昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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第I部 第2次石油危機を乗り越える日本経済

第2章 景気のかげりとその実態

第4節 景気を支えた設備投資

民間設備投資は,53年後半から回復傾向を強め,その後,景気のかげりの中にあって,景気を支える強い役割を果した。もっとも,55年度に入ってからは,業種別,規模別に伸びの差が目立つようになった。設備投資にも,やはり跛行性が生じたといってよい。

1. 設備投貧の推移と特徴

民間設備投資(GNPベース,実質)は,前年度比で,54年度10.1%増のあと55年度は5.8%増とやや伸びは鈍化したものの,堅調に推移した。

第1次石油危機以降の設備投資の推移を,業種別,規模別に要約すれば,次のような推移を示してきた。まず,第1に非製造業では,中小企業が51年末から回復しはじめ,それにやや遅れて,大企業(電力を除く)が52年後半頃から増加に転じ,その後着実な伸びを示した。第2に,製造業では,まず中小企業が,53年初め頃から回復しはじめ,大企業も53年末から54年初めにかけて増加に転じた( 第I-2-29図 )。

こうして全体としての設備投資は本格的な上昇局面に入ったが,55年度に入ると,全体として増勢を続けたものの業種間,規模間の伸びの差が目立つようになった。すなわち,①非製造業の設備投資が増勢を鈍化し代って製造業の伸びが高まったこと,②もっとも,非製造業のなかでも消費需要に関係の深い中小企業の設備投資が停滞した反面,リース業をはじめとする各種サービス業,運輸・通信等の大企業では比較的堅調を維持したこと,③製造業のなかでは,素材型産業に比べて,加工型産業の増勢が顕著であったこと,④製造業を規模別にみると,大企業は堅調さを持続したものの,中小企業では年度の後半から,増勢鈍化の動きが生じてきたこと,などがそれである。

以下ではまず本格化した製造業設備投資を中心に,その増加の背景や特徴点について検討してみよう。

2. 本格化した製造業設備投資

製造業の設備投資の堅調の理由として次の諸点が指摘できる。

第1は,企業の自信が回復し,期待成長率も安定化したことである。当庁「新だな発展を目指す企業戦略」(企業行動アンケート調査,56年2月実施)によって,今後の3年間の実質経済成長率見通しをみると,前回石油危機後(49年3月調査)には,期待成長率も大きく低下し,またその成長率見通しも企業によって大きな差異やバラツキがみられたが,今回(56年2月調査)は80%強の企業が,4~6%を予想しており,企業の見解の差はちいさくなってきている。このことは,第1次石油危機を克服したという経験と,安定成長経済への適応をなし得たという自信を,反映するものであるう( 第I-2-30図 )。したがって,企業の中期的経営戦略の中核である設備投資行動にも,それだけ積極的になり得る条件が整ってきているとみてよいだろう。

第2は,賃金決定が弾力的に行われたため,賃金コストが安定的に推移したことなどから,企業の利益率を高水準に維持しえたことである。法人企業統計季報により賃金(1人当たり人件費)と生産性(1人当たり売上高)の関係をみると,54~55年の賃金上昇率は安定的であり,生産性上昇率が賃金上昇率を上回る状態が続いた。この結果,人件費対売上高比率は55年1~3月期まで急低下した後も,それほど上昇しなかった。人件費は固定費のなかでも大きな比重を占めるだけに,このような状況は,売上高利益率を高水準に維持する上で大きく寄与した( 第I-2-31図 )。

第3は,製造業需給ギャップ率が,55年1~3月期までかなり急速なテンポで縮小してきたことがあげられる。もっとも,それ以降は,それまでの設備投資が能力化する一方,生産が4~6月期以降,伸び悩みに転じたことから,需給ギャップはやや拡大したが,その程度はそう大きくない( 第I-2-32図 )。大企業設備投資の場合,その決定要因は,短期的な変動だけに左右されるものではなく,また,上述のような期待成長率の安定化,企業収益の好調さは,長期戦略の上に立つ設備投資の展開に資したと考えられる。

3. 増勢強めた加工型製造業

以上のように,全体として製造業設備投資は増加を示したが,産業別にみると,加工型産業でも,素材型産業でも設備投資は増勢を続けたが,そのなかでは,加工型製造業の顕著な増勢が目立った。

加工型製造業の設備投資は,51年に回復に転じた後,その後も着実な増加を続け,55年に入ってからは一段と高まった。この動きは素材型産業が53年中までストック調整を続け,54年に入ってからようやく増加に転じたのと対照的であった( 第1-2-33図(1) )。

加工型産業と素材型産業の投資態度の差の理由として次の諸点が指摘できる。第1は,需給ギャップ率の相違である。加工型産業の需給ギャップ率は,54年以降かなり急速に縮小し,55年4~6月期には2.7%にまで達した。その後はほぼ横ばい気味に推移しているが,いわば「フル操業」状況が続いているとみてよい。一方素材型産業の需給ギャップは53年から縮小し,55年1~3月期には10%程度となったが,その後は生産活動の停滞を主因に若干拡大した( 第1-2-33図(2) )。

第2は,加工型産業において技術革新を体化した機械設備への投資が積極的に進行していることである。新しい技術を体化していく過程を具体的に把握することは難しいが,次のような指標の動きにうかがわれる。その一つは,加工型産業の設備投資に占める更新投資比率の低下である。通常,全体としての設備投資拡大の中での更新投資比率の低下は,前向き投資比率の上昇を反映するといっていいであろう。加工型産業の更新投資比率は,51年にピークに達した後,その後横ばいとなり,53年以降は低下傾向にある。もう一つは,資本ストックに対する除却額比率が,加工型産業で高いことである。これは技術進歩の速度が早いため,設備の経済的陳腐化もそれだけ早いことを示しているように思われる( 第I-2-34図 )。

資本係数(資本ストック/生産能力)の動きも,素材型と加工型とでは,やや差がある推移を示している。すなわち,素材型産業は,49年以降一貫して上昇しているのに対し,加工型産業は,49年や53年にかなり上昇したものの,54~55年の上昇テンポは,緩やかなものにとどまっている。資本係数の上昇には,公害防止,省エネルギー,研究開発化,省力化といった直接生産能力の増加に結びつかない投資の増加も反映する。したがって,上昇程度の差は,投資内容の違いにも影響される。

素材,加工型両業種とも資本係数が上昇しつつ,かつ素材型産業が高く,加工型で低いのは,素材型では相対的に高騰しつつある石油,その他の資源価格上昇に対し,より省資源的投資の必要が生じたこと,一般的に素材型産業は景気循環による需給変動が大きいが,安定成長期に入って素材型ではできるだけ不必要な能力増を抑制しつつ,効率的経営のための投資を進める態度のみられる反面,加工型産業では,エレクトロニクスを中心とする技術革新の成果を,より省力的に,より生産性上昇のために活用してきたことを示していると考えられる。

第3は,輸出依存度の高い加工型産業では競争力の維持・強化の必要性を感じているが,輸出需要の堅調さが一層設備投資を積極化させたことである。50年代に入ってから,電気機械,輸送用機械,一般機械といった加工型産業での輸出の伸びが高く,それとともに資本ストックの伸びも高いという関係がみられる( 第I-2-35図 )。いわば「輸出が設備投資を呼ぶ」効果が働いている。これらの産業では,国際市場での競争も激しく,かつまた技術革新の進歩も早いだけに価格,品質両面での競争力が問われる状況にある。現状では,エレクトロニクスの高度利用を進め,省エネ化の成果が高かったわが国の産業の競争力は強いが,長期的には一層内外双方の市場での競争力強化が迫られている。

4. 増勢鈍化した中小企業

他方,企業の規模別設備投資の動向に目を転じると,製造業中小企業の設備投資が,55年度後半にいたるにしたがい増勢鈍化したのが特徴的であった(前掲 第I-2-29図 )。中小企業の設備投資は,一般的に大企業のそれよりも早く先行して変動する。中小企業の設備投資は懐妊期間が短く,ストック調整も容易であり,景気変動や金融の繁閑に対応しやすい面をもっているからである。今回の設備投資上昇局面でも,中小企業は大企業に先がけて53年初めから増加に転じ,その後着実な増加を続けきた。

しかし,大企業が依然堅調な増加を続けるなかで,中小企業が何故鈍化してきたのだろうか,さらに,中小企業設備投資の先行性から,それは今後大企業設備投資の鈍化を示唆するものだろうか。

中小企業設備投資鈍化の理由として,次のような点があげられる。第1はさきにも述べたように53年から55年度前半まで増加を続けてきただけに,ストック水準もかなり高まったことである。第2は,そうした局面で中小企業をとりまく経営環境が悪化したことである。①消費,住宅,といった中小企業に比較的結びつきの深い需要が低調だったこと,②金融引締めに伴う金利上昇が,借入依存度の相対的に高い中小企業にも影響も与えたことなどがそれである。このような環境変化の中で,中小企業の生産は,55年4~6月期に前期比減少に転じた後,7~9月期にはさらに低下し,業況判断も大企業に先行して悪化の方向を示した( 第I-2-36図 )。

しかし,中小企業設備投資の停滞は一時的なものと考えられる。すなわち,生産は10~12月期以降は緩かな増加傾向に転じ,売上高利益率の低下の程度も比較的小さい。また,56年春以降中小企業金融は緩和の方向に向かっている。業況判断に改善の動きもみられる。さらに,中小企業においても,技術革新投資の必要性は引続き高い。中小企業庁が実施した「設備投資実態調査」(55年12月)によれば,中小製造業の87%が「技術革新を体化した投資が必要である」と答えでおり,このような経営環境の好転,投資動機の強さからして,中小企業設備投資も次第に回復に転じるものと期待される。それだけに,今回の中小企業設備投資の停滞は石油危機に伴う一時的性格が強く,それが,今後大企業設備投資の停滞につながっていくとはみられない。

第I-2-37図 設備投資内容の変化

5. 投資内容の変化と特徴

設備投資の量的拡大だけでなく,その質的内容にも注目する必要がある。最近の設備投資の内容をみると,次のような特徴があげられる。

すなわち第1に省エネルギー投資や研究開発投資の比重が増大してきたこと,第2に,合理化・省力化投資が引続き堅調であること,第3に,能力増強投資も増加しはじめたこと,などがそれである( 第I-2-37図 )。

日本開発銀行の設備投資調査によって,省エネルギー投資の比重をみると,54年度の2.6%から55年度は5.2%へと上昇し,投資の絶対額では約2.5倍にも増加した。そして,当然のことだが,エネルギーコストの高い業種で積極的であった。たとえば,窯業・土石,鉄鋼,紙・パルプ,非鉄金属,化学といった業種で,54年度よりも55年度において一層省エネルギー投資比率が上昇している( 第I-2-38図 )。これは,石油価格の上昇に伴いエネルギー節約の必要性が,ますます高まってきたことを反映している。研究開発投資の投資比率も,54年度の7.8%から55年度には8.5%と拡大している。技術水準の先進国化に伴い,これまでの導入技術の活用より進んで,技術の自主開発の重要性が高まっているからである。

合理化,省力化投資は,第1次石油危機以降の企業の減量経営の推進と相まって,50年代初めから着実な増加を示してきた。より詳しくいえば,減量経営の初期段階では人減らしが中心で,労働代替投資は,それを補完してきた。しかし最近では,省力化投資をまず行ない,賃金コストの上昇を抑制するというように変化してきている。

こうして,NC工作機械,産業ロボットなどのメカトロニクス製品が,従来の生産・流通などの各分野での効率化をいっそう高めるようになっている。最近の技術革新を体化した電子応用製品の生産量の動向をみると,VTR,NC工作機械,産業用ロボット,集積回路,ファクシミリなどの製品は,54年度から55年度にかけて鉱工業生産全体の伸びを大幅に上回る高い伸びを示している( 第I-2-39図 )。ICやマイコンなどの電子技術の応用は,機能,精度,容量,価格などの面において,従来の機械技術的限界を打ち破り,それと同時に他の多くの分野における技術革新を誘発させるというかたちで,発展しつつあるのである。そしてこのことは,合理化・省力化投資の増大という面だけでなく,実質的な生産能力投資増にもつながっている。しかし他面,こうした投資内容の変化は,従来の建物,機械ともに増加してきたものから機械中心のものに変わってきていることを意味する。事実,近年における機械関連設備と建設関連設備の動向にもそれが表われており,とくに,今回の設備投資上昇局面では,その動きが顕著となっている( 第I-2-40図 )。そして,それは産業構造にも影響を与えよう。高度成長期における民間設備投資の増大→鉄鋼,建設業の拡大という波及効果であったものが,今日では投資の増大→機械,電子工業の拡大という変化を及ぼしつつある。

6. 今後の設備投資

設備投資の今後の方向はどうだろうか。

まず,非製造業では,電力投資が55年度に大幅増加を示した後も着実な伸びが見込まれており,55年度からのずれ込み分も含めて7.8%の増加が計画されている。ピーク時の電力需要は,民生用が引続き拡大傾向にあるのに加え,産業用も昼間操業度の高い加工型産業の相対的比重増大等によって増加傾向にあり,供給能力の増加が必要となっている。また,サービス業,運輸・通信といたっ業種でも投資の伸びは高く,総じて堅調さが維持されている( 第I-2-41図 )。

一方,製造業においても加工型産業が引続き堅調のほか,素材型産業でも,鉄鋼が連続鋳造設備の一層の充実といった要因を中心に,かなりの増加を予定しているなど,概して堅調な伸びを見込んでいる。

さらに,既述のように55年度後半に増勢鈍化した中小企業も,消費需要の回復,金融緩和の進展などを背景に,再び増勢回復を示す可能性も強い。また設備年齢の高齢化,企業競争力の強化の必要性等を背景に設備投資の意欲も根強い。したがって,全体としての民間設備投資は,業種間,規模間に若干動きの差はあっでも,なお堅調な展開を示すものと考えられる。