第1節 円高,景気後退長期化の下での企業・産業の変化

[目次]  [戻る]  [次へ]

円高が進行し,景気後退が長期化するなかで,長期的な観点から日本の産業・企業の在り方をめぐっていくつかの課題が明らかになってきた。その中から,ここでは,空洞化の問題,空洞化とアジアとの水平分業関係の進展との関係,内外価格差問題の三つについて述べる。

1. 空洞化をめぐる議論

(空洞化の三つの側面)

円高が進行するなかで,「日本経済が空洞化してしまうのではないか」という懸念がみられるようになった。しかし,この「空洞化」として何を考えるかについては様々な見方があり,まずこの点を明確にしておくことが必要である。そこで,本章では,空洞化を以下の三つの側面に分けて整理する。もちろん,それぞれの側面は互いに関連していることはいうまでもない。

第一の側面は,企業と国内市場との関連である。国内品と輸入品との競合が激しくなり,国内生産品が競争力を失ってしまうような場合には,企業が国内生産を縮小したり,さらには撤退することがあり得る。この場合,国内生産が輸入に代替されることになる。

第二の側面は,企業と海外市場との関連である。輸出が採算に合わなくなったり,現地生産の方が有利になったりすると,企業は生産基地を海外に移転したり,現地生産を拡大したりする。この場合,輸出のための国内生産が海外生産に代替されることになる。

第三の側面は,製造業と非製造業との関連である。上記のように国内生産が輸入,海外生産に代替され,製造業の国内生産基盤が縮小すると,生産性の低い非製造業のウエイトが高くなる(すなわち,結果として経済のサービス化が進むことになる)。この場合,製造業が非製造業に代替されることになる。

以上が,空洞化と呼ばれる現象の三つの側面であり,空洞化が経済にとって問題となるかどうかは,この三つの側面が,国内経済(雇用,実質賃金,生産性等)に悪影響を与えるかどうかによって決まってくる。つまり,現象面としての空洞化が発生することと,それが日本経済に悪影響を与えるかどうかは明確に区別する必要がある。

このように空洞化現象を整理すると,空洞化が為替レートの変化と密接に関連した問題だということが分かる。つまり,為替レートの増価(円高)は,他の条件を一定とすれば,輸出品の価格競争力を低め,輸入品の価格競争力を高めるため,国内生産が輸入や海外生産に代替される可能性が出てくる(第一,第二の側面)。また,為替レートの増価は,国内の生産資源を貿易財の生産から非貿易財の生産にシフトさせる。おおむね,製造業が貿易財産業,非製造業が非貿易財産業に当たると考えると,このシフトが経済のサービス化を促すことになる(第三の側面)。1993年の場合も,急激な円高が進行するなかで,空洞化への懸念が高まったのは,このように空洞化現象と円高とが密接に関連し合っているからであった。

(「均衡レート」と空洞化との関係)

円高と空洞化現象との関係を考えるとき,まず注意しなければならないのは,円高が常に,国内生産を輸入や海外生産に代替させたり,貿易財産業を非貿易財産業に代替させるとは限らないということである。為替相場は,経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)や市場の思惑などを反映して市場の需給により決まってくるので,それがどのような要因で変化しているかによって経済に与える影響も異なるからである。こうした観点から為替レートの変化をみる場合,現実の為替レートの動きが経済の実物的なファンダメンタルズから決まってくる「均衡レート」の動きを反映したものなのか,「均衡レート」からかい離した動きかどうかが重要なポイントとなる。「均衡レート」を反映した動きであれば,実体経済への影響は小さいが(実体経済が均衡レートを動かしたわけだから),それからかい離した動きであれば,影響は大きい。

では,この「均衡レート」としてどんな為替レートを考えるべきだろうか。一般には,長期的な「均衡レート」としては,購買力平価を考えることが多い。これは,①貿易財,非貿易財を合わせて一つの財と考え,②国際市場で一物一価が成立している時に成立すると考えられるレートである。しかし,これには二つの問題がある。

第一に,労働等の生産要素の国際間の移動が完全でなければ,国際貿易が不可能な非貿易財については一物一価は成立しない。したがって,ここでは貿易財において購買力平価説が成立するような為替レートを考えることとしよう。

第二に,金融的な要因に基づく物価の変化だけではなく,実物的要因に基づく生産性の変化を通じた物価の変化を考慮する必要がある。つまり,自国の生産性が相対的に上昇すれば,これまでよりも生産のための労働投入が少なくて済むわけだから,自国の貿易財の生産コスト,ひいては,価格は低下する。このとき,貿易財において国際的に一物一価が成立する(購買力平価説が成立する)ためには,為替レートが増価しなければならない。

これを空洞化との関係で考えてみると,例えば,貿易財において日本の生産性の上昇率が他国より高ければ,それに応じて円高になるのは自然であり,それが実体経済に及ぼす影響は小さい。つまり,「均衡レート」の動きを反映した円高であれば,空洞化の影響を懸念する必要はないことが分かる。

こうした考え方の下に,「均衡為替レート」を推計したのが,第3-1-1図①(付注3-1参照)である。ここでは,73年を基準時点として,貿易財産業の生産性の変化も考慮した上で,日米間で貿易財において購買力平価説が成立するような為替レート(名目円・ドルレート)を計測した。なお,貿易財において購買力平価説が成立するような為替レートについては様々な計算手法があり,基準時点の取り方によってもその値は変化するため,十分幅を持って考えるべきであることはいうまでもない。

これをみると,70年代までは「均衡レート」と現実の為替レートに大きなかい離はない。80年代に入ってからは,「均衡レート」は円高傾向が続く一方で,現実の為替レートは円安傾向となったため,80年代前半において両者のかい離は大きく拡大した。その後,85年以降の急速な円高で,現実の為替レートは急速に「均衡レート」に近づいた。89~90年にかけては,「均衡レート」がわずかながら円高となる一方で,現実の為替レートが円安に動いたため再び両者がかい離することになった。

では,70年代から80年代を通じて「均衡レート」が一貫して円高傾向を続けたのはなぜだったのか。この点をみるために,「均衡レート」に影響を与えるいくつかの変数について,それぞれ一定であった場合の「均衡レート」を計測してみると(同図②),日本の労働投入量が一定の場合,または,アメリカの単位原材料コストが一定の場合は大幅な円安になるが,その他の要因を一定にしても,その動きは当初の「均衡レート」とそれほど違わないことが分かる。つまり,「均衡レート」が円高を続けてきた最も大きな要因は,日本の労働生産性の上昇であり,その次に影響力の大きかったのがアメリカの原材料コストの上昇であることが分かる。

90年以降は,現実の為替レートが再び円高傾向に転じるなかで,「均衡レート」はやや円安気味に推移している。これは,景気が減速,後退していくなかで,日本の労働生産性上昇率が鈍化したためである。こうしてみると,80年代後半の円高は基本的には,現実のレートが「均衡レート」に回帰していくという動きであり,その意味では企業も適応が可能だったのに対して,93年以降の急激な円高は「均衡レート」の動きとはむしろ逆の動きとなっている。それだけに日本経済へのインパクトは大きかったわけであり,それが「空洞化」に向けての懸念が生ずる背景となっているのである。

(為替レートと国内生産から輸入への代替)

以下では,為替レートの変化と空洞化との関係を,最初にみた空洞化の三つの側面にしたがって考えていこう。

空洞化の第一の側面は,国内生産から輸入への代替であった。その典型的な例は,80年代前半のアメリカである。当時のアメリカでは,大幅なドル高の下で,国内生産から輸入への代替が生じた。例えば,輸入との競合が激化した結果,アパレル等の業種では,輸入浸透度(国内出荷と輸入の合計に対する輸入の比率)が急速に高まったし,工作機械,民生用電子機械等の業種では,企業が不採算部門として切り捨てたため,結果的に生産基盤そのものが失われてしまった。こうした企業行動は,個々の企業としては合理的なものだったが,その後,為替レートがドル安に戻っても,一度失われた生産基盤を取り戻すことができないという,履歴現象(ヒステリシス)が発生することとなった。

こうした動きは当然,雇用にも影響を及ぼした。80年代前半のアメリカにおいて,輸入浸透度の上昇と雇用者の減少がどう関係していたかを業種別にみると(第3-1-2図),繊維機械,テレビ・ラジオ,アパレル,自動車部品などの業種では,輸入浸透度の上昇に伴って雇用の減少が生じていることが分かる。ただし,アメリカの場合,この時期,製造業での雇用者の減少を上回るサービス業での雇用者の増加があったため(1980~86年製造業の雇用者減131万人,サービス業の雇用者増901万人),失業問題はそれほど深刻にはならなかった。

では日本の場合はどうだろうか。日本の85年から93年にかけての輸入浸透度の変化をみると,非耐久消費財(85年6.5%→93年16.9%),耐久消費財(85年1.8%→93年6.8%),資本財(85年3.2%→93年5.6%)の輸入浸透度が上昇している。しかし,80年代前半のアメリカの輸入浸透度の上昇幅と水準(資本財80年18.1%→86年34.2%,耐久消費財80年15.8%→86年23.2%)に比べれば,日本の変化は小さく,現段階では,アメリカほど国内生産から輸入への代替は進んでいないといえる。

(為替レートと国内生産から海外生産への代替)

次に,空洞化の第二の側面として,輸出のための国内生産から海外生産への代替について考えよう。

国内生産が海外生産に代替する場合は,まず製造業の海外直接投資の動きが変化する。そこで,製造業の直接投資(フロー)の動向をみると(第3-1-3図),80年代後半に大幅に拡大した後,92年度まで減少を続け,92年度のレベルは89年度のピークと比べて38%の減少となった。

しかし,93年の円高によって,製造業の海外直接投資は再び増加に転じており,93年度はアジア向けを中心に前年度比10.7%増となった。また,「海外直接投資の動向に関するアンケート調査(1993年度)」(日本輸出入銀行海外投資研究所)によって,中期的(今後3年間程度)に海外直接投資を行う計画のある企業(製造業)の割合をみると,90年度から92年度までは低下していたが,93年度には再び上昇している(第3-1-4図①)。

ただし,今回の円高が直接投資全体を拡大させる効果は,それほどは大きくないと考えられる。為替レートは,直接投資の決定要因の一つにすぎないし,また,直接投資は,特に,長期的な採算を考慮して行われる傾向が強いため,短期的には投資が採算に乗っているとしても,為替レートの不安定度(ボラティリティ)が大きい場合には,それが投資抑制効果として作用するからである。上記アンケート調査で海外直接投資を行わない理由をみると(同図②),「これまでの海外進出で十分な拠点を確保しており,現状で将来を乗り切れる」,「(海外の)景気情勢が不透明なためしばらく様子を見る」,「親企業本体の業績不振」が高い割合となっている。つまり,①80年代後半に海外直接投資が大幅に増加しているため,その後ストック調整の動きがあること,②販売地(現地及び現地からの輸出相手国)の需要見通しが不安定であること,③景気後退のなかで親企業の収益・業績が低迷していること,などが直接投資の抑制要因として作用しているのである。

(為替レート増価と製造業直接投資との関係)

為替レートと直接投資の関係を更に検討するため,かつて為替レートが増価した時期における製造業の直接投資行動を,80年代後半の日本,80年代前半のアメリカの場合について振り返ってみよう。

日本の製造業の直接投資は,80年代後半に急拡大し,89年度の投資額(大蔵省届出ベース,163億ドル)は85年度(24億ドル)の約7倍となった。これを地域別にみると,対北米向けが89年度は85年度の7.8倍,ヨーロッパ向けは9.6倍,アジア向けは7.0倍となった。

まず,北米向け投資の業種別構成をみると(第3-1-5図①),70年代後半には電気機械の,80年代前半には輸送機械のシェアが大きく増加している。これは,カラーテレビ,乗用車の対米輸出自主規制などを受けて,貿易摩擦回避型の直接投資が増加したことを示している。80年代後半にはほぼ全業種わたって増加したが,摩擦回避型という基本的な性格は変わっていない。現地法人の販売仕向け地別構成比をみても(付注3-2),全体としては9割以上が現地販売で占められている。

ヨーロッパ向けの直接投資が80年代後半に急増したのは,EC市場統合を控えて,EC域内に生産・販売拠点を設立,強化することにより,統合のメリットを享受しようとしたためである。販売仕向け地別構成比をみると(付注3-2),域内を中心とした第三国向け輸出の割合が急上昇している(89年度31.8%→92年度43.1%)。業種別にみると,80年代後半に大きくシェアを伸ばしたのは電気機械である(同図②)。電気機械はECの対日ダンピング提訴,輸入規制等を受けて,カラーテレビ,VTR,複写機等で現地生産を増加させる動きが続き,これが更に直接投資を加速させた。

アジア向けの直接投資については,80年代後半には,電気機械のシェアが急速に高まった(同図③)。投資相手国は当初の韓国,台湾中心から,87~89年にはマレイシア,タイといったASEANに比重が移っていった。また,投資目的・形態についても,80年代後半以降は,企業が国際的な見地から最適な生産・販売体制を考える中で,ASEAN諸国が世界市場の供給基地として明確に位置づけるようになっている。アジアでの海外現地企業の販売仕向け地別構成比(電気機械の場合)をみると(第3-1-6図),①現地向けの比率が上昇していること(各国それぞれの経済水準の向上を反映したもの),②輸出相手国では,北米向けのシェアが大幅に低下するなかで,同じアジア向けのシェアが上昇していること(アジア内での貿易の活発化を反映したもの),③日本向け輸出の割合が上昇していること(現地法人で組み立てた最終製品を日本に逆輸入するアウト・ソーシング型の割合が高まっていることを反映したもの)といった変化がみられる。

このようにみると,80年代後半に大幅な拡大を示した製造業直接投資については,アメリカ,ヨーロッパ向けは円高の直接的な影響というよりも,基本的に貿易摩擦回避,EC統合のメリット享受を目的としている。一方,アジア向け(特に,家電関係)については,基本的には円高の進展を背景に,生産コストの低いアジアを世界市場の供給基地として位置付けるグローバル戦略の下で行われたと考えられる。

次に,80年代前半のアメリカの場合については,ドル高により製造業の生産基地の海外移転が加速化し,空洞化が進展したというのが定説となっている。しかし,製造業の直接投資残高をみると(第3-1-7図),70年代まで増加し続けてきた直接投資残高は,80年代前半は,むしろ横ばいないし減少となっており,製造業直接投資はむしろ低調だったといえる。これは,当時ドル高ではあったものの,アメリカ国内の景気低迷により,親企業の収益・業績が悪化したこと,海外における投資収益率が低下したこと等が影響したためと考えられる。したがって,アメリカの場合,この時期,直接投資の拡大を通じて経済の空洞化が進んだと考えることはできない。

(円高によるアジア向け製造業直接投資の拡大)

以上みてきたように,円高になれば必ず全体としての日本の直接投資が増加するとはいえない。しかし,これは全体としての話であり,直接投資の形態によっては為替レートの影響を相対的に受けやすい分野もあることには注意が必要である。

この点を,地域別・業種別に検討してみよう。地域別・業種別の直接投資を,相手国実質GDP(相手国市場要因),実質実効為替レート(為替レート要因),経常利益(国内収益要因)によって説明する直接投資関数を推計したのが第3-1-8表である。これをみると,地域別には,アジアについてのみ為替レートの係数が有意であり,かつその係数の値も大きい(為替レートが1%増価すると,製造業全体のアジアへの直接投資は1.6%増加する)。一方,北米向け,ヨーロッパ向けの場合は,為替レートは有意ではなく,相手国実質GDPの係数が大きく,かつ有意である。これは,アジア向けの直接投資は,労働集約的な生産工程に特化したコスト追求型ものものが中心であるのに対して,北米,ヨーロッパ向けは現地販売のための生産拠点としての性格が強く,現地の景気情勢に比較的影響を受けやすいためだと考えられる。また業種別には,特に,アジア向け電気機械において,為替レートの係数がかなり大きい。したがって,円高で特に直接投資の増加が予想されるのは,地域別にはアジア向け,業種別には電気機械だと考えられる。

次に,海外生産拡大の方法という観点から為替レートの影響をみよう。海外生産を拡大させる場合,新たな海外直接投資を行うことで海外生産を増加させる場合と,既存の設備を使って増産する場合がある。このように区別すると,現在のように,①80年代後半の海外直接投資急増の過程で,新規の海外生産拠点作りは一応一巡しており,②親企業の業績・収益が悪化し,海外,国内とも将来の需要見通しにおいて不透明感の強い時期には,直接投資を行うよりも,既存の海外生産拠点の稼働率を高めることによって対応されやすいであろう。直接投資を行う場合でも,こうした局面では,新たな生産拠点を作るための投資よりも,既存の生産拠点を拡充する投資の方が実施されやすいと考えられる。

海外直接投資内容の推移をみると(第3-1-9表),中国については新規の生産拠点の設立が中心となっているが,それ以外の地域では,生産拠点の設立の割合は近年低下している。一方で,生産拠点の拡張の割合は上昇しており,特に,ASEAN,アメリカについては93年度にその割合が急上昇している。

したがって,円高と,空洞化の第二の側面である国内生産の海外生産の代替については,今回の円高により,地域別にはアジア向けの,形態別には既存の生産拠点における増産のための直接投資の増加が今後とも見込まれるであろう。



コラム


(アメリカ,日本の直接投資行動の比較)


アメリカと日本の直接投資行動の違いをみてみよう。まず,戦後,イギリスに代わって最大の直接投資国となったアメリカの直接投資の特色をみると,①製造業向けの投資の割合が比較的高いこと(92年末の投資残高に占める製造業の割合38.4%),②投資先がカナダ,ヨーロッパの先進国に集中していること(同製造業投資残高に占めるカナダ,ヨーロッパの割合67.9%),などが挙げられる。このような背景としては,アメリカの多国籍企業戦略として販売網の確保や市場トレンドの把握等のマーケティングを重視しており,市場規模・購買力の大きい先進国向けに,輸出を行うのではなく,直接投資を行うことで海外市場の維持・拡大を図ってきたことが考えられる。また,アメリカの独占的優位性を誇る,技術,経営ノウハウ等を生かすためには,海外でライセンス生産を行うよりも,自ら海外に進出し,生産・販売を行うことが有利であったことも影響しているであろう。

一方,日本の場合は,①非製造業の割合が高いこと(92年度末68.8%),②製造業の投資先は80年代後半以降,北米,ヨーロッパ向けの割合が急速に高まったが(同65.1%),元来はアジア等の途上国向け(80年度74.0%)が中心であったこと,という特色があり,アメリカとは対照的である。特に,製造業についてその投資動機をみると,70年代はアジア向けの繊維等のようにプロダクト・サイクル的な性格が強かったものの,80年代後半に増大したアメリカ,ヨーロッパ向けの電気機械,輸送機械等の直接投資は広い意味での貿易摩擦回避型の性格が強いと考えられる。

このような直接投資行動の違いは,現地法人の収益率(売上高税引き後利益率)をみるとより明確となっている。まず,アメリカの現地法人の業種別収益率をみると(図①),アジア向け,ヨーロッパ向けともにほとんどの業種で現地法人の収益率が親企業の収益率を上回っている。これは,独占的優位性を生かして高収益性を目指すアメリカの多国籍企業の戦略が反映されているとみられる。一方,日本の場合は(図②),アジア向けは現地法人の収益率の方がおおむね高くなっているものの,アメリカ向け,欧州向けは現地法人の収益率の方が低く,赤字を出している業種(アメリカ向けの電気機械,輸送機械等)もみられる。また,海外直接投資の実績評価をみても(図③),米・加,ECでは収益性の評価が他の地域と比べて目立って低くなっている。これは,①現地生産が本格化してから間もないため,利益が十分出るには至っていないこと,②この時期(特に,89~91年度),アメリカ,ヨーロッパの景気が低迷していたこと,も影響しているであろうが,そもそも貿易摩擦回避を目的とした投資形態であることが大きいと考えられる。



2. アジアとの相互依存関係の深まりと動態的水平分業関係の進展

これまでは,為替レートの変動の輸出入・直接投資への直接的影響を考えてきた。しかし,空洞化の問題をより大局的,動態的に考えるためには,これを日本とアジアとの分業関係の深まりのなかで考えていくことが重要となる。短期的な円高の影響にとどまらず,長期的トレンドとしても日本からアジアへの直接投資は増大を続け,相互の貿易関係も強まっていくことは間違いないからである。そこで,ここでは,貿易,直接投資を通じた日本とアジアの相互依存関係とダイナミックな水平分業関係について考えてみよう。

(西太平洋地域の相互依存関係)

日本,アジア,アメリカを結んだ地域を「西太平洋地域」と呼び,そこでの相互依存関係の深まりを,まず,輸出結合度を使ってみてみよう(第3-1-10図)。輸出結合度とは,自国の輸出先に占める相手国の比率を相手国の相対的な輸入規模で評価したものであり,二国間の貿易関係の緊密度を比較するための指標である。これによって,次のような点を指摘できる。

第一は,日本,アジアNIEs,ASEANについてのアメリカ向けの輸出結合度が,アメリカ側からこれら地域への輸出結合度を上回っていることである。これは,アメリカがこれらの国,地域にとって輸入相手国としてよりも,輸出市場(需要アブソーバー)としての役割を果してきたことを意味している。しかし,80年から91年までの変化をみると,アメリカとの間の輸出結合度の非対称性はおおむね縮小傾向にある(ASEANでは91年に両者の関係が逆転)。

第二は,日本とアジアNIEsの関係をみると,日本からアジアNIEsへの輸出結合度が逆向きの結合度よりも大きいことである。これは,日本は,アジアNIEsに対して需要アブソーバーとしてよりも財の供給者としての役割が大きいことを示している。しかし,日本からアジアNIEs向けの輸出結合度は低下してきており,両者の間の輸出結合度の非対称性もやはり縮小傾向にある。

第三は,ASEAN,中国から他の国,地域への輸出結合度の非対称性が縮小していることである。ASEANからの輸出結合度をみると,かつては非常に高かった日本向け,アジアNIEs向けのレベルが徐々に低下し,かつては低かった中国向けが上昇している。中国についても,かつては高かったアジアNIEs向け,日本向けの輸出結合度が低下してきており,低かったASEAN向けがやや上昇している。

以上のように,それぞれの国,地域間において,輸出結合度でみた非対称性が縮小傾向にあることは,両者の関係がより相互依存的になっていることを示している。

(西太平洋地域の貿易を通じる需要の波及)

ある地域での需要が増えると,その一部は輸入需要となるため,他の地域の輸出が誘発され経済活動が高まる。さらにその影響が輸入需要を通じて他の地域に波及していく。こうした貿易を通じた需要の波及は,地域間の結びつきの度合いが高まるほど大きくなるはずである。この点をみたのが,西太平洋地域の乗数マトリックスである(第3-1-11表)。この乗数マトリックスとは,ある国で設備投資,輸出等の需要が拡大した時,当該国の輸入を通じて,他の国の生産をどの程度誘発させるかという,いわば需要の波及の度合いを示したものである。表は,横に示した国で100単位の需要が新たに発生したとき,縦に示した国々の需要がどの程度誘発されるかという形で示されている。対角線上の数字は,自国の需要が増加したとき,貿易の波及効果を通じて最終的に自分自身の需要が何単位増加するかを示しており,これを誘発された需要全体で除したものが国内誘発率となる。これをみると,①日本,アメリカに比べて,アジア諸国の国内誘発率はかなり低いこと,②アジア諸国の需要が増加したとき,日本の生産を誘発する度合いが高いことが目につく。

アジア諸国において,国内誘発率が低く,日本への生産誘発率が高いのは,設備投資,輸出等の需要が発生した場合,設備投資や生産に必要な資本財・中間財を,特に,日本からの輸入に依存している面が強いからである。アジアNIEs,ASEANの輸出と資本財・中間財の伸びを比較してみると(第3-1-12図①),いずれも輸出が伸びたときは,資本財・中間財輸入の伸びも高まるという関係がみられる。また,この資本財・中間財の輸入のうち日本の寄与度はいずれもかなり高水準となっている。また,設備投資と資本財輸入についても,同様な関係がみられる(同図②)。

もう一度,乗数マトリックスに戻って,各年の変化をみると,韓国,台湾についてはわずかながら国内誘発率の上昇,日本への生産波及比率の低下がみられるが,他のアジア諸国,特に,マレイシア,タイでは80年代後半において国内誘発率の低下と日本への生産波及比率の上昇がみられる。こうした韓国,台湾の動きは,資本財・中間財における,(特に日本からの)輸入依存体質から徐々に脱却しつつあることを示している。一方,タイやマレイシアで国内誘発率が低下し,日本への生産誘発度が上昇しているのは,これら諸国で,日本からの電気機械を中心とした海外直接投資の拡大が,工業化の動きを進展させ,それとともに,日本の現地法人への資本財・中間財の輸出が増加しているという姿を示している。

以上みてきたように,これまでのアジアの輸出,設備投資主導型の成長は,日本からの資本財・中間財の輸入に大きく依存したものであり,これには日本からの直接投資の増大が大きな役割を果たしていた。つまり,日本のアジアへの直接投資は,アジア諸国の成長力を高め,それが需要面でのスピル・オーバーを通じて,日本の経済活動にとっても大きなプラス要因となってきたのである。

(動態的水平分業関係の進展①―日本とアジアの雁行形態的重層構造)

上記のような西太平洋地域の相互依存関係の深まりは,直接投資も含めた国際分業の進展によってもたらされたといえる。日本とアジアとの国際分業も,アジア諸国が一次産品を輸出し,日本が工業製品を輸出するという垂直分業から,互いに工業製品を輸出し合う水平分業に変化してきており,さらに日本,アジアNIEs,ASEAN,中国がダイナミックに比較優位を変化させながら,それぞれがより高付加価値な製品に特化していくという動態的な水平分業が進展している。

このような比較優位のダイナミックな変化はプロダクト・サイクル理論から説明することができる。つまり,ある財の生産を開始する国(先発国)を考えると,①当初は輸入代替により国内産業が成長する,②国内の生産力が高まると輸出を通じて海外進出が行われる,③財の技術が成熟化すると,後発国が輸入代替,輸出という同じ経路をたどるので先発国の輸出が減少し,輸入が増加する,④先発国は相対的に賃金の安い後発国に直接投資を行う一方,更に高い技術が必要な財の輸入代替を推進する,というプロセスをたどると考えられる。これは,後発国が先発国を追い上げ,追跡するとともに,それぞれの国が自国の比較優位を労働集約的な財から資本集約的(技術集約的)な財へ転化させ,産業構造が積み重なるように高度化していくプロセスでもある(重層構造の形成)。特に,後発国は先発国の技術を取り入れたり(後発の利益),先発国が後発国に直接投資を行うため,追い上げる速度はますます速くなる。このようなプロセスはちょうど雁の群れが空を飛ぶようにみえるため,「雁行形態型の発展」と呼ばれている。

この動態的な水平分業関係の進展は,産業間での分業関係と産業内での分業関係に分けることができる。

まず,日本,アジアNIEs,ASEAN,中国について財別の貿易特化係数をみることにより,産業間の分業関係の変化,雁行形態型の発展を確かめてみよう(第3-1-13図,付注3-3参照)。この貿易特化係数とはある財の貿易収支の貿易額に対する比率((輸出-輸入)/(輸出+輸入))であり,プラスであることは輸出超過,マイナスは輸入超過であることを示している。これをみるとまず,国(又は地域)としては,日本→NIEs→ASEAN→中国の順で,産業としては非耐久消費財→耐久消費財→資本財という順で,特化係数の高まり→低下→マイナスへという動きが生じていることが分かる。このように,先頭を走る国(日本)を追って,次々により付加価値の高い分野に産業のウエイトを移していくという,雁行形態型の発展を明確に観察することができる。特に,後発国であるASEAN,中国の追跡過程は大幅に短縮されている。

アジア諸国の雁行形態的な重層構造は,日本の輸入構造の変化をみても確かめられる(第3-1-14図,個別品目については付注3-4参照)。すなわち,非耐久消費財では,アジアNIEsのシェアの低下→中国のシェアの上昇という流れがみられる。なかでも衣類については,93年には中国のシェアは61.5%に達している。耐久消費財についても,アジアNIEsのシェアの低下→ASEAN,中国のシェアの上昇という変化がみられる。また,資本財については,アジア諸国のシェアはまだ低いが,アジアNIEs,ASEAN,中国のシェアは上昇傾向にある。

(動態的水平分業関係の進展②ー日本とアジアの産業内分業)

日本とアジアとの動態的な水平分業関係は,同一の産業内においても進展している。これには,同一製品を各生産工程に応じて分業する「工程間分業」と,同一製品でも価格,品質等に応じて分業を展開する「製品差別化分業」とがある。

このなかで一般的にみられるのが,工程間分業である。例えば,家電等の電気機械では,日本から資本,技術集約的な資本財・中間財を輸出して,現地法人で労働集約的な組み立てを行い,再び日本に最終製品の一部を輸出するという工程間分業が行われている。この点を,映像・音響機器における日本とアジア諸国の貿易特化係数の推移(88→93年)によってみると,最終製品である映像機器,音響機器については,日本からASEAN向けの貿易特化係数が輸出超過から輸入超過に転じている(63→マイナス36)一方,川上部門の映像・音響機器の部品,半導体等については,日本からASEAN,アジアNIEs向けの特化係数は依然として輸出超過となっている(77→69)。日本が部品の供給に特化する一方,ASEANは最終製品の組立てに特化するという工程間分業が進展していることがうかがわれる。

製品差別化分業についても,80年代後半以降,日本とアジア諸国の間で新たな進展がみられる。例えば,日本はアジア諸国との間で,カラーテレビを輸出しかつ輸入するという製品間の水平分業を行っているが,それぞれの間で輸出入されているカラーテレビの輸出単価をみると(第3-1-15図),日本が輸出するカラーテレビの単価は,日本が輸入する単価をかなり上回っている。この例からも,家電製品等において,高付加価値の製品は日本が輸出し,低付加価値の製品はアジア諸国が輸出するという分業が進展していることが分かる。

(「空洞化論」の評価)

以上のような検討を踏まえて,もう一度「空洞化」論について考えてみよう。

空洞化を懸念する議論は,「輸入が増えれば,その分国内の生産・雇用が減る」,「海外への投資が増えれば,その分国内の投資が減る」という点を問題視しているように思われる。確かに,全体のパイが一定であるというゼロ・サム的な状況では,製造業の生産拠点の海外への移転によって,国内生産は減少し,国内の投資機会,雇用機会が失われることになる。また,短期的には,輸入や海外投資の増加に対応するための調整は痛みを伴う場合もあろう。

しかし,長期的にみれば,製造業の生産拠点のアジアへの移転は,動態的水平分業を通じた日本とアジア諸国の雁行形態的重層構造の高度化という趨勢的な流れを更に押し進め,それがアジア諸国との長期的な相互依存関係を深めるとともに,日本も含めたアジア地域のダイナミックな発展を促進させるため,日本を含めたアジア全域でのパイの拡大につながることが期待できる。

また,生産拠点の海外への移転によって解放される資源をより付加価値の高い分野に振り向けていくことができれば,国内産業全体の効率性が高まり,経済全体のパイもまた大きくなるであろう。このように,「長期的に」「動態的に」「プラス・サム的に」「国際分業的に」考えれば,議論されている空洞化現象が,むしろ新たな発展の原動力となりうるように,アジア諸国との相互依存関係の深化,貿易・産業構造の高度化を図っていくことが重要であるといえる。



コラム


(比較優位の変遷の国際比較)


各国の貿易パターンを説明するものとしては,D.リカードが提唱した「比較優位」が最も基本的な概念であろう。しかし,「比較優位」という概念ほど一般に誤解されている経済用語もないのではないかと考えられる。

典型的な誤解は,例えば,ある国(A国)が自動車産業において「比較優位」があるというのは,A国の自動車産業が貿易相手国(B国)の自動車産業と「比較」して生産性が高く,競争力があるとする考え方である。しかし,「比較優位」はA国とB国というように国同士を「比較」した概念ではなく,同一国内の各産業を「比較」することによって得られる概念である。具体的には,相対的生産性の高い産業が「比較優位」を持つことになるため,正しくは,A国内の産業を比較すると自動車産業の相対的生産性が高いため自動車産業に「比較優位」があると考えるのである。

リカードの「比較優位」の原則の結論は,A国,B国がそれぞれ「比較優位」のある産業(例えば,A国は自動車,B国は航空機)に特化して,相手国に輸出をする形で貿易を行えば,双方の国とも利益は得るということである。これは,自動車産業の生産性が輸出を行うA国よりもB国の方が高い場合でも,B国の航空機産業の自動車産業に対する相対的生産性が高く,B国が航空業に「比較優位」を持つ限り,成り立つことに注意する必要がある。したがって,「比較優位」の原則から示される貿易パターンと国ごとに比較した相対的な生産性とは一義的に関係はないといえる。

それぞれの国の産業の「比較優位」を示す指標としては,「比較優位」が輸出の品目構造にどのように反映されているかを事後的にみた顕示比較優位指数(RCA指数)がある。SITC3桁分類(製品類,102品目)の品目におけるRCA指数の長期的推移(65~87年)を日本,アメリカ,アジアNIEsについてみることにしよう。

まず,日本については(付注3-11参照),65年に上位30品目に入っていた旅行用具等(65年13位→87年88位),履物(65年22位→87年99位),衣類(65年25位→87年87位)では,順位が大幅に低下している。一方,写真用または映画用の材料(65年78位→87年3位),道路走行車両(65年59位→87年5位),金属加工機械(65年68位→87年8位),時計(65年64位→87年9位),事務用機器(65年85位→87年13位),医療用電気機器等(65年82位→87年18位)は順位が大幅に上昇している。この結果,65年,87年ともRCA指数上位30位の中に入っている品目数は16と半分程度となっている。

アジアNIEsの場合では,医薬品(65年21位→87年86位)の順位の低下,家庭用電気機器(65年54位→87年15位),鉄道用車両(65年90位→87年28位),事務用機器(65年84位→87年30位)の順位の上昇が目立っている。65年,87年ともRCA指数上位30位の中に入っている品目数は16と日本と同じとなっている。

一方,アメリカの場合は,日本やアジアNIEsとは対照的に,鉄鋼の鋳物・鍛造物(65年8位→87年41位),写真用または映画用の材料(65年10位→87年50位)の順位が低下する一方,送配電用品(65年67位→87年12位)の順位が上昇したことが目立つ以外は,あまり変化していない。65年,87年ともRCA指数上位30位の中に入っている品目数は21と日本,アジアNIEsよりも多くなっている。

以上は,65年,87年のRCA指数上位30位品目に限った分析であるが,各品目のRCA指数の変動度(65年から75年,75年から87年のRCA指数変化幅の二乗を品目別に加えた値)は,日本(64),アメリカ(34)と比べて,アジアNIEsは237とかなり大きくなっている。これは,旅行用具等(65年7位→87年1位),衣類(65年2位→87年4位)などのようにRCA指数でみた順位はあまり変化していないものの,RCA指数自体の変化が大きい品目があるためである。

以上のように,アメリカに比べて,日本,アジアNIEsの比較優位はダイナミックな変化を遂げており,産業の比較優位構造が大きく転換してきたことがわかる。



3. 経済のサービス化と求められる内外価格差の是正

最後に空洞化の第三の側面として,製造業部門(貿易財産業)のウエイトの縮小と非製造業(非貿易財産業)のウエイトの拡大という問題(すなわち,結果としての経済のサービス化の進展)について考えよう。これは内外価格差とも関連する問題である。以下では,サービス経済化の進展の現状を簡単に整理した上で,為替レート変化とサービス経済化の関係,そのなかで顕在化してきた内外価格差問題,物的部門とサービス部門の相互補完的な発展などの点について検討する。

(サービス経済化の進展)

まず,サービス経済化がどの程度進んでいるかみるため,第三次産業のGDP(名目,実質),雇用者比率の推移を日米比較してみよう(第3-1-16図)。これによると,日本では,ここ数年,GDPに占める比率はおおむね横ばいの動きとなっているが,長期的にはいずれの指標でみても第三次産業の割合が上昇しており,サービス経済化が進展していることを示している。ただ,その割合はまだアメリカよりも低い。

こうしたサービス経済化の背景としては,①実質所得水準の上昇に伴い,サービス需要の増加が相対的に高まりやすいこと(サービス需要の所得弾性値が高い),②情報化の進展,企業サービスの外注化などにより企業向けのサービスを供給する分野が拡大していること,③金融市場の発達に伴い,金融・証券部門が拡大していることなどがあるが,さらに,為替レートの動向もサービス経済化と無関係ではない。

まず,為替レートの独立的な変化は貿易財の価格に反映されることになる。一方,非貿易財の価格は為替レートの影響を基本的には受けないと考えられるため,為替レートの動きは非貿易財の貿易財に対する相対価格を変化させることになる。例えば,貿易財で購買力平価説が成り立つとすると,為替レートの独立的な増価は貿易財の国内価格を低下させるため,非貿易財の貿易財に対する相対価格は上昇する。このような相対価格の変化は資源配分にも少なからず影響を与える。非貿易財の貿易財に対する相対価格が上昇すると,貿易財よりも非貿易財を生産する方が有利となるため,雇用,資本等の資源が貿易財部門から非貿易財部門に移動する。つまり,為替レートの独立的な増価は,サービス経済化を促進するのである。円高が進むなかで,国内製造業部門の相対的縮小(非製造業部門の拡大)が注目されたのはこのためである。

空洞化との関連で,サービス経済化(または製造業部門の相対的縮小)が問題とされるのは,サービス経済化が経済全体の生産性,実質賃金上昇率の鈍化につながるのではないか,という懸念があるためである。そこで,主要国の業種別労働生産性の推移をみると( 第3-1-17図),確かに,各国とも製造業に比べて非製造業の方が生産性上昇率が低い傾向がある。しかし,非製造業の場合は,特に,名目付加価値の上昇を質と価格に分けることは製造業以上に難しく,質の向上が価格の上昇として計上されている面がある。このため,生産性の上昇率も過小評価となっている可能性がある。また,日本の場合,製造業の生産性の上昇はイタリア,韓国と並んで最も高くなっているが,非製造業の生産性上昇率についても,アメリカ,ヨーロッパ諸国と比べてその伸びが特に低いわけではなく,例えば,商業については日本の生産性上昇率が最も高くなっている。

(為替レートの変化と内外価格差)

非製造業の生産性が製造業に比べ相対的に低いということは,しばしば内外価格差の原因としても指摘されている。ここでは,内外価格差の問題をマクロ,ミクロ両面から検討してみよう。

まず内外価格差に影響するマクロ的な要因のうち短期的なものとしては,為替レートの動きが重要である。つまり,為替レートが増価すれば,第一次的には海外との比較で日本全体の物価が相対的に上昇する。このとき,貿易財(製造業)については,貿易取引による裁定が作用するため,国内価格は国際価格にさや寄せされ,内外価格差は縮小していくと考えられる。ただし,貿易財についても,財の裁定取引が妨げられる要因がある場合,内外価格差は縮小しないことに留意する必要がある。一方,非貿易財(非製造業)については,こうした裁定がそもそも作用しにくいため,内外価格差が残る。サービス価格は賃金の固まりだと考えると,為替レートの増価によって賃金コストは海外に比して割高となりやすい。すると,貿易財と非貿易財の平均である物価水準はどうしても割高になってしまう。しばしば,円高差益の還元が行われないから内外価格差が拡大するという議論が見受けられるが,こうして考えてみると,差益を末端価格に還元していけば内外価格差は縮小はするが,仮に100%差益が還元されても内外価格差は残ることになる。事実,内外価格差(購買力平価(GDPベース)/為替レート)の短期的な変動は,かなり現実の為替レートに応じて変動している。アメリカを基準とした内外価格差をみると(第3-1-18図),円安であった80年代前半は日本の方が物価水準が低かったものの,円高が急激に進行した80年代後半以降は日本の物価水準も急速に高まり,内外価格差が大きく拡大した。このような現実の為替レートに応じた内外価格差の動きは,日本だけではなくドイツ,フランス,イギリスなど他の諸国にも共通してみられることである。

(所得水準の上昇と物価水準)

さきでみたように中長期的には貿易財の生産性格差が為替レートに影響すると考えると,貿易財の生産性の高い国では為替レートが増価しやすくなるため,内外価格差も大きくなりやすいことになる。このようなマクロ的な視点に立てば,日本の物価水準が高いということと,貿易財の生産性,ひいては,所得水準が国際的にみて高いということはいわばコインの裏表だという面がある。ここでは,物価水準に影響するマクロ的要因のうち,長期的な要因として,所得水準の上昇に着目してみよう。

第3-1-19図は,アメリカとの比較でみた主要国の物価水準(購買力平価(GDPベース)/現実の為替レート)と一人当たりの名目GDP(現実の為替レートで評価)の関係をプロットし,その長期的な変化をみたものである。これをみると,いずれの時点でも,一人当たり名目GDPの高い国は物価水準も高いという関係を明確に読み取ることができる。戦後間もない50年では,日本の一人当たりの所得水準は主要国の中で最も低く,物価水準も最も低かった。それが,一人当たりの所得水準が上昇するとともに物価水準も上昇し,グラフ上では右上の位置に移動してきたことが分かる。92年の時点では,日本はスイス,スウエーデンと並んで一人当たりの所得水準,物価水準がともに最も高い国となっている。各時点での日本の物価水準と一人当たりの所得水準との関係をみると,いずれもほぼクロスセクションの回帰式上に位置しており,日本の物価水準の高さは一人当たりの所得水準に見合っていたことが分かる。逆に,おおむね,クロスセクションの回帰式の下に位置するアメリカは所得水準に比して物価水準が低い特殊な国であるともいえる。

一人当たりの所得水準と物価水準が関係しているのは,特に,非貿易財(サービス)の物価水準と一人当たり所得水準との関係が強いからである。この点を確かめるために,所得階層で分けた国のグループ別に,非貿易財の貿易財に対する相対価格と一人当たり名目GDPの関係をみると,明らかに正の相関関係がみられる(第3-1-20図)。

(個別品目でみた内外価格差)

以上のように,マクロでみた内外価格差,物価水準の動きは為替レートや一人当たりの所得水準である程度説明することが可能であるが,それは,個別の品目でみても内外価格差が問題ではないことを意味するものではない。したがって,個別品目の内外価格差については,その品目に固有な事情(ミクロ要因)を考慮する必要がある。

そこで,国別,財別に物価水準(アメリカを基準)を比較すると(80年及び90年,第3-1-21表),典型的な貿易財である電気製品の物価水準はアメリカとあまり変わらない。しかし,非貿易財である住宅,建築などに加えて,貿易財の中でも,衣服や食料品は,一貫して日本の物価水準の方が高い。さらに,これらの品目の物価をアメリカ以外の他の国の物価水準と比較してみると,住宅,建築については日本の物価水準は国際的に最も高いものとなっており,食料品価格もかなり高い部類に入る。こうした品目別の内外価格差については,上記のマクロ的要因からだけでは説明できない。

これらの品目の物価水準が高いのは,例えば,住宅,建築については日本の生産要素の賦存状況の特殊性(土地の稀少性),地価水準の高さ,耐震性を要求される自然環境の違いなどが影響している可能性が強い。食料品についても,国土条件等の制約から土地利用型作物を中心にある程度割高にならざるを得ない面がある。また,政府規制の強い財についてはそれが内外価格差の要因になっている場合も考えられる。

したがって,国際的,時系列的にみても内外価格差の大きい財(特に,非貿易財・サービス部門)については,それぞれの産業での自助努力,規制緩和,流通効率化及び輸入の促進等を進め,生産性・効率性の向上,価格の低下を図っていくことが重要である。

(物的部門とサービス部門の相互補完性)

以上のように,サービス化が今後とも進展していくなかで,非貿易財・サービス部門の生産性を高めていく努力が必要なことはいうまでもない。その際,経済自体を「モノ」と「サービス」に二分し,別々に考えるという二分法は適切ではない。物的部門とサービス部門には相互補完関係があるからである。ここでは,この点を物的部門からサービス部門への影響,サービス部門から物的部門への影響に分けて考えることにしよう。

まず,物的部門からサービス部門への影響について考えよう。産業連関表を用いて物的部門(農業,鉱業,製造業,建設,電気・ガス・水道)の生産が1単位増加した場合のサービス部門(建設,電気・ガス・水道を除く非製造業)の生産の増加は,80年0.329→85年0.330→90年0.347となっており,物的部門からサービス部門への波及効果が高まっている。その中で,特に,生産誘発される度合いが大きいのは「対事業所サービス」であり,その中でも伸びが著しいのは「情報サービス産業」である。これは,コンピュータ等のハードウエアの高度化に足並みを揃える形でソフトウエアの需要も拡大してきたことを意味する。

次に,サービス部門から物的部門への影響をみよう。やはり,産業連関表を用いてサービス部門の生産が1単位増加した場合の物的部門への生産誘発効果をみると,80年0.437,85年0.381,90年0.335と低下している。これは,技術革新の進展などによって物的部門の投入比率が低下しているためとみられる。しかし,サービス部門が行う設備投資に着目すると,特に,サービス部門における情報・通信関連投資が拡大した時の物的部門への影響は大きくなっていると考えられる。例えば,POSシステム,オンライン・システムなどの整備が進んだことにより,卸・小売業,金融・保険業,情報サービス業のコンピュータ利用台数は,80年代に大幅な増加を示し,他の業種と比較しても相当多くなっている(第3-1-22図)。

以上のように,80年代以降,物的部門とサービス部門の相互補完性が強まっており,この点を考えると,生産性に関しても,サービス部門の生産性を高めるのみならず,この相互補完関係を利用して両部門の生産性を高めていくことが重要である。

[目次]  [戻る]  [次へ]