第3節 円高と雇用変動(日米比較)

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前節でみた比較優位構造は,基本的には生産性上昇率格差によるものと考えられるが,為替が傾向的に増価するなかで,比較優位産業と比較劣位産業の格差はますます拡大している。通常の常識では,為替レートの増価により,効率的な比較優位産業の方がコスト削減がより可能であるため,非効率的な産業の雇用は,効率的な産業の雇用により減少するであろうと考える。本節では,前節で唱えた「三重構造」に従い,産業を比較優位産業として高輸出型(輸出比率の高い4業種:電気機械,輸送機械,一般機械,精密機械),比較劣位産業として低輸出型(上記4業種以外)及び非貿易財(非製造業)に分けて,円高局面においてグループ全体でみた生産性や雇用の動向にグループ間でどのような格差があるのかをみることとする。

(為替増価の影響)

上記の産業グループについて,円高局面における実質付加価値,生産性,雇用,賃金の変化をみる(生産性や雇用の動向をみる際には,就業者ベースで分析を行う方がより望ましいと考えられるが,ここではデータの制約等もあり,雇用者ベースで分析を行っている)。その際,我が国の円高局面を85年~88年と93年以降に分け,期間によって違いがあるのか,さらに,アメリカのドル高局面(80年~85年)と違いがあるのかといった比較を行う。

85年~88年には,円の実質実効レートは年率8.4%で増価した。この間,比較優位産業(高輸出型)においては,付加価値上昇率及び生産性上昇率が顕著に高かったが,同時に雇用はわずかに減少している(第2-3-1表)。比較劣位産業(低輸出型)では付加価値も生産性も低い伸びにとどまった一方,雇用もわずかに拡大した。非製造業(非貿易財)では付加価値,生産性ともに堅調に上昇したとともに,雇用も伸びている。この時期の全要素生産性上昇率(広義の活動効率の向上)をみると,比較優位産業が最も高く,比較劣位産業が最も低くなっている。

93年以降の円高は年率6.0%と85年~88年に比べ程度は小さかったが,バブル崩壊後の不況期であったため,産業調整も厳しいものとなっている。比較優位産業では付加価値,雇用が減少すると同時に生産性はわずかに上昇している。比較劣位産業でも,比較優位産業と同程度付加価値は減少したが,雇用の減少はごくわずかであり,生産性が低下している。非製造業では,付加価値が緩やかながら拡大するなかで,それ以上に雇用も拡大しており,生産性が低下する結果となっている。この時期の全要素生産性上昇率をみると,景気後退を反映してマイナスとなっているが,マイナス幅は比較劣位産業,非製造業,比較優位産業の順に大きくなっている。

以上から,85年~88年の円高局面においては,比較劣位産業の付加価値が低い伸びにとどまった一方で,比較優位産業と非製造業において付加価値は順調に拡大した。93年以降の円高では,貿易財全体の付加価値が大きなマイナスとなったなかで非製造業では緩やかながら拡大を続けた。2つの円高局面を通じて比較優位産業においては生産性は最も高く上昇したが,それは,賃金上昇率が比較的高いなかで,最も大きな雇用者数の減少を伴っていた。特に93年以降には雇用者数の減少は大きかった。このように,比較優位産業においては,雇用者数の減少により生産性の上昇が実現し,活動効率の向上も最も高かった。一方,比較劣位産業においては,賃金もある程度上昇しつつ雇用者数の減少はごくわずかであり,生産性の伸び及び活動効率の向上も最も低いものであった。非製造業では,賃金上昇がかなり低い伸びにとどまりながら雇用者数が付加価値の増加以上に拡大したことから,生産性が低下し,活動効率も低下した。生産性上昇率の格差は,このように雇用者数の動向の差を反映している。

(ドル高局面のアメリカ)

80年から85年にかけてドルの実質実効レートは年率7.2%で増価した。付加価値は,比較優位産業(高輸出型),比較劣位産業(低輸出型),非製造業いずれも緩やかに拡大した(第2-3-2表)。上昇率は,非製造業,比較優位産業,比較劣位産業の順に高くなっている。この間,比較優位産業,比較劣位産業の生産性上昇率の差は小さい。これは,製造業において雇用者数が減少したなかで,比較劣位産業でより大きく雇用者数が減少しているためであろう。しかし,活動効率の向上は,比較優位産業の方が比較劣位産業より大きい。一方,非製造業では雇用が伸びて生産性の伸びはかなり小さく,活動効率の向上もかなり小さい。このように,アメリカではドル高局面に,生産性が上昇しているが,それは比較劣位産業で比較的大きく雇用が減少したことによる。また,非製造業は付加価値が成長したが,雇用もある程度増加したため,生産性上昇はかなり小さかった。

(比較優位産業でより顕著な雇用減少)

さきに見たように,雇用者数の調整のスピードの差が生産性上昇率の格差をもたらしている。経済変動に対応して企業は雇用調整を行うが,雇用者数と賃金どちらで調整するのだろうか。雇用者数と賃金の所得(付加価値)に対する弾性値を日米についてみると,以下の特徴がある(第2-3-3図)。

第一に,日本の賃金の所得弾性値はアメリカに比べて低い。特に93年~94年は,貿易財で所得(付加価値)が低下しているが賃金は上昇している。第二に,日米ともに非製造業が最も雇用者数の所得弾性値が高い。第三に,日本においては,93年~94年は85年~88年に比べて,比較劣位産業(低輸出型)を除いて雇用者数の所得弾性値が大きく高まった。第四に,日米ともに,比較優位産業は所得の動向にかかわらず,雇用者数が減少している。

本節でみたように,自国通貨高に対して,日本では比較優位産業において,より大規模に雇用者数が減少することで,ますます比較劣位産業との間に生産性上昇率の差が開いていった。一方,アメリカは比較劣位産業でより大規模に雇用者数が減少することにより,比較優位産業とほぼ同程度の生産性上昇を達成した。

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