昭和58年 年次経済報告 持続的成長への足固め 第2章 景気回復と持続的発展の条件

昭和58年

年次経済報告

持続的成長への足固め

昭和58年8月19日

経済企画庁


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第2章 景気回復と持続的発展の条件

第1節 世界経済の動向と回復条件

1. 欧米経済の回復力と制約条件

(レーガン政権の経済政策)

1981年夏にアメリカ経済は,80年春についで2度目の景気後退に突入した。このアメリカの景気後退の影響もあって先進国経済は第1次石油危機後の1974~75年に続いて2度目の同時不況に陥ることとなった。この2度目の景気後退は,国内におけるインフレ抑制を最優先課題とする政策の組み合せによって引き起された面が大きかったと考えられる。すなわち,アメリカのレーガン大統領は,1981年2月の「経済再生計画」において,①歳出の伸びの大幅な抑制,②多年度にわたる大規模な減税,③政府規制の緩和,④安定的な金融政策の4つの柱からなる経済政策を打ち出した。財政面における歳出の削減と減税の組み合せは「小さな政府」を実現すると共に,規制の緩和と相まって民間経済活力を一層効率的に活用することを意図したものであった。これまでのところ減税規模が大きかった反面,歳出の抑制が当初の予定通りには進まなかったこともあって,財政政策の効果は,81年を除くと82,83年とやや景気拡大的であったとみられる。

これに対し金融政策は,インフレ抑制を目指して厳しい引締め基調が維持された。当初の「経済再生計画」における中期経済見通しの名目GNP伸び率の目標値と中期的に貨幣供給量(MIB)の伸び率を半減させようという目標から計算してみると,貨幣の流通速度は年率5~8%で上昇するという歴史上かつてない金融引締めの状況が見込まれていた。連邦準備理事会による実際の金融政策運営をみると,①短期の貨幣供給量増加率の目標値は,必ずしもこの「中期経済見通し」で示唆された増加率と同一ではなく,②また金融新商品の出現もあって短期的な目標値からの乖離が生じたり,目標変数も狭義の貨幣供給量(MIBまたはM1)から広義の貨幣供給量(M2)に移されたりしているが,少なくとも82年半ぼまでは基本的には強い引締めの基調で推移した。この強い金融引締め政策による効果は,財政による経済の拡大効果を上回りアメリカ経済は81年夏より景気後退局面に入った。それと同時に消費者物価上昇率(前年同期比)は次第に鎮静化し,80年平均の13.5%から83年5月には3.5%まで低下している。

こうしてレーガン政権の新経済政策は,当初の再生計画におけるシナリオと比較するとインフレ抑制については予想を上回るテンポで成果をおさめていると言えよう。その反面で,82年後半から年率5%程度の成長率で景気は回復するとの予測は実現せず,82年に経済成長率は1.7%減となり,年後半には失業率は10%を上回った。さらに財政収支の赤字幅は,景気低迷に伴う税収減に加え議会における歳出削減策の審議の難航もあって81年の名目GNP比約2%から,83年には6%以上に達すると見込まれている。このため80年代半ばまでに収支を均衡させるとの当初のシナリオからの大きな乖離が生じた( 第2-1図 )。財政赤字幅の拡大と金融政策の引締め基調が維持される中で,アメリカの金利は歴史的な高水準に達している。アメリカ経済は83年に入って物価の安定を背景に減税による消費拡大効果もあって景気回復過程をたどっているが,とりわけ長期実質金利の高止りは民間設備投資活動の回復に対する大きな制約要因になっているとみられる。

以上はレーガノミックスが経済の需要面に与えた効果であるが,政策が本来目指したのは経済の供給面における改善,すなわち労働生産性と貯蓄率の上昇であった。アメリカの労働生産性上昇率は70年代に入って顕著な停滞を示すようになった。これは,①設備投資の伸びが小さかったこと,②エネルギー価格高騰,③環境保全のための規制など政府の諸規制の強化,④未熟練労働者の増加,⑤研究開発費の不足等の要因によるものと言われている。レーガン政権は,この生産性の低下に対して,個人所得税の限界税率を大幅に引下げること及び減価償却の加速化等の措置を通じて勤労意欲の向上,個人貯蓄率の上昇,資本形成の促進を目指したのである。すなわち,81年10月に5%,82年7月に10%の個人所得税の限界税率の引下げが行われた。そこで観察された事実は減税実施直後には個人貯蓄率は上昇したが,その後期間を経るにつれて再び次第に低下しているということである( 第2-2図 )。この結果,83年1~3月期には個人貯蓄率は5.9%と80年の5.8%とほぼ等しい水準に戻っている。税引き後の実質利子率は,限界税率の低下,インフレ期待の鎮静化から上昇しているとみられるが,個人貯蓄率は景気後退の影響もあって,これまでのところ期待されたような有意な上昇傾向を示していない。むしろ経済全体としては,減税の結果,財政部門での経常勘定の赤字幅拡大から貯蓄不足傾向は強まったとみられるのである。

他方,労働生産性は,82年半ば以降労働時間の短縮,雇用の減少から改善傾向を示している。しかしながら,この生産性の上昇傾向は景気循環局面上の動きであって,設備投資の拡大や技術革新の進展によるものと判断することは困難である。今後の労働生産性の動向については,一方で,①未熟練労働者の増加率の低下,②政府規制の緩和,③減価償却期間の短縮化,④研究開発投資税額控除制度の導入といったプラスの面があるものの,需給ギャップが依然として大きく,かつ実質長期金利が高止りとなっていることから民間設備投資の拡大を通ずる労働生産性の上昇を当面期待できる状況にない。

これら個人貯蓄率,労働生産性の動向をみると,これまでのところインフレ抑制には成果が示されているものの,供給面での目立った改善は示されていないと言えよう。

(サッチャー政権の政策との比較)

1979年5月に発足したイギリスのサッチャー政権は,所得減税,歳出削減や固有産業の民有化などを通じ経済の活性化,供給面の改善を図っている。従って,レーガン政権と同じ方向の政策を指向していると言える。しかしサッチャー政権の場合は,財政面では80年以降の歳出抑制の成果,減税政策の中断(81年)もあり,財政収支赤字幅縮小と貨幣供給量増加率(ポンド建M3)の両変数について当初の中期金融財政戦略で示された目標に接近しつつある( 第2-1図 )。レーガン政権の政策と異なる点の1つは,財政政策が80年から83年にかけて,個人減税の実施等が行われたにもかかわらず全体としては経済に対し景気引締め的な効果を与えたことである。財政金融両面からの引締め政策により,イギリス経済は81年,82年と2年連続してマイナス成長に陥り,失業率も83年4月には12.7%と大恐慌以来の高水準に達している。他方,インフレ抑制については,消費者物価上昇率(前年同期比)は75年春の20%台から83年5月には3.7%へと急速に鎮静化してきている。こうした物価の鎮静化を背景にイギリス経済は,個人消費を中心に83年春以来回復過程に入っているが,その回復力は緩やかなものにとどまっている。

(米欧経済の回復力と制約要因)

アメリカ経済は,83年に入って個人消費と住宅投資の増加,在庫調整の進展により緩やかな回復過程をたどりつつある。この回復力を調べるために81年夏以降の景気調整局面を過去の調整局面と比べると次のような点が指摘できる。

まず第1に,生産の落ち込み幅は74年の不況についで大きなものになったことである。また非農業雇用者数の減少幅も1960年代以降で最も大きなものになった。この結果,失業率はかつてない高水準に達した。第2は,インフレーションの収束が非常に急速であり,回復段階に入っても物価の安定が続いていることである。第3に,生産設備の稼働率は82年後半に入ると約70%を割り,過去の景気下降局面よりも大きな落ち込みを示したことである。その反面で企業収益は底固い動きを示しており,設備投資は減少したものの,そのGNPに対する比率は77年以降の能力増強投資,更新投資の活発化もあってアメリカとしては比較的高水準で推移してきた。第4は,財政赤字幅の拡大テンポが急速であり,長短実質金利がかつてない高水準で推移していることである。

以上4つの特色から景気回復パターンについて以下のようなことが言えよう。まず,①過去の経験からすると生産の落ち込み幅が大きかったことは,在庫調整の終了に伴う回復への盛り上りもまた強いことが期待される。また,②インフレ期待はなお根強いとみられるものの,現実の物価,賃金の安定は景気の回復に有利な条件となっている。賃金コストの落ち着きもあって企業収益が回復しつつあり,建設資材の値下りは住宅投資の回復に寄与している。さらに③乗用車を中心とした耐久消費財の買い替え需要が顕在化する可能性のあることは景気回復にとって明るい材料である。

しかし,アメリカの今回の景気回復過程におけるキイ・ポイントの1つは,設備投資の動向である。83年1~3月期の民間設備投資は5期ぶりに前期比年率3.8%のプラスに転じた。また先行指標である非軍需資本財受注はこのところやや動意を示している。しかし,商務省による83年の投資計画調査では,以前より上方修正されたとは言え,なお前期比3.1%減となっている。現在,設備の稼動率は依然低く(約70%),長期実質金利の高水準はなお続くとみられることから,設備投資の早急な回復を期待することは困難とみられる。こうしたことから経済成長率の伸びも政府見通しの上方改訂がなされたものの過去の回復局面(回復当初1年間で平均して7.2%)よりは緩やかであると見込まれている。

今回の景気回復期において懸念される最大の要因は,短期・長期の実質金利が歴史的にみて極めて高い水準にあることである。実質高金利は,上記のように設備投資の回復の障害となっているとみられるほか,消費者信用に依存した個人消費支出にも不利な影響が及んでいる。例えば,自動車業界は乗用車について特定の低金利を提供することによって販売促進を図っている。さらに,実質高金利はドル高を通じアメリカの輸出の減少をもたらしている。ちなみに今回の景気後退局面における実質GNP低下に対する輸出減少の寄与度は約3分2にも上っている。ただし,高金利は必ずしもアメリカの景気回復の大きな障害にならないという見方もある。これはアメリカでは,①企業はもとより家計においても課税に当たってローン金利支払いが所得税控除の対象となること。また,②かなりのインフレ期待感が残っているという見方もあること,③株価の上昇から株弐市場での資金調達は比較的低いコストであること等を根拠としている。

しかし,仮に高金利がアメリカ自身の景気回復に大きな障害にならないとしても,それが,①為替レートの不均衡化を招き,他の先進諸国の金融政策運営の余地を狭めると共に,②発展途上国の債務累積問題の解決を遅らせ,世界の景気回復の足枷になっていることは否定できない。わが国の場合も円安基調,国内の高金利,経常収支の黒字化を招くなど政策運営を著しく困難なものとしている。

このアメリカにおける実質高金利の原因については,①財政赤字幅の拡大,②金融引締めの効果,③物価上昇率の急速な鎮静化に対する名目金利の調整の遅れ,④新金融調節方式以降の貨幣供給量増加率の変動幅拡大による不確実性の増大,⑤資金の借り手の資産・負債ポジション悪化による貸倒れリスクの増大,⑥金融市場での規制緩和の進展により,引締め期における信用割当の役割りが減少し,従来より大きな金利の変動が生ずるようになったこと等があげられている。すなわち,単に資金の需給関係のみならず,金融の構造変化もあって現在の高金利が生じていると考えられるのである。 第2-3図 はアメリカの長期金利を期待インフレ率(過去の物価上昇率と貨幣供給増加率により説明),財政赤字と供給増加額との比率,金融機関の商工業貸付額によって説明したものであるが期待インフレ率の寄与は80年初めにピークに達した後低下を示している。他方,81年から82年半ばにかけては商工業貸付額の寄与が大きく,財政赤字の寄与度は82年以降急速に高まっている。今後の金利の先行きについては,金融政策は82年7月以降慎重ながらも緩和の方向に動いているのに対し,財政赤字幅の拡大が長期金利を押し上げる大きな要因となっていることは注目に値いする。財政赤字がこれ以上拡大することを回避できるかどうかは,回復テンポが緩やかである限り,歳出削減策の成否と増税策の導入いかんにかかっていよう。レーガン政権は,83年度に社会保障費を中心としたかなり思い切った歳出削減に乗り出しており,軍事費についても当初よりは伸びを縮小する動きがみられる。また「82年税負担の公正に関する法」(82年8月)を成立させ増税の可能性を認めたこともあり,財政赤字幅の拡大にも歯止めがかかりつつあるとみられる。しかしながら当面大幅な財政赤字が続くことは長期金利の低下を妨げる要因として働くとみられる。

欧州経済については,82年を通じて停滞傾向が続いていたが82年末より,イギリスについで西ドイツで景気回復の兆しが現われている。西ドイツでは,住宅投資,個人消費に回復への動きがみられる。また,82年から83年にかけての公定歩合の4回にわたる引下げ,賃金コストの抑制,投資補助金等の効果もあって,年後半には第2次石油危機後初めて設備投資に回復への動きが生ずるものと期待されている。しかしながら景気の本格的な回復は,84年に入ってからとみられる。以上欧米経済の景気回復については,高金利の先行きに関する不確定要因があり,年内における回復テンポは緩やかなものにとどまるとみられる。

2. 石油価格低下の影響と景気回復

(石油価格低下の経済効果)

OPEC諸国は,83年3月14日基準原油価格の公式販売価格を5ドル引き下げて,29ドル/バーレルとすることに決定した。OPEC総会で公式販売価格の引き下げを決定したのは今回が初めてである。この石油価格低下をもたらした要因としては次の3つがあげられよう。まず第1に,短期的には先進国における景気停滞から石油需要が減少したことである。まだ,81年から82年にかけて大幅な石油過剰在庫の取り崩しのあったことも石油市場の需給緩和を促進したとみられる。第2に,中期的には石油価格の上昇に対し,省エネルギーが進展すると共に代替エネルギーへの転換が進んだことがあげられる。第3に,非OPEC諸国の石油増産やOPEC内部での生産調整機能の低下も加わって,OPEC諸国による石油物価に対するカルテル的支配力が減退したことがあげられる。OPEC諸国の世界の原油生産量に占める割合は,73年の55.1%から82年には35.1%へと低下している。石油市場における需給緩和に,こうしたOPEC諸国による石油価格支配力の低下が加わって,基本的には市場メカニズムの作用により公式販売価格の低下がもたらされたと言えよう。ただし,その低下幅は約15%と過去の上昇幅と比べると小さなものであり,原油の世界工業品に対する相対価格は,第2次石油危機発生以前と比べてなお79.1%高となっている。

石油価格低下は,石油輸入国においては,①経済収支の改善,②交易条件の改善を通ずる実質所得の増加をもたらす。従って石油価格の上昇の場合とは逆に,経済活動にはプラスの影響が生ずると考えられる。交易条件の改善とはこの場合,石油輸入価格が下がって,輸出価格の輸入価格に対する相対比が有利になることであるが,輸出価格を不変とした場合石油輸入国ではそれだけ国内支出価格が下がり,国民所得の実質購買力が増大する。後に述べるように,石油価格の引下げは石油輸入国にとって部分的にはいくつかのマイナス要因はあるが,基本的にはこの交易条件改善による実質所得増大効果がそうしたマイナス効果を上回り,先進国を始め石油輸入国の景気回復に役立つと考えられるのである。

石油価格の低下は,石油輸入国の付加価値のデフレーターであるGNPデフレーターには直接影響しないが,輸入価格の低下を反映した国内支出価格の下落を通じて実質所得の増加をもたらす。従って,この場合市場メカニズムに基づいて低下したコストの「逆転嫁」がなされる必要がある。家計や企業はその所得を最終需要として支出する時に,購入価格(支出デフレーター)が下がっているので実質購買力の増加を享受できるのである。こうしたことから,石油価格引下げに対する石油輸入国の政策的対応としても,上に述べたような市場メカニズムを配慮することが重要である。

石油価格引下げに伴う実質購買力の増加が景気回復に役立つためには国民経済全体としての限界支出性向が下がらないことが望ましい。もし何らかの理由で石油価格の低下が国内支出価格に反映されない場合,そうして生じた追加所得が支出されなければ景気回復には役立たないことになる。ただし,交易条件の改善は消費者の支出増につながらない場合にも,国内支出価格が低下する限り消費者の経済厚生を高めることになろう。また中間原材料としての石油の投入価格が低下すれば企業の産出物の供給条件の改善をもたらすことは言うまでもない。

いずれにせよ,国内支出価格の低下を通じて家計,企業の実質所得が増加すれば,それは更に波及効呆を生じ,景気回復への有力な手掛りとなろう。今回の石油価格低下による実質所得増の効果は,国内支出性向が変化せず,また輸出価格は一定という単純な仮定を置くと先進国全体では約0.35%,わが国については約0.6%と推定される。

現在,先進国経済はその回復力が過去の回復期と比べて緩やかであり,かつ財政金融面からの景気拡大措置にも大きな期待をもてない状況にある。こうした状況の下で石油価格の引下げを先進国経済の景気回復への契機として十分活用することが求められていると言えよう。

他方,交易条件の悪化する石油輸出国においては,石油収入の減少から経常収支は悪化し,実質所得の減少から経済活動にマイナスの影響が生ずることは避けられない。この結果,石油輸入国の産油国向け輸出の減少が生ずることになる。さらに石油価格の低下は,石油消費国における代替エネルギー開発を始め,エネルギー関連投資,省エネルギーの推進を停滞させる可能性がある。なお,世界における経常収支のパターンの急激な変化から,国際金融市場にも影響が及ぶ可能性もある。こうした3つの悪影響が考えられるにしても,今回程度の緩やかな石油価格低下は,全体として世界経済にはプラスの効果が生ずると考えられる。この効果の大きさは,基本的には石油輸入国における支出増と石油輸出国における支出減の大きさの差によって決まって来る。石油価格引上げの時には,石油輸入国から産油国へ所得移転が生じたが,産油国の支出性向が石油輸入国より低いことが世界経済にデフレ効果をもたらした。今回の石油価格引下げでは,すべてが可逆的に動くわけではないが,基本的には需要面で逆の効果が働いて,世界経済全体の成長率を押し上げるとみてよい。経済企画庁経済研究所の世界経済モデルの試算によれば,石油価格15%の引下げによって,先進9か国の実質GNP(GDP)は1年目に0.23%,2年目に0.74%高まる。また,世界貿易(実質)は1年目に0.69%,2年目に1.56%増加し,このとき工業国の輸出価格は1年目に1.38%,2年目に1.67%低下すると推計されている。

第2-4表 OPEC経常収支の推移

他方,貿易収支については,現地点での石油輸入量を基準にすると先進国全体で石油輸入代金の支払いは310億ドル程度減少するとみられる。一方,産油国(OPEC諸国とメキシコ)では石油輸出収入減から貿易収支が340億ドル程度悪化する。ただし産油国で輸入抑制策が採られる場合には,貿易収支の悪化はこれよりも小幅化するであろう。従ってOPECの経常収支は,輸入抑制政策,原油生産量の動向にもよるが,今回の石油価格引下げによって300億ドル程度悪化するとみられる。既にOPEC諸国の経常収支は82年に90億ドル程度の赤字となっているとの見方もあり,83年には経常収支赤字は400億ドル近くに達すると試算される( 第2-4表 )。他方,先進国と非産油発展途上国の経常収支は,OPEC諸国の経常収支悪化分を分け合う形で改善することになろう。

今後こうした世界における経常収支パターンの大幅な変化が生ずるにつれて,国際金融市場にも様々な影響が及ぶことが予想される。まず,ユーロ預金市場においては,産油国の預金は81年第2四半期の1,615億ドルから減少傾向を示しており,82年第1四半期には,1,352億ドルとなっている。この間にアメリカを始めとする預金増が大幅であったため,ユーロ預金市場の規模は約1兆3,500億ドルから約1兆6,900億ドルへの拡大した。この結果,産油国のユーロ預金市場に占めるシェアは約12%から約8%へと低下している。今後もこうした先進国からの資金供給増が続くようであれば,今回の経常収支パターンの変化に対してもユーロ市場に悪影響が及ぶことは回避されよう。

他方,産油国の中でも,累積債務の返済に困難が生じたり,生ずる恐れのあるメキシコ,ベネズエラ,インドネシア,アルジェリア,ナイジェリア,エクアドルの6ヵ国の債務残高は82年末に全体で1,672億ドルに上っている。5ドル/バーレルの石油価格低下は,これらの国の石油輸出収入を99億ドル程度減少させるとみられる。一方,メキシコの場合,アメリカの金利が1%低下すれば債務利払いが6億ドル程度減少するとの推計がある。アメリカの高金利が是正されればこれらの国の累積債務の利払い負担を大きく軽減すると言えよう。

また,昨年のメキシコ債務累積問題の表面化を契機として,国際金融秩序維持のための協調体制がつくられつつある。まず,債務国においては,節度ある経済運営に努め,必要な経済調整を軌道に乗せていくことが要請されており,また,債権者である民間金融機関においても,それを支援するため,金融機関全体として協調して対処し,必要に応じて信用供与を継続していくことが求められている。さらに,IMFの役割が再認識される中で,83年に入ってからIMF第8次増資や一般借入れ取決めの拡充が合意されている。今後とも国際機関への協力を含め国際協調体制を一層強化することが望まれる。

(石油価格低下とエネルギー開発)

以上,石油価格低下の経済面への影響を述べてきたが,代替エネルギー開発などエネルギー分野にも様々な影響が生ずるとみられる。

まず第1に原油生産面で原油の生産コストは,中東・アフリカの既存油田ではかなり低いものの北海やアメリカの限界油田については生産コストが15~25ドル/バーレルとの試算もある。従って石油価格がさらに25ドル/バーレル以下に下がる場合には原油生産に支障が出る恐れがある。またアメリカにおける原油開発テンポをリグ稼働数でみると,81年に入って石油価格が軟調に転じた後にリグ稼働数は減少傾向を示してきた。最近29ドル/バーレルで価格がほぼ安定したとみられることから,リグ稼働率は再びやや増加する動きを示しているが最盛期に比べると44%程度の水準となっている。従って原油価格の低下はすでに限界油田の開発テンポを低下させていることがうかがえよう。

第2に,代替エネルギーに対する影響については,石炭,原子力など既存の代替エネルギーは石油に対し十分な価格競争力をもっており,今回程度の価格低下によって石油への逆転換が生じるとは考えられない。例えば,わが国の場合,輸入燃料のカロリー当たり単価で比較してみると一般炭の相対価格は82年に原油価格の約2分の1である。今回の原油価格低下によりその差はやや縮まるものの優位性は失われていないと言えよう。また原子力についても,石油火力に比べて現在発電コストは40%程度割安であるため15%程度の原油価格の引下げがあっても経済的な優位性は保たれているとみられる。以上のことから,今回の石油価格引下げによっても産業用,発電用エネルギー源については石油への逆転換が生ずるとは考えにくい。また,石炭渉化,ガス化,オイルシエール等現在基礎的な研究段階にある新エネルギーの技術開発については,わが国の場合直接の影響は小さい。他方,実用化が近い代替エネルギー技術については,新規プロジェトに対する開発意欲が減退する可能性がある。

いずれにしても当面国際石油需給の安定化が見込まれることは,省エネルギー,代替エネルギー開発などエネルギー関連投資へのインセンティブを弱めるように作用する可能性がある。しかしながら,中長期的な視野に立ってエネルギー供給源の確保,エネルギー価格安定の観点から従来の省エネ,代替エネルギー開発への努力を続けることが肝要であると考えられる。今後の石油価格の動向については,短期的には先進国での景気回復のテンポ,産油国の生産調整能力などが大きな影響を与えると考えられるが,当面年内にかけては安定的に推移するものとみられる。

3. 世界貿易の回復と保護貿易主義

(最近の保護貿易主義の特徴)

世界貿易は,世界経済の同時不況の影響を受け81年央以降減少に転じ82年を通じて減少傾向が続いた。世界輸人数量(除共産圏IMF)は80年に0.7%増となり,81年には0.5%増と微増したものの,82年には1.3%減と減少した( 第2-5図 )。この世界貿易の停滞は,先進国経済の不況のみならず最近の保護貿易主義の高まりが貿易の伸びを抑制している面のあることは否定できない。

ちなみに世界輸入(実質)のOECD諸国の生産に対する弾性値を調べると次のような事実が観察される。70年から75年にかけて弾性値は1.98とそれ以前の時期よりも大きな値を示しており,75年から80年にかけての時期についても1.53と比較的高水準にある。しかし80年から82年にかけての時期には0.15と極めて低い水準になっている。この間75年にも世界貿易は減少したが,この時にはアメリカにおける力強い回復と産油国の輸入拡大から世界貿易は急速な立ち直りを示した。しかし今回は,①前回と比べて東南アジアが下支え的な動きを示しているものの,EC諸国や産油国の輸入は停滞しており,②アメリカの景気回復は前回よりも緩やかであり,しかも③今回の場合アメリカの生産が上向きに転じているにもかかわらず世界貿易拡大は遅れているなど前回の場合のような世界貿易の急速な回復は期待し難い状況にある。

保護貿易的措置における最近の特徴の一つは,輸入国における一方的な措置(関税引上げ等)が増大していることである。第2の特徴は,社会主義国のみならず発展途上国にも「見返り輸入制度」が拡がっていることである。インドネシアを始めブラジル,ナイジェリア,イラン等では輸入制限措置の1つとして見返り輸入制度の広汎化がみられる。なお,保護貿易主義の問題とは性格を異にするが,輸出面では,アメリカによる技術集約商品に関する対共産圏禁輸措置の強化が図られていることがあげられる。

こうした保護貿易主義圧力等の高まりの下で貿易拡大の遅れが生じている。IMFによると世界貿易は82年に2.5%減の後,83年は1%程度の伸びを示すとされている。ただし,これには石油取引の減少がかなり影響しているとみられるので先進国の石油を除いた工業製品貿易でみると82年に3.6%減の後,83年1~3月期にはプラスに転じているもののその伸びは緩やかなものにとどまったとみられる。こうした貿易拡大の遅れが世界経済の景気回復を弱める可能性のあることは留意すべきであろう。1つの例示として,わが国の輸出に対して数量規制が課せられ,輸出業者がわが国の先進国向け輸出価格を10%引上げた場合,わが国の実質GNPは輸出量の減少により1年目に0.38%減となる。この時日本を除く先進6ヵ国の実質GNPは貿易の縮小から0.12%減少し,世界貿易も0.18%減少すると推計される(世界モデルによる試算)。現在,先進諸国の景気は総じて回復への方向を示しつつあるとは言え,失業率はなお極めて高い水準にある。また,保護貿易主義は単にここ数年間の世界経済の停滞によって生じたものではなく,昭和57年度次経済報告でも述べたように構造的な問題を背景にしている。従って,世界景気が回復の方向に向かえば間もなく解消していくと楽観的にみることはできない。いずれにしても先進国の景気停滞が保護貿易主義圧力を強め,逆に保護貿易主義が景気回復に悪影を与えるといった悪循環に陥ることを回避することが強く求められているのである。


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