邦住宅貸付銀行(FHLB)から供与された12億ドル,④連邦資金調達銀行(FFB)から融資された運転資金(最大時500億ドル強)が充てられ,これらのほとんどが使用されたといわれている。RTCは約750のS&Lを整理し,95年末に解散した。一方,同時期には,商業銀行の破たんも増加していた。商業銀行の破たんの場合は,S&Lと異なり,規模が大きいために政策的な配慮で救済が行われるケース(例えば,預金保険がカバーしていない預金等まで政策的に全額保証した)があったが,結果的には預金保険機構の枠内で処理が行われた。
[イギリス]
60年代後半から70年代初頭にかけて,セカンダリーバンク(一定の条件を満たしていれば,産業貿易庁への届出だけで貸出等の金融業務を行うことができたイギリスの一金融機関形態。当時は不動産関連融資を中心に行っていた。)は,主に自由金利市場から調達した資金を不動産関連業に重点的に融資し,業容を拡大していた。しかし,73年に金融引締め政策がとられたことや,オイルショックによる景気後退と不動産業への課税強化構想などによって不動産価格が暴落したことなどを受けて,セカンダリーバンクの経営状態は急激に悪化した。このことは,セカンダリーバンクに対する多額の債権を保有していた他形態の金融機関にも影響し,金融システム不安が発生した。
これに対し,73年12月に中央銀行(イングランド銀行)は,大手商業銀行と提携して信用管理委員会を設立し,経営が悪化した金融機関の救済・整理を行うこととした(第1次ライフボートオペレーション)。具体的には,信用管理委員会を介して中央銀行と大手商業銀行が,再建の可能性がありかつ他からの救済が見込めない金融機関26行に対して協調融資(負担割合は中央銀行1割,商業銀行9割)を行った。協調融資の総額は12億ポンドに及んだ。そのうち中央銀行の負担額は,商業銀行が見送った追加融資の全額負担(8,500万ポンド)を含め,2億ポンド弱程度にのぼったとみられる。その後,協調融資を受けた8行が清算・倒産に至り,中央銀行は1億ポンドの貸倒損失を計上したとされている。
[北欧三国]
ノルウェー,フィンランド,スウェーデンの北欧三国の金融機関は,80年代に不動産価格の上昇や金融自由化等を背景に急激に業容を拡大していたが,80年代後半に景気後退局面に入ってからは,企業の業績悪化や倒産増加によって多額の貸倒損失や不良債権が発生したため,金融機関の経営状態は急速に悪化した。
(1) ノルウェー
破たん金融機関に対して,87年から90年までは各業態ごとに設立されていた保証基金を通じて民間ベースで破たん処理が実施された。しかし,90年末の段階で両基金とも資本金をほぼ使い切り,追加的な救済は困難な状況となり,さらに91年に入り大手銀行が債務超過に陥るという事態が発生した。
91年3月に政府が財政資金を拠出して政府銀行保証基金を設立し,同基金による資本注入等による破たん金融機関の再建が進められた。この他,政府は破たんに至っていない金融機関の自己資本増強のために,財政資金を拠出して政府銀行投資基金を設立した(支援の際に,民間投資家が参加することが前提)。具体的にはおおむね以下の支援策が講じられた。
- ①政府保証基金が銀行の普通株ないし優先株を直接購入。(137億ノルウェークローネ(NKr.))
- ②政府保証基金が民間の保証基金に融資を行い,民間保証基金が破産金融機関の優先株を購入。(30億NKr.)
- ③自己資本が不足している銀行が資本調達する際に,政府銀行投資基金が民間投資家とともに投資。(28億NKr.)
- ④民間の貯蓄銀行保証基金に対して,政府が贈与。(10億NKr.)
- ⑤中央銀行による流動性支援。
以上のスキームにより用いられた財政資金の総額は,約200億NKr.であった。
(2) フィンランド
貯蓄銀行の中央機関としての役割を持つ商業銀行スコップバンクの経営が悪化し,これを受けて,民間ベースでの再建計画が策定されたが,この計画を達成できないことが明らかとなったため,91年9月に信用不安が発生した。
この対策として,中央銀行は全額出資子会社を通じてスコップバンクを買収し,この後政府は92年4月に財政資金を拠出して政府保証基金を設立した。具体的には以下の支援策が講じられた。
- ①財政資金による金融機関への資本注入。(165億フィンランドマルカ(FIM))
- ②政府保証基金による融資,株式取得等の広範な支援。(165億FIM)
- ③政府保証基金から民間の保証基金への融資。
以上のスキームにより用いられた財政資金総額は,約335億FIMであった。
(3) スウェーデン
91年秋ごろから貯蓄金融機関や大手商業銀行の経営悪化が表面化した。しかし,同国には預金保険制度が存在しなかったため,どのような処理を行うのかが問題となった。
政府は92年11月に金融機関支援策を発表した。これに基づいて金融支援庁が設立され,財政資金が拠出された。具体的には以下の支援策が講じられた。
- ①Nord銀行及びGota銀行の株式取得。
- 政府は両行の全株式を取得した。また両行の不良債権を子会社に分離したうえで両行を合併した。(640億スウェーデンクローネ(SKr.):子会社に対する資本注入等を含む)
- ②貯蓄銀行(Swedbank)に対する保証及び融資。(10億SKr.)
以上のスキームにより用いられた財政資金総額は,約650億SKr.であった。