昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第II部 日本経済の活力,その特徴と課題

第2章 公共部門の役割と見直し

第4節 金融と公共部門

公共部門の効率化は,民間部門の効率化とも相伴う面があることは,既に指摘したが,そうした面で,特に注目を要するのは,金融構造の変化とそれに対応する公共部門のあり方である。

1. 金融構造の変化

昭和50年代に入ってわが国の金融構造は大きく変化した。すなわち公共部門の資金調達額が法人企業部門を上回り,金融市場における資金不足の主体が40年代の法人企業部門から公共部門へと交代した。この間,公共部門の資金不足の大部分は長期債によって調達され,一方,法人部門では借入金の圧縮とともに資金調達の多様化が進んだ。こうしたことから,これまで金融機関からの借入金を中心とするものに圧倒的に偏っていた資金調達形態も債券による資金調達の比重が急上昇し,最近ではほぼ借入金の比重と肩を並べるようになった( 第II-2-12図 )。

資金運用面についてみると,最大の資金余剰部門である家計部門ではもともと高かった貯蓄率が40年代後半にさらに上昇した。そのなかで,個人の金融資産に占める現金や流動性預金の割合が低下し,収益性預貯金が急増した。また,50年代に入ると債券類への投資も徐々に増加している。このような背景には,貯蓄の残高水準の高まりに伴い個人の資産運用動機にも安全性だけでなく収益性を重視するようになってきていることがあげられる。所得階級別にみると,高所得者ほど流動性の重要度が低下し,収益性を選好するようになっているが,全体の所得水準が実質的に上昇しているため,それより低い所得階層でも収益性重視の程度は上昇している(以上 第II-2-13図 )。

次に,企業部門においても減量経営のなかで資産運用面で現預金を節約し,収益性の高い有価証券の保有を増やすなど資金効率を高める動きが強まっている。

2. 公社債大国となったわが国

以上のように,金融部門のなかで,「債券」の占める比重が高まるにつれて,わが国の公社債市場は飛躍的な発展を示した。

45年にわずかに9兆円だった公社債売買高は52年に100兆円を突破し,54年には223兆円に達するにいたった。公社債市場価格で評価した残高について国際比較しても,1964年にはアメリカの18分の1程度であったが,最近では4割近くとなり,欧州の水準をはるかに引き離す状況にある( 第II-2-14図 )。

また,既にみたように(第1部第3章第1節参照),こうした公社債市場の拡大につれで,公社債市場における金利が弾力的に変動するようになった。従来,「日本経済の特殊性」の代表的な一つとしてみられてきた金融部門も,市場金利の弾力的な変更に伴う資金配分の適正化といった市場機能の面でみれば,国際的にそう特殊ではなく,市場原理にのっとった普遍的性格のものであることが認識されるようになってきた。これには制度的な面での自由化の進展が当然ながら影響している。しかし,これまでの金利規制などの制度的制約の下でも,それなりの合理性があったものが,自由化によってより明確な形で現われてきたと理解してよい。

こうした状況に加え後に述べる「金融の国際化」の進展(第II部第3章第3節参照)を併せて考えると,わが国は金融面についても量的な意味ではアメリカと並び最先進国となったといえる。

しかしながら,わが国の金融部門は現在多くの問題に当面し,岐路に立っている。そして,それらの問題のなかには金融部門と公共部門との相互関係の中から生じてきているものがある。すなわち,①国債の大量発行に伴う金融機関経営の圧迫,②公的金融部門のあり方に関する見直し,③金融部門に対する公的規制の見直し等の問題,等がそれである。

3. 国債の大量発行と金融機関

さきに,財政赤字には景気の回復や公共サービスの維持・充実のために発生した面もあること,これまでのところマクロ経済への目立った悪影響をもたらさなかったことをみてきた(本章第1節参照)。しかし,財政赤字を金融面の問題としてみると,国債の大量発行とマネーサプライの関係がどのように調節されたかが最も重要な問題となる。

わが国では国債の消化の大部分が金融機関のシンジケート団による引受け方式によって行われてきた。この場合,金融機関は国債を引き受けることにより手許資金(準備預金)が減少する。そのため,それに見合うだけ,①民間への貸出の抑制,②引受け国債の市中(非銀行部門)への売却,③日本銀行信用(日銀借入れ,手形,債券等の日銀への売却)のいずれかによって賄わざるをえない。このうち,①,②はマネーサプライの減少要因であり,国債発行によりファイナンスされた財政支出が具体的に行われた段階で同額のマネーサプライ増加が生じて相殺され,全体としての影響は中立的である。一方,③の日銀信用の増加があれば財政支出分はマネーサプライの増加要因となる。

従って,国債発行がマネーサプライの過大な供給やそれによるインフレーションに結びつくといった事態を回避するためには,日銀信用の増加が過大にならないよう注意していかなければならない。

しかし,金融機関の側からみると,③の日銀信用の量が成長通貨を目途として供給されているなかで,本来の業務である民間部門への円滑な貸出をしようとすると,とくに景気上昇期に資金需要圧力が強い時には②のルートによる手持国債の流動化意欲が高まる。昭和50年に国債の大量発行が始まったが,既にみたように当初は財政赤字のかなりの部分が,民間部門の経済活動の停滞を反映したビルトインスタビライザーの性格を持っていたことは,言い換えれば,国債の引受けは①の貸出の減退にほぼ見合ったものであったといってよい。しかし,53年後半頃になると,民間資金需要が盛り上がりを示すようになり,こうしたなかで金融機関保有国債の市中売却(発行後1年以上経過分)が急増した。たとえば都市銀行では,もともと高かった預貸証率(貸出および債券保有の預金に対する比率)が,国債の大量引受けによってさらに押し上げられたため,国債の売却を積極化し,54年度以降は引受額を上回って売却するようになった( 第II-2-15図 )。都市銀行以外の銀行ではこれほどの売却が行われたわけではないが,54年4月の金融引締め開始以降にはこれらの銀行でもかなりの売却が行われたものとみられる。このうち日銀のオペレーションなどマネーサプライの増加につながる部分はごくわずかであり,ほとんどは市中への売却(現先市場でのネットの売却を含む)であった。これを金融面における影響についてみると,この時期に発行された国債の大部分が非銀行部門により市中消化されたのと同じ効果をもったことを意味する。すなわち,今回の引締め期間中国債の発行はマネーサプライに対して事後的にはほぼ中立であった。

以上のように,金融面からみた財政赤字の問題点は,これまでのところ金融機関をクッションとする形で解決されてきた。しかし,このような形での国債の大量発行をいつまでも続けることはいろいろな問題がある。

まず第1に,現行のシンジゲート団方式は昭和40年頃の金融情勢を前提としてできたものであり,国債の発行規模を始め,当時とは多くの点で情勢が異なっている。当初,国債の発行量は年々の成長通貨供給量の範囲内にあり,そのほとんど全額が日本銀行の買オペレーションによって1年後には買上げられていた。したがって国債の引受けが金融機関の本来の業務を圧迫することはなかった。また,国債が市中に累積することもなく,流通市場も未発達であった。

しかし,こうした状況は既にみたように現在ではかなり異なってきており,発行条件の適切かつ弾力的な改定が必要となってきている。

第2は,今回の引締め期間中にみられた金融機関の収益悪化である。この収益悪化の1つの理由は有価証券部門の損失であり,その大部分は巨額の国債評価損,売却損が生じたためであった。実際,都銀だけについてみても54年度中に2,600億円弱の損失を有価証券部門で記録した(前掲 第II-2-15図 )。しかも,これには一部銀行が有価証券の評価を原価法に変更したことによる有価証券残高の増加額1,400億円分は含まれていない。それを加えれば損失はもっと大きい。

既に述べたように,財政赤字が仮に続くとすると,クラウディングアウトが生じる可能性があるなど,マネーサプライの安定的な管理が困難になる場合も考えられる。このように財政赤字の中でマネーサプライを安定的に管理しようとすると,さまざまなひずみが生じることになる。例えば今回の引締め期間中にみられた金融機関の収益悪化という点にもその現われをみることができよう。

国債の大量発行に伴う金融面の課題を解決していくためには,まず財政の不均衡をすみやかに是正し,国債発行額を極力圧縮することが必要である。しかし,なお当分の間かなりの量の国債発行及びそれに伴う国債残高の累増が避けがたいと見込まれているので,国債の円滑な発行消化のため国債管理政策を適切に運営していかなければならない。

4. 公的金融機関の拡大

わが国の公共部門は財政投融資という形で自ら大規模な金融機能を営んでいるこれは,郵便貯金や厚生年金などを通じて集まった資金(資金運用部資金等)を政府系金融機関等を通じ貸出すものである。

財政投融資制度は,戦後の資金不足期に基幹産業の育成を中心に運用され,わが国経済の復興と発展に大きく寄与してきた。

その後,安定成長への移行とともに,住宅,生活環境整備等,国民生活の安定向上に直接役立つ分野に財政投融資の重点が移ってきている。郵便貯金制度は定額貯金という民間にない商品の収益性と安全性を個人預金者が選好したことなどを背景に近年目ざましい増加を示してきた。郵貯の伸びはほぼ一貫して民間の個人預金の伸びを上回り,個人金融資産残高に占める比率も最近では2割近くにまでなった( 第II-2-16図 )。

5. 公的規制の見直し

金融機関は国民大衆から広く預金を受け入れ,経済の各部門に資金供給を行い,全体として国の信用秩序を形成するという国民経済上極めて重要な役割を果たしている。このため,金融機関が自由競争の下で倒産のおそれにさらされると貨幣経済の基礎になっている「信用秩序」がおびやかされる可能性がある。こうした観点から金融部門は民間部門のなかで政府による強い規制下にある。公正取引委員会の「政府規制の現状」調査によっても,金融証券部門は電気・ガスなどと並んですべての分野について比較的規制の強い部門とされている。

しかし,こうした金融機関の規制についても金融構造の変化に伴って徐々に手直しがされてきている。

その第1は,公社債流通市場の発達,短期金融市場の自由化の進展に伴って,金融部門のなかで「自由な市場機能」に従う部分が多くなっていることである。アメリカなどの例をみても,こうした部分的な自由化は,より広範囲な自由化へと発展していく可能性がある。というのは金利上昇局面において自由市場の金利が規制金利を上回れば規制された金融資産から自由金利の資産へ向けて急激なシフトが起きるからである。それを防ごうとすれば金利規制を緩和するか,自由金利による新たな金融資産を創造しなければならない。わが国で自由金利による譲渡性預金(CD)が認められたのは,短期金融市場の整備と金利機能の一層の活用を図るためであった。今後においては,市中に累積した長期国債の満期が近づくにつれてこうした自由な市場機能がさらに強く働くことが予想される。つまり,現先市場に参加できない個人にとってもこうした状況になると預金に代替する短期資産が広く提供されることになるからである。これは,金利の動向いかんでは金融機関の預金からのシフトをもたらす可能性が強い。後に述べる国際化に伴う自由化圧力も今後急速に強まってこよう(第II部第3章第3節参照)。

第2に,自由化の進展は当然金融機関相互の競争を強めることになり,効率の悪い金融機関は一段と厳しい環境に置かれ,再編成も進むものとみられる。しかし,その場合,金融機関の資金量と損益分岐点の関係をみると,都市銀行と地方銀行(預金量グループごとに平均)の各々についてある程度規模の利益が認められる。しかし,都市銀行の損益分岐点は地方銀行上位よりかなり高い。一方,相互銀行については規模と収益力の相関はほとんどみられないし,地方銀行についても各行ごとではかなりのバラつきがある( 第II-2-17図 )。このように金融機関の収益力の差について規模の利益で説明できる部分は決して支配的でなく,むしろ地域への密着度,経営効率といった質的な差が大きく影響していると考えられる。

いずれにせよ基本的には自由化,効率化が進められる方向にあるといえよう。金融機関は全体として国の信用秩序を形成し,公共性の高い企業であるが,その公共性の観点からの枠組の中でそうした競争原理が働いていくことは国民経済的には好ましいことである。これまで,金利規制の下でも現実には様々のサービスや店舖の新設,改装といった形での非価格競争が金融機関の間で行われていた。預金者からみれば,金利の代わりに「サービス」や「便利さ」を受け取っていたということになる。このような形をとって預金者に享受されていた部分は「インプリシット金利」と呼ばれる。今後,自由化,効率化の進展の中でインプリシット金利の一環として無料ないし極く低料金でなされている各種の金融サービスについては,それに見合った対価が支払われるべきであろう。金融機関の生み出す社会的なサービスが正当に評価されていく過程,それは金融の自由化,効率化の成果なのである。