昭和58年
年次経済報告
持続的成長への足固め
昭和58年8月19日
経済企画庁
第2章 景気回復と持続的発展の条件
既に第1章でみたようにわが国経済は,第2次石油危機以来長い景気調整局面を経験して来た。これは,2回目の石油価格の急騰といったデフレ効果に加えて,56年秋以降の世界経済の同時停滞による輸出減少といった外的要因が強く作用すると共に内需の回復力が緩やかであったためである。その後,わが国経済は二度目の調整局面を脱し回復に向かいつつある。こうした時点において,わが国の景気回復のための条件がどの程度整えられているのか検討しておくことは重要である。
現在の局面を過去の景気回復期と比較してみると,次のような諸点を指摘できる。まず30年代においては,国際収支の制約から金融引締め政策が発動され景気は急速な下降を示すが,国際収支が好転に向かえば引締め政策は緩和され,輸出の増加,在庫調整の終了,続いて設備投資の増大から景気は上昇局面に入るというのが通例であった。40年代に入ると,財政政策による景気の挺入れという要素が加わった。40年度から41年度にかけては輸出の増加が景気回復をリードしたが,41年度には本格的な国債発行による公共事業の促進,大幅減税の実施が行なわれた。景気が自律的な回復過程に入ったのは41年度下期からである。次に46~47年度には,46年度上半期に輸出は急増し,また国内の自律回復要因も徐々に整ってきていたが,同年8月の変動相場制移行後輸出の伸びは鈍化し,軽い在庫調整がみられた。当時懸念された「円高不況」は結局それ程深刻なものではなかったとみられるが,政策対応としてはかなり強い景気対策がとられ,46年度の公共投資は大幅に追加増額された。公定歩合の引下げなど金融政策も緩和されたが,この時期の通貨供給の著増が後に禍根を残すことになった。47年に入ると民間住宅投資が大幅に伸び,設備投資も増加に転じるなど景気は回復過程に入った。さらに,第1次石油危機以後の52~53年度をみると,輸出は51年度から52年度にかけて大幅に伸びたが,国内民間需要の回復力はなお弱く,52年度は在庫循環を中心とした調整局面を経験した。これに対し政策面からは公定歩合の数次にわたる引下げに加え,公共投資が大幅に追加された。公共投資は52年度に続き,経済の自律回復が始まった53年度にもかなりの増額が行なわれた。この間52年度後半からは円レートは急騰したが,これは交易条件の改善を通じ,景気回復を促進するのに寄与した。第1次石油危機以降の調整局面を通じて,経済の自律回復力が整ってきたことを背景として,景気は53年度にははっきりした回復局面に入ったのである。
以上の状況を通してみると,景気の調整局面から回復局面では,一方で徐々に自律回復力が整ってくることに加え,何らかの外生的要因が有利に働いている。これに比べて今回の場合,まず,自律的な回復力は56年度中徐々に整えられ,年度後半からは国内民需に回復の動きがみられるようになったのであるが,外生的要因による支持は全くみられなかった。財政が構造的赤字の下で制約されたこと,輸出の減少,金利の高止り傾向という条件はマイナス効果として作用したのである。58年に入って輸出の減少というマイナス要因は解消した。石油価格低下による交易条件の改善も有利な外生的要因といってよいであろう。しかし,交易条件改善のいま一つの要素である円相場の上昇は,現在のところまでみられてない。また,長期金利が過去の緩和局面に比べ相対的に高止まっている状況は当面続きそうであり,財政政策からの支援が困難であるという条件も変っていない。したがって58年度にどれだけの回復が期待できるかについては,自律的な回復条件がどれだけ整っているかに依存するところが大きい。
先に述べたように,経済が基本的な健全性を保っている限り,景気調整過程で自律的な回復力が徐々に整備され,回復の基礎条件が拡がってくる。具体的にいうと,在庫調整が進むにつれて過剰在庫は整理され,需給緩和を通じて物価上昇率が下がり,金利も低下する。対外収支は好転し,在庫調整の一巡とともに,生産活動が上昇に転ずれば稼働率も上がってくる。企業収益は企業努力も加わって,悪化から回復に転じるであろう。
以上のような点を踏まえ,現在こうした景気の自律的な回復のための条件がどの程度整っているのか,以下に検討してみたい。
過去の回復局面と比べて現在の景気回復の方がむしろ有利であるとみられる条件の第1は,物価の安定である。現在の物価上昇率は,40年代以降のどの回復期よりも低い。後述するようにこの物価の安定は,様々な経路を通じて国内民間需要に好影響を与えるものと期待される。
第2の有利な条件は石油価格引下げの効果である。第2章第1項で述べたように石油価格引下げは石油輸入国の経済活動に好影響を与えるが,わが国は貿易収支,成長率,物価の面で最も大きな恩恵を受けると考えられる。これはわが国のエネルギー供給構造においてエネルギーの石油依存度が高く,かつ石油の輸入依存度が極めて高いことによる。例えば,石油輸入代金の減少額は約65ドル(約1.5兆円)と主要先進国で最も大きい。さらに石油価格の低下がコスト低下を通じてそのまま製品価格に反映されると仮定して産業連関表により試算すると,消費者物価,卸売物価はそれぞれ約1.1%,約2.1%低下するという結果が得られる。しかし,現実にはこうした仮定とは異なり石油価格の低下がすべて最終需要段階での価格低下につながるわけではない。企業の産出価格と投入価格の比率である交易条件が上昇し企業収益の改善が生ずる可能性もある。この企業の交易条件が石油価格低下によってどの程度の影響を受けるかは,為替レート,労働分配率,製品の需給動向等に依存していると考えられる。
他方,近年わが国のOPEC向け輪出は先進国向け輸出を上回る伸びを示している。わが国の輸出全体にしめるOPEC向け輸出のシェアは47年の5.6%から57年には15.7%となっている。とりわけプラント輸出は,57年度に中近東向けのシェアが23.3%となったが,既に年後半から減少傾向を示している。58年のわが国のOPEC向け輸出は,石油価格引下げにより約7%減少すると試算されるが,これはわが国の輸出を約1%減少させ,実質GNPを0.17%程度低下させよう。
こうしたマイナスの効果も含めた実質GNPに対する効果については,世界経済モデルの試算では,1年目に0.35%,2年目に0.93%とアメリカと同程度の大きさの拡大効果が生ずる。この拡大効果は,西ドイツ,フランスなど他の先進国の拡大効果を大きく上回るものとなっている。この石油価格引下げによる経済拡大の乗数効果は,同規模の所得減税の効果にほぼ匹敵する大きさであることは注目に値しよう。なお,ここでの試算では物価の安定から名目金利は低下し,かつ為替レートも円高方向に向かうとの結果が示されている。しかし,仮りに円レートが下落するようなことになれば交易条件改善の効果は大きく減殺されることになろう。とりわけ,アメリカの高金利によりドルレートの上昇,円レートの下落が進行するにつれ石油価格低下の恩恵はアメリカがより多く亨受するということになろう。
さらに,交易条件改善に伴う経済拡大の乗数効果は,限界支出性向,限界輸入性向の変化がある場合にはその大きさも異なるものとなることは注意すべきである。交易条件の改善が企業にとっての期待売上高の増加,家計にとっての期待所得の増加につながる場合には乗数効果は限界支出性向を一定と仮定した場合の乗数より大きくなる可能性がある。また,限界輸入性向も乗数過程における“所得の漏れ”という観点から(名目輸入/GNPデフレーター)の増分を実質GNPの増分で割った値として定義する場合には,通常の(名目輸入/輸入デフレーター)の増分を用いる場合よりも乗数がやや大きくなることは注目されよう。
第3に,これまで減少を続けてきた輸出が58年に入って持ち直していることは,景気回復のための制約条件が1つ除かれたことを意味している。56年7~9月期以降国内民間需要は回復に向ったが,乗数効果を考慮すると輸出の減少,公共投資の停滞により57年中に国内民間需要は約1%低下したとみられる。輸出が持ち直しに転じたことにより国内民間需要にプラスの効果が期待できると言えよう。他方,①世界貿易の伸びが58年中は極めて緩やかであるとみられること,②わが国の輸出拡大に対し,海外での保護貿易主義圧力の高まりなど多くの制約要因のあることから,今後の輸出の拡大テンポについては必ずしも楽観視できないと考えられる。
第4に,58年1~3月期に在庫調整が一部産業を除いてほぼ一巡したことは回復条件の1つが整ったことを意味している。企業による在庫過剰感は,製品在庫率の低下にもかかわらず依然として払拭されてはいない。しかし在庫過剰感の程度は49年不況後の回復期よりも低く,52年の景気調整期後の回復期のそれにほぼ近い。
以上景気回復のための条件がいくつか整えられて来ていることを見てきたが,回復に対する制約要因も残されている。
その第1の要因は,財政政策に関する制約の強まりである。国内中央政府部門の赤字幅拡大,とりわけ構造的赤字の拡大から財政政策運営の機動性に制約が生じている。
第2は,金融政策運営,とりわけ金利政策に対する制約の強まりである。56年4~6月期より金融政策は量的緩和に転じており,その量的緩和の度合いは52年以降の回復期とほぼ等しいとみられる。名目金利を取ってみると,公定歩合,全国銀行貸出約定平均金利とも47年不況後の回復期よりも低く,40年不況後の回復期とほぼ等しい水準にある。しかし,物価の上昇率を差し引いた実質金利はかつての回復局面に比べれば相対的に高水準にある。これは,種々の要因の中で海外金利の高止り,国内の財政赤字幅拡大,物価の落着きによる面が大きいと考えられる。
第3は,これまで中期的な拡大局面にあった大企業を中心とする設備投資が減少気味になっていることである。これまで景気の下支えをしてきた大企業の設備投資が当面弱含みとなっていることは,景気の回復力を弱める要因となろう。中小企業の設備投資は,景気の動向に比較的影響されやすいとみられるが実質金利の高止り傾向や需給ギャップの拡大もあって当面急速な回復は期待できない状況にある。また,住宅投資についても第1章でみたように大きな伸びは期待できない。
第4は,労働力需給が悪化した状態を続けていることである。58年5月時点の失業率(2.68%)は,労働市場における構造変化に基づく部分もあるとは言え,32年以来の高水準にあり,企業の雇用過剰感も強い。この高水準の失業は,個人消費支出にマイナス要因として働こう。
以上,現在のところ景気回復のための条件整備が進展しつつあるものの,回復に対する制約要因もなお存続している。こうした状況から判断すると,現下の回復期の拡大テンポは過去のそれと比べて緩やかなものにとどまり,内生的需要の自律回復力は盛り上りを欠くものになるとみられる。この内需の回復力を支える要因として過去の回復期よりも有利な点は,物価の安定と石油価格の低下である。石油価格低下の効果については既に述べたので,以下では物価の安定の効果についてやや立ち入ってみることにしよう。
物価の安定は経済の各方面に多くの影響を与えるが,景気の回復については以下のような経路を通じてプラスの影響を与えることが考えられる。
(i)名目所得(総需要)に変化がない場合にも,物価の下落により実質所得が増加すること。
(ii)家計・企業の保有する金融資産の実質価値が高まること(実質残高効果)
(iii)物価上昇率の低下が名目利子率の低下に結びつく場合には,家計・企業の保有する債券の市場価値が高まること。
(iv)家計・企業の保有する実質資産の再取得費用を低下させること。
(v)企業ではインフレ期における見かけ上の利益発生や償却不足が解消することから税負担の軽減となり,家計では物価上昇による租税負担増(インフレによるフィスカル・ドラッグ)を回避できること。
(vi)将未の価格変動に関する不確実性を減少させることにより民間支出を拡大させ,とりわけ長期の投資活動に対して不確実性を減少させるなど価格メカニズムのより効率的な機能の発揮が期待できること。
以上は,物価安定が経済活動に与える好影響について述べたが,物価上昇率が急速に低下していく過程においては,①名目利子率が物価上昇率の低下にすぐ反応せず実質高金利が生ずること。②ネットの債務者である企業や家計にとって実質債務負担は高まることを通じて支出活動を抑制する側面もあると考えられる。しかし,逆に物価の上昇にはより多くのマイナスの効果があり,物価の安定は持続的な景気回復のための不可欠の条件となっているのである。
次に,この物価安定の効果が,これまで景気の下支えをして来た個人消費と設備投資にどのような形で生じているのか具体的に調べることにしよう。
57年における個人消費の拡大は,①物価の落ち着きによる実質可処分所得の増大,②実質流動資産(家計の金融機関等への預貯金,マイナス家計の借入金)の増加,③物価上昇率の低下による消費者マインドの改善に支えられた面が大きい( 第2-6図 )。また,交易条件の改善も実質雇用者所得を0.3%程度増加させたが,その大きさは53~54年の1.2%と比べると限られたものであった。
以上の要因の中でも実質流動資産が個人消費を拡大させた寄与度は40年代以降最も大きなものになっており,53~54年の回復期のそれを上回るものであったことは特筆に値しよう。この実質流動資産の増加については財政赤字の拡大による家計の国債保有残高の増大が影響している可能性がある。しかしながら,①新規国債の個人部門による吸収が12.6%(56年)程度であり,②個人貯蓄残高にしめる国債保有の割合も3~5%程度とまだ小さいこと,及び③新規国債の発行が金利上昇圧力を加えており国債の市場価格を引下げていることを考慮すると,家計の国債保有残高の増加が個人消費を拡大させる効果は限られたものであったとみられる。さらに財政の赤字幅拡大が将来の政府支出削減,社会保障サービスの低下,税負担増大といった予想を生む場合には,むしろ消費支出に対し抑制的な効果が生ずる可能性もある。
そこで家計の消費性向を,①所得水準要因(所得水準の向上により消費性向は低下する),②習慣要因(所得の伸びが高いほど消費増加の遅れが生じ消費性向は低下する),③公的負担要因(公的負担の上昇は可処分所得の水準を引き下げること及び家計の貯蓄に代替することを通じて消費性向を上昇させる)④物価上昇要因物価の上昇は将来の生活不安の増大などにより消費性向は低下する),⑤雇用要因(雇用情勢が悪化すると将来の所得に対する不安が強まり消費性向は低下する),⑥財政赤字要因(財政赤字幅が拡大すると将来の政府部門のサービスに対する不安や将未の税負担予想が強まり消費性向は低下する)といった要因によって説明してみると,以下のようなことがわかる( 第2-7表 )。
まず第1に,最近は物価の安定化と公的負担率の高まりは消費性向を引き上げるよう作用している。他方第2に雇用情勢の悪化や財政赤字幅の拡大は消費性向を引き下げるよう働いている。ただし,公的負担率の上昇は一方で消費性向を高めるよう作用しているとしても,消費水準に対しては可処分所得の伸びを小幅化させる効果の方が大きいため,現在の消費支出にはマイナスの影響が及んでいる。いずれにしても,社会保障負担の引上げがなされた場合の消費に与えるデフレ効果は公的負担と家計の貯蓄との代替性が大きい場合にはやや小さなものになる可能性があると言えよう。
以上のことがら,今後の個人消費支出の動向については,物価安定の持続,交易条件の改善による実質可処分所得の伸びの確保,実質流動資産効果からはプラスの影響が期待される。他方,高水準の失業,名目可処分所得の緩やかな伸びは,これまで景気の下支え的役割を果たしてきた個人の消費支出活動の先行きに対する不透明要因になっていると言えよう。
設備投資行動に与える物価安定の効果については,投資の増加から得られる期待収益と投資に必要な資本調達コストとの関係から次のようなことが言えよう。もちろん企業の期待収益や資本コストに関する計測方法には様々な方法があるが,以下では1つの試算として「トービンの限界q」を用いて分析を進めよう。 第2-8図 は,投資に伴う実質期待収益(金融市場における企業の市場価値の実質増加分であり将来の各期で一定と仮定)と資本コスト(市場利子率,償却率,法人税率等により決定される),および両者の比(「トービンの限界q」と呼ばれる)を示している。
まず資本コストの動きをみると,第1次第2次石油危機の金融引締め政策による金利上昇の効果及び物価上昇を通ずるキャピカル・ゲインの消失から,50~51年と56~57年に大きく上昇し,現在も高水準にある。これに対し,実質期待収益率も第1次石油危機による大幅なエネルギー価格の上昇もあって減少を続けていたが,56~57年にかけて大きな高まりを示している。56~57年に実質期待収益率が大きく改善した理由としては,①マイクロ・エレクトロニクスを中心とする技術革新が進み,新製品による市場拡大が生じたこと,及び,②第2次石油危機後,賃金・物価の安定が速やかであり,実質賃金及び既存資本設備の再取得費用を近似的に示す設備投資デフレーターが速やかに低下したことがあげられる。とりわけ資本設備のデフレーターは56年以降落ち着きが目立っており,企業の投資動機の改善に大きく寄与しているとみられる。この結果,期待収益率―資本コスト比率(トービンの限界q)は57年に第1次石油危機以降最も高い水準に達している( 第2-8図 )。このことは,57年の設備投資が高水準で推移したことの1つの要因といえよぅ。
さらに企業が設備投資を行うに当たって,将未の売上げに不確実性が強い場合には,投資活動には,より多くのリスクが伴うことになる。従って,そうした場合は企業の投資行動が将来の財市場の需要動向によっても付加的な制約を受けると考えられるのである。そこで,企業の設備投資が,①期待収益率-資本コスト比率,②需要動向による制約を示す代理変数としての需給ギャップ率,③更新投資によって決定されるとみて,これら3つの要因が現実の設備投資にどのような影響を与えているか調べてみると,次のようなことが分る( 第2-9図 )。技術革新や生産要素価格の変化等によって大きく影響を受ける期待収益率-資本コスト比率は,第1次石油危機以降マイナス要因として働いたが,第2次石油危機以降はプラス要因へと転じており,56年にはその寄与幅も最も大きいものとなっている。しかし,57年には,依然プラスではあるが,その幅は小幅化している。他方,需要動向による制約を示す需給ギャップ要因は,49~50年と大幅なマイナス要因となった後,52年から54年にかけてプラスの寄与を示していたが,55年以降は再びマイナス要因として働いている。
以上のことから,企業の設備投資活動についても,物価の安定化による既存資本設備の再取得費用の低下により,投資活動に好影響が生じていることが理解されよう。さらに住宅投資においても,建設資材価格の値下がりが,民間貸家の建設活動を促進していることも同じ理由によるものである。今後の先行きについては,①実質賃金が落ち着いていること,及び②石油価格低下によって,企業の期待収益は好影響を受けているとみられるが,頭打ち傾向にある投資活動を維持するためには,なお高い水準にある資本コストの引下げが求められていよう。現在比較的高い水準にある長期金利の低下を図ることは,設備投資・住宅投資といった民間投資活動を高水準に維持する上で好ましいと考えられるのである。
以上物価の安定が景気回復に与える効果を調べて来たが,物価の安定,実質賃金の落ち着きといった条件は53~54年の回復期にもみられた。53~54年の場合は,財政面からの拡大措置に加えて,円相場の上昇に伴う交易条件の大幅な改善が生じ内需主導型の回復が進展した。今回の場合は,まだ円相場が一進一退を繰返しているため,石油価格は通関輸入ベースで,これまでの33~34ドル/バーレルから5月には29.50ドル/バーレルへと低下している。輸出や公共投資といった外生的需要の大幅な拡大を期待しえない状況の下では,内生的需要の回復力を強めることが従未の回復期にも増して重要となっている。このような状況に対し,まず第1に石油価格低下による交易条件の改善を国内需要の拡大に結びつけることが必要である。第2に民間投資活動を維持するためには為替レートを安定させ金融政策の機動的運営を可能とし,石油価格低下による交易条件改善を通ずる効果を弱めないようアメリカの金利の一層の低下が求められている。第3に,これまで景気の下支えをして来た個人消費の伸びを確保することは,引続き重要な回復のための条件であると考えられる。