昭和63年

年次経済報告

内需型成長の持続と国際社会への貢献

昭和63年8月5日

経済企画庁


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むすび

(内需主導型成長の実現)

62年度の日本経済は,急速な景気上昇の年となった。2年間で9割という大幅な円高の影響を克服し,62年度後半には自律的な拡大局面に入った。この時期の経済成長率は,3四半期平均年率9%という高いものとなっている。同時に,経常収支の黒字幅は縮小し,成長は国内需要の増加によって達成されるという内需主導型の成長パタ-ンが実現した。62年初めにおける「円高不況」という認識に比べれば,企業収益の大幅増益,雇用の急速な改善などに示されるように,様変わりの好況となった。

何故,このように急激な変化が起きたのであろうか。一つの見方は,緊急経済対策が6兆円を超えるという規模によって大きく貢献したというものである。もう一つの見方は,土地,株の大幅な値上がりの影響,いわゆる「資産効果」によるというものである。この二つの見方に立てば,昨年来の景気上昇には一時的な要素が強いことになる。確かに,緊急経済対策や金融緩和が景気上昇の要因として働いたことは事実であるが,それだけではこのような目覚ましい拡大を説明しうるとは思われない。予想外の景気上昇には,こうした政策効果を超えた要因がある。すなわち,元来,マイナスと見られてきた円高が企業の対応によって,プラスの効果をもたらしはじめたことであり,円高メリットが波及するとともに,企業が円高に対し積極的な対応を図ったことが大きな要因として考えられる。民間経済主体,とりわけ企業の柔軟な適応力こそ,急速な景気上昇,内需主導型成長の基礎となっている。

当初,企業は企業内部のコスト削減で対応を図ったが,次第に,海外生産や部品輸入への転換,新製品開発や国内販売努力など積極的な対応へと転じた。この狙いは内需開拓と輸出採算の回復である。その結果が内需拡大と企業収益の改善,製品輸入の拡大,産業の高付加価値化となって,実を結んだのである。また,消費者も価格低下や輸入製品の増加を通じて,円高のもたらす豊かさを部分的にせよ,感じるようになり,消費の活発化につながっている。このように,今回の景気上昇局面では,企業や家計の積極的な対応を通じて,内需主導型経済への転換という構造面における変化が同時に進行しているとみられる。そのことがまた経済拡大を持続させる役割を果たしている。

もちろん,景気の先行きに全く問題がない訳ではない。とりわけ,昨年10月の株価暴落の世界的波及にみられるように,国際金融市場における不安定性は,近年における金融取引の急成長のなかで,依然として残されている。株価暴落の際に明らかになったように,現状の不安定性は,何よりも世界経済の不均衡-主として先進国間の対外不均衡に起因する。60年9月のプラザ合意以降の為替調整,政策協調の成果は,わが国はもちろん,全体としても,緩やかではあるものの,不均衡是正の進捗として現れてきた。この不均衡是正の流れが持続することが,国際金融市場の安定,ひいては世界経済の着実な拡大の基本である。その中心がアメリカの財政赤字,貿易赤字の是正にあることはいうまでもないが,わが国も政策協調に重要な役割を担っている。わが国にとっては,現状の好ましい姿をできるだけ続けることが肝要であり,そのことによって内需主導型の経済を確かなものしていくことが中期的な日本経済の発展につながるものである。

(豊かさの循環)

昭和40年代後半から50年代前半にかけて,日本経済は,二回にわたる石油危機を企業の柔軟な適応力を軸に乗り切ってきた。この間,石油代金支払いのため,輸出を伸ばした結果,輸出主導型経済構造はかえって強まった。50年代後半には,米国の高成長とドル高から,輸出が増加するなど,内需の伸びは鈍く,結果として,貿易黒字の拡大を伴う輸出主導型成長となった。しかし,こうした発展は世界経済の不均衡拡大の一つの要素であり,世界経済の発展からみて持続することは出来ず,転換が求められることは必然的であった。既に,「前川レポート」において,調整の方向は明らかにされていたのであるが,円高は日本経済の構造調整を市場の力を通じて促進するものであった。

円高によって,鮮明に浮かび上がってきた日本経済の課題は,次の4点であった。第一は,「バランスのとれた国際化の推進」である。巨額の対外不均衡自体が日本と外国との関係における一つのアンバランスを示しているが,その背後にある構造を含めて,国際化の進み方のアンバランスをどのように是正していくかが課題である。第二は,「産業発展の起動力の追求」である。これまで,輸出に頼ることの多かった日本産業としては,内需主導型のなかでどのような発展の戦略があるか,産業の空洞化,それに伴う雇用情勢の悪化はさけられるかという問題が提示されている。第三は,「真の豊かさの実現」である。ドル換算された名目所得額の大幅上昇に対して生活実感が伴わないのはなぜか,どこを改善すべきかが問われている。第四は,「内需主導型経済の設計図」である。輸出に頼らないで,どのような需要で成長が可能となるか財政金融政策の役割は何か,また,そのための制度的枠組みの変更が必要かが問題とされている。

62年度において,既に,いくつかの側面において,これらの課題に対する対応が進んでいる。第一に,60年以降の輸出停滞のもとで,企業は内需開拓に努め,輸出比率は低下した。内需型産業が伸びたばかりでなく,輸出型産業も内需によって成長した。企業は内需による発展に自信を深め,雇用情勢は急速に改善した。第二に,製品輸入が急増し,水平分業の進展が見られた。欧米からの乗用車,NIEsからの電器製品の輸入増大はその好例である。製品輸入のウエイトの上昇に伴い,輸入の所得弾性値は高まり,より輸入が増えやすい構造に変わりつつある。これは,今後の対外不均衡是正の重要な足掛かりである。第三に,消費者の態度にも豊かさを享受しようとする動きが拡がってきた。海外旅行や輸入高級品など,円高のもたらしたメリットを利用するばかりでなく,大型の車,TVなど,これまでより一段と高級なものの購入が増加しており,消費意欲の高まりがみられる。第四に,財政面では,緊急経済対策がとられ,経済政策への期待が高まった。財政政策は,財政再建と内需拡大を両立させる姿勢が明らかになった。また,環境条件の変化に対応した税制改革の道筋が明らかにされた。

他面において,円高のなかで,62年度には,これまでも存在していた日本経済のアンバランスが一層目立つようになった。第一は,貿易財と非貿易財や貿易に規制のある財とのアンバランスである。後者の分野でも対外摩擦が生じたり,国内では海外の価格水準との差が問題とされている。第二は,労働時間の長さである。やや長い目でみても労働時間は短縮していないばかりでなく,62年度には,景気上昇下でさらに長くなっている。第三は,住宅や土地のもてる者ともたざる者との格差である。急激な地価上昇のあと,やや落ち着いたとはいえ,東京を中心に地価水準は極端に高くなっている。このため,東京圏の一戸建て住宅は普通の勤労者にはなかなか手が届きにくいものとなってしまった。これに加えて,社会資本の充実も引き続き課題とされている。

これらのアンバランスに共通するのは,これまでの制度,慣行,国民意識や公的・私的両部門における資源配分が生活よりも生産を,消費者の視点よりも生産者の視点を重視しがちであったことの反映であることである。その結果,名目所得の高さにもかかわらず,国際的にみれば,相対的に高い価格水準,長い労働時間,低い居住水準など,豊かさの実感に乏しい事態にもつながっている。

我が国の企業の適応力については,既に述べた。情報技術革新と規制緩和を生かして,新たな発展を追求している。保護されたり,規制のある分野においても同じ様な活力を期待できるはずである。生産性向上をめざすことが生産者にとっての基本であり,産業発展にとっての重要な刺激である。それが国際化の要請に応える道であるとともに,価格水準の引き下げを可能とする。もちろん,効率-低価格だけが産業発展の決め手ではない。高品質や高付加価値化,それらを含めた多様化は,どの分野においても重要である。したがって,全ての生産分野において,効率化と多様化が共通の目標であり,競争が効率を生み,生産性向上の誘因となることを重視して,保護や規制の見直しを進めるべきである。

しかし,生活の分野,あるいは生産の成果の分配においては,生活優先,公正の基本理念に基づく公的部門の施策が要請されている。例えば,労働時間短縮の方向は,個々の事業者に任せておくだけでなく,政策的に進めるべきである。高齢者が生きがいをもって安定した生活ができるような雇用機会の確保や福祉の充実が必要である。地域の発展につながる社会資本の整備を進める必要がある。土地問題についても同様であって,「公共性」という基本理念を確立し,利用にあたっては,有効利用の観点を重視する。同時に,道路,公園など公共的利用を含めた都市のグランドデザインを基礎に持つことが望ましい。もちろん,公的部門とは,行政だけの意味ではなく,住民,広くは国民の選択をふくむものである。

以上のように,62年度に生じている変化は主として市場を通じた企業の対応の結果である。制度,慣行や行動の基本は大きくは変わっていないようにみえる。既に,輸出企業の中には採算レートを回復しているものもある。対外不均衡の是正が進まなければ,アメリカ経済の状況にもよるが,一層の円高の可能性もある。貿易財部門の効率がそのまま,円高の源となるだけであれば,国内外のアンバランスはさらに大きくなる危険性がある。これを避けるには,貿易財部門の「効率の循環」から経済全体の「豊かさの循環」へと転換が必要である。すなわち,基本は円高によって示される日本経済の潜在力を国民生活の豊かさに結びつけることであって,それが内需拡大をもたらし,対外不均衡の是正につながる。そのためには,一方においては産業の効率化と多様化を追求するとともに,成果の配分において消費者の視点を重視して生活優先を押し進めることであって,制度改革や意識改革が必要である。国際化もまた,国内の豊かさに役立ち,同時に世界経済の発展に寄与する方向に進むことが望まれる。輸出,技術導入,証券投資から,市場開放,技術移転,資金還流,直接投資へとバランスを図り,相互の発展に「寄与する国際化」を推進すべきである。

円高は,日本経済の力を示したものであり,これを国民生活の豊かさと世界経済の発展に役立たせることこそが真に求められている。

(国際国家日本の責務)

第二次世界大戦後の世界経済は,アメリカの卓越した経済力を背景として,再建され,発展を遂げてきた。しかし,西欧,日本の発展から,アメリカ経済の力は相対的に弱まり,1970年代の国際通貨体制の動揺,石油危機にもつながった。80年代に入って成立したレーガン政権が「強いアメリカの再建」を目標に掲げたのは当然であった。しかし,レーガン政権の経済政策は,物価安定,景気の長期持続,失業率の低下という成果をもたらしたものの,財政赤字,貿易赤字という大きな不均衡を生み出した。これが世界経済の不安定要因となっていることは,前述の通りである。アメリカ経済の相対的な地位の低下は,債務国化にも明らかである。

確かに,アメリカの潜在力は,依然として巨大であるが,実際の経済力の活用という点においては,制約が生じている。何よりもアメリカは自らの経済の不均衡是正に全力を注がなければならない。当面,世界経済の発展にとっても,それがもっとも重要な鍵を握っている。したがって,アメリカは戦後の発展において,担ってきた役割をそのまま全て負担し続けることはできなくなっている。他方,日本,西ドイツにも単独でその負担を背負うだけの力がないことも明らかである。世界経済の発展のために,これまでアメリカが果たしてきた役割の一部を日,独,その他西欧諸国が分担して担わなければならない。発展しつつあるNIEs諸国・地域との連携も必要である。

とりわけ,最大の債権国となった日本が果たすべき責務は重い。自由貿易の推進,国際通貨金融の安定,順調な資金の還流,技術の移転など,世界経済をささえる制度,システムにおいて,日本の役割は大きい。それは,他の国の発展のためにだけではなく,日本自身のためでもある。

翻って,国内経済をみると,円高という試練をいつものことながら,企業の柔軟な対応力と国民の勤勉さによって克服し,目覚ましい成長をとげている。我々はこれを誇ってよい。今後においても,こうした利点を生かして,発展を図っていくべきである。同時に,発展の成果をより直接的に,国民生活の向上にむけるべきである。今や,このような豊かさの追求がこれまでとは異なった新たな需要を生み,それによって内需主導型成長が支えられる段階にきている。かつまた,国内で豊かさを追求していくことが内需拡大を通じて,国際的責務を果たしていく道でもある。

日本企業が海外進出によって多国籍企業化を進めつつあり,日本の資金が世界中を流れている。一方,暮らしの中には様々な分野で輸入品が浸透してきている。世界経済との密接な繋がりにおいて,我が国は国際国家としてのみ存在しうる。日本経済の発展は世界経済の発展とともにある。その自覚の上に立って,国際国家としての世界経済への貢献とそれにふさわしい豊かさを達成することが求められている。


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