昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
第II部 政策選択のための構造的基礎条件
第1章 日本経済のバランスと成長力
以上みてきたように,ここ数年については個人貯蓄率が高水準で推移し,一方で設備投資比率がこれ以上高まらないとすると,民間部門の貯蓄超過は容易に解消しないとの見方もできる。
もっとも,やや長い目でみると,現在の民間部門の貯蓄超過,財政赤字といったバランスをあまり固定的に考えるのは適当ではない。すなわち,民間部門と政府部門との貯蓄・投資バランスとの間には,経済の持続的な成長を前提としつつ,行政改革等を通じて財政赤字を地道に縮小していけば,次のような代替効果がある程度働くことが期待されるからである。
第1に,歳出削減に伴う国債発行の減少から,長期金利の低下が見込まれるため,民間需要が増大する可能性(いわゆるクラウディング・イン効果)を指摘できる。
第2は,財政支出の中には,民間支出を代替しているものが少なくないため,歳出削減は必ずしも需要全体の低下にはつながらないとみられることである。
しかし,民間部門の貯蓄超過が構造的である場合には,所得を一定に維持しようとすれば,海外部門に対する黒字が政府部門の投資超過がもたらされることになる。つまり,内需拡大と財政の均衡化という二つの目標が相互に相反する作用をする可能性もある。こうした観点から行政改革等を通じて財政バランスの改善を進めるとともに,こうした貯蓄超過を何らかの形で有効に活用していくことが大切である。第1節でみたとおり,欧米での経済パフォーマンス悪化には,個人貯蓄率の低さが影響している面がある。わが国にとっても,他山の石とすべき点は少なくないのである。
こうした民間部門の貯蓄超過については,都市再開発,住宅環境改善投資等いわゆる生活関連の社会資本の充実を含め,民間内で吸収する方策が考えられる。
まず,民間内で新たな投資機会の高まりが指摘できる。具体的には,①メカトロニクスを体化した新鋭投資,②第3章でみるように,国際分業の変化に対応した高付加価値産業への転換投資,③代替エネルギーや先端技術の研究開発(R&D)関連投資,等である。
次に,更新投資需要の堀り起しが挙げられよう。最近,わが国においても資本ストックの平均年齢の上昇が目立っている。国際競争力維持の観点から,資本設備の新鋭度を保つ必要性は,先にみたとおりである。仮に,前期並みの資本ストックの平均年齢を維持するのに必要な設備投資比率を試算すると,現状よりは2ポイント程度高いことがわかる( 第II-1-33図 )。ただし,問題は2度の石油ショックを経て,現実にはかなりの償却不足が生じていることは見逃せない。40年代前半までに投資された鉄鋼,化学等の大型プラントが更新期を迎えていることを勘案すると,景気全体の浮揚,有効な設備投資促進策,設備資金の円滑な誘導等により,更新投資需要を顕在化することが可能であろう。このように貯蓄を効率的に生産的投資に結びつけていくことは基本的に重要であろう。ただし,今後も限界資本係数がさほど下昇しないとすれば,その限りにおいては民間設備投資のGNP比率を現在より引き上げる余地は小さいとも考えられる。
このようにして,高い貯蓄源泉と効率的な投資活動を維持しつつ,長期的に民間部門の貯蓄投資のバランスを均衡化させていくことが必要であり,これはひいては政府部門の均衡を維持するための基礎条件ともなるであろう。なお社会資本投資の問題については,第2章でさらに検討する。
先にみたように,潜在的投資機会は少なくない。問題は,不確実性が底流している中で,これらが自律的に顕在化できるかどうかにある。この場合,金融面でも高貯蓄が効率的に使われるように,金融システムのより効率的な利用が可能となるよう,その強化改善を図る必要性は大きい。
従来,個人貯蓄の大半は,銀行預金,郵貯等規制金利商品の形態をとってきた。これが,銀行を軸とするいわゆる間接金融方式を通じて産業資金として活用され,設備投資主導型の高成長を可能とした。
しかし,最近においては,第I部第3章でみたように,金融の自由化進展,為替取引の原則自由化等により,企業,金融機関の資金調達,運用面に大きな変化が生じつつある。例えば,企業の資金調達をみると,近年,銀行貸出のウエイトが相対的に低下する一方,時価発行増資,外債,短期インパクト・ローン等証券市場や海外市場を通ずる調達の割合が高まっていることが特徴的である。また,個人部門においても,近年金利選好の高まりがみられ,これが金利局面いかんによっては金融資産間の資金シフトを引き起す可能性も出てきている。
このように,従来の間接金融を軸とした産業資金の供給システムは,金融自由化等の影響を受けて徐々に変容しつつある。それでは,金融システムが今後とも貯蓄を有効に吸収し,効率的に投資につなげていく条件は何であろうか。現在進められている金融自由化もこうした産業資金供給の効率化を損なうものであってはならない。
こうした観点から,金融自由化と産業資金供給のあり方について考えてみよう。
第1は,金融自由化を進めていく段階で,経済の実態や市場実勢に応じた金利形成の円滑化を図ることである。このためには,資金の出し手である各種金融機関と資金の取り手である企業とがそれぞれの資産選択に応じて自由な金利裁定取引を行えることが条件となる。
第2は,金利乱高下を回避するということである。すなわち,金利の乱高下は不確実性を増し,企業の円滑な資金調達を阻害するおそれがある。また,この場合,企業の資産選択が短期の金融資産運用に傾斜すると,設備投資等実物投資が停滞する可能性も否定できない。こうした金利乱高下が起こるかどうかは,アメリカの例をみても明らかなように,通貨当局の政策運営のスタンスないしは通貨当局に対する信頼度にも依存する。例えば,マネーサプライの管理に当っては,アメリカのように極めて短かいレンジで厳格に行うとどうしても金利変動は大きくなりやすいため,もう少し長いレンジで対応していくことが望ましいと考えられる。
第3は,個人貯蓄を産業資金に円滑に誘導するためには,金融資産間での大規模な資金シフトが発生し,金融秩序を混乱に陥れるような事態は回避する必要がある。このため,預貯金金利については,今後とも金融情勢に応じて変更していく必要がある。
第4は,金融自由化は,競争促進を通じて金融機関経営の効率化を要請するものとなろう。このためには,各種金融機関が経営の自己責任原則のもと,自由な競争を行なえる環境作りが必要と考えられる。本年4月に施行された新銀行法はこうした観点に沿うものといえよう。
今後の金融自由化の進め方については,以上の点に留意していくことが肝要である。加えて,インフレが高進し,期待インフレ率の上昇等により市場金利に恒常的上昇圧力がかかるといった事態は避けなければならない。