平成8年

年次経済報告

改革が展望を切り開く

平成8年7月

経済企画庁


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第1章 今回の景気局面の評価

第5節 非製造業の動向

今回の景気回復を緩やかなものにしたもう一つの側面として非製造業の低迷があった。通常,円高局面では交易条件の改善を通じて非製造業に好影響がもたらされると考えられるが,今回の円高局面ではこのような好影響が顕在化せず,非製造業による景気の下支えがみられなかった。本節では,非製造業の低迷の要因を分析していく。

(総需要・総供給曲線による為替増価の影響)

為替レートの変化が産業に与える影響を,製造業と非製造業の総需要曲線と総供給曲線に基づいて考えてみよう( 第1-5-1図 )。

(各曲線は次のように特定化した( 付注1-5-1 参照)。まず製造業の場合であるが,総需要曲線のシフト要因は外生的な需要増である輸出を用いた。それゆえ,円高は需要面に対しては,輸出へのマイナスの影響を通じて,総需要曲線を下方シフトさせる。総供給曲線のシフト要因は,輸入価格と,国内の効率・生産性を示すものとしての単位労働コストを用いた。円高による円建て輸入価格の低下や生産性の上昇は,総供給曲線を下方シフトさせる。円高は総需要曲線と総供給曲線の双方のシフトによって価格を低下させるが,生産がプラスになるかマイナスになるかは先験的には分からない。

次に,非製造業の場合であるが,総需要曲線のシフト要因は,内需である個人消費で代表させた。ここでは,円高の需要面への影響は想定していない,あるいはあっても軽微として無視している。もちろん実際は,円高による輸出減→所得減により個人消費もマイナスの影響を受ける可能性がある。総供給曲線のシフト要因は,輸入価格と労働生産性を用いた。円高は円建て輸入価格を低下させることにより,総供給曲線を下方シフトさせるため,価格が低下,生産は増大する)。

推計した総需要曲線をみると,製造業において実質輸出の変化は生産に影響を与える。また,総供給曲線をみると,輸入価格に対する生産の弾性値は製造業の方が大きいことから,円高による輸入価格低下による総供給曲線の下方シフトの大きさは製造業の方が大きいことが示唆される。

ここで,10%の円高が生じた場合の製造業と非製造業の生産と価格に与える影響を試算してみよう。製造業の総供給曲線の下方シフトは非製造業より大きいと考えられるものの,総供給曲線の傾きがかなり緩やかであるとともに,輸出減による製造業の総需要曲線の下方シフトも大きいことから,結果として,生産,価格双方にマイナスの効果が出ている。非製造業は総供給曲線の下方シフトの結果,生産はややプラス,価格はマイナスとの結果が出た。もちろん,前述のように,実際は個人消費の減少もあるので,生産のプラスは試算されたよりは小さいと考えられるものの,製造業に比べて非製造業で円高のメリットが大きいといってよかろう。

(非製造業の下支えが小さかったのはなぜか)

上でみたように,本来非製造業は円高メリットが大きい。しかしながら,バブル崩壊後円が増価傾向で推移するなかで非製造業の収益は大きく低迷し,前回の円高不況後と異なり回復の先導役とはならなかった。非製造業の収益の動向をみると,前回の円高不況後はいち早く増益に転じたのに対して,その後90年ころから減益に転じ,94年になってようやく増益に転じている。しかしながら,95年にかけて増益幅が再び大きく縮小している( 第1-5-2図 )。収益変動を,交易条件要因(円高メリット),金融緩和要因,地価要因(バブルの発生と崩壊),個人消費要因(消費マインド),さらに価格破壊要因や企業のリストラ要因(法人需要,ここでは製造業の数値を使用)で要因分解してみよう。

前回の円高不況後は,価格の低下,消費の低迷が収益低下に寄与した一方,円高メリットの程度が大きく,バブルが発生(地価の急上昇)するなかで,法人需要,やがては個人消費も高まった結果,収益は大きく改善した。一方,バブル崩壊直後は地価要因と消費要因が大きくマイナスに寄与した。地価要因はその後も長く収益低迷に寄与している。消費マインドは徐々にマイナス寄与が小さくなり,94年ころからプラスに寄与するようになった。また,法人需要は91年ころから93年ころまでは収益にプラスであったが,94年ころからはマイナスに寄与している。

まとめると以下の結論が導き出されよう。第一に,前回の円高不況後に比べると,今回は円高の程度が相対的に小さく交易条件改善効果が大きくなかったこと,第二に,今回も前回同様,価格低下や消費マインドの悪化が収益マイナスに大きく寄与したが,前回はバブルの発生がそれを上回るプラス効果をもたらしたのに対し,今回は,バブル崩壊の影響(地価の下落,消費低迷)によりマイナス効果が拡大したこと,第三に,今回は企業のリストラによる法人の財・サービス需要が低迷したことがマイナスに寄与していることがある。なお,前回も今回も金融緩和は非製造業の収益にプラスの影響をもたらしている。


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