第6節 停滞した生産活動
鉱工業生産は91年から停滞傾向が続いている。93年の年初には在庫調整が終了するかにみえ,生産も一時的な増加がみられたが,その後,在庫調整は再び足踏みすることとなり,生産も停滞傾向を続けた。また,93年度においては,①卸売・小売業・飲食店,対事業所サービスなどの第三次産業の活動も停滞傾向が続いたこと,②冷夏・長雨の影響によって農業生産が大きな打撃を受けたことなどの特徴的な動きがみられた。以下では,こうした動きが生じた要因について検討する。
(停滞した鉱工業生産・出荷)
93年度の鉱工業生産・出荷は,円高の影響なども加わって最終需要が引き続き低迷するなかで,停滞傾向を続けることとなった。ただ,決算期前後の変動をみると,生産も出荷も92年9月決算期以降,かなり大きな増減を示している(3月,9月は生産・出荷とも増加,4月,10月はともに減少)。
こうした決算期前後の大きな変動のうち,1~3月期から4~6月期にかけての変動には,決算対策要因が大きく影響していたものと考えられる。通常,企業は年度ごとに売上,収益などの営業目標を決めているが,今回の景気後退期のようにダウンサイドリスクが表面化し続けるような状況の下では,企業は当初の目標を達成することが難しくなる。そこで,多くの事業所は決算期を前にして販売促進に特に力を入れたり,将来の需要を先取りして注文を受けたりすることによって,少しでも見かけ上の年度計数を目標に近づけようとする。多くの企業がこうした行動を取ると,短期的には生産,出荷は増加し,生産者在庫は減少する。しかし,これは本質的には将来の生産・出荷を早めに実行しているだけのことなので,次の期には反動減の動きが生じてしまうことになる。
93年の1~3月期から4~6月期にかけて生産・出荷に大きな振幅がみられたのには,こうした決算対策要因が反映しているということは,当時,ほとんど全業種で同じような振幅が生じており,業種ごとの差がみられなかったことからも推測される。
93年の年初の段階においても,生産・出荷の伸びには決算対策による一時的な要素がかなりあるという点は認識されてはいたものの,生産・出荷の伸びのうちどの程度までが決算対策によるものかを見極めるのは困難であった。しかし,結果的には,4,5月の反動は非常に大きく,2,3月の伸びのかなりの部分は決算対策であったものと推測される。
この点を更に検討するために,これまで決算期末を挟んでどの程度の生産の振幅があったか(出荷の動きもほぼ同じ)をみたのが 第1-6-1図である。これをみると,3月決算期については(同図①),各年とも例外なく,決算期前には生産が増加し(原系列),その後に反動減が生じており,こうしたパターンが決算期前後の特有の動きであることが分かる。もちろん,こうした動きも平年並みであれば季節調整によって除去されることになるが,前述のように景気後退期には,この振幅が平年以上に大きくなり,季節調整後もそれが残ってしまうのである。決算期末の後の反動減が特に大きいのは,74年,77年,82年,そして93年(過去最大)であり(なお,89年については,税制改正による一回限りの特殊要因ではないかと推測される),いずれも景気後退期であることからも,この点がうかがわれる。また,9月も多くの会社で中間決算が行われるが,この時期については,ほぼ同様の傾向はあるものの3月決算期ほど顕著ではない(同図②)。
さらに,92年9月,93年3月,9月の3回の決算期末における生産の動きを業種別にみると電気機械,輸送機械,精密機械などの加工組立型業種で決算対策的な動きが顕著にみられる。これは,加工組立型業種の方が素材型業種より,相対的に生産を計上する時点をずらしやすいことを反映したものと考えられる。
(足踏みがみられた在庫調整)
次に,在庫の動きについてみよう。
まず,生産者製品在庫については,92年中頃から減少の動きがみられていたが,93年1~3月期には前述のように出荷が増加したのを受けて,在庫が一段と減少した。しかし,その後は,出荷が停滞し,さらに7~9月期には冷夏の影響を受けてエアコンの在庫が大幅に増加したこともあって,全体としてはおおむね横ばいとなった(7~9月期の在庫水準は1~3月期とほぼ同じ)。
こうした在庫の動きと出荷の動きを組み合わせることによって在庫循環図を描いたのが第1-6-2図である。在庫循環の動きは,図中の時計回りの動きとして現れ,右上で45度線を切ったときが景気の山,左下で切ったときが谷の一つの目安となるとされてきた。これをみると今回の場合は,92年1~3月期に在庫調整局面に入り,期を追って在庫の伸びが低下するなかで,93年1~3月期には急速な在庫の減少と出荷の増加がみられ,4~6月期には一時45度線を切る動きを示した。この段階で,在庫調整はほぼ終了しかけたことになるが,しかし,その後は再び出荷が低迷するなかで在庫にも動意がみられず,94年1~3月期に至るまで45度線の近辺にとどまり,在庫調整は足踏みすることとなった。
こうしていったん終わりかけた在庫調整が足踏みしてしまったのは,実際の需要が企業が期待していた水準を下回って推移したためである。この点をみるために,生産の予測修正率+実現率(ある月の生産についての,実績と1か月前の予測値の差)の動きをみると,93年中一貫してマイナス(下方修正)を続けており,需要が当初の予想を下回る傾向にあったことを示している(第1-6-3図)。
なお,日本銀行「主要企業短期経済観測調査」(以下「短観」)によって,企業の在庫判断の動きをみると,製品在庫判断DI(「過大」-「不足」)は,93年2月の38から5月には31まで低下したが,その後94年2月まで30~32とほぼ同水準で推移しており,企業の在庫過剰感は強いものとなっていた。この在庫の過剰感は,在庫率の動きと同じように動く傾向があり(第1-6-4図),今回も,在庫率が高水準であったことが,企業の強い在庫過剰感の背景となっていたものと考えられる。実際,94年1~3月期以降の在庫率が低下傾向で推移しているのを受けて,在庫過剰感も弱まっている。
コラム
(在庫循環図と在庫率)
在庫調整の動向から景気の谷を推測する方法として,在庫循環図による方法と,在庫率(在庫/出荷)による方法がある(表1)。
在庫循環図では,横軸に在庫増減率(前年比),縦軸に出荷増減率(前年比)をとって描ける曲線が45゜線を下から上に切って,急速に第4象限に向かったとき,在庫調整が終了したことになる。そして,45゜線を切るときがおおむね景気の転換点(谷)に相当するとされてきた。
一方,在庫率については,これがピークとなり低下が始まってから約半年で転換点を迎え,その後在庫調整の終了が確認されることが多かった。
この二つの方法は,次のように密接に関係している。すなわち,在庫率が滑らかに変化するものと仮定すれば,45゜線を切るときは,在庫率がピークとなっておおむね半年後ということである。これは,以下のように示すことができる。まず,45゜線は出荷と在庫の前年比が等しくなる点であるから,45゜線上では在庫率の前年比も0となる。したがって,在庫率の前年比と水準の関係は図2のように,在庫率がピークとなって約半年後に在庫率の前年比が0となる,すなわち45゜線を切るということが示される。
ただし,今回の場合は,93年3月に45゜線に到達した後,その近辺で在庫調整が足踏みしたこともあり,以上のような経験則が当てはまらない可能性もある。
(停滞傾向が続いた第三次産業活動)
生産活動面からみた今回の景気後退過程での特徴の一つは,従来であれば景気の下支え役となるはずの,非製造業部門が低迷したことであった。
この点をみるために,第三次産業活動指数の推移をみると,91年以降伸びが鈍化しており,92,93年は特に低迷している(第1-6-5図)。
これを業種別にみると,特に,金融・保険業,卸売・小売業・飲食店,対事業所サービス業(物品賃貸業や情報サービス業など)の不振が目立っている。
金融・保険業では,90年以降,伸びが鈍化している。同指数算定の基礎データの一つである全国銀行銀行勘定貸出金残高をみると,前年末比で91年4.1%,92年2.5%,93年1.2%と次第に低い伸びとなってきている。
卸売・小売業・飲食店では,卸売業,小売業ともに,92年以降,前年比がマイナスに転じている。「商業動態統計」により93年の販売額をみると,卸売業では前年比4.1%減,小売業では同3.8%減となっている。
対事業所サービス業は,対個人サービスが増加を続けているのとは対照的に,93年は前年比2.4%の減少となった。なかでも,情報サービス業,物品賃貸業,広告業で減少幅が大きかったことは,企業活動の停滞や固定費削減の動きを反映したものと考えられる。特に,広告業の売上高は,前年比で92年6.5%減,93年7.8%減と2年連続して減少した。
なお,不動産業をみると増加が続いているが,これは90年から92年にかけて不動産売買・仲介業が大幅に落ち込む一方で,バブル期以降もビルの総貸室面積の増加等により不動産賃貸業が安定的に推移したことによる。
以上のように,今回の非製造業の停滞は,①バブル崩壊の影響(金融・保険業,不動産売買・仲介業),②個人消費の低迷の影響(卸売・小売業・飲食店),③企業の固定費圧縮を通じたリストラクチュアリングの動きの影響(対事業所サービス業)などが重なったことによってもたらされたと考えられる。
(冷夏・長雨により大きな被害を受けた農業生産)
93年の冷夏・長雨は,農業生産に大きな被害をもたらした。特に,農業生産の約3割を占める稲作は大きな打撃を受けた。93年産の水稲の作況指数は,74(平年収量を100とする)となったが,これは48年の統計作成開始以来最低の水準である(第1-6-6図)。
農林水産省「平成5年度農業の動向に関する年次報告」によれば,冷夏・長雨や台風等による農作物の被害額は総計1兆2,566億円(農業総産出額の約1割)に上るが,このうち約3/4に当たる9,560億円が稲の被害である。その他の作物では,野菜の被害額が1,134億円と最も大きくなっている。
こうした農業生産への被害は,農家経済にどのような影響をもたらしたであろうか。まず,農業所得については,野菜価格の高騰や自主流通米価格等の上昇などによる収入増があったものの,水稲を中心に農業生産が落ち込んだことの影響が大きく,全体としては6.7%の減少となった。農外所得も景気低迷の影響を受けて,1.1%減少した。しかし,災害に対しての保険金である農業共済金が93年12月末現在で4,625億円支払われたことによって「年金・被贈等の収入」が12.2%の増加となっており,結果として農家総所得は0.7%の増加となった。
地域別にみると,冷夏・長雨による被害が水稲に集中したことから,東北,北陸などの稲作依存度が高い地域では,農家総所得が1~2%の減少となった。なお,北海道では,野菜の収入増等から農家総所得が13.8%の増加となった。