第9節 不良債権問題と実体経済

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景気は回復の動きを続けているが,金融システムという面では,不良債権問題が存在し,このことが,実体経済に対して影響を与えるのではないかとの指摘もみられる。そこで本節では,不良債権問題を整理し,その実体経済に与える影響を考える。

1. 不良債権問題の経緯と現状

(不良債権発生のメカニズム)

不良債権問題の発生をマクロ的な観点から整理すると,大枠は以下のようなメカニズムで整理することができる(第1-9-1図)。まず,景気拡大下でバブルの発生により土地の担保価値が上昇すると,企業に対する金融機関のリスク許容力が増大する。そこで,金融機関は貸出しを活発化させるとともに,企業も借入れを増加させることにより土地取引や建設投資を拡大させる。しかし,景気の後退が始まり,企業の収益が悪化すると,それまでに増加させた借入れの返済負担が重荷となり,中には元利金の返済さえ滞る先がでてくる。ここへ,バブル崩壊に伴う不動産担保価値の下落が加わると,金融機関の貸出債権は不良債権化するのである。なお,金融機関が貸出先に対し金利減免等の救済措置を図り,この間に企業の収益が好転しないと,不良債権額は拡大し,回収不能な部分が生じる。しかも,不動産が担保となっている場合には,実際の地価(時価)が取得時の地価(簿価)よりも下落しているために,金融機関が担保を差し押さえたとしても,債権の全額を回収することはできないという事態も発生する。

(不良債権の現状)

96年3月末現在の預金取扱金融機関の不良債権額(速報)は,破たん先・延滞債権と金利減免等債権の合計で34.7兆円となっており,95年9月末時点との比較では3.4兆円減少している(付表1-9-1)。金融機関のバランスシート上には依然として収益を生まない資産が残っていることも事実であるが,この間に債権償却特別勘定によるカバー率は18.3%から36.1%に増加しており,このほかにも担保カバー分や回収可能分が存在する。このため,大蔵省試算の要処理見込額は18.6兆円から8.3兆円に減少しており,これらの不良債権の償却は会計上進ちょくしているものと考えられる(不良債権の償却をみる上での留意点は,経済企画庁調査局「平成8年版日本経済の現況」を参照)。

2. 不良債権問題と実体経済の関係

(不良債権問題が実体経済に与える影響)

不良債権問題は,その発生メカニズムから明らかなとおりバブルの崩壊に伴う資産価格の低下や景気の後退と密接に関連しており,不良債権問題の実体経済への直接的な影響も必ずしも明確に抽出できる性質のものではない。しかしながら,間接的な影響も含め考えられる両者の関係は概念的には次のように整理できよう。すなわち,①貸手である金融機関が,貸出態度を変化させて企業の資金調達に影響を与えるルート,②当事者である借手企業が棄損したバランスシートを修復するために,借入,生産活動を変化させるルートが考えられる。またさらに,③投資家,企業家に対するマインド要因が実体経済に間接的に影響を与える可能性も否定できない。そこで以下では,バブル崩壊後の「低成長」の背景として,金融機関がどのような融資姿勢を採ったか,借手のうち,特に影響の大きかった不動産・建設業がどのような状態にあったかに焦点を当てて,不良債権問題の実体経済への影響を考える。

なお,不良債権問題が金融システム不安をもたらし,預金の大量流出による金融機関の連鎖倒産や資金決済の混乱が生じるならば,当然のことながら実体経済に影響が及ぶことになる。実際にこうした事態が生じたわけではないためここでは分析対象とはしないが,実体経済と金融システムの関係を考える上で,極めて重要な問題であることはいうまでもない。

(金融機関の貸出量及び貸出態度)

バブル期以降,金融機関の貸出しが落ち込んだが,この主たる要因は,借入需要の減退である。すなわち,バブル崩壊に伴う景気後退の中で,需要の減退とストック調整を背景に設備投資のための資金需要は限られていた上,今回局面では,企業の財務リストラの過程で,期限前に既往の借入れを返済しようとする動きもみられた(平成7年度年次経済報告参照)。

しかしながら,バブル崩壊後の金融機関の貸出行動の変化は,次のような点から示唆される。まず,金融機関の貸出態度に対するアンケート調査をみると,特に中小企業の長期借入れにおいて,今回緩和局面において金融機関の貸出態度が「容易」とする先が増加する一方で,緩和局面にもかかわらず「困難」とみる先が92年から93年にかけて一時増加している(第1-9-2図)。また,全銀ベースの利率別貸出残高の分布から,金融機関の金利設定態度をみると,近年になって分布のすそ野が広がっており,そのばらつきが拡大していることが分かる(第1-9-3図)。例えば,92年6月当時は短期プライムレート近傍の1%のレンジ(0.0~1.0)の中に貸出しの61%というかなりの部分が集中しているのに対し,95年11月現在では,同レンジに最も貸出しが集中しているものの,その貸出し全体に占める割合は39%となっている。

さらに,金融機関が借手のリスクに応じた貸出しの選別を行っているかどうかについて,業種別・規模別の平均利ざや(借入金利子率-市場金利)と平均手元流動性比率のクロスセクションデータを用い,前回金融緩和局面と今回の各時点における両者の関係を比較すると(第1-9-4図),金融機関の設定する利ざやと企業の手元流動性との関係が明確に現れたわけではないが,今回緩和局面では,規模別にみた利ざやの設定スタンスの違いが示唆される。すなわち,前回緩和局面では,大・中堅企業と中小企業の分布が入り交じっており,各々の回帰直線の定数項にもほとんど差異が見られないが,今回局面では,中小企業の回帰直線は大・中堅企業の回帰直線に比べて明らかにかい離がみられることが分かる。このことは,同一の手元流動性比率の場合,大・中堅企業と中小企業の信用力の差を反映して,金融機関が当該分のリスクプレミアムを考慮していると解釈できる。

(実体経済への影響と評価)

そこで,こうした金融機関の貸出行動の変化が実体経済にどの程度影響を及ぼしているかを考えてみるために,企業の資金調達に占める金融機関からの借入依存度をみてみると(第1-9-5図),大企業・中堅企業の金融機関からの借入依存度は80年代後半に減少しているものの,中小企業については,80年代とさしたる変化がみられず,相変わらず金融機関借入依存度が高いことが分かる。また,設備投資関数を推計すると,製造業及び非製造業の大・中堅企業は有意な金利弾性値が得られないが,中小非製造業については,金利弾性値で有意となっている(付表1-3-2)。したがって,限定的ではあろうが,金融機関の貸出態度の変化が,短期的には実体経済に影響を与えた可能性がある。

もっとも,これをもって単純に「貸し渋り」として事実関係を整理することも適切ではない。なぜならば,銀行が支払能力の審査を行い,各種リスクに応じて貸出金利等を変化させることは,金融仲介という業務の本質と考えられるからである。しかも,我が国の銀行の利ざやを海外の銀行と比較してみると,依然そのレベルは低い(93年時点では,日本1.30%,アメリカ3.71%,ドイツ2.15%,日本銀行「国際比較統計」による)。こうしたことを考え合わせると,昨今の金融機関の貸出行動は,「貸し渋り」というよりは,むしろバブル期の「貸し過ぎ」からの正常化過程とみるべきものと思われる。

(不動産・建設業のバランスシート)

次に借手側のバランスシート調整の影響をみるために,不動産・建設業の金融機関からの借入れを時系列でみてみよう。まず,不動産業についていえば,88年ごろから長期借入金残高が急増しており,運転資金である短期の借入残高が90年ごろ頭打ちとなった後も,長期借入は92年ごろまで拡大,その後もそれほど減少することなく推移している(第1-9-6図)。しかもこの間,バブル崩壊によって経常利益が大きく落ち込んだことから,負債比率は85年度から94年度にかけて大幅に上昇しており,中でも長期借入金対資本比率は85年度に比べ94年度は4倍以上となっている(第1-9-7表)。

一方,建設業については,借入動向に大きな変化はなく,バランスシート上もマクロ的には特に問題があるようにはみえないが,大手建設会社では,受注競争が激化するなか不動産業等に対する債務保証残高が増加しており,オフバランスに「偶発債務」を抱えている企業が増加している点には注意が必要である(第1-9-8図)。

(不動産・建設業のマクロ的インパクト)

こうしたなかで,不動産・建設業の設備投資は,93年ごろから顕著に減少しており,足元も低迷している(前掲第1-9-6図)。ちなみに,不動産・建設両業種の設備投資総額に占める割合はバブル期以降で10%程度であり,不動産・建設業の動きがマクロの設備投資の抑制の一因となったということができる。また,実質GDPの伸び率に対する寄与度でみると,80年代後半は1%程度寄与していたのに対し,94年度はその寄与度がマイナスに転じている。しかも,92~93年度も,経済対策による公的部門の増加が下支え要因となっていたに過ぎず,民間部門の寄与度は92~94年度の3年間で平均-0.2%(累積-0.6%)と,マクロ的にみても不動産・建設業の動きが実体経済へインパクトを及ぼしていたことが分かる(第1-9-9図)。

3. 今後の課題

以上みたように,不良債権問題は,貸手,借手の双方を通じて実体経済に影響を与えている可能性がある。したがって景気の回復力を強めその持続性を確保し,中長期的な安定成長につなげていくためには,不良債権問題の解決が不可欠である。

金融システムは,預金者,投資家及び金融機関等の信認によって成り立っており,また,個別金融機関の問題がシステム全体に波及するというシステミックリスクを内在しているため,個々の処理に当たっては,様々な困難を伴う。しかし,現在発表されている金融機関の不良債権要処理見込額は,厳しい前提を置いても,業務純益との対比でみて,マクロ的には十分処理可能な金額であると試算することができる(付表1-9-2)。むしろ,処理を遅らせることに伴い,要処理見込額が増加する可能性を残すことの方が問題であるといえよう。しかも,不良債権問題を根本的に解決するためには,単に金融機関の会計上の償却を行うだけではなく,不稼働資産となっている不動産の流動化を促し,金融システムに新たなキャッシュフローを獲得すること,さらに,金融機関がリスク管理能力を高め,経営の健全性を確保することが必要である。預金者保護・信用秩序の維持に万全を期しつつ,これらの問題をできるだけ早期に処理していくことが,実体経済にとって緊急の課題といえ,より基本的には,自己責任原則と市場規律に立脚した透明性の高い,新しい金融システムを早急に構築していく必要がある(なお,我が国では,「日本的経済システム」の下,自己責任原則等が必ずしも重視されなかった傾向にあるが,この点については,第3章で論じる)。

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