平成3年
年次経済報告
長期拡大の条件と国際社会における役割
平成3年8月9日
経済企画庁
第4章 経常収支黒字と日本の国際的役割
87年度以降,我が国の経常収支黒字は急速に縮小に向かい,90年度には4.7兆円(337億ドル)となり,円ベースでは82年度(2.3兆円),ドルベースでは83年度(242億ドル)以来の低水準となった。経常収支の対名目GNP比率も,90年度には1.1%と,ピークの86年度(4.4%)に比べ,大幅に縮小した。縮小の内訳をみると,年により大きさは異なるものの,86年度と90年度の比較では,その大部分を貿易収支黒字の縮小(86年度16.2兆円<1,016億ドル>→90年度9.8兆円<699億ドル>)が占めた。
ところで,前節で述べたように,以前から続いてきた我が国の技術開発力の高まりによる高付加価値製品を中心とした対外競争力の急速な強まりについては,最近時点においても基本的には変化はないとみられる。また,貯蓄・投資バランスについても,両者の基本的な関係を変化させるような制度的な変化はなく,また,第3章第4節でみたように,我が国の国内貯蓄率も,今のところは高水準を保っている。それでは,このような黒字の縮小は何によってもたらされたのであろうか。
87年度以降の貿易収支黒字縮小の要因としては,ひとつには,85年のプラザ合意後の円相場上昇による輸出競争力の減退や,輸入品の割安化による輸出鈍化,輸入増加があったとみられる。また,同じく87年度以降の今回の景気拡大のもとでの内需の急速な拡大が,国内供給余力を低下させ,輸出の減退,輸入の増加につながった面もあるとみられる(需給の引き締まりによる輸入の増加については第3章第1節参照)。しかし,89年以降,円相場の上昇が一服した後も,経常収支黒字縮小は続いており,最近の経常収支黒字縮小の原因を上記のような循環的な要因および第1章第5節において触れたような一時的要因にのみ求めるのは正しくない。
そこで本節では,最近の経常収支黒字縮小に影響しているとみられる,新たに登場した構造的な要因について検討する。まず,最近の輸出入等の構造を概観し,続いて,貿易収支を構造的に縮小させている要因として,製品類を中心とする輸入依存度の高まり,輸出産業のいわゆる「内需シフト」等の構造調整,輸入増加に向けての政策対応,直接投資による海外現地生産の影響,さらに以上のような我が国の構造変化を包摂する,アジアを中心とした国際分業関係の進展状況などを概観する。最後に,日米間の収支が両国の全体の収支に比べ縮小テンポが遅いといった指摘がみられることについて,その要因とそれに対する考え方を整理する。
まず,最近の輸出入等の動きをみると,貿易収支の黒字幅が大幅に縮小し,また貿易外収支の赤字幅も拡大することにより,経常収支の黒字幅は,87年度以降,ほぼ継続的に縮小した。この間の輸出入の動きを通関数量ベースでみると(第4-2-1図①),年毎の変動は大きいものの,ならしてみれば,85,86年頃を挟んで,輸出の伸びが鈍化し,輸入の伸びが高まっている。
次に,輸出入等の動きを国民所得統計ベースでみると(第4-2-1図②),輸出等の寄与度は87年度から89年度まで高まり,例えば,80年代の前半に比べ,特に低下していない。これは,前述の通関輸出の動きと若干異なるが,この点については,ひとつには,対外純資産増加による投資収益の受取増が影響しているものとみられる。これに対し,輸入等については,85年度を境に急速にマイナスの寄与度が拡大した。このように,GNPベースの外需寄与度のマイナス幅拡大は,輸入等のマイナス寄与の拡大に負うところが大きい。
こうした通関輸入及び国民所得統計ベースの輸入等の伸び率上昇は,ひとつには,内需の高い伸びによるものである(実質GNPベース国内需要寄与度,84~86年度平均約3.8%→87~89年度平均約6.1%)。しかし,すでに第3章第1節でみたように,内需の伸びに対して輸入が伸びる割合(弾性値)も,製品類等を中心に87年度頃を境に急速に高まっており,これが円相場上昇が一服した後も輸入が高い伸びを続け,対外収支の黒字幅が縮小を続けた大きな原因となったとみられる。また,輸出についても,新たに加わった構造的な要因により押し下げられているとみられる。以下では,こうした輸出入の動きの背後にあるとみられる構造的要因について検討しよう。
まず,85年のプラザ合意以降の大幅な円高を契機に急速に進展をみた我が国産業の構造変化による貿易収支への影響をみてみよう。具体的には,製品類を中心とする輸入依存度の高まりと,輸出企業における内需シフトをとりあげる。さらに,こうした構造変化は,製造業の直接投資増加による海外現地生産の増加にも結びついたが,この点に関しては,後ほど,詳しくみることにする。
85年秋のプラザ合意以降の大幅な円高の進展による輸入品の割安化もあって,輸入の伸び率が非常に高くなったが,89年以降の円が弱含みで推移した時期にも輸入の伸び率は高い。この点を国内総供給に対する輸入の伸びでみると(第4-2-2図),86年,87年と輸入が急増した後も,総供給を上回る輸入の伸びが安定的に続いていることがわかる。これが,いわゆる輸入面での構造変化を表しているものとみられる。財別にみると,特に資本財について,輸入の相対的な伸びが最近においても一段と高まっている。これには,EC,アメリカ等からの機械類(特に航空機等の先方に比較優位があるもの)の輸入増等が含まれているものとみられる。また,消費財においても,後述する水平分業の進展を背景にアジアNIEsやASEANからの家電製品,繊維製品などの輸入が増加し,輸入が総供給に比べ高い伸びを続けてきたが,90年には,アジアNIEsからの輸入が,現地での賃金コストの急激な上昇やNIEs各国通貨の対円での為替レートの上昇等により価格競争力が低下したことを主因として伸びが鈍化したこともあって,輸入の伸びが総供給の伸びを下回った。
次に,輸出面の構造変化として,輸出企業の「内需シフト」をみてみよう。これは,プラザ合意以降の大幅な円高の進展による輸出採算の大幅な低下を契機に始まった。製造業を「輸出型業種」と「内需型業種」に分けて,その収益動向と輸出比率の動きをみると(第4-2-3図),円高が大幅に進んだ85~86年に急速に輸出型業種の収益率が低下する一方,内需型業種の収益率は景気が後退するなかでむしろ上昇した。こうした採算状況の変化に加え,円高による交易条件改善や緊急経済対策等による内需の高い伸びを眺め,輸出型業種はいわゆる「内需シフト」を行い,輸出比率を低下させた。これは,企業の交易条件改善,売上増を同時にもたらし,その他の合理化や製品の高付加価値化の効果もあって,輸出型業種の利益率はプラザ合意以前の高水準を88年頃には回復した。輸出比率は,円が弱含んだときも低水準で推移しており,いわゆる「内需シフト」が,かなり長い期間にわたる構造的な側面をもっていることを示唆している。
こうした「内需シフト」持続については,もちろん,すべてが構造的要因によるものではなく,国内需要の持続的な拡大が結果的に輸出比率を引き下げた面もある。また,輸出比率の低下は,必ずしも海外市場の放棄を意味するのではなく,このところ活発化している海外直接投資の増加は,海外現地生産を徐々に増加させており,少なくとも一部の品目については,輸出から現地生産への代替といった変化も顕在化し始めていると考えられる。このような直接投資の動向とその輸出入への影響は後ほどみることにし,ここでは,まず,今ひとつの対外不均衡縮小要因である政策対応について簡単に触れることにしよう。
対外不均衡の是正,特に輸入拡大に向けては,様々な政策的措置がとられた。具体的には,85年7月に策定された「市場アクセス改善のためのアクション・プログラム」により,関税引き下げ,基準・認証制度の見直し,輸入プロセスの簡素化,迅速化等が漸次実施された。加えて,同プログラムにおいてはOTO(市場開放問題苦情処理推進本部)の充実・強化により苦情処理の責任体制が明確化され,こうした措置の実効性確保のための枠組みが強化された。また,その他にも85年以降,最近までに各種の規制緩和が漸次実施され,その効果を定量的に把握することは困難であるものの,これら一連の措置は,我が国国内市場の一層の開放,輸入の拡大にある程度貢献したものとみられる。また,90年4月以降では,関税の撤廃・引き下げ,製品輸入促進税制の創設,輸入拡大予算の拡充,輸入促進のための政策金融の拡充などの輸入促進策も実施されている。さらに,日米構造問題協議最終報告を受け,OTOでは,機能強化を図り,市場アクセスの一層の改善に努めている。
製造業の直接投資による現地生産の増大も,一般に,長期的には輸出の代替や逆輸入を通じて,対外収支に対し,赤字方向に作用すると考えられる。もっとも,短期的には,現地での生産設備の建設や現地で調達できない部品の供給のため,本国から追加的な輸出が生じたり,生産が海外に移転することにより本国の原材料,部品の輸入が減少する黒字効果が,前記の赤字効果を上回って,トータルでは黒字方向に作用することも考えられる。ここでは,我が国の海外直接投資と現地生産の現状を概観し,対米直接投資を例にとってその我が国輸出への影響を検討する。
我が国の海外直接投資の歴史を振り替えると,1972~73年頃以降,第1回目の急増を示した。この当時は,円の固定相場制からの離脱により円高が大幅に進んだ時期で,製造業等が,相対的に安い労働力を求めて東南アジア方面を中心に進出した。その後,第1次石油危機による世界景気の停滞や,円安,金融引締め,経常収支悪化等がいずれも投資を抑制する方向に作用し,伸び率が一時低下した。しかし,81年以降,再び投資の伸びが高まり,特にプラザ合意以降の大幅な円高の進展のもとで,86年以降一段と増加し,国際収支統計ベースでは,86年の直接投資額(ドルベース)は145億ドルと,81年と比べても約3倍,73年と比べると7倍強にも達した。
86年以降の直接投資急増の特徴は,製造業,非製造業ともに高い伸びを示すなかで,絶対金額では不動産業,金融・保険業,サービス業への投資が大幅に拡大した,地域別にみると,アジア,中南米への投資の構成比が低下し,欧米,特にアメリカ向け投資の構成比が大幅に拡大した,の2点である。このなかで,製造業への直接投資の地域的内訳においては,アメリカやEC諸国に加え,東南アジアではNIEsよりもASEAN諸国に対する投資が増加したことが注目される(ASEAN諸国への投資の急増の背景については後ほど詳しくみる)。
85年度以降89年度までの製造業への直接投資を業種別にみると(第4-2-4図),電気機器,輸送機械,化学等の業種が高水準の投資を続け,投資残高が急速に増加したほか,繊維,食品等の業種においては,絶対額レベルでは小さいものの,やはり増加を続けた。この結果,海外現地生産比率(製造業海外現地法人売上高/国内親会社売上高)も,89年度においては電気機械,輸送機械では1割を超えたとみられるなど,かなり上昇している。また,ベースはやや異なるが,経済企画庁「平成2年度企業行動アンケート調査」(91年1月実施)によると,製造企業の海外現地生産比率(連結財務諸表ベースで国内生産と海外現地生産をあわせた全生産高に占める海外現地生産高の割合)は,今後もさらに上昇すると予測されている(90年度<実績見込み>4.3%→95年度<予測>6.4%)。
この結果,現地法人からの逆輸入も近年増加している。通産省「第4回海外事業活動基本調査」(90年3月実施)によると,海外現地法人からの逆輸入額は,水準は依然低いものの,近年,特に北米地域からの輸入増加によって着実に増加している(製造業海外現地法人の日本向け輸出額<逆輸入額>,全地域,86年度55.7億ドル→89年度111.9億ドル,北米,同9.8億ドル→同34.8億ドル)。
このように,直接投資の増加は,すでに海外現地生産の拡大や逆輸入の増加となって現れてきているが,特に最近増加しているアメリカやEC諸国への電気機械,輸送機械等を中心とする進出の動機は,ASEAN等のアジア諸国への進出動機と若干異なっている。すなわち,前記「第4回海外事業活動基本調査」によると,現地への進出動機(複数回答)として,アジア地域に対しては「現地労働力の利用」(回答比率64.3%)「現地への販路拡大」(同61.2%)の比率が高い一方,欧米地域に対しては「現地への販路拡大」(同北米80.4%,ヨーロッパ79.8%),が突出しており,続いて「情報収集」(同26.2%,36.8%)が高い比率を占め,「現地労働力の利用」(同14.6%,20.9%)の比率は相対的に低くなっている。また,北米に対する進出については「貿易摩擦が生じたため」(同16.4%)を挙げている先も少なからずみられる。このように,86年以降の製造業の海外進出の動機としてコスト要因の占める割合は,欧米向けについてはアジア向けに比して相対的に小さく,むしろ市場獲得要因や,貿易摩擦及びその将来的な可能性に触発された側面が強いとみられる。
我が国製造業の海外現地生産は,いずれは,我が国輸出の代替,逆輸入の増加などを通じて,我が国の対外収支を赤字方向に動かす可能性が大きい。しかしながら,冒頭に述べたように,海外現地生産の立ち上がりの初期においては,むしろ逆方向の効果が相対的に強く現れるとみられることから,現時点で我が国の海外現地生産が収支をどちらの方向に動かしているかを確定するのは,困難である。そこで,ここではアメリカでの現地生産が我が国の輸出に及ぼす影響に絞って検討し,その規模について大まかな試算を試みる。
アメリカへの製造業の直接投資は86年度には前年度比約8割増と急増し,その後も高水準が続いている(大蔵省届出ベース;80年度3.2億ドル→85年度12億ドル→86年度21億ドル→88年度88億ドル)。この結果,それにやや遅れて輸送機械,電気機械等を中心に現地生産が拡大し,例えば自動車では現地生産がこのところ急速な拡大をみた(自動車工業会調べ,83年5.5万台→85年36.1万台→87年73.6万台→89年125.2万台→90年148.6万台)。このような現地生産の拡大のなかで,対米自動車輸出は87年以降減少傾向を示しており,現地生産による輸出代替効果が現れてきている。一方,アメリカへの自動車部品の輸出は87年頃まで増加傾向を辿った後頭打ち傾向となっており,初期の輸出促進効果も一巡してきたとみられる。自動車以外も含むこうした直接投資増加による現地生産拡大の対米輸出への影響を関数推計により試算すると(第4-2-5図),現地生産の増加は86年から89年にかけて対米輸出を9.9%減らす方向に働いたとの結果が一応得られた(現地生産の代理変数としてラグ付きの製造業直接投資残高を使用)。また,90年の対米輸出減少については,円安により相対価格要因が押し上げに転じたものの,景気の落ち込みにより所得要因の押し上げ寄与が低下したことによる。さらに現地生産拡大による押し下げ効果が拡大したことも影響しているとみられる。このように,90年の我が国の対米輸出減少については,アメリカ景気の落ち込みといった循環的な要因に加え,現地生産拡大による輸出代替効果の顕現化といった構造的要因も押し下げに働いた結果であったといえる。
次に,こうした我が国の経済構造の変化を包摂する,アジア太平洋地域の国際分業関係の進展についてみてみよう。
すでにみたように,我が国は,機械類等を中心に製品輸入が増加してきている。これを地域別にみると(第4-2-6図),プラザ合意以降,一貫してECからの輸入が高い伸びを続けているが,アジア・太平洋地域においても,まず,NIEs諸国・地域からの輸入が急増し,それが一服した後,今度はASEAN諸国からの輸入が急増している。また,アメリカからの輸入も堅調に推移している。この結果,我が国の製品輸入比率(ドルベース)は,85年には31.0%であったのが,90年には50.3%にまで上昇し,我が国の貿易構造における水平分業化の進展がうかがわれる。
なお,輸入に占める製品類の比率が我が国が国際的に低い(89年<ドルベース>,アメリカ80.2%,西ドイツ75.9%,フランス77.7%,イギリス80.0%,日本50.3%)点をもって我が国の市場が閉鎖的であるとの主張がみられたが,これは資源の賦存状況や輸送コスト(相手国との距離等)等貿易構造に影響するその他の重要な要因を無視した誤った議論である。我が国の場合,欧米諸国に比べ,天然資源や農産物の自給率が低いことや,付近に工業化の程度がほぼ類似した諸国が存在しないことが,製品輸入比率をかなり押し下げているとみられ,この点は貿易に関する障壁とはもちろん無関係である。
次に,貿易を通じた各国・地域の結びつきを,輸出結合度という指標を通じてみてみよう。輸出結合度とは,二国(地域)間の貿易関係の強さを示す指標であり,1を超えると,相手国の輸入の世界輸入に占める比率に対し,自国輸出に占める相手国向けの比率が高いことを表す。計算結果をみると(第4-2-7図),アメリカ,アジアNIEs,ASEANからみた我が国への輸出結合度はいずれも1を超え,またアメリカ,アジアNIEsに関しては,85年から89年にかけて上昇している。一方,日本からみたこの3地域への輸出結合度もいずれも1を超え,かつ同期間に上昇している。また,アジアNIEs,ASEAN相互の輸出結合度もかなり高い。このように,アジア太平洋地域の貿易関係は非常に強く,特に近年,日本を中心に結合度が上昇していることがわかる。
次に,この地域の貿易パターンをより詳しくみてみよう。製品を通じた水平貿易といっても,子細にみると,アジアNIEs,ASEANの工業化の進展によって,製品内部での比較優位構造に変化がみられる。こうした点をみるため,各地域の工業製品輸出全体に占める各商品の割合を世界全体のそれと対比させた顕示比較優位指数を計算してみた。結果をみると(第4-2-8図),まず,日本は工業製品のなかで機械類,アメリカは機械類,化学品において比較優位があり,アジアNIEs,ASEANは,原料別製品,雑製品で比較優位があることがわかる。次に,85年以降の変化に着目すると,まず,ASEANにおいては,原料別製品,雑製品において比較優位性が強まる一方,機械類に関してはほとんど変化がみられない。次に,アジアNIEsにおいては,ASEANと交替するかたちで原料別製品,雑製品で緩やかに比較優位性が低下する一方,機械類では比較優位が高まっている。この間,アメリカは機械類における比較優位性をやや低下させており,逆に日本のそれはやや上昇している。このように,製品貿易が伸びるなかで,それぞれの国の工業化の程度によって比較優位関係がダイナミックに変化していることがわかる。
次に,我が国のアジアNIEs,ASEANとの貿易にこうした比較優位関係の変化がどのように影響し,国際分業パターンに変化がみられるか,日本のこれら地域に対する貿易特化係数を計算することによりみてみよう。貿易特化係数とは,それぞれの財について,輸出入差額÷輸出入合計額で定義され,輸出完全特化の場合は1,輸入完全特化の場合はマイナス1となる。輸出入が丁度拮抗し,どちらにも特化がみられない場合はゼロとなる。結果をみると(第4-2-9図),85年以降,我が国は,中間財,耐久消費財について輸出特化の度合が後退し,また非耐久消費財については,輸入特化の度合が高まっている。一方,資本財については,輸出特化の状況に大きな変化はない。こうしたなかで注目されるのは,労働集約的中間財や,非耐久消費財について,ASEANに対し急速に輸入特化が進んでいる点であり,これは先程の比較優位に関する分析の結果とも整合的である。また,対アジアNIEsでは,労働集約的中間財,耐久消費財について我が国の輸出特化の度合が後退しており,この分野での水平分業化が進んでいるとみられる。もっとも,90年には,アジアNIEsの物価上昇率の高まり,自国為替相場の上昇等による国際競争力の低下などから,我が国の輸出特化の度合がやや上昇している。このように,我が国のアジアNIEs,ASEAN諸国との水平分業化も,相手方の工業化の進展状態やマクロ経済の状況を反映した比較優位関係の変化に応じて進んでいることがわかる。
このような水平分業化の進展は,将来,我が国の国内生産の全面的な海外移転を通じ,我が国産業の空洞化を進める可能性があるのであろうか。確かに,すでにみたように現地生産比率は近年急激に上昇しており,また,今後も更に上昇すると見込まれている。加えて,現地法人からの逆輸入も,水準としては依然低いものの着実に増加している。さらに,より長い目でみると,今後10年間ぐらいで企業のグローバル化ないし多国籍化がかなり進むと予測する企業が多い。前記「平成2年度企業行動アンケート調査」によると,1990年代を通じて回答先企業(製造業)が,「多国籍企業となり,生産面のみならず,販売や技術開発等の活動拠点を世界各地に置き,地球的規模での最適化を図る」(自企業がこれにあてはまるとする回答企業割合,現状3.5%→90年代末17.6%),あるいは「逆輸入の拡大等現地子会社と日本本社との貿易取引を積極的に行い,生産面において二か国間の経営資源の最適配分に努める」(同11.7%→同19.4%)といったかたちでのグローバル化ないし多国籍化が進むと予測されている。
また,現地生産の拡大に合わせ,現地での研究開発活動も活発化している。前記「第4回海外事業活動基本調査」によると,海外現地法人の研究開発費は90年度には86年度比12.1%増,研究所数は86.6%増,研究員数は121.2%増と大幅に増加し,研究開発機能別にみると,「現地生産活動のサポート」,「現地情報の収集・分析」,「現地向け現地生産製品の開発」等が中心となっている。
このような現地生産の拡大,企業のグローバル化,多国籍化指向,さらに現地法人での研究開発の活発化は,国内の空洞化に結びつくであろうか。
こうした点を考える際の最大のポイントは,まず,すでにみたように,我が国の技術開発投資が引き続き活発であり,ハイテク品や資本財について我が国の比較優位に揺るぎがないといった点である。前節でみたように,ハイテク品についての我が国の比較優位が近い将来に後退する可能性は小さい。また,これも先程みたように,資本財や耐久消費財ではNIEs等のキャッチ・アップが長期的に予想されるが,現在のところはその動きは鈍い。
また,こうした技術面での背景以外に,企業の国内生産と海外生産の振り分けに関する戦略を窺うと,国内の需要拡大には国内生産,海外での需要拡大には海外での生産をわりあてようといった傾向が強い。経済企画庁「平成元年度企業行動に関するアンケート調査」(90年1月実施)によると,国内,海外それぞれの市場における中期的な需要拡大時の企業の対応として,全体の65.2%の企業が「国内の需要増には国内生産,海外の需要増には海外生産」といった「分業構造」を指向しており,これは,「いずれの場合も国内生産の増加で対応」(10.3%),「いずれの場合も海外現地生産の増加で対応」(15.4%)などのケースを大きく上回っている。
このように,企業が中長期的なグローバル化戦略において,国内,海外双方での活動を重視していることは,現実に我が国の海外直接投資と,国内設備投資の関係をみても,海外直接投資が伸びている業種ほど,国内設備投資の伸びが高いといった事実からも確かめられる(第4-2-10図)。具体的には,85年度から89年度にかけての国内設備投資と海外直接投資の伸び率を業種別に比較すると,電気機械,一般機械,木材・パルプ等が両者ともにかなりの伸びを示すなど,全般に正の相関関係を示しており,海外直接投資は,国内投資を代替する役割よりも,企業のグローバルな戦略を実行していくうえで,国内投資を補完していく関係が強いものとみられる。
以上を要約すると,今後,国際的な水平分業が一層進展するとみられるが,それにより国内の空洞化が近い将来に進行する可能性は小さい。
このように,我が国の貿易収支,経常収支の黒字が着実に縮小してくるなかで,対米収支の黒字の縮小テンポが鈍いといった指摘がある。次にこの点を検討しよう。
まず,日米の対外収支の現状を確認しよう。日本の貿易収支,経常収支の黒字は,暦年のドルベースでみると,87年にそれぞれ964億ドル,870億ドルとピークをつけたあと着実に縮小に向かい,90年にはそれぞれ635億ドル,358億ドルと各々ピーク時の約3分の2,約4割にまで縮小した。また,経常収支黒字の対GNP比率も,86年のピーク(4.2%)から90年には1.2%と,大きく低下した。一方,アメリカでも,貿易収支,経常収支の赤字は,ともに87年(それぞれ1595億ドル,1602億ドル)をピークに縮小に向かい,90年にはそれぞれ1081億ドル,921億ドルと各々ピーク時の約7割,約6割にまで縮小した。また,経常収支赤字の対名目GNP比率も,87年のピーク(3.5%)から90年には1.7%と,大きく低下した。
一方,日米間の通関収支差(第4-2-11図)および経常収支をみると,日本側の統計で87年に対米黒字がそれぞれ521億ドル,567億ドルとピークをつけた後,90年には同じく380億ドル,377億ドルの黒字となり,ピーク時に比べれば縮小しているものの,そのテンポは全体の黒字縮小に比べれば鈍い。また,アメリカ側の統計でも,通関収支差および経常収支の対日赤字は,87年のピーク時にそれぞれ563億ドル,570億ドルのピークを付けた後,90年には同じく411億ドル,417億ドルとなり,やはりピーク時に比べれば縮小しているものの,そのテンポは全体の赤字縮小を下回っている。この結果,日米それぞれの全体の通関収支差に占める相手国に対する黒字や赤字の比率は,一時に比べやや上昇しており,この点を取り上げて問題視する向きもある。
それでは,なぜ日本の対米黒字の縮小テンポは相対的に鈍いのであろうか。また,こうした問題は,どう捉え,どのように対処すべきなのであろうか。
日米間の対外不均衡縮小テンポが相対的に鈍い理由については,日米間の貿易構造,日米間の貿易外収支の動き,輸出入比率の違い,の3点が指摘できる。
まず,第1に,日米間の貿易構造であるが,日本からアメリカへの輸出(第4-2-12図)には,資本財がかなりのウエイトを占めている。一方,アメリカでは90年までの景気拡大局面で,堅調な設備投資等を背景に資本財輸入が伸び,このため日本からの輸入も伸びることとなった。加えて,アメリカ国内でこのところ比較的需要が強かった資本財や耐久消費財のなかには,ファクシミリやカメラ一体型ビデオ等日本以外ではほとんど製造が行われていないものがあったことが,アメリカの日本からの輸入を他国以上に伸ばす要因となったとみられる。他方,アメリカの日本への輸出(第4-2-13図)は,食料品,工業用原料の比率が高く,製品の比率は低い。また,製品のなかでも消費財の比率が低い。一方,日本では今回の対外黒字縮小局面で最も輸入が伸びたのは製品類であり,そのなかでも消費財が目立った。しかし,これによって日本への輸出が増加したのは主としてヨーロッパやアジアNIEs諸国であった。
以上を要すれば,近年アメリカ市場で日本の得意分野の需要の伸びが高い一方,日本市場ではアメリカの得意分野の需要の伸びが相対的に鈍く,これが二国間の輸出入に影響したものとみられる。
第2に,通関収支には関係ないものの,日米間の経常収支の不均衡縮小テンポを鈍らせた要因として,貿易外収支の動きがある。日本の貿易外収支の赤字幅は87年以降拡大し,これが経常収支黒字幅縮小にある程度寄与してきた。ところが,近年,対米投資残高の急速な増加に伴い,対米では旅行収支の赤字幅は拡大したものの,投資収益収支の黒字幅も拡大したため,結果として貿易外収支を通じた黒字縮小効果がない分,全体の不均衡縮小に比べ,その幅は小さくなったものとみられる。
第3に,やや技術的な要因であるが,輸出入比率の違いの問題がある。日米間において,80年代半ば頃までに輸出額と輸入額の差が拡大し輸出入比率が大きくなったことも,その後の不均衡の縮小テンポを相対的に鈍化させている要因である(第4-2-14図)。このように日米間の輸出入比率がこの時期大きく上昇したのは,81年以降ドル高・円安が進行したこと,83~84年にアメリカの内需成長率が日本のそれを大幅に上回っていたことなどにより,数量ベースの日本の輸出,アメリカの輸入が増加したこと,さらにプラザ合意以降,大幅に円高が進展するもとで日本からのドル建て輸出価格が大幅に引き上げられ,一時的に輸出金額を押し上げたことなどによる。
この結果,87年には,日本からアメリカへの輸出金額(ドルベース)は,アメリカからの輸入金額の2.7倍と,全体の輸出金額の輸入金額に対する比率(1.5倍)を大幅に上回った。この日米間の輸出入比率が全体のそれを大きく上回ったということは,日米間の不均衡が全体の不均衡に比べて縮小しにくい条件が形成されたことを意味する。例えば,88年においては,全体としては輸入の伸び率が輸出の伸び率の1.5倍に達すると絶対額でみた収支差は縮小するが,日米間では輸入が輸出の2.7倍の伸び率で増加しないと不均衡は縮小しない。その後この格差は次第に小さくなっているものの,90年の時点でもまだ日米間では1.7倍であり,全体の1.2倍に比べ,相対的に大きい状態が続いている。
このような輸出入比率の違いが実際の数字をみるうえで重要であることは,以下の事例でわかる。すなわち,日本側の通関統計をみると,87年から90年までの日本の対米輸出額(ドルベース)の伸びの平均は2.6%と全体の輸出額の伸びの平均(7.8%)を下回っているし,アメリカからの輸入額の伸びの平均は18.5%と,全体の輸入額の伸びの平均(16.2%)を上回っている。にもかかわらず,前述のように日米間の不均衡の方が縮小テンポが鈍いのは,輸出入比率の違いが大きく影響していることがわかる。
それでは,以上のような日米間の不均衡をどのように考えたらいいのであろうか。まず,原則的には,二国間の収支が大きな不均衡となっても,それ自体は経済的にみて特に問題とすべき現象ではないことをはっきりさせる必要があろう。一国の対外収支を見る場合,個別国との収支にこだわると,国際分業の長所を否定し,自由貿易のメリットを自ら放棄することになりかねない。特に,前述のように日米両国間の不均衡が日米双方の不均衡全体に占めるシェアを議論することには問題が多い。このような数字は,他の地域との関係でマイナスとなったり非常に大きくなったりするものであり,不均衡を評価する適切な指標とはいえない。
しかしながら,このような二国間の不均衡が,貿易に関する保護主義的な動きにつながったり,両国関係の健全な発展にとって阻害要因となる可能性がある点には注意を要する。このような日米間の不均衡により生じる問題に対する我が国側の対応としては,国内市場の開放を推進するとともに,昨年取りまとめられた日米構造問題協議最終報告に盛り込まれた措置を着実に実施していく必要がある。もちろん,アメリカ側にも,財政赤字の削減,貯蓄および投資に対する奨励措置や労働力の教育および訓練の向上等の長期的に対外競争力強化につながる施策の実施,など,日米構造問題協議最終報告に盛り込まれた措置の着実な実施を通じ,対外赤字を縮小していく確固たる姿勢が求められよう。また,双方ともに,政治,経済分野はもちろんのこと,伝統,文化等幅広い面での日米間での相互理解を一層深める必要がある。
なお,今後の日米間の不均衡については,前述のように,貿易構造や貿易外収支の動向など,構造的に縮小テンポを緩やかにする要因がある一方,輸出入間の水準格差は徐々に縮まり,加えてすでにみたように,乗用車等のアメリカにおける現地生産の拡大など,日本の対米輸出を長期的に抑制するような構造変化も現在進行中である。こうした点からみて,今後は全体の不均衡に比べ,両国間の不均衡縮小テンポが,相対的に速くなる可能性もあろう。