昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第II部 日本経済の活力,その特徴と課題
第2章 公共部門の役割と見直し
公共部門の見直しは単に「適正規模の政府」を実現するだけに終るのではない。
適正規模のなかで公共部門の本来の役割を果たすための「活力,効率性」を確保していくことが真の目的でなければならない。
公共部門の真の役割は何か。一般的にはこれまで経済における「効率」は市場における自由競争を通じてのみもたらされ,一方,公共部門はそうした市場における自由競争だけでは達成しえない政策目標の実現や「公正」の確保など「市場の失敗」を補うという役割を担ってきた。こうした見方からすれば,公共部門では活力や効率性という概念はそもそもなじまない。それにもかかわらず「小さな政府」の主張のなかには公共部門を本質的に非効率な存在とみなしており,ひたすらその規模を抑えることのみを強調する見方もある。逆に,公共部門に積極的な意義を求める人々は市場経済への不信感が強く,「公正」こそが公共部門の基準として最も重要と考える。
しかし,今日では経済は高度成長から安定成長に移行し,「パイ」の増加率が低下してきているだけに,公共部門にも効率性が要求されるようになった。しかし「公平」の確保という目標がある以上,民間部門と同様の「効率」基準は政府に対してはそのままあてはまらない。
より重要なのは,公共部門に課せられた経済社会的目標を達成していくための「組織としての効率性」ではなかろうか。
わが国の公共部門をこうした視点でみると,一口に「親方日の丸」や「三ず主義」といった既成観念で割り切るわけにはいかない。民間部門に劣らない創意と工夫に富んだスタッフを備え,地域コミュニティー社会への奉仕に向けて極めて活力に富んだ組織運営を行なっている自治体もある。
例えば,行政管理体制の整備,職務権限の見直し,情報管理の機械化等,組織,事務の改革や,コミュニティセンターの住民管理,支庁,出張所の自治センター化(複合施設化),事務の民間委託等効率的な行政運営に努め地域住民の信頼を得ている自治体も多い。
逆に完全な自由競争市場が存在しない以上民間企業の効率性も相対的なものにすぎない。しかも,民間企業における非効率が政府規制や介入などによって温存されている面もあろう。「公共部門の効率化」とは実はそうした公共部門との関わりから生れた「民間部門の非効率」の解消にも及んでいくべきものである。
しかし,全体としてみると公共部門の組織としての効率性が民間部門に比し,それ程十分でない場合も多い。都市自治体で事務の効率化,能率化のため民間部門への外部委託を実施している自治体が多い。
組織の効率性はその構成員1人1人の「やる気」(動機づけ「モティベーション」)の集大成に外ならない。動機づけには目標志向型のもの(仕事とそれ自体への情熱,創造,革新意欲等)と利益志向型のもの(利潤動機,失業,倒産への恐怖)があるといえる。これらの動機づけは,いずれも経済の活力の源泉となるものであるが,民間部門(市場経済)はこのうち利益志向型の動機づけが常に存在して「非効率」への歯止めとして働いている。公共部門は利益志向型のモティベーションを持たないが故に目標志向型のモティベーションこそを効率化の原動力としなければならない。そのためにはどうしたらよいだろうか。
第1は,公共的意思決定の公共部門内部における分権化である。たとえば国から県ヘ,県から市町村へという形で行政のニーズに近い場に対して権限を移譲することもそれにあたる。ただし,権限の移譲は「責任の移譲」を伴うものであり,現場にとって決して楽な選択ではない。「地方の時代」は「厳しい自己責任の時代」でもあることはいくら強調しても強調しすぎることはない。
第2は,公共部門と地域社会のつながりである。地域社会との有機的なつながりを深めることにより民間部門の活力を活用することができる。そのためには地域住民の自治意識を高めるために,公共部門の財政状況やサービス内容についてわかりやすい形で住民に公開していくことが重要である。さきに述べた活力ある自治体の活動も地域住民の優れた活力に支えられているのはもちろんであるが,自治体の側でも財政白書の作成や頻繁な情報提供などの努力を怠っていない。アメリカにおいては連邦政府自体によってそうした情報公開の努力が積極的に行われている。