昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
第II部 政策選択のための構造的基礎条件
第1章 日本経済のバランスと成長力
今後,わが国の労働市場をとりまく環境は大きく変化していくと考えられる。労働力供給の面からみればその第1の要因は,人口の年齢構成の変化に伴う労働力の中高年齢化であり,第2は,高学歴人口の増加,第3は,女性の職場進出への増加であろう。これらに対して企業がどのように対応しているかが一つの問題である。さらには,現在,加工型産業や事務処理部門に急速に普及しつつあるエレクトロニクスを中心とした技術革新が雇用に及ぼす影響は今のところ大きくないとみられるが,これについても検討しておく必要があろう。
わが国の労働力率は昭和30年の67.3%から50年の64.2%へと傾向的に低下したあと,55年には63.9%と横ばいになった。50年以前の労働力率の低下は,若年層の進学率の上昇及び農家世帯や自営業世帯の減少に伴って女子労働率が低下したことを主因としたものである。ところが,50年代に入ると基調に変化がみられる。すなわち,進学率の上昇に頭打ちの傾向が生じ,また自営業世帯の減少スピードにも鈍化傾向がみられるなど,労働力率を低下させる要因が相対的に縮小している。他方,勤労者世帯の主婦の職場進出を中心として若・中年層の女子の労働力率が高まっている。こうした中で,全体としては労働力率の低下に歯止めがかかったのである。
こうした傾向は特に雇用者において著しい。わが国の女子労働者は55年現在で就業者全体の37.9%,雇用者全体では33.9%を占めているが,50年代に入ってからの女子労働力の増加には著しいものがあり,その主因は女子の雇用者の増加である。50年と55年と比較するとこの間に雇用者全体として324.7万人の増加となっているが,このうちの54.4%は女子雇用者の増加である。こうした女子雇用者の増加の要因を労働力の需給両面からみてみると,まず需要側の要因としては,雇用者に占める女子の比率が相対的に高い第3次産業などで雇用者が増加していること及び雇用者全体に占める女子の比率が上昇していることが挙げられる。ちなみに全産業の雇用者に占める女子の比率は50年の32.2%から1.8ポイント上昇して55年には33.9%となっているが,これは,女子雇用者の比率が相対的に高い産業のシェアが増加したこと,またそうした産業での女子雇用者比率が高まったことによるものである( 第II-1-41表 )。
また供給側から50年以降の女子労働力の増加の主流となった非農林業就業者の動向をみると,30歳から50歳にかけての就業者の増加が著しい。これらのほとんどは家庭の主婦であるが,特徴的なことは,各世代とも年齢が高まるにつれて,また世代が新しくなるにつれて,職場進出をより積極化するという動きがみられることである( 第II-1-42図 )。しかも,これらの年齢層では現に就職していない者の約半数以上が就業を希望しており,女子の職場進出の意欲は見かけ以上に高いといえる。
こうした背景には,主婦の家事,育児負担の減少や高学歴化に伴う就業意識の高まりなどがあるとみられ,その就業意欲は従来のような家族労働者としての労働力の提供や家計補助といったものに加えて,社会参加意識の高まりなど,より自律的な要因に支えられたものもあるといえる。
以上のように,女子の職場進出の増加は女子を多く雇用する産業のシェアの拡大といった需要側の要因と,就労意欲の高まりといった供給側の要因が一致した結果生じたものである。しかし,経済全体の効率性からみると,次の点には留意すべきである。すなわち,高度成長期においては,より生産性の高い産業のシェアが増加する形で,就業者全体の増加及び就業者の産業間比率の変化が生じてきた。しかし50年代に入ってからの女子雇用者比率の上昇は,女子比率の高い産業の雇用者のシェアが増加したこともあるが,これらの産業での雇用者のシェアの拡大は,労働生産性の上昇が相対的に低いことによっている点も寄与している( 第II-1-43表 )。これは,女子比率の高い産業が,第3次産業に多く,これらの産業ではその事業の特性から生産性を上昇させにくいこと等が影響しているとみられる。
最近の労働力(雇用者数)の年齢構成をみると,男子の場合,非農林業においては45歳以上の者の比率が40年には21.6%であったものが,56年には32.4%にまで上昇してきており,さらに,55歳以上の者の比率も上昇している( 第II-1-44図 )。こうした労働力の中高年齢化は,人口の年齢構成自体が中高年齢化していること等の反映である。
では労働力の中高年齢化は,わが国経済にどのような影響を及ぼしつつあるのだろうか。まず,企業の側からすれば,中高年齢層の比率が高まることによって,定年退職者が従米に比べて増加するため,人事計画上問題を生じやすいこと及び退職金の負担が増加するなどの問題がある。また現在の労働力人口の年齢構成のシフトは,定年年齢よりも低い年齢においても中高年齢層の増加傾向が強まっている点に特徴があり,わが国の雇用慣行の面でも問題を生じている。
わが国の雇用慣行の1つの特徴として大企業を中心とした終身雇用制の存在が挙げられるが,雇用者の年齢別勤続年数をみると年齢が高まるにつれて勤続年数が長くなる傾向があり45年と55年の間でも特に中高年齢層において顕著な増加がみられる( 第II-1-45図 )。そもそも中高年齢層が転職する場合には,賃金等の労働条件が,若年層に比して悪化する度合が強いが,最近では特に中高年齢層に不利化している( 第II-1-46図 )。これは過去に比べて中高年齢層の労働需給がより緩和の状況になっていることによると考えられるが,この面からも雇用者が一つの企業にできるだけ定年までは勤務したいという意向を強めているとみられる。
ところが,終身雇用制の下での雇用者の中高年齢化に対する企業の対応をみると以下の諸点が指摘できる。
第1は,従米の年功序列的昇進システムの修正である。 第II-1-47図 をみると,雇用者の年齢が高まるにつれ管理的職種へとシフトしており,年功序列的昇進システム自体はなお健在といえるが,係長や課長への昇進年齢は5年前に比べて顕著に上昇しており,昇進スピードは鈍化している( 第II-1-48表 )。
また他方,大企業を中心に現行の賃金体系を見直す動きがみられる。労働省「雇用管理調査(昭和56年)」によってみると,高齢化に伴う人事管理制度改定の一環として賃金体系の見直しをあげた企業は5,000人以上規模では34.6%,1,000~4,999人規模では23.1%(いずれも事務・管理部門の結果)である。
こうしたなかで,労働者は,これまでのようなテンポでの昇進や賃金の上昇を望めなくなって来ている。
第2は,年功序列的賃金体系の下での賃金負担の増加及びポスト不足に対して,高齢者の処遇の見直しが行われていることである。
定年制を導入している企業は,56年で全企業の約8割を占めている。この比率は大企業ではほぼ100%となっているが,反面,大企業では,早期退職優遇制度を定めている企業も比較的多い。
一方,定年退職予定者に対しては,再雇用・勤務延長措置をとっている企業は定年制を定めている企業の約9割に達しているがその実施に当たっては,「賃金の扱いを特別にする」などの労働条件の引き下げを併用しているものが多い。
こうした日本型雇用慣行の変化は,単に労働力の中高年齢化によってのみ,もたらされているのではなく,労働力の高学歴化とも密接に関係している。高等教育機関への進学率は,35年の10.3%から,55年の37.9%へと急速に上昇してきたが,最近では,ほぼ横ばいで推移している。しかし今までの進学率の高い伸びを反映して,労働力においては今後は中高年齢層までに高学歴者の比率が高まっていくと予想されている。経済企画庁総合計画局の推計によれば,たとえば20歳以上の男子のうち高学歴者の占める比率は,55年の20.8%から,65年には25.5%,75年には29.7%へと高まるとされている。
一般的に言えば,労働力の高学歴化は,それだけ質の高い労働力が豊富に供給されるようになることであり,技術革新や市場開発に対する企業の経営基盤の充実に役立とう。またこれまでこうした人材が不足がちであった中小企業でも,採用が容易になるというメリットもある。
しかしながら,従米,大卒者が就くことが比較的少なかった職種への就業もこのところ増加している。
さらに,先にみたように,労働力の中高年齢化が進展するなかで,年功序列的雇用慣行にも修正が加わりはじめている。したがって,高学歴者の企業内での地位や賃金面での処遇は,従来に比べて相対的に低下していくと考えられる。
以上みたような労働供給の変化が今後どのような影響を与えるかについて検討する。
まず,女子労働力比率の上昇については,その就職の動機が従来に比べてより自律的なものであること,高学歴化の一つの表われであること,などからみて,より質の高い労働力として評価しうる面もある。しかしながら,女子雇用の増加の多くはパート等の形態で占められており,基幹労働力化しておらず,また生産性の伸びの相対的に低い産業への就業が目立っている。
従米,わが国の企業では企業内の業務を通じての労働者の訓練により,労働力の質を高めていく傾向が強かった。しかし,第1次石油危機以降の雇用調整の過程で,企業は基幹労働者の雇用に慎重な姿勢をとるようになった一方で,技術革新によって軽作業化が進展する部門もあることなどから女子のパートタイマーを選好する傾向が出てくることもあると考えられる。しかし,このような技術水準の向上を図っていくという行動に裏打ちされた場合ではなく女子労働力の増加を企業が相対的に賃金が低く,雇用調整が容易な労働力として評価する面もあることには注意すべきであろう。
第2には,労働力の中高年齢化の中で,労働力の技術革新への対応力が減じるとの懸念もあるが,むしろより問題なのは,従来の企業の人事体制が中高年齢層の増加に対応できず,企業内でのこれらの層の能力活用がポスト不足という制度的要因のために阻害される傾向がみられることであろう。こうした点では専門職制度の活用等の人事政策面での措置が必要であろう。
第3には,労働者の勤労観の問題である。労働力の中高年齢化及び高学歴化に対する企業の対応が雇用者にとっては,企業に対して従来期待していた処遇条件が相対的に低下していくという印象を与えることは否めない。従来,わが国の労働者は「諸外国に比べて企業への忠誠心やモラールが高いとされてきた( 第II-1-49表 )。特に大企業のホワイトカラーでは,企業内での地位が労働者個人の社会的評価につながりやすいことや昇進の過程で年功序列的賃金体系の中でもかなりの賃金格差が生じることから,労働者間で昇進やポスト移動の過程で激しい競争が行われる傾向がある。こうしたことも,労働者の勤労インセンティブを高めてきた要因であった。
しかし,昇進スピードの鈍化や年功序列的賃金体系が修正されることに加え,若年層を中心に労働に対する価値観の変化等により,こうした労働者の勤労観にもある程度変化が生じると考えられる。経済企画庁「新しい効率経営と技術開発に挑戦する企業戦略に関する調査」(以下「企業アンケート調査」という。)によれば,企業への忠誠心について先行きを懸念する企業も出てきている。しかしながら,その比率は約14%であり,またモラール,教育水準,自己向上努力等の面については,先行きを懸念する企業はほとんどなく,当面,わが国企業の労働力の質は確保されていくとみている。
最後に,第7節との関連で労働者の技術革新に対する受容性について検討してみよう。
わが国の労働生産性の伸びが欧米諸国に比して比較的高い伸びを維持してきたのは,企業が技術革新に積極的であつたことが大きいが,その背景として労働者が技術革新の受入れに対して柔軟であったことが指摘できる。
しかし,現在の産業用ロボットやオフィス・オートメーションに代表される技術革新は,経済の成長率が比較的低いなかで生じているものであり,また大きな省力化効果をもっているため,これら技術の導入が雇用の削減をもたらす可能性を指摘するむきもある。しかし結論を先にすれば,少なくとも現状では,そうした懸念は当たらず,また労働者の新技術への拒否反応も生じていないといえる。
第II-1-50表 をみると,NC(数値制御)工作機械を導入した企業としなかった企業の間で雇用の増減にほとんど差がなく,むしろNC工作機械の導入企業の方が雇用が増加している。
これは,新技術の導入が人減らしを目的に導入されているというよりは,むしろ生産性の向上,品質の向上,労働環境の改善を目指したものであること。さらに,また技能労働者の不足への対応という側面も有しており,特に中小企業においてはその性格が強いためと考えられる( 第II-1-51図 )。
さらに,新技術の導入に際しては,省力化で当該部門の労働者を減らす場合にも,多くは他部門への配置転換によっており,雇用調整のケースはわずかである( 第II-1-52表① )。それよりもむしろ,事業所内での職業訓練等を実施して当該部門での技術者又は技能工を内部で調達するものが多い。このように現在のところ,産業用ロボット,NC工作機械,オフィス・オートメーション(OA)の導入が深刻な雇用問題を生じているとはみられない。またこうした事情もあって,労働者のロボットやOAの導入に対する反応も拒否的ではなく,半数の者は導入に対しで積極的である( 第II-1-52表② )。しかしながら中長期的には現在の技術革新が狭い意味での生産・事務システムの効率化にとどまらず,企業経営全体に影響を及ぼしてくると考えられ,その際には雇用面でもいくつかの問題が生じる可能性がある。
第1には産業用ロボットやOAの導入が普及し生産工程を変化させていく過程で既存職種の労働者の職種転換,配置転換がかなり大幅なものになる可能性がある。その場合,雇用に対する労働者の不安が高まることも予想されるので,企業としては.新技術導入の意義を労働者に説明し,理解を求めるとともに,生産性向上分を,労働者の経済的処遇・労働条件の改善等の形で労働者に還元していく必要も出てこよう。
第2には,職種転換,配置転換に伴い労働者の流動性を高めるために,これまで以上に教育訓練を拡充していかねばならないことである。特に,産業用ロボットやOAでは個々の企業の業務に適したソフト技術の果す役割が大きいことから,自社の生産システムを効率的に作動させるための技術者の養成の必要性が高まろう。
第3には,これとは逆に技術革新が急速な場合には配置転換や教育訓練に適応できない部分が生じ,企業内での過剰雇用や失業の問題が生じる可能性も考えられるが,むしろ個々の企業での生産性向上努力が,経済の活力を高め,雇用機会の拡大を図っていく方向で解決の途を求めていくべきであろう。