第4節 世界経済に対する日本の役割

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前節まででは,貿易,資本供給やそれを通じる技術移転等民間レベルでの国際的な貢献がすでに様々なかたちで行われているのをみた。また,日本政府の政府開発援助(ODA)による国際的貢献も取り上げた。これらの貢献が今後一層求められることは疑いなく,我が国としてもその期待に応える必要がある。

しかしながら,我が国には,最近において,これらの貢献とは違ったかたちの役割を国際舞台で発揮することが従来にも増して求められるようになってきている。前節までにのべたような国際的な貢献は,全て我が国政府あるいは我が国の企業や個人が原則的には単独で行う貢献である。これに対し,最近においては,我が国が,単独ではなしえないような国際的な共有財産ともいうべき制度や仕組みの構築といった分野で,積極的なリーダーシップを発揮することが求められている。本節ではこうした分野で我が国が果たすべき役割について考えよう。

1 自由貿易体制維持に対する日本の役割

(自由貿易の意義)

我が国が国際的なリーダーシップを発揮するのにもっともふさわしい分野のひとつが自由貿易体制の維持,発展に対する役割であろう。これは,ひとつには,日本が,戦後の目覚ましい復興のなかで,最も貿易による利益を享受してきたと考えられ,また今後もその利益を受け続けると考えられるからである。

自由貿易の意義はどのようなところにあるのであろうか。貿易による利益の発生するメカニズムとしては大きく分けて2点が指摘されている。

まず,第1点は比較優位の原理である。各国は,各々生産コストが相対的に低い財の生産に特化し,貿易を通じて必要な財と交換することにより,それら全てを国内で生産するときよりも効用が高まる。これを発展させたのがヘクシャー・オリーンによる国際貿易理論である。これによれば,各国は国内に相対的に豊富な生産要素をより集約的に使用する財を輸出することにより,必要な財をすべて国内で生産するときよりも効用が高まる。一般的には,国内に存在する資源に偏りが大きいほど,貿易することによる利益は大きいと考えられよう。

第2点は規模の経済の原理である。ある種の財の生産に規模の経済があり,人々がそうした財を多種類手にいれたいと思う場合には,各国が特定の財の生産に注力し,それらを相互に貿易する方が,各国がそれらをすべて国内で生産するよりも通常効用が高まる。この理論は,生産要素の賦存状況に大きな差がないとみられる先進諸国間の製品差別化が進んだ市場においても工業製品貿易の利益を説明する理論として有力である。

これらの理論については,現実には,環境保全,安全保障等の非経済的要因などの様々な条件によって制約を受ける分野があることに留意すべきである。

(自由貿易の恩恵を極めて強く受ける我が国)

我が国の国内の資源の賦存状況をみると,鉱物性資源等が非常に乏しく,その輸入依存比率が非常に高い(第4-4-1図)。これは,国内に存在する生産要素の偏りが非常に大きいことを示しており,我が国が貿易によって極めて大きな利益を得る体質をもっていることがわかる。逆に言えば,貿易が無くなった場合の我が国の受ける打撃は他国に比べればかなり大きいと考えられるのである。

このような我が国が,戦後目覚ましい成長を遂げることができたのは,戦前とは比較にならないほど自由化された世界市場が存在していたことによるところが大きいといえよう。逆に言えば,我が国の戦後の目覚ましい発展は,貿易がいかに大きな利益をもたらすかのひとつの例を示したものともみられよう。

ところで,我が国の戦後の成長をさして,「輸出主導型成長」といったことばがよく使われる。確かに輸出の我が国の成長に対する寄与度は小さくはなく(例えば,60~80年平均で実質成長率7.9%に対し,輸出等の寄与度は約1.1%),また,輸出から生ずる様々な派生需要も考え合わせると,輸出なくして我が国の高い成長はなかったことは間違いない。しかしながら忘れてはならないのは,この間の輸入等の成長に対するマイナス寄与度もかなり大きい(同期間で約マイナス1.4%)ことである。これは,成長に必要な国内に存在しない鉱物資源等の原材料の輸入が,やはりかなり速いテンポで増加したことによる。したがって,輸出入合計した外需の成長への寄与は高度成長期を通じてほとんどゼロないし若干のマイナスであった。この点に注目すれば,我が国の高度成長にとって,輸出入双方,すなわち貿易が重要な役割を果たしていたといった評価が可能であろう。こうした我が国の貿易への高い依存体質は,第2節でみたように,ごく最近においても基本的には変わっていない。

(高い伸びを続けた世界貿易と各国の相互依存関係の強まり)

戦後,貿易の伸びが著しく高かったのは,もちろん我が国だけではない。後にのべるように,自由貿易を発展させるための各国の努力や国際的な枠組みを通じた多角的な交渉に助けられて,世界の貿易は高い伸びを続けてきた。世界貿易の伸び率を同期間の世界の経済成長率と対比すると(第4-4-2図),1950年以降,ほぼ一貫して貿易の伸び率が上回っている。2度の石油危機があった70年から80年代にかけて,世界の成長率が落ちるとともに世界貿易の伸び率も大きく低下したが,86年以降は,再び世界経済の成長が高まるなかで,貿易の伸びも大きく高まった。

世界貿易の内訳をみると,まず,貿易の半分以上は工業製品(89年時点で69.6%)である。しかも,この比率は,工業製品貿易の伸び率が全体を上回っていることからもわかるように,長期的にみて上昇している(60年49.6%,80年54.0%)。なかでも,先進諸国間の工業製品貿易の伸び率が高く,資源賦存状況の似通った国同士のいわゆる水平貿易の伸びが著しいことがわかる。これは,貿易の利益という点では,先に挙げた2番目の「規模の経済要因」の重要性が増していることを示唆するとともに,先進諸国間の貿易を通じた相互依存関係が強まっていることを示しているものといえよう。

(貿易の成長促進効果)

このような貿易の高い伸びは,世界経済の第二次大戦後の成長に非常に大きな役割を果たした。これは,世界全体のみならず,個別の国々においてもみられる現象である。世界各国の経済成長率と貿易の伸び率を対比してみると(第4-4-3図),両者の間には正の相関がみられる。これは,戦後の我が国の貿易を通じた高度成長といった経験が,かなり広範にみられることを示唆している。特に,アジアNIEsやASEANの諸国・地域のなかには,70年代以降,貿易の高い伸びと高い成長率を実現させているところが多い。

貿易と成長率の間に正の相関がみられる背景としては,以下の点が指摘されている。まず,これらのケースのほとんどは我が国同様輸出と輸入が同時に伸びるかたちをとっているものとみられるが,活発な輸出は,国内産業に対し,より大きな市場を提供するため,規模の経済を享受しやすい。また,このように輸出が伸びることは,外貨事情の好転等を通して輸入面でも保護的な措置をとる必要性を薄れさせる。これは,輸出入両面において国際市場での自由な価格形成を取り込むことを意味し,これが競争を刺激し,また資源配分の効率化に結びついている。言い換えれば,このかたちでは,貿易面で,まさに比較優位の原理を生かし,貿易の利益を最大限に享受している。加えて,輸出の伸びによる輸入余力の拡大は,外国からの技術輸入の余地を広げ,これが技術革新の活発化を通じて成長率を高める可能性もあろう。以上の貿易による成長促進効果はもちろん発展途上国に限った現象ではない。前掲第4-4-3図をみると,先進諸国間にも,緩やかながら両者の相関がみられるわけであり,水平貿易を通じる規模の経済等の貿易のメリットがある程度の成長促進要因となっているものと考えられる。

(自由貿易への障害)

このように貿易のメリットは非常に大きい。また,すでにみたように,世界全体,特に先進諸国は,貿易を通じた相互依存関係を強めており,逆にいえば,他国の貿易政策による影響を受ける度合いが高まっている。このような状況のもとで貿易を制限する動きが広がると,経済的な打撃はいうに及ばず,政治的な対立や摩擦の原因となる可能性が大きく,現にこうした問題は現在までに繰り返し様々なかたちで発生している。こうした事態の発生を防ぐためにも,自由貿易体制を維持,発展させていくことが極めて重要である。

ところで,自由貿易にこれほどメリットがあるとすれば,特段の努力をしなくても各国は自主的に自由貿易政策を採用しそうなものである。そうならないのは,ひとつには,自由貿易は一国だけで行ってもメリットがない場合が多いからである。例えば,二国間のケースで考えた場合,本来,両国ともに自由貿易政策を採用することが最良の政策であるにもかかわらず,相手国が自由貿易政策をとらないかもしれないとの懸念から,結果的に両国ともに自由貿易政策を採用しないこととなるケースが考えられる。このような状況は,ゲーム理論で「囚人のジレンマ」と呼ばれる。

歴史上貿易を巡る紛争は頻繁に繰り返され,それが国際紛争につながった例も多い。例えば,1930年代において,一国の貿易制限が次々に報復措置を誘発し,世界経済のブロック化による貿易,経済の停滞を生み出した。これはその後の国際情勢の急速な悪化や,さらに世界大戦への突入といった事態の重要な原因となったとみられている。

(自由貿易体制維持に不可欠な国際協力)

以上で明らかなように,自由貿易体制の構築は,一国でできるものではない。各国が協力して自由貿易体制を作っていくことが必要である。そしてこうした自由貿易体制の根幹は,最恵国待遇(無差別平等),互恵主義,内国民待遇(内外無差別)である。戦後,このような国際的な場での自由貿易体制の中心となる役割を果たしてきたのがガット(GATT,関税と貿易に関する一般協定)である。ガットは,前述の1930年代においての各国の保護貿易主義や貿易ブロック化が世界経済の発展を阻害し,また国際紛争の重要な火種になった経験に対する反省にたって,1947年に23か国により調印され,翌年発足した。ガットの目的は,関税その他の貿易障害の実質的な軽減であり,前述のような自由貿易体制の原則にのっとり,無差別と多国間主義を原則としている。

ガットの機能は貿易,貿易政策に関するルールの形成,貿易に関する紛争処理,多角的貿易交渉による貿易障壁の除去の3点である。このうち,関税の引き下げを中心とする多角的貿易交渉は,発足後7回開かれ,次第に参加国の幅を拡げつつ,特に工業製品における関税引き下げに成果を挙げてきた。このなかで特筆すべきはケネディ・ラウンド(64年~67年)および東京ラウンド(73年~79年)である。ケネディ・ラウンドでは,新たに発展途上国が加わるなど参加国数が飛躍的に増加するとともに,交渉の範囲が農業や非関税障壁にまで拡げられ,また関税の引き下げについても従来の「国別・品目別方式」(二国間交渉を多数同時並行的に行う方式)にかえ,「一括引き下げ方式」が採用され,画期的な関税引き下げが実現した。一方,東京ラウンドでは,更に参加国が大幅に増加し,大幅な関税率引き下げが行われたほか,ケネディ・ラウンドで端緒が開かれた非関税障壁についても協定が締結された。

我が国も,戦後,1955年にガットに正式に加盟し,60年に「貿易・為替自由化計画大綱」を決定し,その後貿易の自由化を進めてきた。ケネディ・ラウンドによる関税率の引き下げを経て,70年代初頭にかけて輸入制限品目も大幅に減少した。また,我が国は,東京ラウンドについては,その開催を積極的に提唱し,加えて,交渉の最終決着を待たずに一方的な関税引き下げを実施した。また,非関税障壁についても交渉結果の諸規定について無条件受諾の手続きを率先して完了した。その後も我が国は着実に貿易の自由化を進めており,現在我が国は,世界で最も貿易の自由化が進んだ国のひとつといえよう。ちなみに,我が国の関税負担率(輸入額に占める関税収入の比率)をみると(第4-4-4図),88年度で3.4%と,アメリカ(3.8%),EC(3.9%,負担率は域外からの輸入に係るものであり,関税収入額には農産物に対する輸入課徴金を含む),カナダ(3.5%)等を下回っている。また,輸入制限品目数をみても,85年末の27,89年末の21から,90年末には18と大きく減少し,先進諸国のなかでも最も低い水準となっている。さらに,91年4月には牛肉,オレンジ及びタンジェリン等3品目が自由化され,また,92年にはオレンジ果汁の自由化が予定されている。

(今日の自由貿易体制を巡る諸困難と我が国の役割)

ところで,今日,世界の自由貿易体制は様々な意味での問題点に直面している。これは全体として重大な問題であり,こうした脅威に如何に対抗するかが喫緊の課題となっている。具体的には,従来の自由貿易体制の枠で取り込めないようなサービス等の国際取引が増加している一方,「一方的措置」や「二国間主義」等,自由貿易の精神に反するような行為が多くみられるようになっている。また,発展途上国の主要輸出産品である農業,熱帯産品,繊維等の分野については,一定の関税率の引き下げが行われたが,依然引き下げの余地が残されており,発展途上国の要望が高まっている。

このような自由貿易体制が直面する様々な問題への対応において,我が国は積極的にリーダーシップを発揮すべきである。我が国は,前述のように,自由貿易の利益を最大限に生かしつつ飛躍的な発展を遂げ,しかも比較的最近において,短期間で先進工業諸国の仲間入りを果たした。したがって,我が国はこうした自由貿易のメリットをもっとも説得しやすい立場にある。加えて,我が国は,戦後,相当期間,一人当たりのGNP等を考慮すると発展途上国であったわけで,位置的にも急速な発展を遂げつつある東アジアの発展途上国と西側の先進諸国との結節点にあり,両者の橋渡しをするのに絶好の条件が揃っている。更に,我が国は,最近一段と増加する傾向にある域内外を差別的に扱う経済統合や市場統合に,全く属していない。

このように,自由貿易体制の維持,発展のための国際協力や調整といった分野は,我が国が国際的リーダーシップを発揮するのにもっとも相応しい分野のひとつといえよう。現在,上述のような自由貿易体制を巡る様々な問題点の協議の中心的な場となっているのが,ウルグアイ・ラウンドである。これは,ガットの場での東京ラウンドに続く8回目の多角的交渉である。ウルグアイ・ラウンドは,15もの分野にわたる協議であるが,交渉の内容面からはサービス(旅行・運輸等),知的所有権の貿易関連側面(TRIP),貿易関連投資措置(TRIM)といった新しいもの,ガット条項,セーフガード,アンチダンピング等のガットのルールに関するもの,関税,非関税措置,農業等市場アクセスの改善に関するもの,と大きく分けて3つの分野に整理できる(第4-4-5図)。交渉は86年9月に開始され,90年12月に最終的とりまとめが行われる予定であったが,農業分野やサービス,貿易関連投資措置等での一部論点をはじめ意見の一致をみない分野も多く,交渉は91年に継続して行われることとなった。

自由貿易体制の維持,発展のためには,まず,このウルグアイ・ラウンド交渉を成功裡に決着させることが,重要である。我が国は,そのために,引き続き積極的な役割を果たす必要があり,また,交渉終結後も,引き続き,貿易や世界経済を巡る情勢の変化に合わせて自由貿易体制を維持,発展させるため,積極的に行動すべきである。また,特に,最近増加しつつある,商品の貿易についてのガットの原則に反するような「二国間主義」や「一方的措置」は,自由貿易体制に対する重大な脅威であり,これには断固反対していくべきである。

加えて,自由貿易体制に関しては,新たな課題も浮上している。例えば,現在の段階では必ずしも保護主義的な動きにつながっているとは言えないが,経済統合,ないし市場統合の動きが広範にみられるようになってきている点が注目される。具体的に,ECが,92年末の市場統合に向けた動きを本格化させているほか,89年にはアメリカとカナダの間で米加自由貿易協定が発足した。また,アメリカ,メキシコ,カナダ,の間では,北米自由貿易協定締結のための交渉が開始された。さらに,東アジアにおいても,自由貿易圈構想が一部で提唱されている。また,この他にもすでに種々なかたちでの自由貿易協定等が結ばれている。

一般に,こうした域内の貿易障壁低下を伴う経済・市場統合は,統合された地域とそれ以外の地域の間の貿易を促進する効果と抑制する効果と両方ある。前者は,市場統合のもたらす各種の効率化,域内成長率の高まり等が域外からの輸入を増加させる現象であり,後者は,統合による域内製品の競争力の強まりから,域外からの輸入が域内からに振り替わる現象である。これら二つの効果は先験的にどちらの方が強いと決められるものではない。また,目下のところ,貿易を抑制する効果が貿易を促進する効果を大きく上回る目立った事例がみられるわけではない。

しかしながら,経済・市場統合の動きが広範化すると,それが一旦保護主義に傾いた場合,自由貿易体制を大きく脅かす可能性がある。したがって,今後ともこうした経済・市場統合が,自由貿易体制の維持発展のために望ましい方向で発展するよう,求めていく必要がある。前述のように,我が国は域内外を差別的に扱う如何なる経済・市場統合にも属さない数少ない先進国のひとつであり,こうした問題でのリーダーシップが求められる。

2 我が国に求められる国際社会での多角的な役割

我が国に求められる国際社会への貢献は,経済面に限っても,他にも色々ある。まず,貿易とある意味では両輪をなす,国際通貨体制の安定,拡充である。我が国は,すでにみたように,対外純資産の規模ですでに世界最大級となり,また,世界の最も重要な資本供給国のひとつとなっている。また,国際的な金融仲介機能の面でのシェアの向上も著しい。このような我が国が,発展途上国の累積債務問題を始め,国際通貨体制の直面する様々な問題点について,指導的な役割をより多く果たすことが求められている。更に,東欧諸国や湾岸諸国等の復興等,国際的な協調による経済支援が必要となるケースが増加しているが,こうした分野でも我が国への期待も大きい。加えて,マクロ経済政策の面でも国際協調の要請が強まっている。我が国のマクロ政策の国際的な影響は更に強まっており,世界経済の安定的な拡大を図るうえで我が国にかけられている期待は極めて大きいといえる。さらに,我が国が国際社会において果たしていくべき役割は,経済面以外にも地球環境問題,各国間の相互理解等幅広い分野にわたっている。

以上の分野に共通しているのは,いずれも,市場メカニズムに任せておいては適切な供給が得られないか,またはそうしたものには元来なじまないという点である。いずれの分野においても,各国の緊密な協力が極めて大切であり,我が国が単独で取組んでも成果は限られている。

我が国が,その経済規模に比べて国際社会への貢献が小さい,といった見方が,国の内外を問わず存在している。以上述べたように,我が国は,経済面はもちろんのこと,非経済面においても,様々な国際的な共有財産ともいうべき制度や仕組みを構築,発展させるために,多角的なリーダーシップを発揮していくことを従来にも増して求められているのである。

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