昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第II部 政策選択のための構造的基礎条件

第1章 日本経済のバランスと成長力

第3節 日本産業の設備投資行動

第2節でみたように,わが国の貯蓄率は,今後しばらくの間は高水準を持続するものと考えられる。こうした高貯蓄率をいかにして活用していくかが,安定成長下における日本経済の大きな課題といえよう。この場合,設備投資は,長い目でみた経済のファンダメンタルズを支える基盤であるだけに,その重要性は,今日においてもいささかも失なわれていない。

2度の石油危機を経た現在,日本産業の設備投資行動は高度成長期と比べどのように変容しているのか,また国際的にみて依然ダイナミズムを有しているといえるのか,さらには,今後の投資機会をどう考えるか,等検討すべき課題は多い。

こうした観点から,日本産業の設備投資行動の中長期的位置付けを試みてみよう。

1. 設備投資行動の国際比較

高度成長期における日本産業の設備投資行動は,欧米先進国に比し,よりダイナミックな要素を有していた。それは,①資本ストックの調整速度が速い,②期待利潤率が高い,③設備投資が生産性の上昇に有効に結びついていた,といった面に現われていたといえよう。欧米先進国との相対関係でみた場合,石油危機後も依然として日本産業の設備投資行動はダイナミズムを失っていないといえるであろうか。また,資本設備の効率性ないし新鋭度などの面で,優位性を維持できているのであろうか。

以下では,こうした点につき,順次みでいくことにしよう。

(資本ストックの調整速度)

企業は,先行きの需要見通しをもとに,望ましい資本ストックと現実の資本ストックとの差を調整するため,毎期の設備投資を行っていく。実際,望ましい資本ストックと現実の資本ストックとの間に乖離が生じた時,そのギャップを埋めるにはある程度の期間を必要とするであろう。この場合,その調整速度が速ければ速いほど次の投資機会への対応力が高まるわけであり,設備投資行動はダイナミックな様相を帯びてくると考えられる。ここで,日本,アメリカ,西ドイツ,イギリスの4か国につき,調整速度の計測を試みてみよう( 第II-1-21表 )。これによると,わが国における調整速度は,石油危機前の期間では3年強と他の先進国に比し,格段に速かったことが特徴的である。これを最近時点まで延長して計測すると,日本及びアメリカで調整期間が長期化している一方,西ドイツではあまり変化はみられない。それでも,わが国は西ドイツ並みの調整速度を維持しており,アメリカよりは依然速い。なお,イギリスについては,設備投資自体が長期にわたって停滞気味とあって,ストック調整のメカニズムは余り働いていない。

わが国で調整期間が長期化したのは,石油危機を契機とする期待成長率の下方屈折によるところが大きいと考えられる。

(相対的に高い日本の投資収益率)

わが国の資本ストック利益率(稼働率,在庫品評価調整後,実質べース)は,第1次石油危機を境に従来の20%台から10%台へ大幅低下をみた。これに対し,西ドイツ,イギリスの低下は軽微であり,アメリカについては,ほとんど変化はみられないということが特徴的である。もっとも,石油危機後も,日本の投資収益率は他の先進国に比べると,相対的に高い水準を維持している( 第II-1-22図 )。これには,わが国の企業が一段のコスト削減を図るべく,省エネ,省力化等合理化投資に積極的に取り組んできたことも寄与している。

また,わが国の場合,石油危機後,(1)投資財の一般物価に対する相対価格の下落が他国に比べ大きいこと,(2)石油危機に伴う需要構造の変化や石油多消費型産業における設備の実質陳腐化等から経済的に意昧のない遊休資本ストックが発生したこと,などを勘案すると,企業の実質的な投資収益率の低下は,より小さいとも考えられる。

(資本装備率の上昇と生産性)

資本装備率(就業者1人当りの資本ストック)の上昇がどの程度労働生産性の向上に寄与するかは,設備投資の効率性を測る一つの目安となろう。この場合,技術進歩が高いほど,一定の資本装備率の上昇に対する労働生産性の上昇は大きくなると考えられる。

第II-1-23表 労働生産性上昇率と資本設備率上昇率の国際比較(製造業)

わが国の製造業における資本装備率は,62年~73年平均10.7%,74年~80年同6.9%と石油危機の前後を問わず,他の先進国に比べより高い伸びを示している。これが,労働生産性の上昇に結びつく度合い(弾性値)は,景気局面の変化に伴う稼働率の振れにも左右されるが,第1次石油危機前では最も高く,74年~80年の期間でも西独についで高い。これには,わが国の場合,技術進歩率が相対的に高いことに加え,以下のように,労働面でのパフォーマンスがすぐれていることも寄与していると考えられる。すなわち,第1に,わが国においては労使関係が安定していることに加え,労働者の士気が高いことが挙げられる。第2に,効率的な企業内教育もあり,労働者の技能習得度が高いほか,労働者の自主的な品質管理運動(QC運動)が盛行をみているという点も見逃せない。こうしたことから,わが国では労働面において変化への適応力が高く,労働生産性の伸びは,主要国では最も高い伸びを示している。

この間,イギリスでは,資本装備率が比較的高い伸びを示しているにもかかわらず,資本係数の急上昇から石油危機後は生産性の向上が足踏み状態となっている( 第II-1-23表 )。

(資本設備の効率性と平均年齢)

まず,資本ストックと生産能力との技術的関係を示す資本係数(稼働率調整後)の動きを製造業について比較してみよう( 第II-1-24図 )。これによると,第1次石油危機後,イギリスで急上昇しているほか,西ドイツ,アメリカでも緩やかな上昇傾向を示している。こうした背景としては,生産能力増に直結しない公害防止投資等のウエイト増大や研究開発投資(R&D)の伸び悩み,等技術革新の停滞などが指摘される。これに対し,わが国では,40年代後半まで上昇傾向を辿ったが,50年以降は逆に緩やかに低下しているという対照的な姿となっている。

次に,資本の新鋭度を表わす資本ストックの平均年齢をみてみよう( 第II-1-25図 )。40年代のわが国では,7年程度と,西ドイツの9年強,アメリカの10年程度,イギリスの11年強に比ベ格段に若かったことが特徴的である。これは,高度成長期における旺盛な設備投資活動を反映したものである。

一方,第1次石油危機後は,ストック調整の長期化からわが国においても平均年齢が上昇に転じており,55年には8.6年と40年代初めの水準に戻っている。もっとも,西ドイツ,イギリスでも資本ストックの高齢化が進んでおり,わが国との格差は縮小していない。ここで,注目しなければならないのは,アメリカの平均年齢が50年代に入って緩やかに低下してきており,最近では9年強とわが国に接近している点である。アメリカの資本ストックが若返っているのは,①インフレの高進や不確実性の高まりから長期にわたる投資リスクを回避すべく,耐用年数の短かい機械設備への投資比率が高まっていること,②米国企業の間では,設備投資に関する制度改正(定率法での償却範囲の拡大,償却期間の短縮)及び投資減税のメリットを追求する動きがみられ,設備投資増につながっていること,などの事情によるものと考えられる。いずれにせよ,国際競争力維持の観点からは,欧米先進国に対し設備の新鋭度の面でも優位性を維持していく努力は今後も怠れないところであろう。

以上みてきたように,日本産業の設備投資行動は,高度成長期はいうに及ばず,石油危機後においても,他の主要国に比べればなおダイナミックな側面を有しているといえるであろう。また,資本の効率性や資本ストックの平均年齢といった面でもわが国は相対的優位性を失なってはいない。但し,40年代までに比ベれば,わが国と主要国との格差は縮小してきている。

2. わが国における設備投資比率と資本係数の動向

(設備投資比率は高位安定)

わが国における設備投資比率(対GNP)の推移をみると,景気循環につれて大きな変動を伴いつつも,趨勢的上昇傾向を示し,45年には20%程度まで達した。その後,第1次石油危機を経て52年頃までは低下をみたが,53年以降は再び緩やかな上昇を示しており,最近では17%程度となっている。また,最近の特色としては,設備投資比率の振れが高度成長期に比ベ小さくなっていることが挙げられる( 第II-1-26図 )。

石油危機後の成長減速にもかかわらず,設備投資比率が比較的高位安定を維持しているのは,何故であろうか。

まず,需要面では,石油危機後,①企業の期待成長率が下方屈折したあと,概ね安定的に推移していること,②省エネ,省力化等景気変動の影響をあまり受けない独立的投資誘因が根強いこと,③減量経営を経て,企業の収益基盤が強化されたこと,などの背景が考えられる。

第II-1-27図 能力ベースの資本係数の動向

次に,生産技術的側面からみると,40年代央以降上昇に転じた資本係数が第1次石油危機を経て一段高となったあと,比較的落着いた動きを続けていることによる面が大きい。

(資本係数の動向)

いま,GNPベースの平均資本係数(能力ベース)の動きをみると,40年代初めまではほぼ安定的に推移してきた。これは,技術革新を体化した大型設備投資の盛行がスケール・メリットの顕現もあって資本装備率の上昇に見合う労働生産性の向上をもたらしたためである。ところが,労働コストの割高化に伴う労働代替投資や環境規制の強化を反映した公害防止投資のウエイトが増大するにつれ,平均資本係数も40年代央以降上昇に転じた。こうした中で,第1次石油危機の到来は,資本係数の上昇に拍車をかけることとなった。

これは,後でみるように石油価格の急上昇に伴い生産能力の増加テンポが鈍化したため,限界資本係数が急上昇したことによるものである( 第II-1-27図 )。このように,経済全体の資本係数は,40年代後半以降急ピッチの上昇を示したが,50年以降は緩やかな上昇にとどまっている。これは,電力を中心とする非製造業の資本係数上昇を製造業の資本係数低下がかなり相殺しているためである( 第II-1-28図 )。

ここで,製造業の資本係数を業種別にみると(稼働率調整後),50年以降一次金属,繊維,化学といった素材型業種の低下が顕著なほか,電気機械等加工型業種でも総じて低下ないし安定的推移を示している( 第II-1-29図 )。さらに,製造業のウエイト自体が50年代に入って幾分上昇していることを勘案すると,こうした製造業における資本係数の低下傾向は,全体の資本係数の上昇をかなり抑制しているといえるだろう。それでは,製造業の資本係数がこのところ低下気味となっている背景は何か。

まず,第1は,40年代央までは25~30%程度で比較的安定的に推移してきた更新投資比率が48年から51年にかけて40%を超える水準まで急上昇し,その後も高水準を続けていることである。すなわち,更新投資は,基本的には設備除却分のリプレースであり,資本ストックの増加には必らずしも結びつかない。反面,更新投資の動機をみると,生産能力の増強や新技術の体化を目的とするものが多いことがわかる。これは,更新投資は結果的に生産能力の増加につながるケースが多いことを示唆している。このため,旧設備の除却を伴う更新投資の増加は,資本係数の低下を促す。なお,更新投資のウエイト増大は,先に触れたように,資本ストックの平均年齢が高くなっていることを反映したものであり,今後も更新投資の潜在需要は根強いと考えられる。

第2は相対的に資本係数の水準が低い加工型産業の生産額ウエイトが高まっていることである。因みに,電気機械,輸送機械,一般機械3業種の実質生産額が製造業全体のそれに占める割合は,40年代後半の30%程度から55年には42%まで高まっている。これは,産業構造の観点からは,資本集約型の素材型産業から新しい技術革新を体化した技術集約型の加工型産業へのシフトとしてとらえられるであろう。

第3は,製造業の中でも相対的に資本係数の高い一次金属,繊維,化学といった業種において資本係数の低下がみられることである。これには,製品の高付加価値化(鉄鋼,繊維),資本係数の高いアルミ精錬等の縮小(非鉄金属),ファインケミカル化(化学)などが影響している面が大きいと考えられる。

第4は,40年代に資本係数を引上げる要因となった公害防止投資が50年代入り後ほぼ一巡したことである(第I部参照)。

一方,非製造業の資本係数上昇は,もともと水準が高い電力の資本係数上昇による面が大きいが,このほか農林水産,通信,建設等での上昇も寄与している。電力の資本係数上昇は,①立地難に伴う送電設備の増嵩,②火力発電に比べ資本設備が嵩む原子力発電へのシフトなどの事情によるものである。

(生産要素代替と資本係数)

以上,産業別資本係数の動きをみてきたが,ここでやや観点をかえて,生産要素間の代替という面からマクロの資本係数について検討してみよう。

生産関係の考え方によると,資本係数は資本装備率,資本ストック対エネルギー投入比率,及び技術進歩率に依存する。このうち,労働,資本,エネルギー間の代替は,それぞれの相対価格の変化や技術革新等が誘因となろう。

第II-1-30図 要素相対価格の推移

まず,労働と資本の代替についてみると,両者の相対価格は,30年代後半以降労働需給の趨勢的逼迫を反映して著しい上昇を示した( 第II-1-30図 )。これが,40年代に入り,労働代替投資を促し,資本係数上昇の一因となったことは既にみたとおりである。こうした,労働,資本の相対価格上昇はここ数年頭打ちに転じているものの,労働コストの割高感は依然強い。最近では,工業用ロボット等のメカトロニクスを体化した技術革新が新たな労働代替投資の誘因となっている。

これに対して,エネルギーと資本の相対価格は,第1次石油危機の発生を契機に上昇に転じ,エネルギーコストの割高感が強まってきている。このため,鉄銅,化学,紙・パルプ等エネルギー多消費産業では割高なエネルギーを節約するねらいからいわゆる省エネ投資が活発に行われてきた。この結果エネルギーと資本の代替はここ数年着実な進展をみている( 第II-1-31図 )。

従って,40年代後半から緩やかな上昇に転じた資本係数が第1次石油危機後急上昇したのは,労働代替投資の増加に,エネルギー代替投資が重なり,これが技術進歩の伸びを上回ったためと考えられる。その後,資本係数が安定的に推移しているのは,エネルギー代替投資の盛行にもかかわらず,労働代替投資のテンポがやや落ち着いたこと,後で詳しくみるように,第1次石油危機前後に一時停滞をみた技術進歩率が再び高まりをみせていることなどの事情によるものであろう。この点は,生産関数を用いた定量的分析によってもある程度裏付けられる( 第II-1-32図 )。

(設備投資比率の展望)

今後,わが国の資本係数は,どのような推移を辿るであろうか。まず,エネルギー代替投資についてみると,目先き石油情勢の小康が見込まれているものの,一段のコスト削減を企図して企業の省エネ投資へのインセンティブは潜在的に根強いとみられる。だだし,第2次石油危機後,省エネ投資が集中的に行われた結果,鉄鋼,セメント,化学等では,当面手のつけ易い省エネ投資は既にピークアウトした感がある。例えば,日本銀行「主要企業短期経済観測」(57年5月調査)によると,主要企業製造業における省エネ投資の割合は,56年度の8.0%から57年度(計画)は7.3%へとやや低下を示している。もっとも,今後もコスト削減のため代替エネルギーの開発や大型の省エネ投資等の必要性は大きいといえよう。

企業のコスト削減努力は,当然人件費も重要な対象となっている。最近における工業用ロボット,オフィス・オートメーション(OA),数値制御(NC)工作機等の導入活発化は,企業の労働代替投資への高いインセンティブを裏付けるものといえよう。また,これには,中小企業における熟練労働者不足を補うという側面もある。もっとも,こうした最近の省力化投資は,40年代のような大型設備の自動化に比べれば,資本係数を押し上げる程度は小さいと考えられる。

従って,先行き資本係数がどうなるかの鍵は,技術進歩率の動きが握っているといってよい。後で詳しくみるように,50年以降研究開発(R&D)関連投資が増勢を取り戻しており,しかも実用化までの足が短かい開発投資中心となっていることを勘案すると,技術進歩は再び上昇局面を迎えているといえる。こうした技術進歩率の高まりは,先にみたように,資本係数の引下げ要因として働く。

このほか,今後いわゆるサービス経済化が一層進むことが予想されるが,これも,資本係数の上昇を抑える要因となろう。何故なら,サービス業の資本係数は製造業の平均に比べれば格段に低いため,サービス業のウエイト増大は,経済全体の資本係数の低下を促すことになるからである。

さらに,資本係数が傾向的に上昇することは,労働と資本の分配率を一定とすれば,利潤率の低下を意味する。しかも,一般的に資本装備率が上昇するに伴って,資本への分配率は低下する傾向がある。わが国でも,第1次石油危機後は,資本係数の上昇と利潤率の低下がみられ,既に資本分配率の水準は低まっている。こうした過程が今後も続き,利潤率の圧縮を通じて資本係数の上昇が持続するとは考えにくい。

このようにみてくると,今後わが国の資本係数は,下降する要因もあり,一概に上昇するとはいえないと考えられる。

今後,仮に資本係数の上昇が小幅にとどまれば,その限りにおいては,GNPに対する設備投資比率も現状以上には高まらない可能性もあろう。