第8節 金融政策

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1. 金融市場の動向

(史上最低水準を更新した公定歩合)

公定歩合は景気後退を受けて91年7月以降7回にわたって引き下げられ,93年9月には1.75%という史上最低水準になった(第1-8-1図)。93年10月の景気の谷以降95年初めまではこの水準に維持されたが,95年に入って震災,円高等から景気の先行きに懸念が出てくるようになり,3月末の短期市場金利の低下を促す措置に続き,4月には公定歩合が1%へと引き下げられた。さらに7月に無担保コールオーバーナイトレートを公定歩合よりも低めに引き下げる措置がとられた後,9月には公定歩合が0.5%にまで引き下げられ,史上最低水準を更新した。

(大幅な低下からやや上昇に向かう短期市場金利)

短期市場金利は,こうした金融緩和措置に伴い低い水準に低下してきている(前掲第1-8-1図)。無担保コールオーバーナイトレートは,95年3月の短期市場金利の低下を促す措置以来合計4回にわたって引き下げられ,11月(月中平均)は0.46%と史上最低水準となった。とりわけ注目されるのは,7月の短期市場金利の引下げ措置において,日本銀行が初めて無担保コールオーバーナイトレートを公定歩合よりも低い水準に維持するようになり,市場オペレーションを重視する姿勢を明確にした点である。具体的には,積極的な債券の買い切りオペを実施しつつ,約7年振りのCD買いオペや4年振りのCP買いオペを実施するなど,資金供給の多様化を進め,潤沢な資金供給を行った。その後無担保コールオーバーナイトレートはおおむね横ばいで推移し,96年5月は0.47%となった。

CD3か月物金利も,コール金利と同様の低下をみせていたが,10月には季節要因等もあって,若干上昇した。また,いわゆる「ジャパン・プレミアム」の発生がユーロ円金利に波及したことの影響も考えられる。その後年末にかけ再び低下したが,年明け後,景気回復期待もあってやや上昇した。

なお,94年末以降表面化した金融機関の経営破たんのうち一部について,日本銀行は金融システム全体の安定を維持するため,資金供与を実施した。

(上昇圧力を受ける長期金利)

10年物国債(指標銘柄)の流通利回りは,93年末から94年秋にかけて2%近く上昇したが,95年3月以降,金融緩和基調を背景に急ピッチで低下した。しかし,7月以降行われた,日本銀行による短期市場金利の引下げ措置や日米の為替市場協調介入等により円高が一服したことから市場の景況感が持ち直し,長期金利は一時的に上昇した。その後年末まで,更なる金融緩和措置と96年度予算における赤字国債増発懸念等が交錯し,一進一退を続けた。96年に入ると,景気回復期待等を背景に,長期金利は一時上昇した。

(引き続き低い伸びにとどまったマネーサプライ)

M2+CD(平均残高)の伸び率は,92年末から93年初めにかけての前年水準を下回るという状況から低いながらじりじりと上昇し,95年2月には前年同月比3.7%となった。しかし,3月以降再び低下し,10月には同2.7%の伸び率となった。11月には,ワイドの大量償還等の影響もあり,同3.4%と伸びを高めた。その後は3%を挟んで推移している。

通貨種類別にM2+CDの前年比増加の要因をみると(第1-8-2図),定期性預金と要求払い預金の利回り格差の縮小を反映して準通貨(定期性預金)の伸び率が鈍化しており,95年9月には減少に転じ,96年3月には3.6%減となっている。一方,預金通貨(要求払い預金)は大幅に増加しており,95年3月の4.6%増を底に96年3月には18.4%となっている。また,現金通貨も10月以降伸び率を高めており,96年3月には9.6%増となっている。

広義流動性(M2+CDに郵便貯金,信託元本,金融債・外債等を加えたもの)の前年同月比増加率をみると,92年,93年にもM2+CDほどは落ち込まず,94年中緩やかに上昇し95年3月には4.1%の伸びとなった。その後11月にかけて一進一退の動きを続けたが,95年末から伸びは鈍化し,96年3月には3.5%まで低下した。

(低水準ながら若干伸びが高まってきている民間金融機関貸出)

全国銀行貸出(平均残高)は,94年6月以降前年比減少を続けていたが,95年5月には増加に転じ,その後は低水準ながら若干伸びが高まってきており,96年3月は2.2%増となった。この背景には,企業の財務リストラのための期限前返済圧力の軽減,住宅ローンを中心とした政府系金融機関からの借入れのシフト等があり,こうした全国銀行貸出残高の漸増と対照的に政府系金融機関の貸出しの伸びは低下してきている。

しかし,企業は依然としてキャッシュフローの範囲内で設備投資を行っており,新規設備投資に係る借入需要が依然弱いほか,銀行による償却等の影響もあり,4月以降貸出しの伸びはやや鈍化している(4月1.6%増,5月1.5%増)。

2. 金融政策の評価

(実質金利は低下したか)

既にみたように,名目ベースでの短期金利は史上最低水準に低下してきており,名目長期金利も変動が激しいもののかなりの低下をみせている。しかし,こうした名目金利の低下にもかかわらず景気が顕著な回復を示さなかったことから,実質金利は依然として高いのではないかという指摘がある。そこで,以下では実質金利がどの程度低下したかについて簡単に検討する。

第1-8-3図は,長短実質金利を描いたものである。実質化するに当たってデフレーターとして何を用いるかは極めて困難な問題であるが,ここでは国内卸売物価上昇率を用いた。実質短期金利(実質無担保コールオーバーナイトレート)は,94年初め以降95年末までほぼ一貫して低下した。実質長期金利(実質国債流通利回り)は,94年中は若干上昇したが,95年に入って急激に低下した。実質短期金利及び実質長期金利とも,95年は低水準で推移したといえるであろう。

(金利低下は景気回復を後押ししたか)

次に,仮に金利が低下したとしても,そもそも金利が実体経済に与える効果が小さくなっているのではないかという可能性について検討しよう。特に今回の景気局面においては設備投資が大幅に減少したことから,金利と設備投資との関係をみてみよう。この点をチェックする一つの方法として設備投資,物価,マネーサプライ,名目長期金利を変数とするVARモデルを推計し,変数相互の影響関係や,ある変数に生じたショックに対する他の変数の反応の時間的経路をみてみよう(第1-8-4図)。ただし,VARモデルの結果は,推計期間や含まれる変数やラグの長さ等に左右されるので,結果の解釈には幅をもってみる必要がある。

75年から85年を推計期間とした場合,長期金利は設備投資に対して1%水準で有意な影響を及ぼしており,その効果も1年から2年目くらいと比較的早い時期に出てくる。推計期間を95年までに延ばすと,金利から設備投資に対して有意な影響が検出されなくなり,その効果も3年目くらいがピークというようにラグが長くなる。

さらに,今回景気後退局面においては企業収益が大幅に落ち込んだが,これが設備投資に与えた影響をみるため,上記のモデルに企業収益を追加して,設備投資の反応をみてみた(第1-8-5図)。企業収益に対する設備投資の反応はかなり速く,今回後退期における企業収益の大幅な減少が設備投資を大きく押し下げた可能性がある。一方,長期金利に対する設備投資の反応の程度は小さくなる。つまり,金利低下の設備投資に対する影響には物価や企業収益等を迂回して現れる経路があり,企業収益が大幅に落ち込んだりした場合,金利の影響のラグの長期化等が表れるものとみられる。

ちなみに,経済企画庁経済研究所の世界経済モデルを使って金融緩和の実体経済に対する効果のシミュレーションを行ってみた(第1-8-6図)。上のグラフは,金利低下によって為替レートが減価したり地価や株価が上昇する効果を織り込んだシミュレーションによるものである。これをみると,93年度以降の金融緩和は設備投資の伸び率を大幅に押し上げることとなる。しかし,現実には,円高や地価・株価の下落が生じていたため,こうした点を考慮して金利低下が為替レートや地価,株価に影響を及ぼさないと仮定した場合のシミュレーションを行った。その結果が下のグラフである。これをみると,金利低下の効果は為替や地価・株価を通じた経路を遮断したとしても設備投資の伸び率を95年度について2~3%押し上げるという結果となっており,金融政策自体の効果を裏付けているといえるであろう。もちろん,上記2つのシミュレーションにおいて為替,地価・株価といった変数の動向により結果が異なり,金融政策の効果の大きさ,ラグはその時々の経済環境によって左右される面があることに留意する必要がある。今次景気低迷局面では,金利低下にもかかわらず,資産価格の大幅下落が生じたため,金利低下の効果が従来に比べ弱まった可能性がある。

もっとも,最近の状況をみると,95年9月の金融緩和以降,設備投資が増加基調に転じている。これは,ストック調整やバランスシート調整の進展等景気回復の基盤が整えば,期待投資採算の改善を通じた金利低下の基本的な効果が発現し得ることを示しているものと考えられる。

(マネーサプライのコントロールと名目GDP成長率の安定化)

マネーサプライの伸び率を安定化させる金融政策を採ることにより,名目GDP成長率ひいては実質成長率をも安定化することができるのではないかという指摘がある。そこで,単純な回帰式を使って,マネーサプライ伸び率を一定に保った場合に名目GDP成長率がどの程度安定化するかを調べてみよう。

まず,名目GDP成長率を過去の名目GDP成長率と過去のマネーサプライ(M2+CD)伸び率で予測する関数を推計する。次に,この予測関数を使って,マネーサプライの前年同期比伸び率を仮に5%で安定化させたときの名目GDPの成長率を推計する。推計に用いた時系列モデルは,単純なものなので,その結果については幅をもってみる必要があるが,こうして得られた名目GDP成長率の推計値と実績値を比較すると(第1-8-7図①),80年代後半には,名目GDP成長率の実績が大きく上方に突出しているのに対して,マネーサプライの伸び率を安定的に保った場合にはより安定的な名目成長率で推移するようになる。90年代についても,マネーサプライの伸び率を安定的に維持した場合,実績よりも高い名目成長率となる。

過去においてマネーサプライが大幅に変動した時には実体経済に何らかの変調が生じてきたという点を考えると,マネーサプライの動向から得られる情報を有効に活用し,マネーサプライの大幅な変動を回避していくというスタンスを取ることは有益であろう。ただし,上記の推計によれば,例えば94年後半から95年にかけての名目GDP成長率は,マネーサプライの伸び率を安定的に保った場合でも実績とほぼ同様の低下を示す。これは,貨幣的な要因とともに実物的要因も重要であることを示唆するものといえるであろう。すなわち,経済には短期的には様々な実物的ショックが生じており,仮にマネーサプライを厳格に安定させることができたとしても,それだけで名目GDP成長率を安定させることができるとは限らないことを意味している。

以上のシミュレーションはマネーサプライが名目GDPに対して与える影響が,過去の平均的な関係で一定であるという想定の下に行われたものであるが,その時々においてマネーサプライが経済成長に与える影響も変化する可能性がある。そこで,マネーサプライの影響を示す予測式の係数が実際には若干大きかった場合や小さかった場合についてもシミュレーションを行ってみた(第1-8-7図②)。その結果をみると,係数が過去の平均より標準誤差の半分だけ小さかった場合には,マネーサプライの伸びを5%に保った場合でも,名目成長率は実績を大幅に下回り,逆に係数が過去の平均より標準誤差の半分だけ大きかった場合には,実績を大幅に上回る可能性があることがわかる。

上記のシミュレーションは,予測式の係数が変化する極端な場合であるという見方もあろうが,マネーサプライが名目GDPに与える影響は経済情勢等に左右されて変化するとみる方がむしろ自然であろう。マネーサプライとGDPとの関係について確実な知識を持つことは困難であることを考慮すると,マネーサプライをコントロールすることにより名目成長率の安定化を図ることには限界とリスクがあるといえるであろう。また,マネーサプライの制御可能性については,様々な見解があることに留意する必要がある。

(現在の名目GDPの水準と整合的なマネーサプライの水準)

最近のマネーサプライの水準が名目GDPとの関係において十分なものであるかについて,しばしば議論される。例えば,マネーサプライが名目GDPに比べて過少であるから経済成長が阻害されているといった議論である。よく引合いに出されるのは貨幣の流通速度であり,貨幣の流通速度がある望ましい水準(通常ある期間のトレンドをとって推計されている)より高い時は,マネーサプライが過少であるとされる。

確かに,マネーは,各種取引の決済手段あるいは金融資産の一つとして需要されるため,短期的な変動を除くと経済規模に対して一定の量が対応することは十分考えられる。このようにマネーサプライと名目GDPの間には長期的には安定的な関係があるものとみられるが,こうした長期的な均衡関係に基づき,名目GDPの実績値から均衡流通速度を推計したのが,第1-8-8図である。結果は推計期間に依存するので解釈には慎重でなければならないが,推計期間を67年以降とした場合には,このところかなりマネーが潤沢であるといえるであろうし,80年以降とした場合でも,現在のマネーサプライの水準は比較的長期的な均衡水準に近いところにあるといえる。これは,現在のマネーサプライの水準が,足元の名目GDPの水準とほぼ整合的なものであることを示唆している。

ただし,ここでの均衡流通速度は名目GDPの実績値を所与として推計したものであるため,必ずしも現実の均衡状態を表しているとはいいきれないことに留意する必要がある。また,一般的に,マネーサプライや名目GDPは相互に影響を与え合うと考えられるので,長期的な流通速度からのかい離だけでマネーサプライの動向を評価することには慎重であるべきと考えられる。

(信用乗数の低下を補ったハイパワードマネーの増加)

このところマネーサプライが緩やかな伸びにとどまっている背景を考える一つの手掛かりとして,機械的に信用乗数の理論に従って考えてみよう。この考え方によれば,信用乗数はマネーサプライ/ハイパワードマネー(市中現金に準備預金を加えたもの)で定義される。したがって,マネーサプライはハイパワードマネーに信用乗数と呼ばれるものを掛けたものに等しくなる。現金・預金比率や準備率が上昇すると信用乗数は低下する。

現金・預金比率,準備率,信用乗数,ハイパワードマネー等の推移を描いたのが第1-8-9図である。これをみると,主として現金・預金比率の急激な上昇から信用乗数が低下していることが分かる。このところの現金・預金比率の上昇は,基本的には,金利低下局面における,現金に比べた預金の有利さが縮小したためと考えられる。しかし,アメリカの大恐慌等の例にみられるように,金融システムに不安が生じ人々が預金よりも安全な現金を選択するといういわゆる「質への逃避」的行動が生じたときには現金・預金比率が急激に上昇し,信用乗数が大幅に低下する可能性がある。アメリカの大恐慌時においては,このような信用乗数の急激な低下を相殺するようなハイパワードマネーの供給を連邦準備制度が行わなかったことが,経済を急速に縮小させた一つの要因であるとの指摘もある。現在,日本においてこのような状況が生じているのであろうか。92年から96年にかけての信用乗数の低下は8.6%程度と比較的大きなものであったが,一方で,ハイパワードマネーは日本銀行の潤沢な資金供給を背景に信用乗数の低下を相殺するように増加しており(同期間に18.8%増),必ずしも信用乗数の低下が貨幣の収縮につながっているわけではない。また,以上のような状況を踏まえると,信用乗数の理論を機械的に解釈することは適当でなく,ハイパワードマネーが増加したからといってそのままマネーサプライが増加するとは限らないことに留意すべきである。

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