平成8年

年次経済報告

改革が展望を切り開く

平成8年7月

経済企画庁


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第1章 今回の景気局面の評価

第4節 厳しい雇用情勢

回復の動きが続いていることに伴い,雇用環境にも明るい兆しはみられるものの,失業率が依然として高い水準にあるなど,雇用情勢は厳しい。本節においては,こうした昨今の雇用情勢を循環面からどのように把握すればよいのか,また,構造変化が労働市場の需要,供給にどのような影響をもたらしているのか,さらに,こうした雇用面の動きが所得分配面にどのように変化をもたらしているのかを考える。


コラム

就業意欲喪失者をめぐる議論

最近,就業意欲喪失者(ディスカレッジド・ワーカー:就業希望を持ちながら就業機会の乏しさから仕事を探すことをあきらめて統計上は非労働力人口に計上される者)を潜在失業者ととらえ,これを含めて雇用情勢を分析すべきであるとの指摘がある。例えば,就業意欲喪失者を完全失業者に加えて算定したU指標について,日米統計の定義調整を行うと,94年2月時点で,日本(8.9%)の方がアメリカ(8.8%)をわずかに上回るとの試算がなされていた。すなわち,日本では,何らかの理由から就業をあきらめた人がアメリカを大幅に上回ったことを示している。

しかしながら,仕事を探していない理由をみると,アメリカでは労働市場の需給状況を原因として挙げる者が7割近くを占めるのに対し,日本においては特に女子で,「勤務時間等が合わない」とする者が5割を占めている。このことから,日本においては,労働市場の需給状況というより雇用制度面の実態がかなり影響しているとみられ,両国の就業意欲喪失者の内容には大きな違いがある。したがって,一概にこれを比較することはできない。

しかも,94年1月より,アメリカにおける就業意欲喪失者の定義が変更になり,「過去1年間に求職活動をしたこと」及び「(求められれば)すぐに職に就けること」が新たに要件として加えられた。変更の詳細が未発表のため,現時点での日米比較は難しいが,日本の特に女子において「すぐに職に就ける」者が相対的に少ないことから,就業意欲喪失者を含めたU指標(U4:94年1月分からの新区分,以下参照)でみても,日本はアメリカを下回ると見込まれている。

(注)


1. 今回の景気循環と雇用

(雇用の安定と時短)

第1節で述べたように,バブル崩壊後の低成長の中で我が国の失業率は過去最高水準に達し,雇用情勢は厳しい。しかし,これだけの低成長にもかかわらず,海外諸国の失業率に比べれば相対的に低い水準にあり( 第1-4-1図 ,コラム参照),欧州諸国との比較では長期失業者の割合も小さい( 付表1-4-1 )。そこでまず,実質GDPと労働投入量の関係から,現在の労働投入量,つまり就業者数及び労働時間をどのように評価できるかを考えてみよう。

第一次石油危機以降の実質GDPと労働投入量の関係をみると,80年代半ばまでは,両者は極めて安定的な関係にあり,統計理論上これを検証することができる( 付注1-4-2 )。そこで,バブル期以前の関係を均衡状態と仮定し,実際のGDPに対する均衡労働投入量をバブル期以降について外挿すると,90年頃から実際の労働投入量が減少し,それにつれて外挿値と大きくかい離する。このことは,実際の労働投入量が,GDP対比でみて過少という意味で,かなりの生産性の向上がみられたことを表し,その要因としては,80年代末からの労働時間の減少が労働投入量の減少に大きく寄与していることが分かる( 第1-4-2図 )。80年代末からの労働時間の減少は景気後退に伴う所定外労働時間の減少もあるが,主として所定内労働時間の短縮によるところが大きい( 第1-4-3図 )。ただ,ここでの寄与度の動きをみると,労働時間の短縮分の一部を就業者数の増加が相殺する形となっていることも指摘できる。このことは,バブル崩壊後の低成長期の我が国の労働市場では,労働時間の短縮によって,失業の増加を緩和する効果が少なからずあったことを示している。

(雇用過剰感は残るものの改善の兆し)

上記分析では,企業は過去に比べてかなり労働投入量を抑えていることになるが,それにもかかわらず,企業の雇用過剰感は強い。特に,バブル崩壊後の低成長が続くなかでも,日本的な雇用慣行の下では急激な雇用量の調整ができないことから,いわゆる企業内の雇用保蔵が生じている。( 付図1-4-3 )。

まず,日本銀行「企業短期経済観測調査(全国企業)」により企業の雇用人員の過不足感をみると,95年末以降非製造業を中心に過剰感がやや後退しているものの,依然として過剰超となっており,規模別では大企業においては依然として円高不況期のピークを大きく上回る水準にある( 第1-4-4図 )。

しかし,今回の雇用過剰感が,循環要因と異なる構造的な問題なのかどうかは冷静に吟味すべきであろう。業種別や職種別にみた構造要因は後述するが,さきにみた雇用人員判断D.I.を鉱工業生産指数(除くトレンド)との対比でみても,雇用過剰感が足元において特に拡大しているという結果は得られなかった( 第1-4-5図 )。我が国の企業は,日本的な雇用慣行の下,レイオフを実施しないため,景気後退とそれに伴う調整局面において何らかの雇用過剰感を抱えざるを得ないが,これまでは,これを一つの循環要因として耐え忍び,景気の回復によってこれを克服してきたのである。実際,今回の局面においても,足元,雇用過剰感はやや後退しており,雇用調整実施事業所割合でみても,93年をピークに低下傾向で推移している( 第1-4-6図 )。

(新卒者の採用抑制)

今回の特徴の一つは,景気の本格的な回復に遅れがみられ,企業の経営環境が厳しいなかで,新規学卒者の採用抑制が続けられており,就職状況が厳しくなっていることである。失業者の求職理由をみると,第2節でみたように,学卒未就職者の増加が目立っており,今年の新規学卒者の就職内定状況は,厳しかった95年3月卒を更に下回った( 第1-4-7図 )。こうした新規学卒者の採用抑制は,企業の労働力人口構成をゆがめる可能性があろう。その場合,第3章で述べる企業のダイナミズムという観点からも問題が生じることが考えられる。

(緩やかな伸びが続く賃金)

厳しい雇用情勢が続くなかで,賃金は95年に入ってからもやや低い伸びが続いており( 第1-4-8図 ),現金給与総額(事業所規模5人以上)は,94年度1.5%増の後,95年度には0.9%増と再びやや伸びを鈍化させている。これは,95年の春季賃上げ率が94年を下回ったことを反映して所定内給与の伸びが鈍化したことに加え,94年以降やや伸びを高めていた所定外給与が95年に入ってやや伸びを鈍化させていること,特別給与が前年に引き続きマイナスとなったこと等によるものであり,景気回復が緩やかななかで賃金が伸縮的に変動したものと考えられる。

2. 労働力需給の構造変化

今回の雇用情勢の特徴は,上で述べた景気循環面での要因のほかに,労働力の需給双方における構造変化が影響している。そこで,ここでは産業構造調整に伴う労働力需要の変化,就業意識の多様化に伴う労働力供給の変化から,雇用情勢の現状を検討する。

(自営業主,家族従業者が大幅に減少)

足元の雇用情勢,特に95年末に高まりがみられた失業率の背景において特徴的な動きは,就業者数の減少がみられたことである。就業者数を雇用者と自営業主及び家族従業者(以下,自営・家従)に分けて,第一次石油危機以降の動きみると( 第1-4-9図 ),バブル崩壊後91年から93年にかけて,それまでにみられないような規模の自営・家従の減少が発生し,95年末には更にそれを上回る自営・家従の減少が生じている。特に昨年の場合は,雇用者の増加が小さいなかで自営・家従が大きく減少したため,就業者全体の伸びはわずかなものとなった。

そこで,自営・家従の内訳を業種別にみると( 第1-4-10図 ),80年代の自営・家従の押下げ要因は,主として農林業であったのに対し,90年代に入ってからは卸売・小売業,飲食店の減少が目立っているが,94年から95年にかけていったんその減少幅は縮小したものの,95年後半には再び減少幅が拡大している。また,景気の谷であった93年においては,製造業の減少幅が大きく拡大しており,その後の緩やかな回復過程においても減少傾向が続いている。これらのことは,90年代の円高や消費者行動の変化等様々な環境変化の中で,既存の中小零細商店の店舗数が大きく減少するような形で流通構造の変革が進行していることや,町工場を中心とした小規模な下請企業が国際競争力の変化等もあり減少していることが,雇用面に影響をもたらしたものと考えられる。こうした動きは,さきにみた企業の雇用過剰感のような循環的なものではなく構造的なものであり,今後の雇用情勢をみていく上でも極めて重要である。

(業種によって違いがみられる雇用動向)

雇用者については,昨年後半以降回復の動きが明確になっており,景気の回復がより確かなものになるにつれて,一段と伸びを高めていくものと考えられる。しかし,今回の雇用情勢をみるに当たっては,かなり業種間に動きの違いがみられる。

まず,労働力調査(世帯調査ベース)でみると( 第1-4-11図 ),製造業は93年以降大きくマイナスを続けている一方,サービス業では伸びを鈍化させる傾向にはあったもののプラスで推移した。また,卸売・小売業,飲食店は94年から95年前半にかけて落ち込んだ後,95年後半以降急速に雇用を拡大させている。これを毎月勤労統計(5人以上の事業所ベース)の常用雇用でみると( 第1-4-12図 ),業種別の動きに労働力調査と差異がみられるものの,総じていえば,製造業が落ち込むなかで,サービス業等非製造業がある程度雇用を支えている構図となっている。ちなみに,毎月勤労統計の卸売・小売業,飲食店は,労働力調査と異なり,足元大きな増加はみられないが,これは,同統計で補足されない5人未満のコンビニエンスストアなどの雇用増が寄与している可能性がある。さらに,こうした動きをここ2年間の業種別の新規求人で詳しくみると,繊維,木材・木製品等製造業は減少しているが,95年度はサービス業が大きく新規求人数を伸ばしており,卸売・小売業,飲食店もプラスに転じた( 第1-4-13図 )。

このように,厳しい雇用情勢の中にも,産業構造や流通構造の変化の中で明るい動きを示している業種がみられており,我が国経済が構造調整を進めながらも,雇用問題を解決していく一つの道筋を示唆している。

(職種別の労働力需要の格差)

我が国が構造調整を進めるなかで,職種別にみた労働力需要も変化している。まず,職種別の過不足感をみると( 第1-4-14図 ),管理,事務の雇用過剰感は依然として強く,単純工についても94年に過剰感がやや後退したものの96年2月時点では過剰超となっている。一方,専門・技術や販売といった職種は,91年以降不足感は後退しているものの,不足超で推移している。また,新規求人の職業別構成比をみても,専門・技術がほぼ一貫して構成比を高めていることが確認できる。

こうしたことから,雇用情勢が厳しいなかにあっても,専門的知識や高度な技能を備えた者については相対的に雇用需要が強いことがうかがわれ,我が国における知識集約型産業への構造変化が雇用環境を変化させているものと考えられる。

(若年層,高年齢層におけるミスマッチ)

一方,今回局面における失業率の上昇には,需要面とあいまって供給面にも従来と異なる動きがみられる。まず,完全失業率を年齢階級別にみると( 第1-4-15図 ),91年から95年にかけて,15~24歳層で1.8%ポイント,25~34歳層で1.5%ポイント上昇するなど,若年層での上昇が顕著であるが,これを求職理由別にみると,若年層ではさきに述べた学卒未就職者のほかに自発的離職失業者が増加している( 第1-4-16表 )。また,UV分析によりミスマッチの状況をみると( 第1-4-17図 ),93年から95年にかけて欠員率がほぼ横ばいで推移するなかで雇用失業率は上昇を続けており,ミスマッチの拡大もまた失業率を上昇させる要因となっていた。特に,15~24歳の若年層においては,94年から95年にかけて,欠員率,雇用失業率ともに上昇しており,適職を見い出せないまま失業者にとどまらざるを得なくなった労働者が多く,企業側も必要とする人材が採用できていないことを示している。

また,高年齢層についても,55~64歳層で完全失業率の上昇がみられる(前掲 第1-4-15図 )。求職理由をみると,高年齢層については,非自発的に離職した者が過半を占めており,厳しい雇用情勢の中で離職せざるを得なくなった後においても,労働市場にとどまり,求職活動を行っていることを示している。ちなみに,高齢者の労働力率の動きをみると,80年代終わりから91年頃の雇用情勢が良好な時期に上昇し,その後も高い水準で推移している( 第1-4-18図 )。

したがって,近年の若年層及び高年齢層の失業率の上昇は,企業側の厳しい雇用方針に加え,若年層を中心に就業意識が多様化していることや,企業の要望に対して労働者の提供する技能が適合しないことが反映されているとも考えられる。これまで述べてきたことは,従来の我が国の雇用システムが労働市場をめぐる環境変化に大きな影響を受けていることの現れと考えられる。その影響の詳細については第3章第2節で論じる。

3. 所得面の動き

労働市場の需給構造の変化によって,欧米等で問題となっているのは所得分配のゆがみである( 付図1-4-4 )。そこでここでは,我が国において最近の雇用動向が所得面でどのような変化をもたらしているかについて,賃金格差の動きをみてみよう。

(縮小した産業間賃金格差)

まず,所定内給与の変動係数(標準偏差/平均)によって賃金格差の推移をみると( 第1-4-19図 ),産業間では,80年代に賃金格差が拡大したものの,90年代に入ってからはこの格差が縮小していることが分かる。そこで,個別産業の賃金伸び率の変化をみると,80年代後半は,賃金の絶対水準が高い金融・保険業や電気・ガス・熱供給・水道業等の伸び率が高いのに対し,90年代に入ってからは,金融・保険業の伸びが著しく低下する一方,相対的に賃金の低い電機や繊維等製造業の伸びが高まっていることが分かる( 第1-4-20図 )。

産業別の賃金の動きは,それぞれの業況や労働者構成の違いなど,様々な要因が影響しているが,最近の経済環境の変化を踏まえると,賃金格差に関しては次のような解釈も可能である。すなわち,従来,金融・保険業や電気・ガス・熱供給・水道業といった比較的公的規制の強く,高い賃金となっていた産業が,一連の規制緩和の中で,賃金の伸びを相対的に低めているというものである。規制緩和の動きに対しては,これが所得格差の拡大をもたらすといった議論もあるが,上記結果は,こうした議論とは必ずしも相いれない。

なお,企業規模別にみた賃金格差の動きをみると,80年以降の長い時系列においては,産業間格差とほぼ同様の傾向を見い出すことができるが,93年以降,製造業を中心に再び格差が拡大しているようにも見受けられる。足元をやや詳しくみるために,「毎月勤労統計調査」ベースで5~29人と30人以上に分けて給与の前年比の推移をとってみると,95年はその差がやや拡大していることが分かる( 第1-4-21図 )。また,学歴間賃金格差については,80年代に上昇した後,90年以降は特に目立った格差縮小はみられない。これらの点を考慮すると,我が国の所得格差の動向については,今後とも注意してみていく必要がある。