第2節 低調だった家計消費

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97年からの個人消費は,97年4月の消費税率引上げに伴う駆け込み需要によって年初から3月にかけて大きく盛り上がった後,その反動減で4月から急に落ち込んだ。夏には緩やかながら立ち直りがみられ年度後半には回復が期待されたが,秋になって金融システム不安等から家計の景況感が悪化し,消費性向が低下し消費は再び減少した。98年に入ってからは,雇用者数が減少に転じ,失業率が高まるなど雇用環境が厳しさを増した影響が雇用者所得の減少となってあらわれ,個人消費は低調な動きが続いている。ただし,2兆円規模の所得税,個人住民税の特別減税の実施や,差し迫った金融システム不安がやや落ち着きを取り戻したことで家計のマインド悪化にも歯止めがかかって,3月からは消費性向に持ち直しの動きもみられる。4月の「総合経済対策」では,再び4兆円の特別減税の追加・継続が決定された。

家計消費の,公的負担増による97年度前半の減速は政府も経済見通しにある程度は織り込んでいた( 注1)。しかし消費は予想以上の低調を続けることとなった。その背景には,次のような予想を上回るマイナス要因があった。第一は,消費税率引上げの駆け込み需要が97年1~3月期を中心に現れ,また,その反動減が4~6月期を中心に大きく現れたことである。第二に,バブル後遺症の影響が97年度後半に大きく現れ,金融システム不安を通じて家計の景況感を悪化させたことである。家計の景況感を著しく悪化させた背景としては,近年,日本経済の潜在的成長率の低下,雇用不安,財政収支の悪化と将来の負担増への懸念等が家計の将来不安を高めていることが挙げられる。将来への信頼感を回復させるには,財政構造改革法に従って財政構造改革を推進し,また,規制緩和等を通じた構造改革や社会保障制度の安定性確保について明確な展望を示し,理解を得ることが不可欠である。

1. 公的負担増と家計消費の変動

(大きかった駆け込み需要)

97年4月の消費税率引上げに伴う駆け込み需要とその反動は,個人消費について2兆円規模と推計される(注2)(第1-2-1図)。これは,89年4月の消費税導入時にみられた駆け込み需要に比べて大きかった(注3)。89年導入時には,消費税の導入と同時に高額商品にかけられていた物品税が廃止になったことにより,高額商品では逆に間接税率が低くなるものもあり,税制改正前には買い控えがみられた。ただし,物品税の影響の少ない半耐久財では,今回と同水準の駆け込み需要がみられた。

総務庁「家計調査」により所得階層別の消費支出の動きをみると,97年1~3月期には,駆け込み需要により高額商品を購入したと思われる高所得者層の消費支出が増加している。一方,低所得者層でも駆け込み需要がみられたものの消費支出の伸びは高所得者と比べて小さいものであった。これは,消費税率引上げ等の負担増による実質可処分所得の減少の影響もあり,消費のトレンド自体を引き下げたことによるものと考えられる。このことは,4~6月期で低所得者の支出が大きく減少していることからもうかがえる(第1-2-2図)。

(駆け込み需要はなぜ大きかったか)

消費税率引上げが消費に与える効果は大きく分けて2種類存在する。一つは物価の上昇を見越して,消費税率引き上げ前に消費を前倒しする効果(代替効果)であり,もう一つは,実質所得の低下によって消費水準を低下させる効果(所得効果)である。今回の消費税率引上げでは所得効果を上回る代替効果により,大幅な駆け込み需要が発生した。

代替効果を大きくする要因として以下のことが考えられる。第一に,耐久性の高さであり,89年には,前述のように消費税導入と同時に物品税が廃止されたため,耐久性の高いものに対して駆け込み需要が生じにくかったことが全体の駆け込み需要を小さくしたと考えられる。第二には,税率の上昇幅であり,この点では税率引上げ幅が大きかった89年の方が駆け込みを誘発しやすかった。第三には,実質利子率が低いことである。金利収入が小さいならば,貯蓄を切り崩してでも安いうちに商品を購入することが有利になる( 第1-2-3図)。(注4)

当庁「消費動向調査」により,89年と97年の消費者態度指数を構成する各項目の動きを比較すると(第1-2-4図),97年3月調査は「耐久消費財の買い時判断」が大きく低下しているのに対し,89年3月調査には「耐久消費財の買い時判断」の低下が小さいことから,物品税廃止に伴い,耐久財購入を4月以降に先送りする動きがあったことが示唆される。(注5)

(予想を上回った駆け込み需要の反動)

消費税率引上げによる駆け込み需要の反動減及び消費税率引上げ,特別減税の終了及び医療保険制度の改革(注6)等は,短期的には,実質可処分所得の減少を通じて,97年度の個人消費にある程度の影響を与えることは予想されていた。しかし,前述のように駆け込み需要は予想以上に大きかったことから,その反動で4~6月期は,民間最終消費支出が前期比5.3%減と大きく落ち込んだ。7~9月期には同1.7%増と個人消費には緩やかながら立ち直りがみられ,この期までで反動減の影響はほぼ終了した。ただし,消費性向の上昇は反動減の影響もあり,みられなかった(「家計調査」の勤労者世帯の消費性向は,96年平均72.0%,97年4~6月期71.7%,7~9月期71.9%)。

2. 先行き不透明感から低調になった家計消費

(家計の景気の先行き不透明感から秋以降低下した消費性向)

年度後半には家計消費の回復が期待され,また夏にはその動きがみられたが,秋口からの企業の大型倒産,11月に起きた大手金融機関の経営破たん等を背景に家計の景況感が急速に冷え込んだ。アジアのいくつかの国での通貨・金融不安のニュースもそれに拍車をかけた。「家計調査」でみた消費性向は急低下し,個人消費は低調な動きとなった(第1-2-5図 )。

消費マインドの悪化について,消費動向調査の97年12月調査では「雇用情勢」が前期差12.9ポイント減となるなど消費者の不安が顕著にあらわれた(前掲第1-2-4図)。98年3月調査では,「雇用情勢」はわずかに改善しているものの,「収入の増え方」や「暮らし向き」とともに改善幅は小さいものにとどまっており,大きくマインドを好転させるものとはなっていない。これら要因を総合した消費者態度指数は12月に急落し,3月にはその半分程度の回復をみたが低水準にとどまっており,消費者の経済や暮らしに対する先行きへの懸念は払しょくされていない。

家計の消費性向は消費者のマインドを反映する。90年代に入って,当庁「国民経済計算」ベースでの消費性向は徐々に下がってきた(第1-2-6図)。97年に入ってからの消費性向の動きを外挿してみると,1~3月期は駆け込み需要で跳ね上がった後,4~6月期は,消費税引き上げによる実質可処分所得の減少は消費性向の押上げ要因となったものの,駆込み需要の反動減もあり1~3月期に比べて低下した。その後は特に雇用不安のようなマインド要因が低下に寄与したとみられる。また,98年に入ってからも家計調査でみた消費性向は低下が続いていたが,3月以降特別減税や消費者マインドの好転の影響もあって上昇に転じた。

(平均消費性向)

平均消費性向は,家計が所得をどの程度消費にあてるかを示すもので,消費支出を可処分所得で割ることで求められる。国民経済計算による家計部門の平均消費性向は,70年代半ばから90年にかけて上昇し,90年代は若干の低下傾向となっている。一方,家計調査による勤労者世帯の平均消費性向は,80年以降低下傾向となっている()。ここでは,長期的に家計調査と国民経済計算との概念の違いとかい離幅が大きい期間の要因についてみることにする。

まず,概念の違いについて両者の定義を比べると,(1)家計調査の平均消費性向は勤労者世帯のみ,国民経済計算は単身世帯,個人営業世帯及び高齢無職世帯などを含む全ての世帯を概念として含んでいる,(2)国民経済計算では自家使用の持ち家の家賃相当部分(帰属家賃)や,医療費のうちの社会保障給付から拠出される部分が,消費,可処分所得に入るなどといった違いがある。これにより,両者の水準が異なると考えられる。

一方,かい離幅の拡大の要因についてみると,(2)の全体に占めるウエイトは上昇傾向にあり,このことも両者の差を広げる要因になると考えられる。その他にも,家計調査は世帯単位の調査であり,世帯人員や世帯構成の変化の影響を受ける。一世帯当りの人員の減少や,一世帯内での有業者の増加はそれぞれ消費性向の低下をもたらしていると考えられる。

また,80年代後半においては,いわゆるバブル期の耐久財消費の動向が挙げられる。可処分所得に占める耐久財支出の割合は,85年から90年にかけて,国民経済計算では3%ポイント近く上昇したのに対して,家計調査ではほぼ横ばいとなっている。他に,90年代においては,家計の財産収入の減少が消費に与える影響が考えられる。国民経済計算で,財産所得受取の家計の全受取に対する割合は,91年から96年にかけて4.6%ポイント低下しており,このことは消費を抑制させる要因となる。このとき,分母に当たる可処分所得も減少するので,消費性向は低下するとは限らない。一方,家計調査ベースでの財産収入の実収入比をみると,利子収入等は家計簿には表れにくいためもともとその比率が小さい(注7)。財産収入が減少しても,金利低下による住宅ローン返済額の軽減分などもあるため,家計調査上では,分母となる可処分所得全体の減少はわずかなものである。

(将来所得の条件変化による現在消費への影響)

家計のマインドが著しく悪化した背景には,経済の将来,金融システム不安,雇用不安,財政収支の悪化と将来の負担増への懸念等が影響していることを指摘してきたが,この影響をみるため,将来所得に対して家計が抱く不確実性が現在の消費水準に与える影響をモデルケースを想定して試算する。ライフサイクル恒常仮説のモデル(注8)によると,現在の消費水準を決定するものは,(1)保有する非人的資産(土地,住宅等),(2)自らの将来所得の割引現在価値(これを人的資産という)と(3)現在の可処分所得である。そのうち,将来所得の割引現在価値は,資産からの期待収益率と将来の所得に対して家計が抱く不確実性(リスクプレミアム)の影響を受ける。将来所得に対する不確実性が高まると,家計は自らの将来所得をより割り引いて少な目に見積もって考えるようになり,その分だけ現在の消費を抑制し貯蓄を増やそうとする可能性がある。実際の所得や資産の額と消費との関係をみると,家計がどの程度将来所得を割り引いて考えているか,すなわちリスクプレミアムの大きさが分かる。推計結果をみると,徐々に高まる傾向にあり,97年末には大きく上昇した(第1-2-7図①)。

リスクプレミアムが大きく上昇した97年の10~12月期に近い状況を想定して,リスクプレミアムが0.1%上昇したときの消費に与える影響を試算すると,他の条件が一定であるとの仮定の下ではあるが,消費を5%程度抑制するという結果になっており(第1-2-7図②),消費を抑制する要因となった可能性がある。

(98年入り後も低調な動きが続く)

98年に入ってからも,個人消費は低調な動きから脱していない。雇用者数が減少に転じ完全失業率が既往最高となるなど雇用環境は厳しさを増しており,雇用者所得にマイナスの影響を及ぼしている。しかし,2兆円規模の所得税,個人住民税の特別減税の実施によって可処分所得が増加し,金融システムの安定化策がとられるなど,家計の景況感についても更に悪化するという状況ではなくなった。このことは,「家計調査」の勤労者世帯消費性向が3月以降上昇していることからもみてとれる。消費支出や小売販売に関する各種統計も,3月からある程度上向く動きをみせている(注9)。こうして,個人消費は,金融システムの差し迫った不安定化の懸念が薄れ減税の効果も現れるといったプラス要因と,雇用面のマイナス要因とが綱引きしている状況にある。

しかし,4月には16兆円を超える規模の経済対策が決定され,その中には4兆円の特別減税の追加・継続が盛り込まれている。98年中に実施される2兆円分をすでに2月から実施されている分と合わせると,標準世帯で13万円強の可処分所得の増加となる。年明け後の雇用情勢の一層の厳しさは消費者心理にマイナス要因であるが,昨秋のころには既に消費者心理に織り込まれている面もある。このように,総合経済対策の効果もあって,今後消費は緩やかながらも回復に向かうと期待される。

3. 消費の潜在需要発掘を

(消費は飽和したか)

消費の低調さは単に景気が停滞し消費者が支出を抑制しているからだけではなく,消費そのものが飽和してしまったからではないか,という議論がある。

まず,家計調査により財・サービス別消費の推移をみると,非耐久消費財(食料,光熱・水道等)が75年には消費支出の49%であったのが97年には41%に下がり,半耐久消費財(衣類,什器等)も同16%から11%に下がったのに対し,サービスは同28%から41%へ大幅に上昇しており,消費がサービス支出にシフトする傾向にある(注10)。おおまかにいえば,必需的消費から裁量的消費にウエイトがシフトしているとみることができる。

このように,サービスが順調に構成比を伸ばす一方で,耐久消費財についてみても普及率が既に高いものが多いため,故障による買換えといった必需的な購入が増えるのは否めないが,上位品目への買換えや追加の買増しといった能動的な購入の比率もそれほど低下してはいない( 注11)。つまり,普及率が既に高くなっていても冷蔵庫やカラーテレビの大型化,洗濯機の全自動化のように高機能化することで買換えを促すことも可能である。さらに,CDプレーヤーや,ビデオカメラのように普及率が上昇傾向にあるものや,MDプレーヤー等の新規需要が旺盛なものもあることから,耐久消費財全体についても構成比は頭打ち傾向にあるものの,飽和してしまったとはいえない(注12)。

このように,消費需要が飽和したとはいえず,消費財・サービスを供給する側による,消費者ニーズやライフスタイルの多様化に合わせ,またニーズを発掘するような,全く新しい製品,サービスの供給や,既成商品の高性能化,低価格化によって,消費需要を喚起する余地は十分あると考えられる。また,そうした供給する側の自由な活動が,合理的根拠を欠いた公的規制や商慣行によって阻害されているならば,そうした規制や慣行を取り除く必要がある。

(通信サービスの需要)

消費支出の中で,電話通話料に代表される「通信費」の支出金額が増加している。これは,今まで「通信費」というと,固定式電話の通話料がほとんどであったが,携帯電話の普及,FAXの個人所有,インターネットサービスの普及というように,「個人」からの需要に応えたサービスの展開が功を奏したものとみることができる。実際,家計調査でもこの「通信費」の伸び率は別表のように95年から大きな伸びを示している。総務庁「単身世帯収支調査」でみても95年4,948円/世帯,96年5,555円/世帯(名目前年比12.3%増),97年6,441円/世帯(名目前年比15.9%増)となっている。一方,(社)電気通信事業者協会の資料をみても,94年以降の大きな伸びは携帯電話の寄与に依存している。

このように,「携帯電話」を中心とした通信費は大きな伸びを示しており,消費者のコミュニケーションに対する需要がさかんであることを示しているといえよう。

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