昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
第II部 政策選択のための構造的基礎条件
第1章 日本経済のバランスと成長力
以上にみてきたように,日本経済は一方で高い貯蓄率が維持されており,他方でそれを源泉とした生産的投資活動も効率的かつ弾力的に行なわれている。また後述するように,労働力や技術進歩の要因も,成長力の維持に有利に作用していると考えられる。こうした事から言えば日本経済の成長力は高度成長期と比較すれば低まっていることは当然としても,なおかなりの水準を保っているはずである。
しかしながら,第2次石油危機後のわが国の経済をみると,実質GNPの成長率は,55年度に前年度比3.7%増のあと,56%年度に入ってからも前期比でみて上期1.9%増,下期0.1%増となり,相対的に低い伸びが続いている。こうしたなかで,わが国の経済の成長力が第一次石油危機後の成長率屈折に続いて再び低下しているのではないかという見方も出ている。そこでこの節では,日本経済の成長力についていかに考えればよいかを検討してみよう。
一般に経済成長について「潜在成長力」あるいは「潜在成長率」という言葉で議論される場合,その意味するところは大きく分けて二つあるように思われ,る。その一つは短期的な生産可能水準であり,いま一つは中長期的に実現可能な最大成長率である。しかしながら,短期的な生産可能水準の変動と中長期的に実現可能な最大成長率である「潜在成長率」もしくは「潜在成長力」とは別のものである。以下では,エネルギー価格の変化が,まず短期的には生産能力にどのような影響を及ぼすか,次に中長期的な影響はどうかを議論することとする。もちろんこの場合,「可能」というのは,単に物理的可能性をいうのではなく,企業の採算ベースにのる生産可能性という意味である。
そこで,中間投入財としてエネルギーの価格が上昇した場合,こうした短期における生産可能性および中長期の成長力がどんな影響を受けるのかを考えてみよう。この場合,短期における生産可能水準は主に,需給ギャップの程度をどうみるが,それを埋めるためにどの程度の需要喚起政策をとる余地があるのかという問題にかかわっており,他方中長期的な成長力より長期的な生産要素の供給可能性,生産技術体系の変化の可能性,価格体系の今後の推移等,中長期的諸条件を踏まえて議論されるべき問題である。また日本経済について考える場合,そのエネルギー供給がほとんど輸入によっており,しかもその価格が外生的に決められているという条件を考慮に入れておかねばならない。
まず「短期的」な場合についてみると,エネルギー価格の上昇による短期的な生産可能水準の変化とは,資本,労働力,技術といった国内生産要素の投入可能量及びエネルギー以外の価格を所与とした場合,輸入エネルギー価格の外生的上昇が各生産要素の限界生産力にどう影響し,経済効率性のある生産可能水準(以下「生産能力」という。)をどう変化させるかを示すものである。
エネルギー価格が外生的に変化した場合,国内でのエネルギー投入量は,当然,その高まったエネルギー価格で採算がとれる点まで減少する。その時,他の生産要素がエネルギー投入の減少を十分代替しうるだけ増えれば生産能力のレベルは下がらないが,このことは少くとも短期的には期待できない。それは一つには短期的には,代替すべき他の生産要素の供給可能量が限られているからであり,また一つには,エネルギー投入を減らし,他の生産要素の投入を増やして生産を一定に保とうとすれば,他の生産要素の限界生産性は,既存の技術体系の中では低下してしまうため,供給が増加しない可能性があるためである。
また生産要素の代替率は産業部門ごとに異なる。エネルギーを他の生産要素で代替することが技術的に困難な産業ほど,エネルギー投入の減少が生産能力の低下につながる度合が大きい。いわゆるエネルギー多消費型産業や素材型産業の操業度が大きく落ち込むのはこうした原因による。
次にエネルギー価格が上昇した場合の中長期的な潜在成長力の変化について考えてみよう。中長期的という意味は,短期的な場合と異なって,他の生産要素との代替が進み,生産要素間の技術的な結合関係に変化が生じることを意味する。その場合経済は各生産要素の新しい相対価格の体系(その中ではいうまでもなくエネルギーの相対価格が上昇している)及び製品の相対価格の変化に伴う需要構造のシフトを前提とし,それに最も適合した新しい成長経路を選択することになる。
したがって,中長期的な潜在成長力がどうなるかは,①他の生産要素,とくに資本と技術によるエネルギー代替がどれだけ急速に進むか,②新しい生産要素の価格体系の下で,どれだけの技術進歩を期待しうるか,③またその成長経路における国際的な比較優位が動態的にみてどのようなものであるか,によって決まってくる。後に述べるように日本経済は,こうした観点からみてこれまでのところ相対的に有利な条件を有していたといってよい。
まず,従来の日本経済の成長の中で,エネルギーと他の生産要素がどういう役割を果たしてきたか,また,エネルギー価格の上昇に伴って前述の「短期的な生産可能水準」が需給ギャップの変化がどうであったかをみよう。生産能力の推計については,色々なアプローチがあろうが,以下では一つの試算として,エネルギーを生産要素の一つと考えてマクロの生産関数を推計し,資本,労働,エネルギー,技術進歩等の要因が経済の生産能力にどの程度の寄与を与えたかを検討してみる。
生産要素を完全利用している時には,経済成長率は生産能力の伸び率に一致するはずのものであるが,現実には,経済が常に完全雇用状態にあるとは限らないため,両者の間にギャップが生じる。
したがって 第II-1-34図 に示したように生産能力の伸び率は現実の経済成長率に需給ギャップ率の変化幅を加えたものになる。55年度では,第2次石油危機の影響が顕在化したことにより,生産能力の伸びが低下したことに加え,景気後退の中で需給ギャップが拡大し,現実の成長率は54年度の5.3%から,55年度には3.7%へと低下した。また54年度にはエネルギー価格の上昇予想から,かけ込み生産が行われ,これが55年度の現実の成長率を引き下げる効果をもったと考えられる。
次に各々の要因が生産能力の伸びにどのような影響をもったのかをみてみよう( 第II-1-35図 )。
先には,生産能力の伸び率を実質GNPの伸び率ベースでみたが,以下では,エネルギー投入の成長率への寄与度をみるため,実質GNPに実質エネルギー投入額(50年価格)を加えたものをここでは「実質産出高」と呼称し,生産能力については実質産出高ベースでとらえることとする。ちなみに,実質産出高ベースでみた生産能力の伸び率は,GNPベースのそれとほとんど変らない動きをしている。
まず,生産能力の伸び率と資本,労働,エネルギーの各生産要素との関係をみると,推計期間を通じて,これら諸要素の投入量の変化で説明できるのは,生産能力の伸び率のうち約5~6割である。その他の部分は,技術進歩や産業構造の高度化による経済全体の生産性向上分である。通常これを全要素生産性の向上分という。
35~40年度と40~48年度とを比べてみると,後者の方が,生産能力の伸び率に対する生産要素の投入量の増加の寄与が高まっている。これは35~40年度の時期には,産業構造の高度化が急速に進展し,かつ,海外からの技術導入をてことして技術革新が速いテンポで進められたのに対し,40年代に入ると,産業構造の高度化もテンポがやや鈍化し,また技術革新もそれまでの既存技術の大型化によりスケールメリットを追求するというものに移行していったため,むしろ資本設備を中心とする生産要素の投入量増加の寄与が高まったためと考えられる。
50年代に入ると,生産要素の投入量の伸び及び全要素生産性の伸びの双方が,第1次石油危機後以前に比べて相対的に低下したため,生産能力の伸び率は,低下している。
まず,生産要素の投入の内訳をみると,資本ストックの伸びは,50年代に入り設備投資比率が相対的に低下したため,第1次石油危機後以前に比べて半減しており,これが生産能力の伸び率が50年代に入り低下した第1の要因である。第2に,就業者数の伸びの鈍化を反映して労働投入量は伸びが鈍化した。そして第3により重要なのは,石油危機によりエネルギー価格が大幅に上昇したことである。エネルギー価格は,第1次石油危機以前までは極めて安定しており,他の財と比べて相対価格はむしろ低下し,生産能力の伸び率を引き上げる方向に作用した。ところが51~55年度ではエネルギーの相対価格は,平均年率約10.0%で上昇したため,この間の生産能力の伸び率を年率0.8%程度引き下げる効果をもったとみられる。
特に第1次石油危機後の49,50,51年度において,エネルギーの相対価格は,前年度比で40.1%,6.2%,4.9%上昇したが,これは生産能力の伸び率を各々3.0%,0.5%,0.4%引き下げる効果をもったと試算される。
ここで注意すべき点は,45年度以降52年度までエネルギーの相対価格を除いた他の要因もすべて生産能力の伸び率を低下させる方向に動いていたことである。すなわち,資本ストックの増加率は45年度の14.0%をピークとして52年度の6.4%まで傾向的に低下した。また,後にみるように産業構造の変化による生産性上昇の鈍化や技術進歩の鈍化等を反映して全要素生産性の伸びも低下した。
第2次石油危機の場合には若干様相が異っている。まず,54,55年の両年度にエネルギーの相対価格は,18.0%,37.9%上昇し,これによる生産能力の伸び率へのマイナス効果は,それぞれ1.3%,2.9%程度と試算される。しかし,53年度以降資本ストックの伸びはそれまでの低下傾向に歯止めがかかり,わずかずつではあるが上向く方向にある。さらに,新しい技術革新の進展を反映して全要素生産性の伸びも再び増加している。つまり第1次石油危機の場合には,すべての要因が生産能力の伸び率を低下させる方向に働いたが,第2次石油危機の場合には,エネルギーの相対価格の上昇のみが生産能力の伸び率を引き下げる方向に働いたわけである。
ただし第2次石油危機の場合には第1次石油危機と異なり,ホームメイドインフレが発生せず,石油価格の相対的上昇度はそれだけ強まったこと,また石油価格の引き上げが1年半にわたって段階的に行われたことによって,エネルギーの相対価格のマイナス効果より,かなりの幅で比較的長い期間にわたったと考えられる。56年度についてはデータの制約上確実な結論は得られないが,エネルギーの相対価格の騰勢は56年度に入って小幅化しているとみられ( 第II-1-36表 ),生産能力の伸び率を大きく引き下げる要因とはなっていないとみられる。
ただし,ここで行った計測結果には,主に二つの点で大きな制約がある。その一つは生産関数として用いたものがいわゆるコブ・ダグラス型で,生産要素間の代替の弾力性を1と仮定しており,現実の代替関係を十分には追跡していないことである。いま一つは,資本の稼動率として過去の実績から想定したものを用いているため,エネルギー価格の上昇で経済的効率性を失った部分がどれだけあるかについては的確な判断が入っていないことである。とくに第2の要因のため,石油価格上昇後の生産能力の伸び率は過大に評価されているおそれがあり,また,需給ギャップについても計測上の限界が残ることは否めない。
次に,生産能力の伸び率のうち,生産要素の投入量の伸びによらない部分,すなわち全要素生産性の向上は,技術革新による個別産業の生産性の向上や産業構造の変化による経済全体の効率化によるものであるが,仮にこれをすべて技術進歩のみによるものとみなし,これと国内の研究開発投資及び海外からの技術導入との関係を試算してみると( 第II-1-37図 ),技術進歩のテンポは40年代に入って鈍化しているが,これは国内の研究開発投資及び海外からの技術導入がレベル自体は高かったものの,30年代に比べてその増勢を鈍化させたためである。また,国内の研究開発投資の伸びは50年代に入ってもほとんど変化していないが,海外からの技術導入は減少しているため,技術進歩のテンポが鈍化している。50年代に入ってからは,技術進歩に対する導入技術の寄与はほとんど消滅し,もっぱら国内の研究開発投資によって技術進歩が果たされているといえる。
まず第一に,先に触れたような新しい成長経路へのシフトが,日本経済の場合いかに行われつつあるかをみよう。
日本経済は第1次石油危機までは,極めてエネルギー多消費型の産業構造を有していた。しかし49年以降の省エネルギー化はとくに産業部門で目覚ましく進み,そのテンポは他国に例をみない程である。このため,第2次石油危機に際しても,エネルギー価格の一層の上昇に対して,それに対応しうるための準備がかなりできてきたといってよい。さらに第2次石油危機を迎えた54,55年には,エネルギー多消費部門での省エネルギー投資,及び代替エネルギー投資が集中的に行われた。その代表的な例は鉄鋼業における連鋳比率の上昇とオイルレス製鋼の推進,セメント業におけるNSPキルン化率の上昇,電力業の代替エネルギー投資等である。
こうした日本経済の動きに対して,たとえばアメリカでは,第1次石油危機以後低エネルギー価格政策をとったことも大きく影響して,エネルギー多消費型の経済体質が是正されなかった。このことは第2次石油危機に際してアメリカ経済の対応を一層困難なものにしたといえよう。
日本経済の場合,エネルギー価格上昇に対する他の生産要素の代替は,二つの経路を通じて進められている。その第一は 第II-1-38図 にみるように,各産業部門の内部で,エネルギーから資本への代替が大きく起っていることである。これはいうまでもなく,省エネルギー投資による資本への代替を示しているがそれが可能にした条件としては,省エネルギー型の技術開発と,より付加価値の高い省エネルギー型製品へのシフトがある。まだその第2は,産業構造の面ではエネルギー集約型から技術集約型への移行が顕著であることである。これは 第II-1-39図 からもうかがえよう。このように,各産業部門ではエネルギーから資本ヘ,産業構造としてはエネルギーから技術へという生産要素の代替が進んだとみてよい。こういう形で日本経済全体として生産要素の代替が進み,かなり急速に新しい価格の体系への適応を進めたということができよう。
産業構造の変化は,30年代及び40年代前半においては低生産性部門の比重を減少させ高生産性部門へと生産構造をシフトさせることにより,経済成長に寄与して来た。45~48年の間をみても,実質生産高はこの間に年率8.1%の伸びを示しているが,このうち1.4%は産業構造の変化によるものと試算される( 第II-1-40図 )。ところが50~55年でみると,実質生産高は年率5.1%で増加しているが,これは各産業における生産性の向上及び就業者の増加によるものであって,産業構造の変化による寄与はわずかなプラスにとどまっている。さらに,これを非農林水産業に限ると,産業構造の変化によって実質生産高の伸びは0.5%程度引き上げられたことになる。これは,生産性上昇率の高い製造業のウエイト(就業者比率)が低下した反面,生産性上昇率が相対的に小さかった第3次産業のウエイトが高まったためである。もっとも,現在,製造業の内部ではメカトロニクス型の技術革新等により,先に見たように技術集約的な加工型産業部門へのシフトする形の構造変化が生じている。しかし経済全体としては第3次産業の拡大が生産性上昇のテンポを鈍化させていることは否めない。
55年現在で第3次産業のウエイトは生産額でみて53.3%,就業者数では60.0%となっており,今後も着実な拡大が見込まれている。第3次産業は,従来,生産性の向上が相対的に困難であっただけに,今後とも資本装備を高め新技術の導入を促進するなどにより,生産性の向上を図っていく必要がある。
以上においては,2回の石油危機が,わが国経済の生産能力に与えたインパクト及び新しい成長経路へのシフトの状況をみた。
今後,わが国経済がどのような成長を果たしていくかは,どのような成長経路が存在するか,また,その経路の上でどのような成長が果たされるかにかかっている。こうした中長期的な問題について正確な判断や予測を行うためには,今後,資本や労働等の生産要素がどのような質と量をもって供給されていくか,また,技術体系がどのように変化,発展していくかを十分把握する必要がある。したがって,これらの成長の諸要因について,その現状及びその中に含まれる将来の動向の萠芽を正しく評価することによって,今後のわが国経済の成長力を考える際の一助としたいと考える。
既に,資本要素については,本章第2節,第3節において検討したところであるが,以下の第6節及び第7節では,わが国の労働供給及び技術水準ないし技術開発力について検討することとする。