昭和58年
年次経済報告
持続的成長への足固め
昭和58年8月19日
経済企画庁
第2章 景気回復と持続的発展の条件
第2章第2節で述べたように,日本経済もようやく回復に向いつつある。昭和58年度経済を内需中心の回復という形に導いていくのには,現在,以下の3つの問題点がある。第1は,先にも述べたようなアメリカの高金利により円相場がわが国の経常収支の黒字を十分反映したものとなっていないため,経常収支の黒字幅の縮小と,内需の拡大を阻害していることである。第2は,第1章で述べたように,58年初めから,従来の輸出の減少という外的制約条件がようやく解消しつつある段階で,57年中は弱いながらも増加を続けてきた国内最終需要に息切れ現象がみられることである。これには,今1つの外的制約要因であった上記のアメリカの高金利が一時よりは低くなったものの,なお解消する兆しを見せていないということも一因をなしている。第3は,変動相場制が当初期待されていた経常収支均衡化機能を十分に発揮していないこともあって,競争力の強い日本経済はややもすれば黒字になり易い傾向があるという問題である。
まず第1の,アメリカの高金利の状況や円相場の動きという問題については,経常収支の黒字化傾向が強まっているのになぜ円相場が高くならないのか,53年の時のように円高になって経常収支の黒字が調整されるということにならないのかという疑問が生じる。例えば,現時点においても,仮に円がドルに対して高くなった場合について輸出入関数を用いて計算すると,経常収支黒字幅は1年目に約6億ドル,2年目には約23億ドル減少することが示される。しかし,いうまでもなく現在円相場が経常収支の黒字を十分反映していないのは53年と違ってアメリカの高金利等により世界的なドル高傾向が生じていることによる。経常収支の黒字拡大自体は当然円高要因として作用するとみてよい。しかし内外金利差が拡大する場合は,為替相場観に影響を与え,資本がアメリカに流入し,これは逆に円安を通して経常収支の黒字幅を増大させるという作用が働くであろう。
57年中は円相場が下落したものの輸出が減少したため経常収支は大幅な黒字は示さなかった。しかし,もし今後経常収支の黒字幅が一層拡大し,円相場がこれを十分反映しない場合には,国際的な経済摩擦を深刻化させる恐れがあり,他方国内の景気回復期待に水を注すかも知れない。従来わが国とアメリカの間で経済摩擦が高まった時期は46~47年,52~53年,56年以降と3回あったが,これらの時期におおむね共通してみられる現象は,①日本の経常収支黒字とアメリカの経常収支悪化,②日本の対米貿易収支黒字幅の拡大という点であった,さらに,今回の場合は米国の高金利に伴い変動相場制が期待されたような調整機能を必ずしも発揮でぎず,わが国においても経常収支の黒字幅縮小が困難となっていることが指摘出来よう。
またもしこのまま円相場が一進一退の状況を続けると,先に述べた交易条件の改善による内需拡大効果もそれだけ弱まることになり,経常収支の黒字幅も減りにくいことにもなる。あらゆる意味から言って,アメリカの高金利の是正が強く求められるのである。
変動相場制の調整・隔離機能に限界があるとみられることから,最近多くの代替的なシステムの提案が行われている(ターゲット・ゾーン方式,ネガティブ・ターゲット方式,レファレンス・レー卜方式,ワイダー・バンド方式,金為替本位制への復帰等)。しかしいずれの方式によっても,①短期的な為替の乱高下を回避し,かつ,②中・長期的に経済のファンダメンタルズの変化に見合って為替レートを調整していくという2つの機能を同時に満足させることは難しい。そのことは,EMS(ヨーロッパ通貨システム)が度々の調整を迫られ,しかも調整期の前後にはかなりの投機的資本移動が生じていることからも類推されよう。現実に各国のファンダメンタルズに差異がある状況の下では,変動相場制によってその調整を行なっていくと同時に,通貨の安定を実現するための主要国間で為替市場に影響を与える諸政策,及び市場の状況に関し,一層緊密な協議を進めることが必要であろう。こうした前提の下で,為替市場に対する協調介入が有益と認められる場合には,進んでそのような介入を行なうことが有効であると考えられる。
次に第2の内外需の動向と今後予想される回復力に関する問題について,ここでは,マクロの経済バランスからみて,現在の状況をどう判断するかを考えてみたい。わが国の現在のマクロ経済政策における最も重要な目標は以下の3つである。
① 完全雇用均衡への接近
② 対外均衡の維持
③ 政府部門の均衡化
しかし,これら3つの均衡化が,現局面で整合的に達成しうるかというと,相互に矛盾する側面があり,必ずしも容易なことではない。現実には,57年度の年次経済報告でも論じた通り政策目的相当間のコストとベネフィットを考えて,最適な選択をする以外にないであろう。ここでは②の対外均衡の維持という政策目標が,他の政策目標とどう関係しているかを検討しよう。そのためまず,国内経済のバランス状況を眺めよう。経常海外余剰の均衡は基本的には名目収支の問題であるから国内バランスも名目でみることにする。民間部門の貯蓄はここ数年間大きく変わってはいないし,58年度にも恐らく余り変化はないであろう( 第2-10図 )。しかし民間部門の設備投資のGNP構成比は水準は高いが57年度にやや低下した。民間住宅投資についても同様な動きがみられる。第1章に述べたように,第2次石油危機以後の停滞局面でも日本経済のマクロバランスが大きく崩れなかった理由の1つは,民間設備投資が拡大局面にあり,高水準で推移したことにある。それでもなお,貯蓄率の高さのため,民間部門は貯蓄超過であった。家計の貯蓄性向は短期的には余り変化しないから,投資活動が弱まると,それだけ貯蓄超過の度合いが強くなり,海外部門への影響が生ずる可能性がある。こうした事態を避けるためには,民間の貯蓄率が下がるということが少なくとも短期的には期待できない以上,民間の投資活動が余り減少しないようにしなければならない。
そのためには4月5日の経済対策閣僚会議で決定された規制の緩和等による民間投資の促進および民間主導の社会資本投資を促すための条件整備等が考えられる。また民間の消費支出や投資を増大させることは,稼働率を上げ,在庫率を下げることによって対外不均衡の解消に寄与することは言うまでもない。
第3の問題は長期的にいかにして輸出入の拡大均衡を図っていくかという問題である。
今後長期的に対外均衡の維持を図っていく上では,それはあくまで拡大均衡を基本としなければならず,縮小均衡的な考え方をすべきではない。日本のみならず世界にとってもサービスを含めた貿易の拡大は,発展のための基礎条件である。とくに日本経済にとって,輸出の安定的拡大と自由貿易の維持は今後とも発展のための必須条件であるが,そのためには輸入もそれに伴って拡大することが必要である。しかし,今後の輸入拡大は主に製品輸入の拡大になるものと思われる。日本の国民総生産の輸入原燃料への依存度(原燃料原単位)は,数量ベースで着実な低下を示している。従来は石油を中心とした価格上昇があったため,原燃料の輸入金額の水準は高かったが,今後価格の安定化が続けば輸入金額も低下する可能性がある。更に今後とも原燃料原単位の改善は進むことが見込まれ,原燃料輸入を中心とした輸入構造の下では輸入の大幅な増加を期待することは困難とみられる。
また円レートは,当面種々の問題はあるにしても,長期的には上昇していくものと期待される。その場合,製品輸入にとって条件は有利となり,輸入量は増大するであるう。日本は原燃料輸入の必要度が高いため,製品輸入比率が低くならざるを得ないという面は事実である。しかし,それによって製品輸入比率の低さを理由づけることには限界もある。これは一つには,先に述べた通り原燃料への量的依存度が低まっており,また素原材料・燃料ではなく,加工製品として輸入しうる余地も今後増えると思われるからである。ただ,わが国の製品輸入は水平分業の進展等を背景に基本的に拡大基調にある。製品輸入の拡大は発展途上国との関係でも重要である。発展途上国に対しては借款や技術協力の供与と併せて,加工製品の輸入を拡大することが重要な意味を持つ。日本も特恵関税の供与などの努力をしてきており,石油を除く発展途上国からの製品輸入比率も他の主要国と比べて低い水準にあるものの,やや増加傾向を示している( 第2-11表 )。
56年末から58年春にかけて開催された一連の経済対策閣僚会議においては,一層の市場開放を目指し数次にわたる対外経済対策が決定された。これらの対策により,関税の引下げ・撤廃,輸入制限の緩和,外国たばこの流通の一層の促進などが決定され,また輸入検査手続等の改善については政府に市場開放問題苦情処理対策本部(O.T.O)を設置する等の一層の改善措置が講じられた。さらに,基準認証制度の改善については58年3月26日の基準認証制度等連絡調整本部の決定をふまえ,5月18日基準認証制度における内外無差別の法制度的確保を図るため関係法律の一括改正が行われ,8月1日に施行された。54年の東京ラウンド合意の実施等によりわが国は,関税率,輸入制限品目数等をとってみてもすでに欧米諸国なみの開かれた市場となっていたが,これら一連の措置により「非関税障壁」を含めわが国の国内市場は国際社会に対し一層開かれたものとなった。それにもかかわらず,①製品輸入比率の上昇,②サービス貿易の一層の自由化,③農産物輸入の拡大に対する欧米諸国の要求は根強いものがある。今後,輸入の一層の拡大が必要であるとすると,それに伴って国内の産業調整の必要度も高まろう。それは製造業部門のみでなく,サービス,建設,農業等にも基本的にはあてはまることである。日本の産業が他の先進諸国に比べて高い調整能力を有していることは57年度年次経済報告でも分析した通りである。日本としてはそうした利点を十分に活用していくことが得策であろう。一方,製品供給を海外に頼るのは経済的安全保障を低めるとする考え方もある。しかしこれに対しては,国内市場を開放し,製品輸入を高めることは,海外諸国に日本市場の重要性を認識させ,かえって安全保障の度を高めるという側面があることも忘れてはなるまい。
次に,国際化を迫られているサービス業および農業についての問題点を検討しよう。
わが国における最近のサービス貿易の伸びは,国内経済におけるサービス経済化の進展も反映して財貿易の伸びを上回っている。しかし,サービス貿易の分野においては,わが国は必ずしも成熟した段階にあるとは言えず,比較優位指数をみてもアメリカ,イギリス等に比べて低いものとなっている( 第2-12表 )。サービス貿易収支をとってみても,サービス貿易の先進国であるアメリカ(420億ドルの黒字)と比べてわが国は56年に119億ドルの赤字となっている。サービス貿易を項目別にみると,わが国は52年以降投資収益のみが基調として黒字に転じているにすぎない。技術貿易の輸出対輸入比率は0.29と低い水準(アメリカは約10)にある。しかし近年のわが国の企業における自主的な研究開発努力は目覚しく,製造業における特許使用料と研究開発費の比率は40年代後半の36%から50年代前半には19%へと半減している。こうした動向を反映して新規分の技術貿易については近年黒字化していることは注目されよう。
現在,OECD,ガットを中心にサービス貿易における障害を除去するためのルール作りの必要性等について検討されている。わが国としても自由貿易体制を維持・強化するとの観点から,サービス貿易の自由化に対し今後とも積極的に貢献してゆくことが望まれる。
わが国の農業においても,戦後の経済の国際化の流れの中で貿易自由化が進展して来ており,この過程で農産物需要の構造変化に対応して,選択的な生産拡大が図られて来た。農水産物の輸入制限品目(安全保障のための例外品目等を除く)は45年の70品目が減少し,現在22品目とフランス並みの水準となっている。農産物の平均関税率も現在は6.5%とEC(12.3%)を下回っている。農産物純輸入額は57年に155億ドルであり,わが国は世界第1位の農産物純輸入国となっている。
農産物の貿易自由化・農業の国際化の進展は,国民の食生活の多様化に寄与し,農業の環境条件に変化をもたらす一方,農業技術の導入を通じて農業の発展に貢献して来た面もある。他方,わが国の食料の総合自給率は低下傾向をたどり,56年度では76%となっている。また,国民1人当たりの供給熱量に占める国産食料の割合は5割にすぎず,先進諸国に比べ相当低い水準にある。もっともすべでの農産物の自給率が低下したわけではなく,米,野菜,畜産物等については高い自給率が維持されている。しかし,食料穀物,大豆,小麦等については低い自給水準にある。
現在海外諸国としてアメリはわが国に対し,牛肉・オレンジ等の農産物についても一層の市場開放を求めている。もとより農産物については食料の安全保障の観点やそれぞれの農業事情に応じて,その形態は異なるものの各国で様々な国境調整措置が採られている。例えば,農産物貿易において国際競争力が最も強いとされているアメリカでも,関税措置に加えガットのウェーバー(自由化義務免除)品目等について輸入割当制をとるとともに食肉輸入法に基づき輸入制限措置を講じることができるようになっている。また,ECでは共通農業政策の下で輸入課徴金・輸出補助金制度を設けている。わが国の場合は,国家貿易(米,大麦,小麦,バター等),輸入割当制,関税措置の形態を採っている。このように農産物については各国とも様々な国境調整措置を講じているが,関係国との友好関係に留意しつつ,食料の安定供給の上で重要な役割を果たしている国内農業の健全な発展と調和のとれた形での市場開放に努めていくことが重要である。わが国の場合は57年度年次経済報告でも述べたように,国内価格の国際価格からの乖離幅が品目によっては他の先進国よりも大きいことが問題であると言えよう。この乖離幅は近年やや縮小方向にあるものの,一般的に消費者の割高感は否めず,諸外国からの農産物輸入拡大に対する圧力を強める1つの要因ともなっている。わが国の農産物価格を国際価格と比較してみると,品質,用途等が国によって異なり単純な比較は困難であるが,鶏肉,鶏卵等の施設型農産物については国際価格と同水準ないし小幅な格差となっている。しかし,米,小麦,牛肉などの士地利用型農産物は国際価格と比べて割高となっている。この事実は,わが国の土地利用型部門の相対的な立ち遅れを示すものである。
わが国において土地利用型部門の相対的な立ち遅れが生じた要因としては,経営耕地規模が欧米諸国と比して狭小であることがあげられる。55年におけるわが国の農家1戸当たり農用地面積は1.2haであり,各国で農家の概念に相異があるものの,西ドイツ(15ha),フランス(25ha),アメリカ(162ha,1978年)を大きく下回っている。このことから,土地利用型部門で規模の利益を十分享受できる状態にはなく,国際化への対応のための基礎条件が十分整えられていなかったと言えよう。また,農業就業人口の減少率は欧米諸国並みであったが,農家数の減少率は低く,1戸当たりの経営耕地面積の増加率は欧米諸国に比べ低いものとなっている( 第2-13図 )。このように経営耕地規模の拡大があまり進展しなかった要因として,次の点が指摘できよう。①わが国では,兼業化が著しく進行したなかで,専業農家と兼業農家の間での生産性格差が比較的小さいとみられる。この点を西ドイツと比較してみると,専兼業区分に相違はあるものの,両者の間の生産性格差は,わが国の方が相対的に小さくなっている( 第2-14図)。②地価上昇による農地の資産的保有傾向が強まったこと等から,農地の流動化が円滑には進まなかった。③稲作の収益性が他作目に比べ有利でありかつ省力化,機械化が相当程度進んだため,第2種兼業農家においても稲作生産の維持は容易であった。現在,第2種兼業農家は全農家の約7割となっており,欧米諸国の20~40%の水準を大きく上回っている。また,こうした農家の農業生産に占めるシェアを西ドイツと比べてみてもかなり高くなっている。
さらに,土地利用型部門においては機械化等の進展にもかかわらず,経営耕地規模拡大の立ち遅れ等から技術進歩率が施設型部門と比べて低かったことも労働生産性の伸びを低いものにしたと言えよう。
以上のようなわが国農業の構造から土地利用型部門の立ち遅れが生じていると考えられる。こうした状汎の下で食料の安全保障の観点から食料自給力を維持強化するとともに,市場メカニズムを基盤とした効率性の観点をも踏まえ,生産性の向上を図り,中長期的にはわが国の農産物価格水準を西欧諸国なみに近づけてゆくことが重要な課題となっている。この課題を実現するためには,価格決定における需給実勢の重視とともに,より根本的な農業構造の改善が図られる必要がある。このため,まず第1に,土地利用型部門における中核となる農家の規模拡大を促進するための土地利用の集積が必要である。このためには農地の賃貸借を中心とする流動化の促進が不可欠である。55年には農用地利用増進法の制定があり制度面での整備も進んでいるが,規模の経済を生かすためにも農地の流動化をさらに促進することである。なお,最近は雇用情勢の悪化等により高齢離職者が就農化する動きもあり,農業労働力の高齢化が一層進んでいる。このことは農業の効率化や農業労働力の質的向上の面で種々の問題をもたらしているが,中長期的には世代交代を契機として農地の流動化を進める要因となるものと考えられる。
第2に,地域全体としての生産性向上を図るため,兼業,高齢農家をも含めた地域農業の組織化を推進することである。なかでも,農地の集団的利用,農作業や機械利用の効率化等を促進することが重要である。
第3に,水稲,畑作物の両者に利用可能な汎用農地の拡大を図るなど,土地基盤の整備を進めることが必要である。さらに,土地利用型部門における省力多収,高品質化,経営効率向上のための技術進歩を促進するとともに,農業経営者の技術経営能力の向上を図り労働生産性を高めることが重要である。
日本の国内需要は商品の豊富な供給で既に飽和状態にあるという見方がある。確かにいくつかの耐久消費財でも普及率が100%に近く,市場が飽和状態であるような部分も多いことは否定できない。しかし,新しい財に対する需要はなお強いし,またサービス需要にはなお多くの未開拓市場が残されている。だが何といっても,国民のニーズの高まりもあって,その需要が未充足のままに残されているのは,住宅および居住環境の質的改善であろう。
もとより,住居および居住環境の質的改善のためには,序章で触れたように空間利用など土地利用の合理的再配分が必要であり,これは経済成長によって解決するものではない。しかし,もし都市空間のシステマティックな高度利用が進展しなければ,住宅および居住環境の改善に対する潜在需要を顕在化させて行くことは難しく,国民のニーズは充たされないままに市場が飽和化しよう。またそれに関連して拡大しうる消費需要も市場拡大の機会を失うことになる。従って,住宅と住環境の質的改善,および都市再開発を実現して行けるか否かは,今後の国内市場拡大の鍵を握るものと言ってよい。
わが国の住宅ならびに住環境について,①昭和48年にはすべての都道府県で「1世帯1住宅」が実現し,②53年に空家率も7.6%と欧米水準に達し,また,③新設住宅の戸当り床面積がほぼ欧米水準に達したことにより,今後,住宅・住関連の需要の増加は期待出来ないと言われることがある。しかしながら,「狭・高・遠」といった現実の住宅の状況に対する不満はまだ解消されずに残されていると共に,住生活をさらに向上させようとする意欲もあって首都圏や大阪圏などの「大都市の住環境の改善」や住宅の質的向上に対する潜在的な需要は極めて大きいと考えられる。
まず,第1にわが国の住宅事情をみると,最低居住水準未満( 注 )の世帯数は475万世帯(全世帯の14.8%)にものぼっている。また,新設住宅の代わりに住宅ストックについて1人当り床面積の国際比較をしてみると,東京,大阪といったわが国の大都市では,ミラノ,ハンブルグ等西欧主要都市の水準を下回っている( 第2-15図 )。
第2に,総理府が行なった最近の世論調査(「大都市地域の住宅・地価に関する世論調査」)によれば,現在の住宅の敷地・建物に関して不満を抱いている人の割合は,首都圏,大阪圏とも42%と半数近くにのぼっている。とりわけ「望ましい土地面積,部屋数」と現在の状況と比べると,望ましい土地面積,部屋数といった広さへの欲求水準が高まっているため,現実との乖離は大きく「狭さ」に対する不満は,依然として解消されないまま残っている。また,「遠さ」即ち,通勤距離を含む住宅地周辺の生活環境については,首都圏では26%,京阪神圏では27%の人が不満を抱いている。
第3に,このような都市の住宅環境の劣悪さの背景にある要因の1つとして都市圏での住宅取得が極めて因難なことがあげられる。いま1人当り可処分所得の上昇と宅地価格の推移を長期的に比較してみると, 第2-16図 の通りである。48年度で宅地価格の方が急速に上昇したが50年以降は宅地価格の低下で相対比はやや改善した。しかし,54年以降は再び宅地価格の方が上昇率が高くなっており,この傾向は特に大都市地域において著しい。このように高度成長期と比べると,所得水準の宅地価格に対する比率はやや向上しているものの住宅取得能力は依然低水準にとどまっている。
さらに住宅ローンを支払っている世帯とそれ以外の世帯の貯蓄/所得比率を比較してみると,その貯蓄形成力には大きな差があることがわかる(第2-16図付表)。これは大都市圏における地価水準をパリ圏と比較してみると,大阪・東京圏では3~4倍に達していること(第2-17図)に示されるように,わが国の地価が主として都市地域における需給のアンバランスから,他の先進諸国に比べて著しく高くなっていることを反映したものとみられる。こうした状況は,国民の戸建て持家指向等もあって持家敷地の狭小化,遠距離化を招いており,個人の住宅取得能力を改善するためには,所得の上昇のみならず種々の施策を講ずる必要がある。
第4に,最近欧米諸国において,都市衰退問題が注目をあびていることがあげられる。すなわち欧米諸国では都市の成長過程を人口動向の面から,都市化-郊外化-逆都市化-再都市化の4つの段階に区分し最初の2段階を都市成長,後の2段階を都市衰退(Urban Decline)とする理論が提唱されているが,欧米諸国の都市の一部では,すでに都市衰退が現実に生じていると言われている。都市衰退の徴候は国によって異なり一律には把えにくいが,概括的にいえば,①都市から郊外あるいは都市圏外への人口や企業の流出が生じ,②都心部には失業者・貧困者や老齢者が残されて経済的活力が失われるとともに③社会面環境面での荒廃が進むこととされている。ニューヨーク市においては,すでに1970年代に都心の空洞化や荒廃が進み,現在,都市の再生が課題とされている。
そこで,仮に上記のような考え方に従いわが国の都市成長過程を中心都市と郊外における人口動向からみると①全体として,都市化段階から郊外化段階へ大きくシフトしつつあること②東京大阪の両都市圏は,まだ郊外化段階にとどまっているものの,中心部での人口減少が目立っていることがわかる( 第2-18図 )。このような人口動向のみから欧米諸国に見られるような都市衰退がわが国の大都市圏においても生じているとはいえないが,人口の高齢化,産業構造の変化等,都市の変化に適切に対応できない場合には都市の活力の低下にいたるおそれなしとしない。
また,欧米の大都市では都市中心部から郊外への人口分散の後,比較的所得が高い層を中心として一部の人々が都心へと回帰する現象が生じている。
欧米ではこれを「ジェントリフィケーション」(Gentrification)と呼んでいる。わが国でも,これとは様相を異にするものの,ここ数年は,東京都の区部で,転勤・進学に伴う人口流入がみられるとともに,57年度末には区部全体で人口増加に転じている。こうした職住近接等,都市部への住宅選好の高まりの兆しは,今後の大都市の既成市街地の土地や施設の有効利用を考えていくうえで十分留意する必要がある。
以上のようなことを考慮すると,とりわけ大都市における現在の住宅,および住環境に関する不満は解消されておらず,広さ,部屋数など住宅の質的向上及びより良い住環境に対する潜在的需要は極めて大きいものと考えられる。この潜在的な需要を顕在化させるためには①住宅宅地の供給および公有用地等の有効利用を図ると共に,土地価格を安定させる方策を採ること,②土地税制を通じて土地の有効利用を促すとともに,開発利益の適切な吸収を図ること,③借地方式等による土地利用を進めて土地用役の供給を増やすこと,④民間開発事業の活動し易い環境をつくることといった抜本的な対策を採ることが必要である。
現在,わが国においては都市の再開発に当たって市街地再開発事業,土地区画整理事業等の各種事業が活用されている。このうち市街地再開発事業についてみると,昭和58年3月末現在全国で201地区,423haで事業が完了し又は実施されている。このうち,54年末の時点では134地区,305haであるが,事業が完了し又は権利変換計画認可まで進捗しているものは71地区,115ha,総事業費約8,000億円となっている。この71地区についてみると( 第2-19表 ),民間施行(個人・組合)によるものは40地区であるが,事業規模が相対的に小さいため,施行面積は30ha,総事業費は約2,000億円となっている。
市街地再開発事業による地域整備の効果は大きく,71地区の平均でみると,宅地率が72%から57%に減少するなど,まとまったオープン・スペースを確保する一方で,地区面積に対する建築物の延ベ面積の割合は72%から301%にまで上昇しており,再開発後の建築物の延べ床面積のうちの11%(大都市圏では16%)は住宅用途に当てられている。また,関係権利者の数は地方圏においては1ha当り51.5人であるのに対し大都市圏では75.0人と約1.5倍であり,事業期間も3.6年に対し4.4年となっている。これまでの市街地再開発事業は,そのほとんどが駅周辺を中心とした商業地域の再開発であり,今後居住環境の改善と住宅の一層の質的向上のためには住宅地域における再開発の推進が重要になろう。しかし,住宅地域における再開発には,特に権利調整の面や事業の採算性の面から相当の困難が予想される。従って今後住宅地域の再開発を含め,市街地再開発事業をより一層積極的に推進するためには,民間活力の活用を図りつつ,市街地再開発事業への重点的投資,助成制度の拡充を図ることが必要である。
次に,土地区画整理事業は,既に全国の既成市街内で14万haの整備を行っているが,都市基盤施設の整備改善により,都市機能の更新,居住環境の改善を図るとともに,これを契機として民間による再開発が促進されるなど,都市の再開発に重要な役割を果たしている。したがって,今後も助成面での改善等を進めていくことが必要である。
また,欧米諸都市では,都市地域の衰退を食い止めるため都心地域一帯を歩行者専用とし,買物公園を造成(ショッピング・モール化)すると共に,交通機関,パーキング・エリアの整備を図っている例が多い。わが国においても百貨店,商店街等で民間によるモール化が萌芽的にみられる。また,都市整備の一環として,地域冷暖房,都市有線テレビ,ビルの中水道等に新たなシステムを導入し,都市のイノヴェーションを図る動きがみられる。このような都市開発は民間の活力に期待するところが大きいため,民間活力の導入のための方策についての検討を早急に行う必要があろう。
大都市地域における土地供給を促進し,有効利用を図る政策としては,以下のような方策があげられる。
①民間企業による宅地開発事業の促進
②借地方式等による土地の有効利用の促進
③都心地域の高度利用と国公有地の活用
④市街化区域内の農地等の宅地化
民間企業による宅地開発事業は,このところ停滞している。民間による宅地供給の動向をみると,48年に18,300haの宅地供給がなされたのをピークとしてその後減少が続き55年には,7,000haにまで落ち込んでいる( 第2-20図 )。これは,最近地価が相対的に安定期に入り,従来の仕組で土地供給を行うことが困難になっていること等によるものである。即ち,①開発適地の減少及び開発素地の取得が困難になったことのほかに,②48年以降,住宅地の地価上昇率を上回る住宅地素地価格の上昇により,期待収益率の低下があったこと。③関連公共公益施設整備に伴なう開発負担の増加により,宅地開発事業の採算が悪化したことによる面が大きいと考えられる。この関連公共公益施設負担の増大については,40年以降多くの自治体で制定された宅地開発指導要綱の影響によるところが大きい。この宅地開発指導要綱はこのような施設の整備のための財源を手当てし宅地の無秩序な開発を防ぐため制定され,56年9月現在では1,007の自治体により実施されている。この宅地開発指導要綱の制定件数と20ha以上の大規模開発の有効宅地率の動きを比較してみると,両者の間には関連した動きがみられる。また,宅地開発に関する規制は数が多く,許可の手続きに多くの時間がかかることも悪影響を与えているとみられる。民間企業による宅地供給を促進するためには,適切な公共公益施設整備水準を確保しつつも,宅地開発指導要綱の基準及び公共公益施設整備に係る負担のあり方の適正化を図るなど,企業による事業意欲を阻害しないよう配慮することが求められているのである。
第2に,賃貸借等により土地の有効利用を図ることがあげられる。従来,土地の賃貸借については歴史的な経緯もあって,借地・借家法では賃借人の保護を重視していることから土地所有者は賃借権の設定については消極的であった。そこで最近は現行法の枠内で,できるだけ賃借権の抑制を図るような形の借地方式を導入する動き等も出てきている。こうした借地方式や,等価交換方式等( 注 )の手法によるマンション供給は,57年度に総供給戸数の1~2割を占めているとみられる。こうした新たな土地利用手法の導入により,土地の有効利用の促進がなされるものと期待されるのである。
第3は,土地の高度利用であり,57年度年次経済報告(550ぺージ)にも指摘したとおり東京とパリを比較した場合,土地の高度利用を図ることにより都市の1人当り居住面積あるいは人口収容能力を高めると同時に,公園・緑地といった公共空間の拡大を実現することは十分可能なのである。従って都心地域において,①市街地環境の改善に役立つ良好な建築計画の場合,容積率の割増し等を認める「市街地住宅総合設計制度」の普及・活用を図ったり,また,②第1種住居専用地域(10mの高さ制限のある地域)の適切な見直し③民間の再開発を道路整備と一体的に行う方策を講ずること等により空間の有効利用を促進することが必要である。さらに,③国鉄用地等も含めた都心地域に散在する国公有地の活用を図ることは,土地の高度利用を促進する一助となろう。
第4に都市における土地供給を増加させる方策のひとつとして「市街化区域内農地」の宅地化があげられる。都市計画区域内の宅地供給の潜在的賦存量をみると市街化区域内農地が全国ベースでみて20.3万haある(三大都市圏では8.7万ha)( 第2-21表 )。これに対し,都市計画区域内の資本金1億円以上の企業の販売用の保有土地は5.4万ha(同1.7万ha)に過ぎず,大都市圏内での利用可能な国公有地も2万haと限られている。昭和65年度までの宅地需要を,建設省試算による「宅地需給長期見通し」でみると,宅地需要は全国ベースで10年間で12万3,200haとされている。こうした状況からみてこの内相当の部分は市街化区域内農地よりの供給に頼らざるを得ないとみられる。
3大都市圏の特定の市に所在する一定の市街化区域内農地に対しては,都市における宅地の供給を促進するため,昭和47年度以来,固定資産税及び都市計画税の課税の適正化措置が講じられてきたところであるが,57年度税制改正により,従来のA・B農地のほかに新たに一定のC農地(3大都市圏の特定市に所在する3.3m 2 当り評価額3万円以上の市街化区域内農地)についても,課税の適正化が行われることになった.(課税の適正化措置対象農地4万2,600ha)。この結果,課税の適正化措置が実施される市街化区域内農地は,改正前に比べて大幅に増加しており,宅地供給の促進に寄与しているものと思われる。なお,長期営農継続者への配慮から10年以上営農を継続することが適当であるもの(長期営農継続農地)として市町村長の認定を受けたものについては徴収猶予(5年以上営農した場合は納税義務の免除)が認められている。この結果,このような農地は3万5,500haと課税対象農地の83.5%を占めることとなり,近い将来,宅地化が促進される農地は約7,000ha(対象農地の16.5%)となっている。
市街化区域内農地の宅地化については,①農地保有者の中には営農の継続を望む者も多く②都市内緑地としての農地の保全や急激な宅地化の防止への要請もあることのほか,③農外所得水準の上昇を背景として農産物販売のない農家の割合が都市圏で高いことにみられるように農業用地としてではなく資産としての土地保有動機が強いこと等の事情がみられる。現在,地価の上昇率は5%程度であって,確定利付き金融資産の収益率が7%であるとすれば,税制の効果を考慮しても資産の収益率としては金融資産を保有した方が有利であると言える。しかし土地価格に対する期待上昇率が7%よりも高い場合には,土地保有に対する税引き後の期待改益率は金融資産の税引き後の収益率を上回ることになり土地保有動機は失われないことになる。
市街化区域内農地からの宅地供給を促進するためには,土地区画整理等,都市基盤整備のための事業や農住組合方式等( 注1 ),農地所有者の意向を踏まえた宅地供給策を推進するとともに,当面計画的な市街化の見込みのない農地については市街化調整区域への編入,生産緑地地区( 注2 )の指定,地区計画の策定等により,その整序に努めつつ,①現在の地価の安定化傾向を定着させ②営農の実態にも配慮しつつ,土地保有への適切な課税を行うこと等により,資産的上地保有動機を弱めることが求められているのである。
わが国の土地に係る税制には,①土地の保有に対する固定資産税,都市計画税などの土地保有税,②土地の取得等に対する不動産取得税など③土地売買による収益に対する土地譲渡所得税の3つがある。
一般に土地税制に期待される機能として論じられるものとしては,その本来の機能に加え,①土地の有効利用と地価の安定に寄与する,②地価の上昇に基づく,値上がり益を吸収し,③土地利用に関連する公共サービスのコストを直接・間接の受益者に公平に負担させる等の機能があげられる。これらの諸機能を活用することにより,宅地供給を促進すると共に,受益者負担に基いて開発利益を吸収し都市再開発,宅地開発の財源確保に役立てることが求められていると言えよう。
戦後における土地税制ないし土地利用制度と宅地供給,地価との動きをふり返ってみると次のような事実が観察される( 第2-22図 )。まず第1に昭和34年までは農地法の下で農地の宅地転用が厳しく制限されていたが,農業外の合理的土地利用の視点にも配慮して農地転用許可基準の制定後高度成長に伴う宅地需要の増加もあって農地の転用面積は急速に増加している。さらに44年には個人の長期譲渡所得税の期限つき緩和後には農地の転用面積は大幅に増加している。
第2に47~48年の地価の急上昇に対し,48年には特別土地保有税の導入(48年7月以降に取得した土地の取得価額に対して3%(取得分),44年1月以降取得した土地の取得価額に対して毎年1.4%(保有分)の課税)と法人に対する土地譲渡所得の重課がなされた。法人の土地譲渡所得税強化は,上地に対する投機的需要を大きく減退させ,地価上昇率を急速に低下させた。また,特別土地保有税は企業の手持ち土地の早期造成と売却の圧力を強めたとみられる。
こうした土地価格と税制の動向をみると,土地譲渡所得税と土地保有税の強化は土地価格の安定に大きく寄与したと考えられる。さらに期限つきの土地譲渡所得課税の軽減は宅地供給を増加させる上で有効であったとみられる。また,開発利益の吸収等の観点からは土地保有税や土地譲渡税の組み合わせによる土地税制の活用も考えられる。
わが国の土地保有税の現状を他国と比べてみることにしよう。もとより,土地に対する課税の国際比較は極めて困難であり,たとえば土地保有税総額で比較した場合,土地・家屋・償却資産等,課税対象や評価方法が各国で異なっていることに留意する必要がある。このような前提の下で,土地保有税の税収総額の対GDP比を国際比較してみると,わが国の場合,西ドイツを上回っているものの,イギリス(3.5%),米国(3.8%)を下回っている( 第2-23表 )。
今後とも,わが国においては,適切な土地税制の運営を図っていくことが必要であろう。
これまで公共投資はわが国の社会資本の充実・整備のみならず内需主導型の景気回復にとっても重要な役割を演じて来た。しかしながら,①公共投資はそれがもたらす便益の大きさ(「社会的収益率」)に配慮した配分を行なうことが望ましく,一部に非効率な投資が生じていないか検討する必要があること,②社会資本整備の基本的な方向については圏域ごとの整備に関する諸要請と,都市の居住環境の改善の必要性を十分配慮した上で,あらためて検討する必要があること③財源制約が強まっていること,等の問題が生じてきている。
こうした状況の下で,公共投資の分野にも民間の資金,技術を導入したり,また公共投資をより一層効率的なものとすることが求められている。しかしながら,まず第1に民間による公共的事業への参加については様々な規制が障害になっていると言われることがある。現在わが国で公共投資が行われている分野をみると,①民間役資が不可能であるもの(一般道路,水道,電話,分譲を目的とする公有水面の埋立など),②民間投資の参入は,法的には可能であるが実際には,例が少ないか全く行われていないもの,(利水ダム,空港,工業用水道など),③民間投資の参入の例があるもの,(市街地再開発事業,土地区画整理事業,住宅建設,発電用ダム,自動車道(ドライブウェー)など)に分類することができる。特に40年代後半以降社会資本の整備については量的充足のみならず質的向上や国民のニーズの多様化に対応した社会資本の供給を図ることが必要とされている。こうした観点から詣規制の再検討を通じて社会資本の供給について民間の活力を生かすことが求められていよう。
ちなみに,1970年代に入ってアメリカ,フランス,イギリス等で従来公共部門の分担と考えられていた道路,空港,鉄道事業等への民間の参加の動き(「プライヴァタイゼーション」Privatization)がみられる。たとえばフランスでは,民間企業の出資による道路事業として4社が存在しており,このうち成功例としては1970年に発足した自動車金融産業会社(コフィルート)があり,現在では高速自動車道路の約2割について資金調達・施工料金・徴収維持補修を行っている。イギリスでは都市再開発事業に金融面で民間資本の大幅な導入が行われている。アメリカでも鉄道の貨物ヤードや高速道路の空中権を買収してオフィス・ショッピングセンター,住宅などの複合ビルが建設されている。わが国においても公共性の確保や受益者負担原則に基づく開発利益の吸収を図ると共に,規制の緩和等により民間の事業に対するインセンティブを強め,こうした分野への民間力の導入を検討する必要があろう。また民間活力の導入により,引き続き効率的な社会資本整備が期待されよう。
第2に,公共投資の財源について民間資金の導入を一層強めることが考えられる。現在,財源面での制約やプロジェクト供用の遅れによる投資効率の低下もあって,公団等の利子負担が増大している。土地区画整理事業,市街地再開発事業では,保留地・保留床( 注 )の形で受益者負担を組みこんでおり,また高速道路,公共賃貸住宅では料金収入,家賃等の収入があるため民間資金の割合を高めることが可能となっている。また生活関連公共施設については神戸市の例のように,コミュニティ・ボンドを発行する等の対応も考慮に値いしよう。
第3に,公共事業の実施に当たっては,適正な競争条件を確保しつつ,効率性の維持に配慮していく必要がある。
第4に,昭和57年度年次経済報告でも指摘したように,まず大都市圏については,住宅,都市公園等の生活関連投資を引き続き行い,また,大都市圏に比べ生活関連等の社会資本ストックの整備水準が低い地方圏のうち,地方中核都市や県所在都市については,その人口動向に配慮した整備が必要であり,農村地域については都市に比べて立ち遅れている生活関連等の社会資本の整備水準の向上を図る必要があろう。
したがって,今後の社会資本整備の基本的な方向については,都市の居住環境の改善等,圏域ごとの整備に関する諸要請を十分配慮した上で,あらためて検討してみる必要がある。