第1節 つながってきた自律回復のリンク

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今回の回復期には,在庫調整終了→生産増→雇用増→所得増→消費増→生産増,あるいは生産増→収益増→設備投資増→生産増,という,景気回復期に働くはずの好循環のダイナミックスがなかなか働かなかった。しかし,96年夏に在庫調整が一巡してからはようやくこのメカニズムが円滑に回転しはじめている。この節ではそれぞれのリンクがとぎれていた背景と,それがつながるようになった要因を分析するとともに,消費税率引上げ等の影響が出るなかで,自律回復メカニズムの持続性を探る。

1. 在庫調整一巡と輸入鈍化により増加傾向となった鉱工業生産

第一のリンクは,最終需要が増えたときに生産の増加に結び付くかどうかである。生産のうち,第三次産業は,第三次産業活動指数でみると,94年から,テンポは極めて緩やかであるものの(94年1~3月期から96年10~12月期までの伸び率5.5%),おおむね安定的に生産を回復させてきた。これに対して鉱工業生産の伸びは,総じてみれば第三次産業より高かったものの(同11.8%),95年に足踏みを経験し,96年に入ってからも緩やかに推移した。

(今次回復局面における鉱工業生産の動き)

今次景気回復過程では最終需要の回復と比べて鉱工業生産のもたつきが目立った。鉱工業生産の動きをみると,93年秋の景気の谷から徐々に回復しはじめたものの,急速な円高や阪神・淡路大震災等の影響で95年度上半期には早くも在庫がたまって生産調整が行われた。その後,95年夏から一度生産は回復の動きをみせたものの,生産財のうち,震災の復興需要を当て込んで増産した鉄鋼や,世界的な需給バランスの崩れた半導体等で在庫の積み上がり,市況悪化がみられ,再び95年末に在庫水準が高まった。こうして,今次回復期には製造業は2度のミニ調整を余儀なくされ,生産の回復も遅れたのである。しかし96年夏には,長引いていた生産財の在庫調整もほぼ一巡し,設備投資等国内需要の好調と円安等による外需の上向きを背景に,7~9月期以降は増加傾向で推移している。

需要の伸びが相対的に低いなかでは,ともすれば在庫がたまり,その調整を余儀なくされる。第1-1-1図は,需要を示す鉱工業出荷の変動と在庫の変動の関係を描いたものであり,通常右回りの循環を描く。93年10~12月期までは出荷が減少し,在庫を調整する局面となっていたが,94年1~3月期には出荷が堅調に増加し,在庫が減少する局面に転じた。通常の回復期ならそのまま出荷が堅調に伸び,在庫も緩やかに積み増す局面に転じていくわけだが,今回は94年末ごろから出荷の伸びが鈍り,在庫がたまって96年1~3月期ごろまで1年以上にわたって在庫積み上がり局面ないしは在庫調整局面を経験した。96年4~6月期に入って再び出荷が伸びるようになり,在庫調整局面を脱し,更に在庫は減少してきている。生産が順調に増加する条件が整ったわけで,現に生産は96年7~9月期から目覚ましく増加した。

さらに財別にみると,資本財,耐久消費財,生産財とも95年1月期前後に在庫率が上昇し在庫調整局面に入っており,輸出が弱含んだ影響等が製造業の広範な分野に及んだことが示されている。これに対し,出荷が回復して在庫調整局面を脱した時期については,資本財では95年6月期,耐久消費財及び生産財では96年6月期と,時期に差がみられる。これは,資本財は設備投資需要の回復に支えられて在庫調整は比較的早く終了したものの,耐久消費財では乗用車の輸出減に伴う在庫積み上がり,生産財では鉄鋼,半導体の在庫調整が遅れたことと整合していると考えられる。

(頻繁に起きた在庫調整)

それでは,今回の景気回復期においてはなぜ短期的な在庫調整が繰り返されたのだろうか。在庫の積み上がりは,想定した需要に基づいた生産量を実際の需要量が下回る時に起こると考えられる。まず,需要要因については前述のように,今回の局面は過去に比べて最終需要の盛り上がりが緩やかであった。生産要因について,日銀「主要企業短期経済観測調査」を用いて,主要企業の生産予測(3か月先)の数値を過去の回復局面と比較しよう(第1-1-2図)。通常の回復期では生産の伸びの予測はかなり低く,実積の伸びが予測を大きく上回っていた。しかし,今回の回復局面においては,予測が過去の回復期を上回ったのに対し,実積は比較的低く,両者のかい離が小さくなっていた。経済の緩やかな回復に比べて企業はやや強気の生産予測をしていたものと考えられるが,それだけに何らかの原因で出荷が伸びないと,在庫がたまりやすかったわけである。こうしたことが短期的な在庫調整を繰り返す大きな要因になったと考えられる。このような状況は第一次石油危機後の回復局面でもみられ,生産実積と生産予測のかい離が小さく,在庫の水準も高かった。

(総供給の伸びに対する輸入の寄与は縮小)

第2節に見るように,93年から95年にかけて,円高の進行等を背景に工業製品の輸入数量は60%程度増加した。国内需要の増加はある程度輸入の増加によって賄われ,その分国産品が代替されたことにより,国内生産の伸びが緩やかとなった。

鉱工業の総供給を輸入と国産とに分けてみると(注1),94年1~3月期から増えはじめた総供給は,96年1~3月期までの2年間で11.7%増えたが,そのうち輸入は45.8%増,総供給への増加寄与度は5.8%を占めている。これに対し国産品は6.7%増,寄与度は5.8%にとどまった。これは国内総供給の伸びの半分程度を輸入が賄ったということを示している。この動きは財別に差があり,資本財では輸入品よりも国産品の寄与が大きくなっているのに対し,消費財では,輸入が増加傾向で推移するなかで,国産品が弱含んでおり,輸入品により,国産品の一部が代替されていることが分かる。

しかし,95年半ばから為替レートが円安方向へと向かっていることの効果もあって,96年7~9月期から10~12月期にかけては,総供給2.2%増のうち輸入の寄与は0.2%,97年1~3月期にかけては同2.8%増のうち0.1%と低下し,国産品の増加寄与が大きくなっている。さらに,鉱工業出荷に占める輸出の増加寄与が96年10~12月期には高まっている。このように,総供給の伸びに対する輸入の寄与は縮小してきており,輸出の増加寄与とあいまって,需要増が生産の増加に結び付きやすくなっているといえる。

(生産の増加傾向は持続的か)

上述のように,96年夏以降は,鉱工業生産は順調に増加を続けてきた。在庫調整の一巡と,総供給の伸びに対する輸入の寄与の縮小により,最終需要の増加が生産増に直結するようになっている。このような状況は今後も持続すると考えてよいのだろうか。

この点については,第一に,堅調な需要を背景に在庫率は低下してきており,全面的な在庫調整に至る危険は小さいと思われる。第二に,企業も二度にわたる在庫積み上がりの経験から大幅な増産には慎重であると考えられる。第三に,為替レート変化による輸出入数量への価格効果はかなりタイムラグがあるため,年初までの円レート低下で総供給の伸びに対する輸入の寄与が小さくなっているという状況は,すぐには変化はないと考えられる。したがって,最終需要から生産へのリンクは当面持続性があると考えられる。

ただし,96年末からの最終需要の増加は,一部は消費税率引上げ前の駆け込み需要によるものであったとみられ,4月以降はその反動が現れて一時的には国内需要の伸びが緩やかになっている可能性もある。

さらに,鉱工業生産の96年秋からの増加のかなりの部分は自動車生産の直接間接の寄与によるものであり(注2),生産の増加のけん引役が更に幅広い品目に広がっていくかどうか,今後の動向を注視していく必要がある。

2. 生産増が雇用増に結び付く

好循環の第二のリンクは生産活動から雇用へのつながりである。今次回復過程では,生産活動の活発化は,なかなか雇用増に結び付かなかった。バブル期に大量に常用雇用を抱え込んだ企業が,雇用過剰感を強く持っていたためである。しかし,生産の増加と雇用リストラの進展により,最近は企業の雇用保蔵が軽減されてきており,生産増が雇用増に結び付きやすくなってきた。

(景気回復期に入っても残った雇用過剰感)

企業はバブル期に積極的に雇用を拡大した。雇用者数は,86年の4,379万人から91年の5,002万人へ増加した。バブル崩壊とともに雇用不足感が後退し始め,93年に入ると雇用過剰感に転じ,日銀「短観」によれば,過剰感がピークであった94年4~6月期には,雇用人員判断D.I.(雇用人員が「過剰」と答えた企業の割合から「不足」と答えた企業の割合を引いたもの)は大企業で28%,中小企業でも10%と,企業の雇用判断は「過剰」超となっていた。景気回復が始まってからも,回復テンポが緩やかだったため雇用過剰感は根強く残り,96年半ばまで,規模計で2桁の「過剰」超が続いた。

(改善しはじめた雇用)

こうして生産活動の回復は当初なかなか雇用増に結び付かなかったが,景気回復の本格化につれて,次第に雇用の改善がみられるようになってきた(第1-1-3図)。

生産が回復し始めても,企業は常用雇用の労働者の増加には慎重であったから,まずは労働時間を増加させて対応した。製造業の所定外労働時間は93年10~12月期の月10.3時間(「毎月勤労統計」により当庁試算)を底に増加に転じ,97年1~3月期の14.3時間(同)まで,年率10.7%の伸びを示している。続いて固定的コストになりにくい労働者が増えはじめた。パートタイム労働者の新規求人は94年4~6月期から前年を上回るようになり,最近では年20%以上の増加を示している。パートタイムの常用雇用者(注3)数も95年末から前年を上回るようになり,97年1~3月期では前年比4.3%増となっている。

こうなると,いよいよ雇用回復の動きがフルタイム労働者にも及んでくるはずである。パートタイムを除く常用雇用は前年比で低い伸びにとどまっているものの,パートタイムを除く労働者の新規求人は,95年以降おおむね前年を上回るようになっており,97年1~3月期は前年同期比9.8%増となった。

このように,生産活動の活発化はやっと雇用の増加につながるようになってきている。90年代に雇用者数を90万人程度拡大させた建設業について,このところ求人数が減少していることは留意すべきであるが,全体としては雇用は増加傾向にある。

(需給ミスマッチでなお厳しい雇用情勢)

雇用者数は97年に入って増加テンポが速まっているが(注4),完全失業率が高い水準で推移しており,その意味では雇用情勢はなお厳しい。有効求人倍率は97年1~3月期で0.74倍と,バブル期の1倍を超える水準には程遠いものの,70年代後半から80年代前半の期間のピークに近いところまで上昇してきているが,完全失業率は95年1~3月期以来3%台に高止まっている。労働力率は95年まで下がってきた後,96年になって63.5%前後でほぼ横ばいとなっている。このような失業率高止まりの背景には,需要不足による失業が今なお解消されていないことに加え,労働力供給側の行動変化や労働力需給のミスマッチが影響している可能性がある。

労働力需給のミスマッチは,失業者数と企業の未充足求人数(欠員数)との共存の程度によって把握される。ミスマッチが完全にゼロでありまた労働移動に伴う摩擦的失業もなければ,失業者がいる限り未充足求人はなく,未充足求人が存在する限り失業者はいないはずだからである。失業と欠員が等しいとき,労働力需給は均衡しているとみることができ,そのときの失業率を均衡失業率という。均衡失業率について,失業・欠員分析によりみてみると(第1-1-4図),近年は,欠員率が上昇する中でも雇用失業率が上昇していることが分かる。これは,企業の欠員と失業とが同時に増加したことを意味しており,需給のミスマッチの拡大を示唆するものである。ただし,この分析でみる限り,80年代後半の景気拡大期と比べると,明確に上昇しているとはいえず,必ずしもミスマッチが大幅に拡大しているとは言い切れない。

そこで,ミスマッチ拡大の有無を,次の3つの要因について調べてみた(第1-1-5図 )。第一は企業間労働移動が活発化したか否かである。これは企業に新たに就職した人の割合(入職率)と離職した人の割合(離職率)とが同方向に動いてきたかどうかで判断されるが,今回の景気後退期も回復期も,入職率,離職率及び転職入職率がすう勢的に上昇してきた事実はない。したがって,労働移動が特に増加トレンドにあるとはいえない。

第二は職種間のミスマッチが拡大したかどうかである。一般に,産業構造変化や情報化・技術革新が進むなかで,労働力供給側の技能や職種と企業が求めるものとがかい離しているといわれる。労働省の「労働経済動向調査」によれば,職種別に見て,管理職や事務職で過剰感が強く,専門技術職や技能工ではむしろ不足感がある。しかし,専門技術職や技能工が管理職や事務職に比べ不足感が高い傾向は,今に始まったことではなく,バブル期を含め過去から存在しており,最近その傾向が拡大したわけではない。事実,職業間のミスマッチの程度を示すミスマッチ指標をみると(第1-1-6図),長期的にはミスマッチの拡大がみられるが,最近ではミスマッチはやや縮小している。

第三は年齢間のミスマッチである。失業率が近年上昇しているのは10歳代,20歳代の若年層と,55歳以上の高年齢層であり,それ以外の年齢層は90年代にも失業率の目立った上昇はみられない。ではこれらの世代の失業率上昇が,労働力需給のミスマッチの拡大によるものか,需要不足によるものかを,失業・欠員分析によりみてみると,40歳未満,特に20歳台ではUV曲線は今回の景気回復局面で右上方に大きくシフトしており,労働力需給のミスマッチが拡大している。一方,50~64歳層では,90年代に入って欠員率にわずかではあるが低下がみられるなかで雇用失業率が上昇しており,この年齢層の失業率上昇は需要不足による面が大きいと考えられる。職業間と同様に年齢間のミスマッチ指標によりみてみると(前掲第1-1-6図),近年は拡大していることがわかる。これには,さきにみたように高齢化が進展するなかで高年齢者に対する労働力需要が不足していることや若年層を中心とした離転職に伴う失業・求職の増加等が影響しているものとみられ,今回の景気回復期においても,失業率を下がりにくくしている一因となっている。

以上のように,労働力需給のミスマッチは近年拡大傾向にある。しかし,職業間のミスマッチはやや縮小している。また,必ずしもすべての年齢層においてミスマッチが拡大していることを示すものではないとみられる。だたし,高年齢層に対する労働力需要が不足するとともに,若年層において顕著にミスマッチが拡大しているため,失業率が高止まっていることもあり,景気回復が進んでも失業率は下げ渋るとみられる。

3. 雇用改善が家計の所得・消費に結び付く

好循環の第三のリンクは雇用増が家計所得を経て家計消費や住宅購入等家計の需要増をもたらすルートである。雇用情勢が厳しいなかで,家計所得の伸びも緩やかであったが,家計は経済の先行きへの不透明感や雇用不安等から更に支出増に慎重になり,「国民経済計算」ベースの消費性向は94年度まで低下した。しかし雇用情勢の改善は,勤労所得を増加させ,家計消費も緩やかな増加を示している。消費税率引上げ等が,このところつながってきた所得から消費へのリンクに影響を及ぼす可能性はないとはいえないが,雇用情勢の改善のプラス面がマイナス影響を相殺することが期待され,個人消費の腰折れにつながるものではないと考えられる。

(堅調さを増す家計の所得)

雇用者の一人当たり賃金は景気が回復に転じてからも緩やかな伸びにとどまってきた。勤労者の実質賃金は,93年度に前年比0.5%減と,2年連続のマイナスに落ち込んだ。回復期になって所定外給与が増加してきたが,景気回復のテンポが緩やかであったことや物価の安定等により,所定内給与の伸びが次第に鈍り,94年度以降前年比1%強程度の伸びが続いてきた。

しかし最近は所定外労働時間の増加に加え,企業収益増を反映してボーナスの伸びが高まり,賃金は増加率を高めている。

(慎重ではあるが堅調さを増した家計消費)

家計消費の動きは,通常は所得等によって決まってくる,いわば「従属変数」であり,景気回復の初期に他の需要に先駆けて景気のけん引力になるわけではない。直近の不況の間,設備投資や外需が大幅なマイナスとなるなかで,GDPベースの家計消費は辛うじて年1~2%の実質増加を示し,景気の下支え要因になってきた。しかしこれは家計が積極的な消費行動をしたというよりは,可処分所得が相対的に伸びたことによるものであった。むしろ家計は支出に慎重で,「国民経済計算」ベースの家計の消費性向は91年度の87.0%から94年度の86.1%ヘ低下した。95年度には87.3%へ上昇した。

96年後半からは,雇用や所得の回復とともに,家計消費は緩やかではあるが回復テンポをやや強めている。96年度のGDPベースの実質家計消費は,四半期ごとにかなりの振れがあったものの,年度平均では前年比2.8%増と,95年度に引き続き92年度以来もっとも高い伸びとなった。耐久消費財,旅行等選択的消費の伸びが高まった。そして96年末からは,後述するように,消費税率引上げをにらんだ駆け込み需要が自動車等を中心にある程度みられた。

家電・乗用車等の耐久財購入のかなりの部分は買い替えのペントアップ需要であり,「駆け込み需要」とばかりはいえない。バブル崩壊後の買い控えにより耐久財の保有年数は総じて長くなっており,現在は買換えサイクルの上昇期に当たっているとみられる。しかも,耐久財購入行動は新たなライフスタイルのための「投資」という側面を持つ。情報化関連機器,RV車等はその典型といえるのであり,ある程度の持続性を持っているものとみられる。

(消費性向回復の可能性と消費税率引上げ)

97年度に入り,消費税率が引き上げられ,所得税・個人住民税の特別減税は実施しないこととした。これらは,可処分所得の減少と物価の上昇を通じて実質可処分所得を減少させ,実質消費支出を押し下げる方向に働くと考えられる。最終的に消費支出がどの程度低下するかは,可処分所得の動きとともに,家計の消費性向の動向に依存する。以下では,消費性向の決定要因について検討してみよう。

まず,消費性向と可処分所得は密接な関係があるといわれている。家計はある程度消費を平準化しようとすると考えられるので,可処分所得が減少すれば消費性向が上昇する可能性がある。過去において,名目可処分所得と消費性向がどのような関係にあったかをみると(第1-1-7図①),すう勢的には,名目可処分所得の増加率が低下すると同時に消費性向が上昇するという関係がみられる。しかし,実質可処分所得と消費性向との関係をみると(同図②),両者の関係は明確ではない。名目可処分所得増加率は実質可処分所得増加率と物価上昇率の和であるから,名目可処分所得と消費性向が相関するという関係は,70年代後半以降インフレ率が傾向的に低下してきたことを反映して消費性向が高まったことにより生じたみせかけのものにすぎない可能性がある。すなわち,名目可処分所得の伸びの低下と消費性向の上昇が結果として同時に生じた場合が多かったとしても,それは実質可処分所得の伸びの低下によって消費性向が上昇したというよりも,物価上昇率の低下に対応したものであるといえよう。実際,実質可処分所得と物価上昇率等を説明変数とした消費性向関数を推計してみると(第1-1-8図),実質可処分所得は有意でなく,また,仮にその係数を使って消費性向の変化にどれだけ影響しているかを計算してもそれほど大きな寄与をしていない。

このように,過去のデータから実質可処分所得と消費性向の間に明確な関係が認め難いのは,可処分所得の変化に対する家計の反応は所得変化が一時的なものか恒久的なものかに依存するためと考えられる。すなわち,実質可処分所得の低下が一時的なものであれば,消費を平準化するために一時的に消費性向を引き上げることが合理的であろうが,今後ずっと所得が低下すると考えれば,むしろ新たな状況に適応して消費を抑制する方が合理的と考えられる。短期的には家計が消費水準を維持しようと行動する可能性も排除できないが,今回の消費税率引上げが恒久的なものであり,所得税・個人住民税の特別減税を実施しないこととしたことを考えれば,家計は必ずしも消費性向を引き上げるという行動を示すとは限らない。なお,さきに推計した消費性向関数において物価上昇率は有意な影響を与えているが,消費税率引上げによる物価上昇は,消費性向への押し下げ要因となる可能性がある。

その一方,近年の消費性向の動向に大きな影響を与えているものに,雇用の不安定感がある。配置転換が頻繁化するなど雇用の安定性が揺らいでくると,現在の所得が将来も確保できるという確信が薄れ,将来に備えて消費態度が慎重化して消費性向が低下すると考えられる。さきの消費性向関数においても雇用不安要因は有意に効いており,しかも,90年代初にはかなり大きく消費性向の足を引っ張る効果があったとみられる。しかし,96年には雇用情勢の改善の動きもみられたことから,消費性向をかなり引き上げたとみられる。雇用情勢の改善が更に進展していけば,こうした面からは消費性向が下支えされることが期待される。

これとともに,雇用環境の改善による所得の伸びは可処分所得の伸びにつながるものとみられ,基調として,消費の緩やかな回復傾向は維持されるものと考えられる。

(「駆け込み需要」とその反動)

税制改革の消費への影響は,短期的なものとして,消費税率引上げ前の駆け込み需要とその後の反動減がある。89年の消費税導入時にはこの効果が顕著に出て,89年1~3月期の家計消費が前期比実質2.2%増加,4~6月期は同 1.0%の減少と大きな振れを経験した。このときはしかし家計可処分所得が年間16兆円程度増えていたときであり,また同時に物品税廃止もあって大部分の耐久消費財の駆け込み需要は発生しなかったため,マイナス影響は1四半期だけで一巡した。

今回は乗用車購入が96年10~12月期から前年同期比2ケタ増で推移し,また3月には,家電製品販売や百貨店販売が大幅な増加を示し,「家計調査」の全世帯消費支出も耐久財や衣類を中心に前年比5.8%増と大幅に増加した(89年3月同6.3%増)(注5)。こうした駆け込み需要の反動は4~6月期を中心に消費を抑制する方向に働くが,時間とともにその影響も薄れていくものと考えられる。

(低金利と消費税にらみで高水準となった住宅建設)

住宅着工は89年央より始まった金利上昇の影響から91年に大幅に減少して137万戸となった後,不況期・回復期を通じて傾向的には増加してきた。これには,①住宅ローン金利の低下,地価下落等による住宅取得価格の低下,②第一次石油ショックまでに建てられた戸建て住宅の更新期,③生産緑地法改正に伴う税制改正により三大都市圏内の市街化区域内農地の宅地転用が進んだことによる貸家建設ブーム,等が寄与している。

住宅ローン金利は,住宅金融公庫貸付金利の場合,90年度後半から91年度前半にかけてのピーク時には法定上限の5.5%まで上がったが,その後傾向的には引き下げられ,96年10月以降3.1%となっている。都市銀行の変動金利は代表的なケースで2.625%まで下がっている。これと物件価格の低下で,初めて住宅を取得する層(一次取得者)にとっての「住宅取得能力」は大幅に上昇している(第1-1-9図)。

住宅着工は94年にローン金利が上昇したこと等から95年にはやや下火になっていたが,95年末から再び増勢を強めた。96年9月までに契約すれば97年4月以降の引渡しになっても引上げ前の消費税率が適用されるため,駆け込み需要が顕著に現われ,着工戸数は96年10月に年率182万戸と,第一次石油危機当時以来の高水準を記録した。その後着工は月を追って減少してきたが,97年度に入って貸家などに下げ止まりの動きもみられる。

消費税率引上げだけを見れば,住宅取得価格を引上げ住宅取得能力を低下させるが,一方で低金利,物件価格の一層の低下に加え,平成6年以降の所得税・個人住民税の減税や借入額に応じて所得税額が軽減される住宅取得促進税制の拡充により,住宅取得能力を上昇させているものと考えられる。すなわち,消費税率2%引上げ(地方消費税の創設を含む)による住宅取得能力の低下は,所得税・個人住民税の制度減税や住宅取得促進税制の拡充により相殺される形となる(第1-1-9図② )。さらにローン金利が0.1%低下すれば,住宅取得能力はむしろ税制・金利変更前より上昇する。こうしたことから,低金利と住宅価格の安定が続けば住宅建設は底堅く推移するものとみられる。

4. 生産増・企業収益増が設備投資増につながる

第四のリンクは生産増,企業収益増から設備投資増へのルートである。生産増が設備投資に結び付きにくかったのは,バブル期の過剰投資によるストック調整の長期化が主因である。しかし,ストック調整の進展や稼働率の上昇等により,設備投資が増加しやすい環境が整ってきている。

(設備投資を低迷させたストック調整の長期化)

設備投資は,景気が回復に転じてからも1年以上低迷が続き,過去の投資主導の景気回復と比べてその足取りを著しく弱いものにした。設備投資がなかなか立ち上がらなかった背景には,バブル期の過剰投資によるストック調整の長期化や,企業のバランスシート調整の存在があった。

90年前後に行われた設備投資が過大なものとなったのは,バブル崩壊後,現実の成長率が急速に低下したのに対し,企業はしばらくの間高めの経済成長を予想し続けたことが原因である。経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」によると(注6),例えば91年度から3ヶ年間の平均成長率は,実積では1.3%に落ちたが,91年度当初企業は3.5%の成長を予想していた。GDPベースの設備投資は91年当初からピークアウトしたが,本格的に減少しはじめるのは92年になってからである。

(生産増・収益増が設備投資増に結び付く)

GDPベースの実質設備投資は,94年いっぱいまで減少を続けた後,95年1~3月期から増加に転じ,次第に回復傾向を顕著にしてきている。設備投資回復の背景として,次の点が指摘できる。

第一は設備ストック調整がかなり進展し,稼働率もかなり高まってきており,生産の増加が設備投資の増加につながりやすくなっていることである。91年半ば以来低下してきた資本ストックの伸び率は95年に入って回復に転じており,資本ストック調整がほぼ一巡して設備増強局面に入ったことが分かる(第1-1-10図)。また,日本銀行「企業短期経済観測調査」により生産設備の過剰度をみると,非製造業では主要企業,中小企業ともほぼゼロ(「過剰」とする企業割合と「不足」とする企業割合がほぼ同数である状態)となっており,製造業では多少「過剰」が「不足」を上回っているが,その程度はバブル期より前の70年代後半から80年代前半の期間における景気のピーク時の水準に近い。このように,マクロ的には,過剰な資本ストックの調整はかなり進展しているといえる。

また,稼働率も高まっており,生産の増加が稼働率の上昇で吸収される余地が小さくなっていると考えられる。公表されている稼働率指数については,最近大きく生産が伸びている情報化関連品目が含まれていないこと,その分母となる生産能力には陳腐化した資本ストックも含まれていること等により,下方バイアスがかかっている可能性がある。集積回路や電子計算機といった情報化関連品目も加味した稼働率指数を試算すると,稼働率水準がかなり回復してきていることが分かる。(注7 )

このような状況下で生産の増加が設備投資の順調な伸びを促しているとみられる。設備投資関数を推計してみると( 第1-1-11図),ストック要因のマイナス幅が減少した後,生産増加要因が大きくプラスに寄与しており,ストック調整が進展し,生産の順調な拡大が投資の拡大へとつながってきているといえよう。

第二に,企業収益の改善が設備投資の増加に大きな寄与をしている可能性がある。企業収益率は,設備投資の伸び率と相関が極めて高いが(第1-1-12図),これは企業収益の改善が企業の投資マインドを刺激したり,キャッシュフローの改善を通じて資金面からも設備投資にプラスの影響を与えているためであると考えられる。また,第6節でみるように,バランスシート調整の進展も設備投資に対して好材料となっている。

第三に,実質金利の低下も設備投資を促す背景の一つとなっているが,寄与は大きくない。バブル崩壊後,名目金利は大幅に低下したが,卸売物価が下落を続けたため,実質金利はある程度下げ渋っていた。しかし,最近では名目金利の一層の低下とともに物価下落が一巡したことにより実質金利が低下してきており,資金調達面から設備投資が後押しされる環境にある。これに加え資本財価格の低下もあって,資本の労働に対する相対価格は低下しており,労働を資本に代替することにより生産効率を高めるインセンティブは以前にも増して強まっているといえる。なお,仮に長期金利が反転上昇したとしても,前出の設備投資関数によれば,実質金利低下の効果はあまり大きくなく,設備投資に対し直ちにマイナスの影響を及ぼす可能性は小さい。

こうした要因に加え,第四に,90年代に入っての投資機会の拡大がある。次頁にみるような情報化やネットワーク化,さらには国内外の競争激化で,生き残りのためにも投資を先延ばしできない状況がうかがわれる。

以上の要因を総合的に考え合わせると,不動産業等の一部業種においては,引き続きバランスシート調整圧力が残存し,設備投資の回復は遅れているものの,平均的にはストック調整はほぼ終了しており,新たな投資を行うインセンティブが高まっているといえる。新たな需要が見込まれれば,設備投資が積極的に行われ得る環境にある。

(情報化投資)

今回の景気回復局面においては,半導体,パソコン,ワークステーション等の性能向上によるダウンサイジングの流れや,パソコン等をネットワークで結んだシステムによる情報処理の急速な広がりを背景に,情報化関連設備への投資(情報化投資)が大きく伸びている。

最近の情報化投資品目(事務用機器,通信機械,電子計算機を情報化投資品目とした)の出荷の推移を見ると96年には前年比で27.5%増であり,資本財出荷全体に対する比率は96年で34.0%に達している。また,96年の鉱工業生産の増加(前年比2.6%増)のうち,情報化投資品目の生産増が62.6%(さらに波及品目分も加えると105.2%)寄与しており,情報化投資品目の需要が生産を拡大させ,今回の景気回復局面をけん引した役割は大きかったということができる。(注8)

それでは,今後も情報化投資が設備投資全体のけん引役となり得るであろうか。これを検証するため,情報化投資の中心である電子計算機関連品目(アメリカの定義に合わせ,電子計算機,ワープロ等を電子計算機関連品目とした)について,日本の民間部門におけるストックを推計し(注9),アメリカと比較した。

まず,電子計算機関連ストックの伸び率をみると(第1-1-13図①),91年までは日本はアメリカとそん色ない伸びを続けてきたが,バブル崩壊に伴い日本のストックの伸びは大きく鈍化し,94年以降再び増加率は拡大を続けているものの,アメリカのストックの伸びとは依然大きな差があることが分かる。これは,アメリカが92年以降新設投資を堅調に増加させてきた一方,日本の投資は92,93年と前年比マイナスを続けたことによるものである(同図②)。また,電子計算機関連ストックが全民間企業資本ストック(非住宅)に占めるシェアの推移をみると(同図③),アメリカでは80年代から増加幅が拡大し90年代に入っても堅調に増加しているのに対し,日本では足元で増加幅は拡大しているものの,不況の谷だった91年のアメリカの伸び率にも達していない。

以上のように,現時点では日本はアメリカに比べて電子計算機関連品目のストックの伸びは緩やかであり,水準としてもまだ低いと考えられることから,今後とも電子計算機関連投資は堅調に推移していく可能性が高いものと思われる。

(ばらつきのみられる中小企業の設備投資)

大企業に比べ出遅れていた中小企業の設備投資は,製造業を中心に回復が広がりつつある。過去の回復局面においては,中小企業の設備投資は大企業に比べて先行性を持つという関係がみられたが,今回は逆に大企業に1年遅れての中小企業の回復となった。中小企業の設備投資が遅れたのは,売上高経常利益率等にみられる企業の収益性が依然として低いことや,取引先からの販売価格引下げ要求や規制緩和等の影響で競争条件が厳しいこと等から業況の回復が遅れたことによるものと考えられる。また,中小企業は設備投資資金の多くを金融機関からの借入れに依存しているが,過去の借入れに対する負担が大企業に比べて相対的に大きいことや,バランスシート調整を強いられる金融機関が,貸出しにおけるリスク選別を厳正化したことも影響を与えたとみられる。

こうした厳しい環境下ではあるが,大企業での生産・収益回復が中小企業に波及しはじめ,バンスシート調整が徐々に進展するなかで,中小企業(製造業)全体の設備投資総額は回復してきている。しかしその一方で,設備投資を実施した企業の割合は今次景気回復局面においては低い水準にとどまっており(注10),中小企業の設備投資は,技術力や新規事業展開に向けた体力の差などを反映し,個別企業間でのばらつきが大きいものとなっている。

(設備投資増加は持続的か)

97年度の景気回復の持続のためには,設備投資の回復が持続することが重要である。97年度以降設備投資が鈍化するかどうかが議論になっている。技術革新・新製品開発等投資機会がそろそろ一巡するのではないかとの見方があり,また97年度に入っての消費税率引上げ等の景気への影響を見極めるべく企業は設備投資計画に慎重になっているとの指摘もある。しかし,次のような設備投資増勢継続要因がある。

第一に,投資の増加が多くの産業に広がっていることである。95年度には設備投資は製造業(特に自動車,半導体),及び通信業等に集中していたが,96年度には製造業で企業収益改善を背景に増加業種に広がりがみられ,非製造業においても,通信業のみならずリースや卸・小売等回復に広がりがみられる。また,大企業に比べ遅れていた中小企業についても,回復がみられるようになった。企業の97年度設備投資計画をみると,通信業での増勢一服感や電力業での慎重姿勢等がうかがえるが,全体としては引き続き堅調さがみられる。また,商業用不動産のストック調整はまだ一巡していないものの,情報化や規制緩和の効果や賃料の割安感等から,優良なオフィスビル等への需要が強まっていることは,新規投資を促す要因となり得る。このような新たな増加部門の広がりは,設備投資が全体として一巡してしまう可能性を低める要因になっている。

第二に,企業収益は現在のところ増益基調で,日本銀行「企業短期経済観測調査」によれば,企業は97年度も96年度並の収益の改善スピードを維持すると考えている。上記の分析(前掲第1-1-12図)でもみたように,設備投資の動向には収益の影響が大きい。

第三は,情報化や規制緩和の効果で,経済構造変化に立ち向かうための投資は産業横断的に盛り上がっている。さらに,各種アンケート調査の投資目的別内訳によると,製造業(特に素材型)を中心に能力増強投資がやや増えはじめている可能性もある。

このように,設備投資は簡単にピークアウトしないと考えてよいのではないか。

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