むすび

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(内外経済の現局面)

1990年度の世界経済は大きく変動した。まず,第一に,日独を除く主要先進国が景気後退,減速に見舞われたことである。特にアメリカは90年夏から景気後退に入り,7年半を超す長期拡大にもついに終止符がうたれた。第二には湾岸危機が起こったことである。原油価格は比較的短期間で旧に復したが,世界経済に対しでは一時的にせよかなりのショックをあたえたといってよい。各国の景気に対する影響も第一次,第二次石油危機の時とは比べものにならなかったとはいえ,無視できない影響を与えた。第三は東西ドイツの統一,ソ連・東欧の経済改革の動きなど旧計画経済諸国の変動である。すでに,旧東ドイツの復興とそれに伴う財政赤字の拡大がドイツの輸入の増加,高金利という事態を招いており,これが周辺国などに影響を与えている。このように,90年度とその前後においては三つもの大きな変動が進行し,それらが冷戦構造の終焉やECにおける1992年末までの完成を目指した市場統合の動きという背景のもとで,相互に複雑にからみあっていたという点で注目される期間であった。

こうした世界経済の変調にもかかわらず,日本経済は長期の拡大過程を続けている。これは,世界経済の減速の中で日本からドイツや東南アジアへの輸出が増えたということもあったが,今回の景気拡大局面の特徴の一つである内需中心の拡大であるということが重要な要因となっている。最近においてはひところに比べると減速が見られていることは事実であるが,これは持続可能とみられる適度の成長経路に移りつつあることを意味し,景気が後退局面に入ったことを意味するものではない。

かつては,いったん減速が始まると,それが在庫循環を引き起こした。そして在庫の量が今ほど小さくなかった過去においては,在庫循環が当初の減速を増幅し,景気を後退局面に導くこととなった。しかし,近年においては,在庫管理技術の発展や経済のサービス化の進展から在庫の相対的な大きさは,例えばGNP比でみても減っている。また,物価の安定が長く続いていることにより,値上がり期待から過大な在庫を保有することには企業は慎重になっている。

シェア確保のために増産に走り,在庫過剰を招くという動きも減っている。こうした状況のもとでは,最終需要の変動が,大幅でかつ「循環」と呼べるような在庫の変動をもたらさずに,生産の変動に短時間で結びつくことになる。ということは,最終需要が減速という状態であるのなら,生産も減速をするだけで,景気後退というところまではいかないですむことになる。

住宅投資の減少,消費や設備投資の幾分の減速等の要因から最終需要が減速しているが,これが今後「巡航速度」にスムーズに落ち着くことは,在庫循環がこのように変質しているとすれば充分に可能である。たたし,このことはあらゆる種類の景気循環が消滅したとか,今回の景気拡大が永遠に続くとかを意味するものではない。ことに設備投資の中期的な循環のメカニズムについては,それが消滅したということを示すものはなにもない。

民間企業の設備投資は,過去3年間にわたって二桁の増加を示してきたため,その4GNP比が20%を超した。このような比率は高度成長期においては,設備投資の拡大局面の終わりを意味していた。しかし,最近の状況は高度成長期とは異なっており,設備投資比率の上昇は資本係数の上昇を伴っている。この資本係数の上昇は主として非製造業の情報化関連投資の拡大などによってもたらされている。ということは,1単位の設備投資がもたらす生産能力の増加はかつてにくらべて格段に少ないということである。当面設備投資比率の高さが過剰能力に結びつくということはなさそうである。

また,89年以来の引締めにもかかわらず,大企業では,設備の不足感が広範な業種で見られ,技術開発,情報化,省力化などの投資に対する意欲も根強く,91年度の設備投資計画は堅調な増加となっている。大企業の比重はがなり大きいことから,設備投資は当面着実な増加を示すであろう。また91年7月の公定歩合の引き下げは,比較的金利に敏感な中小企業等の設備投資に好ましい影響を与えるものと期待される。

設備投資以外の最終需要項目は,循環を作り出すメカニズムの核となるわけではないが,なんらかの外的な要因で大きく変動すれば,当然景気に影響を与える。まず,家計消費は,所得が変動し7た場合でも人々が消費パターンをすぐには変えないため,比較的安定的に推移する。また,所得の動向は雇用情勢によって影響されるが,その雇用は景気に対して遅行する傾向がある。現に雇用は高い伸びを続けていることから,雇用者所得の堅調な増加が見込まれ,したがって消費も堅調に推移するものと思われる。所得以外の要因については,物価上昇率が一時的にやや高まったことの影響や物品税の廃止の乗用車購入への刺激効果が一巡したことがあるが,これらはすでに起こってしまったものであり,これ以上の減速要因になるものではない。

次に住宅投資は,先行指標である着工統計が91年1~3月期に大幅に減少したことから,工事ベースの住宅投資としては夏場に更に減少する可能性もある。輸出に関してはアメリカの景気底入れが来るとするとその影響が注目される。輸入については増加が見込まれるが,これは内需の増加に対応するものである。残る需要項1目は公的支出であるが,おおむね景気中立的であるといってよい。

以上からして,住宅投資は減速要因になる可能性はあるものの,その比重は大きくないことから,当面は最終需要全体としては「巡航速度」に移行しつつ,拡大が持続するものと思われる。ただし,「当面」より長い目でみると二つのポイントが重要である。ひとつは資産価格が今後顕著に下落し,これが景気に対してマイナスの効果を持たないか,である。いまひとつは,人口の伸びの鈍化や高齢化が供給面の制約とならないかという更に長期の問題である。

(資産価格の変動とその影響)

資産価格は,基本的には資産の利用から生じるフローの収益を金利で資本還元したものとしで決まるものである(ファンダメンタル価格)。将来の収益を変動させる要因が予期されている場合には,ファンダメンタル価格にそうした「期待」も織り込まれることになる。ファンダメンタル価格をおおむねこのように定義した場合,そこからのかい離が理論上「バブル」と呼ばれる。

最近の地価の高騰については,いろいろな角度からみて,土地の現在,未来の利用価値や金利では説明できない部分があるといわざるをえない。また,株価については,89年末の水準は,金利修正PERの動きからみて,ファンダメンタルズとの関係から一時的にかい離して上昇していた可能性があるものと考えられる。

こうした状態から,株価は大幅に低下し,地価は鎮静化に向かった。こうした資産価格の下落ないしは鎮静化は景気に対してマイナスの影響をもたらすのであろうか。まず,消費に対しては富効果が作用してマイナスの影響がでると思われるが,それは株価に限っての話であり,地価については,それはないに等しい。住宅投資に対しては地価が大きな影響を与えるが,地域,利用関係(持家,貸家,分譲の別)によって影響の方向はまちまちである。そのプラスとマイナスを合計すると,地価の上昇は住宅建設にとってはマイナスということになる。

設備投資に対しては,株価の上昇はエクイティ・ファイナンスのコストを相対的に低下させるため,プラスに作用したと考えられる。もっとも,株価上昇局面でエクイティ・ファイナンスで調達された資金のうちのかなりの部分が手元流動性として積み上がり,最近になってそれが取り崩されるという形で,遅れてそのプラスの効果がでてきている。地価の上昇は,不動産を担保とする融資を受けやすくするなどの効果を持ち,設備投資にある程度プラスに作用する面もある。他方で地価の上昇は用地の手当てのコストの上昇を意味するから,設備投資に対して抑制的に作用する面もある。プラス,マイナスを合わせると,地価の変動の設備投資に対する影響は,いずれの方向であるにせよ,あまり大きいものではないと考えられる。

資産価格の変動は金融機関の行動にも影響を与える。株価の下落についていえば,金融機関自身のエクイティ・ファイナンスが頓挫し,加えて有価証券の含み益が減少したことが,貸出増加を抑制する行動に結びついている。また,BISの自己資本比率も貸出増加の抑制に影響を与えているのではないがと考えられる。

地価の鎮静化はどうか。金融機関の貸出に占める不動産担保融資の比率は必ずしも上昇しておらず,水準としてもそれほどのものではない。また不動産を担保として受けた融資も生産設備などの当該業種の本来の営業活動のための投資に振り向けられている限り,不動産価格の下落によって返済が難しくなるというものではない。

不動産業向けの融資についても,アメリカなどに比べると日本の金融機関のそれは比率としては小さく,この面でも地価の下落の金融機関の経営への影響は小さい。かつ,地価の鎮静化のもとでも家賃・地代・オフィス賃料などが下落しているわけではないことも,アメリカにおける不動産不況などと異なる点である。

もちろん地価の下落が大幅になれば,不動産担保融資で多額の設備投資を行った企業は,担保を積みますか,借入を圧縮する必要がでるために,経営が苦しくなるであろう。また,地価の大幅な下落が株式市場に波及する場合には,有価証券の含み益の減少を通じて銀行の自己資本を減少させるという可能性もある。不動産業の倒産なども更に拡大することになるであろう。しかし,前の段落までに述べたことからすれば,それでも地価の下落が経済全体に深甚な影響を与える可能性はやはり大きくないというべきである。

このように,資産価格の鎮静化は景気に対して影響がないわけではないが,それを過度に恐れる必要はない。このことはブラック・マンデーの時の経験や,最近の一部地域での地価の下落などこれまでの経験を思いおこしてみるだけでもわかることである。また,地価については,株価に比べると影響の度合いがかなり弱いと考えられ,景気に対する影響を理由として,地価水準の是正のための土地対策を先送りするべきではなかろう。今回の地価上昇は大都市を中心に良質な住宅の確保を困難にさせ,土地を持つものと持たざるものの資産格差を拡大させ,社会的不公平感を増大させた。国民が我が国の経済力に見合った生活の豊かさ.を実感できない一つの要因を作っているともいえる。それだけでなく,社会資本整備に支障を生じさせ,こつこつと働くことの意義を疑う風潮を作りだすなど,日本経済の活力,将来の豊かさなどにすら影響を与えようとしている。地価のファンダメンタル価格からのかい離は長期的に是正していかねばならない課題である。

なお,近年の資産価格の変動の経験から得られた新しい示唆がある。それは,金利変動が,金利に敏感な住宅投資や中小企業の設備投資だけでなく,資産効果の影響を通じて,金利に鈍感な大企業の設備投資や家計の消費にもかつてよりは大きな影響を与えうる可能性があり,さらに,金融自由化の進展に伴い,金利機能を活用した金融政策が今後とも一層重要になっていくことを考えると,ストック化による資産効果の高まりは有益となる局面もあると思われるということである。

(供給制約は問題か)

90年度中は,概して,稼働率が高い状態が続いた。とはいえ,稼働率の水準はまだ過去のピークを下回っている。GNPギャップも,90年には縮小したものの,縮小幅はかなり小さくなってきている。製造業では,機械工業は稼働率が高水準にあるなど生産能力の制約がきいているが,素材産業は機械工業よりも稼働率が低く,生産余力が残されている。こうしたこともあって,「物不足」がインフレを生じさせるという状態は回避されている。

人手不足と賃金上昇を通ずるインフレ圧力はどうであろうか。今回の景気が内需主導型であったために雇用吸収力が高く,就業者数は堅調な伸びを示し,なかでも雇用者の伸びはかなり高かった。こうした高い雇用の伸びを実現するために賃金がつり上げられたかというと,局部的な現象を除けばぞうではなかった。春季賃上げ率もおちついており,人手不足が厳しいといわれる職種や業種の賃金をみてもそれほど顕著な賃金上昇の加速が起こっているわけではない。

このような結果の一部は,労働力供給が順調に増加したことで説明ができる。

増加した雇用のうちパートの占める比重は少なくなく,またパートの賃金水準が相対的に低いために,平均賃金の上昇がある程度抑えられた,どいうこともあるであろう。

今年の初頭にかけて生鮮食品と石油3品を除いた消費者物価の上昇率に高まりがみられたが,賃金上昇の影響を比較的多く受けるはずのサービス価格の上昇の寄与度の増加に比べて,財の価格の上昇の寄与度の増加の方が大きいという結果になる。企業の人手不足への対処の仕方をみても,賃金引き上げよりも,労働時間の短縮,省力化投資,求人倍率が相対的に低い地方への立地などの対処が目立っており,こうした動きも人手不足感の高まりをある程度抑えることに寄与している。

ところで,最近の労働力供給の増加は,将来に対しても一つの示唆を与える。

すなわち,1995年以降には,生産年齢人口の伸びが減少に転ずる上に,労働力率の低い高年齢層の増加により労働力率は低下する蓄然性が高いが,高年齢層の活用や育児期の女子の労働市場への参加を支援すること等により,労働力人口の減少をある程度の期間は回避することができるということである。しかも,我が国の経済の強みとなっているのは,中等,高等教育の就学率の高さや,企業内での教育・訓練によって,「人的資本」の質が高いということであり,また,企業における技術開発,生産技術,製品開発などの効率的で柔軟なシステム―これは外国でも成功している企業では似たものが観察されるがある―ことである。労働力人口の伸びの鈍化だけで我が国の経済の適応力,活力が損なわれてしまうわけではない。

かなりの長期を考えれば,人口増加率の低下などから考えて,GNPの成長率に鈍化が生じることもありうるが,これは別に悲観すべきことではない。一人当たりのGNPの伸びを問題にすればよいのである。外国人労働者を受け入れて労働力人口を増加させることによって,さらに経済成長率を高める必要があるかについては,十分慎重に検討すべきである。そのほか,地球環境に対する配慮やエネルギー問題が物理的に成長を制約する場合があったとしても,GNP以外の豊かさの充実が図られるのであればやはり悲観する必要はない。

ただし,人口構成の高齢化によって,老齢世代と勤労者世代の間の分配に難しい問題が発生するのは必至であり,そのためにも年金の支給年齢の引き上げなどの課題に早い時期から取り組まなければならない。そして,子育て期の女性の労働市場への参加を支援するとともに,働く意欲と能力のある高齢者に雇用機会を提供し,その「人的資本」としての価値を活がし,生きがいの提供にもつなげることは今後の重要な課題であろう。これらの問題を解決し,そして,昨年度の年次経済報告でも主張したような,規制緩和,市場の開放,労働時間の短縮,そして上でも述べたような地価の引き下げが実現されるならば,我が国の経済の活力の低下も回避され,豊かさの実感できる経済がもたらされる筈である。

(我が国の経常収支黒字と国際的役割)

将来的には上のような問題があるといっても,2度の石油危機や大幅な円高を乗り越えてきたということに示されるように,日本経済の適応力は強い。そうした適応力が経常収支の大幅黒字となって現れた時期もあった。我が国の輸出に占める技術集約的な製品の比重が高いということは,適応力の背後にある技術面での強みが作用しているということである。別な角度からいえば,資源が乏しく,「人的資本」や技術開発のための資金が豊富という生産要素の賦存状況のもとで比較優位の原理が働けば,技術集約的な製品の輸出が多く,一次産品やエネルギー集約的な製品の輸入が多いという貿易構造になる。技術集約的な製品の所得弾性値は高いから,輸出の伸び率が輸入の伸び率を上回りがちであったのである。また,変動相場制のもとで為替レートが経常不均衡を縮小させる役割を期待されたが,金融の国際化が進展したもとでは,為替相場は資本取引およびそれを規定する内外金利の影響を強く受け,経常収支不均衡を調整する力が弱まることもあった。

このようにして一時は大幅になった経常収支の黒字は90年度にはGNP比で1.1%と,ピーク時(86年度)の4.4%から大幅に低下した。90年度の縮小には,原油価格の一時的な高騰,投資収益収支の黒字の減少(海外の金利安,ユーロ円インパクトローン借入増などによる),湾岸平和基金への拠出金などの一時的と思われる要因も作用していた。89年以前も含めて考えると,88年までの円高の進展も影響したと考えられる。また,89年以降,円の上昇が一服した後も黒字縮小は続いており,その背後には一時的ではない要因,構造的要因が働いているといえよう。そうした要因として,4っほどが指摘できる。第1は,プラザ合意以降の過去の円高の結果という面もあるが,輸入に占める製品輸入の比率が上昇し,内需の増加に対して輸入が増えやすくなったことがある。第2は,輸出産業が「内需シフト」などの構造調整に成功したことである。第3は,直接投資による海外現地生産が本格化し,これが日本からの輸出にある程度置き換わり始めたことである。第4はアジアNIEs,ASEANなどの諸国の工業生産力の高まりから,競争力のある供給基地が日本の周辺に勃興し,日本の輸入も増えやすくなっていることである。

こうした構造的要因によって,経常収支の黒字が減少してきたこともあり,最近では,日本の黒字が減ることの世界経済に対するマイナスの影響を懸念する声も聞かれるようになってきた。経常収支黒字の縮小のテンポに,91年度にかけて鈍化が見られるが,現在の水準でもかつてと比べれば格段に減少しており,その裏返しとして,日本からの資本の流出超過も細っている。他方で,東西ドイツの統一,東欧の市場経済への移行,湾岸の復興,アメリカの引き続く財政赤字などが,世界全体としての資金需給をひっ迫させるという危険性がある。こうした状況のもとでは,むしろ日本の経常収支の黒字が増えたほうがよい,ということなのであろうか。

ここで注意しなければならない点が2点ある。第1には,世界の貯蓄・投資バランスの問題を論じるとき,事前と事後,潜在的と顕在的の区別が必要だということである。例えば,東欧の市場経済への移行に伴って資金需要が発生するといっても,それが新たな供給力に結びつくという展望がなければならない。

また,それ以前に制度や組織など,ソフト面での体勢固めが必要である。それが済んで資金需要が発生し,ある程度の金利負担に耐えられる事業が展開されるということとなって,資金需要は顕在化する。

したがって,これらは長期の問題である。長期的に考えると,他にも,発展途上国での新たな資金需要も今後引き続きでてくる。発展途上国の中には「卒業」の段階にさしかかり,黒字国に転換を遂げている国もあるが,基本的には労働に比べて資本が稀少である国が多いはずである。しかるに,ここのところ先進国全体としでの経常収支の黒字(資本収支の流出超過)がみられなくなってきている。また,発展途上国,先進国の別を問わず,世界の貯蓄率が低下してしまっては,世界の投資率は高めることができない。そこで,第2に注意しなければいけないのは,世界の貯蓄率を高めるには,各国が貯蓄増強に努めることが重要であり,とりわけ投資超過国の貯蓄増強が重要であるということである。特に,投資超過幅の絶対値が大きいアメリカが総貯蓄率(民間貯蓄+財政収支のGNP比)を高めることが肝要である。

また,ODAの供与,受取は,経常収支の黒字,赤字によって決まるものではない。あるいは,経常収支黒字の対名目GNP比が最近大きく低下しているから日本の国際的な金融仲介機能もそれに伴って低下しているのかといえば,そうではない。

我が国は,その黒字を利用して世界経済になんらかの貢献をしていくということも重要ではあるが,黒字と関係なく果たすべき役割がある。それはひとつにはODAであり,いまひとつは自由貿易体制の維持である。前者については,我が国の経済力からして応分の責務を果たさねばならないということに尽きる。

後者に関して我が国が積極的でなければならない理由は二つある。一つは,静態的な観点であり,国内に存在する生産要素の偏りが非常に大きいため,我が国は貿易によって大きな利益を受ける体質を持っているという理由からである。

動態的には,我が国の戦後の経済発展が可能であったのも,世界経済がブレトン・ウッズ体制のもとで順調に拡大し,自由貿易体制のもとで日本の製品のシェアの拡大が許され,日本の輸出と成長が好循環を作ることができたことのおかげであり,恩恵を受けたこのシステムに対し,今度は貢献する側にまわらなければいけないということである。そのためにウルグアイ・ラウンドを成功に導くための積極的な役割を果さねばならない。また発展途上国のための市場のアクセス改善などに今後とも努める必要がある。

歴史的にみても,経済力,工業力の面で大きなシェアを占める国が自由貿易を推進することで,世界の自由貿易体制が形作られてきた。我が国は最近ヨーロッパとアメリカで勢いを得ているかにみえる地域経済圏にも属しておらず,その意味でもガットの精神である多角的で無差別な障壁の引き下げのため各国と協力して積極的な役割を果たすべき立場にある。日本が世界のために果たすべき役割であると同時に,我が国の国民の真の豊かさの向上にもつながる問題である。

今後の日本経済は21世紀までを展望すると,これまでのような順調な経路を歩み続けるわけにはいかないという可能性もある。しかし,我が国の生活水準そのものは充分に高いといえるところに近づきつつある。これを真の豊かさの実感につなげることは経済政策上の重要な残された課題であるが,それと同時に,世界と融和し,自らの豊かさや,適応力等々を国際的な共有財産のために役立てる国であることを行動をもって示し,理解をかちとることも,我が国の今後の重要な課題である。

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