第5節 中小企業の最近の変化
現在の景気局面に当たって,中小企業の回復が遅れている。本節では,規制緩和,円高,海外生産の進展が中小企業に及ぼしている影響,さらに,このような状況変化の下,中小企業に生じているであろう構造変化について分析している。そして,最後に,中小企業が今後も活力を維持するための幾つかの可能性を考察している。
1. 中小企業の日本経済における役割
まず初めに,中小企業の日本経済における地位を,シェアや大企業との比較においてみることにより,中小企業が日本経済に果たしてきた役割を考えてみよう。
(名目付加価値ベース及び雇用のシェアの時系列的変化)
法人企業統計を用いて,規模別の付加価値額及び雇用のシェアを時系列的にみてみよう(ここでの中小企業は,資本金1億円未満の法人を対象としており,個人企業は含まれていないので,中小企業のシェアが,個人企業を含んだ場合よりも小さくなることに留意する必要がある)。
付加価値額(名目)について,75年度以来長期的にみると,中小企業のシェアはやや低下しているが,あまり大きな変化はない(第2-5-1表①)。製造業,非製造業に分けてみると,非製造業で中小企業のシェアが特に高い。雇用についてみると,長期的にそのシェアはほとんど変化していない(同表②)。製造業と非製造業に分けてみると,製造業がほとんどシェアに変化がないのに比べると,非製造業では,シェアがわずかながら減少している。以上のように,時系列的にみるとやや低下しているものの,中小企業が付加価値や雇用に占めるシェアは高く,経済全体にとって,中小企業の活動が重要であることが分かる。
(労働生産性・賃金・単位労働コスト)
94年度における労働生産性(従業員一人当たりの実質付加価値額)のレベルをみると,全産業で,大企業に対して半分以下しかない(第2-5-2図①)。業種別にみると,一般機械,小売業,繊維では大企業の6~7割と,比較的大企業との差が小さいのに対し,サービス業,運輸・通信,食料品,電気機械では大企業の3~4割と差が大きい。さらに,個人企業をみると,製造業,卸売・小売業,飲食店,及びサービスにおける生産性は大企業に比べて1~2割と著しく低い。
ここで,過去20年の中小企業の労働生産性上昇率を業種別にみてみよう。電気機械(年率11.9%),化学(同7.3%),鉄鋼(同5.6%),一般機械(同4.3%)が高い一方で,石油・石炭(同-9.4%),食料品(同-1.6%),サービス(同-0.4%),運輸通信(同-0.2%),建設業(同0.3%)については,マイナスあるいはほとんどゼロとなっている(同図②)。個人企業については,生産性上昇率は法人に比べ低いものにとどまっている(製造業年率1.6%,卸売・小売業,飲食店1.9%,サービス業-0.9%)(同図②)。さらに,大企業との比較でみると,この20年間,中小企業の生産性上昇率は大企業に比べて小さく(全産業で大企業:2.2%,中小企業:1.6%),大企業との生産性レベルの格差がやや拡大する結果となっている。業種別にみると,鉄鋼,一般機械,卸売,小売,不動産業では,中小企業の方が生産性上昇率が高くなっている。それに対して,繊維では,大企業の生産性上昇率が中小企業に比べてかなり高くなっている(同図③)。
中小企業は大企業より労働生産性はかなり低いが,賃金水準(従業員当たりの給与支払い)が全体として大企業の5~6割であることから,単位労働コストは大企業の1.2倍程度で,生産性の差ほど大きくない(同図④,⑤)。
以上まとめると,法人企業統計によれば我が国の付加価値の半分以上は中小企業により生み出され,従業員の約7割は中小企業に属している。中小企業の生産性レベルは大企業の半分以下であるが,賃金が5~6割であることから,労働コストの差は生産性の差に比べると小さなものとなっている。
(規模別,産業別の生産性と雇用の変化)
さて,ここで,規模別,業種別(14業種)に生産性と雇用の変化をみてみよう。過去20年について,75年度~85年度と85年度~94年度と区切ってみることにする(後者はおおむね円高期とみなしてよかろう)。
75年度~85年度については,大企業,中小企業とも生産性と雇用がともに上昇した産業が多く(ともに6業種),中小企業の雇用の伸び(2.6%)は大企業(1.6%)を上回り,この間の雇用増の86%を占めた(第2-5-3図)。85年度~94年度については,大企業で生産性も雇用も上昇した業種が最も多かった(8業種)のに対して,中小企業では,生産性は上昇,雇用は減少した業種が最も多かった(6業種)。この期間中小企業の雇用の伸び(1.9%)は大企業を下回り(3.1%),雇用増への寄与も低下した(71%)。中小企業においては,75年度~85年度で生産性と雇用がともに増加した電気機械,化学,卸売業,不動産業において85年度~94年度には生産性の上昇は雇用の減少を伴っている。一方,運輸通信は大企業,中小企業とも75年度~85年度で雇用は増えながら生産性はマイナスであったが,85年度~94年度には雇用を増やしつつ,生産性の上昇も達成している。また,食料品とサービス業は,大企業,中小企業とも両期間において,雇用が増加する一方,労働生産性の低下が続いている。繊維,鉄鋼では大企業,中小企業とも両期間を通じて雇用が減少し労働生産性が上昇している。また,個人企業においては,全般的に労働生産性上昇率と雇用増加率は低い。特に85年以降では,雇用が減少している。
以上,85年以前では,中小企業の方が雇用の拡大した業種が多かった(11業種,大企業では9業種)が,85年以降では,大企業において大半の業種で生産性の上昇が雇用の拡大を伴っていたのに対し,中小企業においては,個人企業も含めて,生産性の上昇は雇用の減少を伴うものであった。中小企業は85年以前は,大企業を上回る勢いで雇用が増加していたが,85年以降その寄与は大きく低下した。これは,85年以降の円高局面において中小企業の雇用吸収力が低下したことを示唆している。
2. 中小企業と円高の影響
(円高でよりマイナスの影響が大きかった中小企業)
それでは,次に90年代に入り円が増価傾向で推移する中で,為替レートの変化により中小企業の受けた影響について試算してみよう。ここでは,①円高による中小企業自身の輸出の減少,②大企業も含めた輸出の減少による中小企業への波及的生産額の減少,③円高による競合品の輸入の増加による中小企業の生産減少について,輸出入関数と産業連関表を使って試算し,大企業と比較している(企業規模別輸出入額については,中小企業庁作成の中小企業性製品(中小企業の出荷額が70%を占める製品),大企業性製品(大企業の出荷額が70%を占める製品)の輸出入額を代理変数として用いている(輸出入数量関数については付注2-5-1)。91年から95年の為替レートの変化を用いて,円高が輸出入数量と生産額(91年価格の実質)に与える影響,そして,産業連関表(中小企業庁作成の91年の規模別産業連関表)を用いて,大企業性製品と中小企業性製品の生産に与える影響をみることにする)。
輸出については,中小企業性製品の方が,輸出数量の価格弾性値が高いため,円高による輸出数量の減少の程度が大きいと考えられる(第2-5-4表)。大企業性製品の輸出減による生産誘発減も加味した,輸出減による国内生産減少の程度も大きくなっている。
輸入については,中小企業性製品の輸入数量の価格弾性値は大企業性製品に比べてかなり高いため,円高による輸入数量増効果がかなり高い。その結果,大企業製品の輸入増による生産誘発減も加味した,輸入増による国内生産縮小の程度もかなり大きくなっている(なお,この分析は数量面のみ取り上げているが,輸出入価格面まで含めると,円建て輸出価格低下による輸出手取り額の減少(企業収益の減少)の程度や,輸入価格低下による輸入投入コストの低下(企業収益の増加)といった円高メリットの程度も考慮することが重要であるのはいうまでもない)。
以上の結果は,中小企業の製品は大企業の製品に比べて,輸出入数量の価格弾性値が高いことから,円高による輸出数量減,競合製品の輸入数量増の程度が大きいことが考えられる。このことは,中小企業が大企業に比較して,円高によるマイナスの影響が大きかった可能性を示唆している。
(変動の大きい下請企業)
円高の進展,市場のグローバル化等は,中小企業が大企業の下請として原材料・部品を供給するといった階層的構造を変化させてきている。
中小企業を,下請型と非下請型に分けて,売上,業況判断の推移をみると,下請型企業の方が,売上,業況判断とも変動が大きく,特にマイナスの時に,下方に大きく振れている(第2-5-5図)。これは,景気の変動に対して,下請型企業が受ける影響がより大きいが,特に,景気後退期のマイナスをより大きく受けることを示している。
公正取引委員会の「円高等による下請取引の変化に関する調査報告書」(95年7月)によると,下請事業者が交渉上の立場の不利さもあって,最近の景気後退と円高によって,取引量の減少,取引価格の低下を余儀なくされていることが浮かび上がっている。
下請事業者が,景気後退と円高により受けた影響で最も目立つのは,国内からの受注量の減少,ついで売上単価の低下というように,まず取引量の減少が挙げられている(付図2-5-2①)。また,影響を受けた下請事業者の割合の高い業種は,「自動車関連」「事務機器・コンピュータ関連」「その他耐久消費財関連」「設備投資関連」「繊維・衣料品」となっており,親事業者の輸出減・海外生産増の影響,輸入品との競合が強いと考えられる業種である(同図②)。
(取引量の減少)
取引量の減少についてみると,約7割の事業者が,約2年前に比べ納入先からの受注量が減少したと答えており,中でも,「自動車関連」「建設・建設資材関連」「設備投資関連」「家電関連」でその割合が高くなっている(付表2-5-3①)。さらに,発注そのものが全くなくなった下請事業者が,耐久消費財や繊維・衣料品等を中心に約20%強もあった。また,納入先の発注の減少の理由としては,「家電関連」,「その他耐久消費財,自動車関連」「事務機器・コンピュータ関連」を中心に,海外生産へ転換,海外調達等が挙げられている(同表②)。このように,特に輸入品との競合が激しく,海外生産の進展が顕著な業種で受注量の減少が目立つ。
(親企業のリストラと下請企業の受注価格の低下)
このような景気後退・円高への対策として,親事業者は,「設備の効率化・集約化」「賃金引き下げ・残業抑制・雇用調整」等リストラを真っ先に掲げているのに対し,下請事業者は,「営業力強化による受注確保」「新規納入先の開拓」といった仕事量の確保を掲げている(付表2-5-4)。
また,取引価格については,「自動車関連」を中心に,少なくとも一部の納入先で低下しているとの下請事業者が8割を超えている。価格決定に当たっては,下請事業者は,自らの立場が弱いとの認識を持っている(付表2-5-5)。「建設・建設資材関連」「繊維・衣料品」「自動車関連」「事務機器・コンピュータ関連」を中心に,下請企業の約7割が「納入先の意向が強い」か「納入先が決める」と答えている。これらのことから,受注量の確保を目指す下請事業者の,価格交渉における立場の弱さ,値下げ要求に応じやすい状況がうかがわれる。
(取引関係の変化の動き)
今後の関係についても,「継続的な取引を中心とする」割合が依然高い。しかしながら,親事業者,下請事業者が双方とも,「より技術力を重視」と,現実的な成果を重視するようになってきている。特に下請側で,継続的な取引にとらわれないとの割合が親事業者より高くなっており,下請側が戦略変化の必要性を考えているといえよう(付表2-5-6 )(なお,第3章第3節でみるように,既に80年代後半以降,親企業,下請双方から徐々に下請関係の見直しが行われてきている)。
以上,下請企業は,景気後退,円高に際して,海外製品との競合(海外生産の進展や輸入品との競合)の激しい業種を中心に,受注量の減少,売上単価の低下を経験してきた。親企業がリストラを進めるなかで,交渉の立場の弱さもあって,値引きを受け入れてきた面があった。そうしたなかで,親企業との関係を見直そうという動きがみられている。
3. 海外生産の進展
中小の下請企業にとって,親企業の海外生産増により受注が減少している事実がある一方,中小企業自ら円高やアジア市場の成長を契機に海外生産に乗り出している。
規模別海外現地法人設立の内訳をみると,大企業においては92年度,93年度と設立が減少したのに対し,中堅・中小企業は93年度に大きく設立を増加させた(第2-5-6表①)。その結果,90年度以前は中小企業による設立は6~7%程度であったのが,93年度は約12%と大きく増加した。業種別にみると,中小企業においては93年度に繊維と電気機械が急増している。
一方,現地法人設立のみならず現地資本との提携も含めた海外投資件数をみると,円高が進行した93年以降の状況から,以下の特徴が挙げられる(同②)。
第一に,投資先でアジアの比率が高まった(91年48%,93年76%,95年78%)。特に中国に対する投資が急増している。第二に,アジアの中でも,80年代はNIEsが多かったが,93年以降,生産基盤の整備や外資優遇策,低コスト生産志向,現地市場の成長の有望性等を反映して,中国とASEANが増加している。中国では繊維,ASEANは機械が多い。
このように,現地法人設立件数においては大企業に比較して比率は小さいものの,中小企業のアジアを中心とする海外進出が目立って増加している。ただし,同時に「現地管理者の不足」,「現地国内需要の低迷」,「現地パートナーとの不調和」,「人件費上昇による採算悪化」等を理由として海外拠点の経営に失敗し,撤退する中小企業の例も多くみられる(中小企業庁調査)。
4. 規制緩和と中小小売業
これまでは,円高の影響を中心に,製造業を主とした中小企業の現況をみてきた。以下では非製造業のなかでも,規制緩和,価格破壊,輸入品との競合,消費者ニーズの変化等の影響を受けて,現在構造変化のときを迎えている小売業に焦点を当て,その変化のなかでの中小小売業の最近の動きをみてみよう。
(日本の小売業の零細性)
日本の小売商店数を従業員規模でみると,従業員10人未満が約9割を占める(第2-5-7表 )。特に個人商店では,4人以下が9割以上を占める。一人当たりの販売額をみると,100人以上の大規模と4人以下では3~4倍の差がある。特に,個人企業については一人当たり販売額が1,000万円未満のところが多い。
(大店法と規制緩和)
日本,フランス,イタリア,ベルギー等では,大型店の出店について,小売業の正常な発達等を企図した調整が行われている(付表2-5-7)。日本では,1973年に「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(大店法)」が制定され,大型店が出店等する際に,周辺の中小小売店の事業活動に相当程度の影響を及ぼす恐れがある場合,大型店の店舗面積,閉店時刻,年間休業日数等を調整することが定められた。当初,調整対象は店舗面積1,500m2以上の建物(政令指定都市等においては3,000m2未満)であったが,78年には一部改正により,店舗面積500m2超1,500m2未満(政令指定都市等においては3,000m2未満)の建物にまで広げられた。
80年代以降,大幅な貿易不均衡を背景として,日本の流通構造への国際的な関心の高まりとともに,バブル崩壊後に長期化した景気後退を背景に,日本経済の活性化のために,構造問題の解決が不可欠との意識が国内でも強まったことから,流通制度における規制緩和の要請が高まった。90年以降,第一段階(運用の適正化),第二段階(法改正)に続き,94年5月には,店舗面積1,000m2未満の出店の原則調整不要化,閉店時刻や休業日数に関する届出の緩和が行われた(付表2-5-8)。
(最近の小売業の分化の動き)
さて,上記の規制緩和や,価格破壊,輸入品との競合,その他の環境変化等を背景に,我が国の小売業の最近の動向には以下のような特徴がみられる。
第一に,零細商店の減少と中規模以上の店舗の増加である。91年から94年にかけて,商店数が減少したが,減少しているのは専ら従業員4人以下の商店であり(前掲第2-5-7表),特に個人商店の減少が顕著である(個人商店の場合,売上げの不振に直面している中で後継者難の深刻さが指摘されている)。売場面積別でみても,減少しているのは50m2未満の店舗である(第2-5-8表)。一方,従業員規模10人以上,または売場面積100m2以上といった中規模以上の店舗は増加している。特に大店法改正に伴う店舗面積規制の緩和により94年に原則調整不要となった500m2超1,000m2未満の商店数の伸びは高く,より効率の高い中規模以上店舗の出店が促進されたことを示している。こうした中規模以上店舗の出店増も,零細商店の店舗数の減少等の背景の一つとなっていると考えられる。第二に,売場面積や従業員数に対する売上げの低下である。91年から94年にかけて,年間売上額は年率0.6%と微増した。従業員規模10人以上では同2~4%増加であったが,4人以下では約5%減少している(前掲第2-5-7表)。しかしながら,中規模以上の売上増は売場面積拡大や,従業員の増大により達成されている。その結果,売場面積当たりや従業員一人当たりの売上げは,全規模とも減少している。ただしこのような現象は,この期間において景気が後退した時期もあり,消費低迷や価格破壊等により名目の売上げが伸び悩んだ影響が大きいと思われる。
以上みたように,小売業にとってますます競争状況は厳しくなっており,商店数,従業員数,年間販売額等でマクロ的にみると,個人・零細企業の低迷と中規模以上企業の拡大といった分化の動きがみられる。
店舗規模のみならず,立地や価格政策をも含めた多様な競争が激化してきており,現在小売業態は構造変化のときを迎えていると考えられる。こうしたなかで,きめ細やかなサービスを提供してきた中小店舗の活動も依然重要であり,そうした中小店舗の活躍が今後一層促進されることが望まれる。なお大店法については,96年3月に閣議決定された規制緩和推進計画の改定に則り,97年度に見直しを行うことになっている。
5. 中小企業の活力
ここまで,我が国経済において重要な地位を占める中小企業が,円高,海外生産の進展,規制緩和という環境変化にさらされている姿をみてきた。こうした環境変化が一面において中小企業にとって厳しいものであることは確かである。しかし,中小企業の活力を維持,発展させるという観点からは,こうした環境変化を中小企業の活性化のための契機として積極的に捉えることが重要である。
それでは,より具体的に,環境変化の中で中小企業の活力を引き出していくためにはどのようなことが考えられるであろうか。ここでは,中小企業の企業戦略という観点から考えてみよう。
第一に,技術集約性,知識集約性の向上である。労働コストが国際的にみて高い我が国において労働集約性が高いと,国際的な価格競争力が低くなってしまう。そのため,技術集約性,知識集約性の向上は,中小企業に限らず,我が国企業にとって重要な企業戦略の一つとなっている。技術集約性,知識集約性の向上はいわゆる高付加価値化をもたらし,より具体的には売上高経常利益率の上昇につながると期待される。そこで,具体的に売上高経常利益率をみると,95年現在,大企業では2.25,中小企業では1.79となっており,中小企業において更なる上昇余地があるように思われる。
第二に,中小企業の海外展開である。海外展開という企業戦略は,これまで大企業を中心として採用され,定着してきている。通産省「第25回海外事業活動調査」(平成7年6月)によると,93年度現在,大企業の海外生産比率が13.8%であるのに対して中小企業の海外生産比率は0.3%である。しかし,事業の性質上,労働集約型にならざるをえないタイプの産業分野においては,コストの観点から最適な企業立地を見直すことは中小企業においても重要な企業戦略の一つである。さらに積極的に海外市場開拓を目的とした海外展開も考えられよう。その際,人材の確保,現地の需要動向,商慣行,法制度や税制等の的確な把握が成功には不可欠であろう。
第三に,ニッチ市場の確立である。所得の上昇等にともなって消費者ニーズが多様化しており,大量生産製品では満足されない需要を満足するための市場としてニッチ市場(大きな市場が細分化された部分市場)が拡大している。そこでは,独自の専門技術やサービス等が重要であり,規模の経済性は働きにくい。そのため中小企業の特性に合致する市場であると考えられる。実際,潜在的な細分化された需要を開拓してニッチ市場を確立することで成功している中小企業の例は少なくない。
第四に,専門的中小企業のネットワーク型システムの構築である。これは,それぞれ得意分野(要素技術)を有する専門的な企業が水平的なネットワークを形成し,変化する需要動向に柔軟に対応して多品種少量生産を効率よく行うシステムである。具体的には,中部及び北東イタリアにおいてみられる小規模で地域分散的な専門企業の集積が例として挙げられよう。このようなネットワーク型システムの構築は,昨今の急速な情報通信技術の進歩にともなって中小企業の企業戦略として重要性を増大させていると考えられる。
なお,我が国においては,いわゆる「系列」システムが存在するため,このような水平的なネットワーク形成は困難であるという議論がある。しかし,第3章第3節でみるように,そもそも我が国の「系列」システムが我が国経済全体を覆うようなものではなく,また,限られた範囲でみられる「系列」システムも環境の変化に伴って変化し,さらには「系列」システムを越える企業活動もみられている。我が国経済が「系列」システムによって網羅されており,水平的なネットワーク形成は困難であるとする議論は,適当ではない。
以上の他にも,様々な企業戦略が考えられるであろう。重要なポイントは,個々の中小企業がそれぞれにふさわしい企業戦略を立て,環境変化に積極的に対応することによって活力を維持,発展させることである。こうした環境変化に積極的に対応していく個性的で活力ある中小企業の存在は,我が国経済全体のダイナミズムにもつながると考えられる。そして中小企業の個性と活力を最大限引き出すためにも,規制緩和・競争促進等を通じ,中小企業が自らの力を発揮できるような市場環境の整備に努めつつ,中小企業が自前の情報力,技術力,リスクの管理能力の向上を図るにあたって,側面から支援することが政策面で重要となってこよう。
コラム
専門的中小企業ネットワーク:イタリアの例
専門的中小企業ネットワークの例として,イタリアの製造業をみよう。イタリアにおいては製造業の主たる担い手は中小企業であるが(91年現在,従業者数50人未満の企業が97.6%),これらの中小企業は相当な競争力を保持しているとともに,新たな創業も活発である。
こうした活力あるイタリア製造業の中小企業は,19世紀以降の繊維産業を中心とした工業化の延長線上にあるが,特に第2次世界大戦後の「第三のイタリア」(中部及び北東イタリア)における小規模で地域分散的な工業化の過程で注目を集めた。その最大の特徴は,「伸縮的専門化」(flexible specialization)である。専門的ではあるが応用のきく「職人的」な技能を有する中小企業が,商品開発等に特化して発注元となるオーガナイザーを中心に水平的なネットワークを形成する形態で,ファッション関係等で求められる変化の大きな多品種少量生産に効率的に対応している。製品差別化によってニッチ市場を確立し,また需要動向に迅速に対応することで成功しているのである。こうした「伸縮的専門化」は,手工業の伝統の上にたった専門的な技能の存在と進展や,家族経営であるために柔軟な企業活動が可能であるといった条件に支えられている。
また,このような柔軟な分業体制においては,何らかの専門性があれば企業として成立するため,ネットワークの存在が起業活動を活発化させ,新たな産業へとつながるという面もある。さらに,一つの地域に多様な産業集積が存在するため,異業種が相互に影響して新たな産業の萌芽を生み出す例もある。このように「伸縮的専門化」を特徴とするイタリアの地域分散的な工業化は,言わば「産業の成熟化」という停滞に陥りにくいシステムである。こうした面に着目して,このようなイタリアモデルを産業構造高度化の新段階(「第二の産業分水嶺」)であると位置づける議論もある。
もちろん,このようなイタリアの中小企業については,小規模な家族経営にとどまる傾向が強く,ディスクロージャーを前提とした株式公開に消極的であるために成長性に限界があるといった問題点も指摘されている。しかしながら,「伸縮的専門化」を特徴とするネットワーク型システムによって市場ニーズに的確に対応するという点については,我が国の中小企業にとっても一つの選択肢となろう。