昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第I部 第2次石油危機を乗り越える日本経済
第2章 景気のかげりとその実態
民間住宅投資(GNPべース,実質)は,54年度の前年度比横ばいのあと,さらに伸び悩みを続け,55年度は9.5%減と49年度以来の落ち込みを示し,景気のかげりの一因となった。
住宅投資の動向を,新設住宅着工戸数の推移でみると,51年度から54年度までは,おおむね150万戸前後の水準を維持してきたが,55年度は前年度比18.3%減の121万戸にまで落ち込んだ( 第I-2-23図 )。
その内容を利用関係別資金別にみると,持家は54年度には増加したものの,55年度には公的資金を利用した着工戸数が減少に転じたこと,民間資金のみによる着工戸数も引き続き減少を続けたことから前年度比18.5%減少となった。また,分譲住宅も一戸建住宅の大幅減により前年度比10.2%の減少となった。さらに,55年度については,貸家住宅が前年度比25.8%減と,きわめて大きく減少したことも特微的であった。
以上のような住宅投資の不振は中期的要因と短期的要因が重なって生じたものである。
まず,中期的要因からみでみよう。
新設住宅着工戸数の動向を中期的にみると,30年代後半から48年まで毎年かなりの速度で増加を続けてきた。
これを持家系住宅(持家+分譲)と借家系住宅(借家+給与)にわけてみると,30年代後半から40年代後半にかけては両者はほぼ同程度の増加傾向で推移してきたが,48~49年を境に持家の増加,借家の減少というはっきりした乖離が生じた。すなわち,持家系住宅は49年に着工戸数が急落したものの,その後回復し,ピーク時の48年に近い水準で推移した。これとは逆に借家系住宅は49年に大きく落ち込んだあとやや持ち直したものの総じてなお下降傾向を続けている( 第I-2-24図 )。これは,借家需要に大きな影響を与える地域間の人口移動数の減少,世帯増加数の鈍化により,借家需要が減少するなかで,ベビーブーム世代が持家を取得する年齢になってきていることに加え,住宅の質的改善に対する欲求が高まり,それが借家では充足しえない面もあって(第II部第4章第1節参照)。持家需要が根強い動きを続けたためである。
こうした中で住宅ストックの平均年齢は,借家系住宅では53年にはやや上昇したが持家系住宅では53年まで若返りが続いた。そして,持家ストックの平均年齢の若返り現象が進んだことや,地域間人口移動の減少,世帯増加数の減少は,中期的には住宅需要が40年代のように一本調子で増加する局面にないことを示しているといえる。
また,宅地供給については,大都市地域を中心に停滞が続いており,地価上昇率等を通じて住宅建設のかなりの制約要因となっている。
こうした中期的要因を背景に,短期的な要因の変化が住宅投資の不振を大きくしたこれは,所得が伸び悩む中で,地価,建築費の上昇,金融引き締め等により,住宅建設をとりまく環境は大きく悪化したためである。住宅投資に占めるウェイトの大きい持家建設について検討してみよう( 第I-2-25図 )。
持家建設の資金別推移をみると,公的資金を利用した持家は,住宅金融公庫融資の拡充を通じて52年後半から54年中頃まで増加したが,55年度に入り減少した。一方,民間資金のみによる持家は,52年から53年にかけて大きく減少した後,54年中頃から55年初めにかけてはやや持直しの動きをみせたものの,その後再び減少傾向を強めた。公的資金を利用した持家は,基本的には,家計の所得,住宅建築費,地価などの動きに影響されよう。しかしより以上に民間資金のみによる持家着工戸数の動きにはそれがよく反映されている。
そこで民間資金のみによる持家着工戸数の動きを要因別にみると,中期的には,住宅ストックが充実する一方,世帯数の伸びが鈍化してきたことが,住宅建設の基調を安定的なものとさせている要因が大きいが,短期的な要因として,第1は,輸入原木価格の上昇に加え,各種資材費の上昇による住宅建築費の54年中頃から55年中頃にかけての急騰が,第2は,実質所得の伸び悩みが影響した。その他には金融引締め下における金利負担の増加も考えられる( 第I-2-25図 )。
こうした要因に加えて,さらに,①54年末から55年初めにかけての建築費の上昇,金利先高感もあって,着工が高水準となり,それが反動減を大きし,②住宅地価格が引続き上昇(前年比10%強)したことが,住宅着工の阻害要因となった。
以上の状況を,住宅需要者サイドから所得と住宅金融両面についてもう少し詳しくみよう。実際の住宅建設資金には自己資金があり,また借入金についても公庫資金が利用される場合も多いが,ここでは民間金融機関からの借入金による購買力をみるために「実質借入れ可能額」を試算してみると,54年から55年半ばにかけてその低下が生じていることがわかる( 第I-2-26図 )。すなわち現在の金利水準と返済限度期間のもとで,年収の一定割合までローン返済にあてることができるとした場合の借入可能額を建築費等で,デフレートした「実質借入可能額」の推移をみると,52~53年にかけて高い伸びを示した後,54年以降減少傾向にある。この理由として第1に建て替えの場合には住宅建築費の高騰,土地付き持家所得の場合には,それに加えて地価上昇率の高まりが作用していること,第2には可処分所得が伸び悩んでいること等があげられる。なお,ローン条件の低下もみられる。
もっとも,四半期別にみると,55年7~9月期以降は減少率が小さくなりつつあり,56年1~3月期には,建て替えの場合の「実質借入れ可能額」はプラスに転じている。これには,55年度後半以降の住宅建築費の安定化に加え(前掲 第I-2-25図 ),ローン条件の改善も反映している。
既にみたように54年から55年にかけて住宅地地価の上昇テンポが高まったことが持家をはじめとする住宅建設を制約した。それでは最近における地価上昇はいかなる要因によってもたらされたのであろうか( 第I-2-27図 )。
住宅地地価は,将未の宅地サービス価格を反映するという性格が強いため,宅地需給者の将来に対する期待によって大きな影響を受ける。このような視点から地価上昇の要因をみると,54年から55年初にかけて地価上昇率が高まったのは,第1に,53年から54年にかけて経済の先行きに対する信頼が高まり,成長期待が上昇したためである。これは50年に地価が下落した時に成長期待が低下していたことと対照的である。第2には,実質貨幣残高供給が増加したためである。マネーサプライはトレンド的には低下を続けてきたが,53年から54年半ばにかけて前年比ではやや増加した。一方物価(GNPデフレーター)は落ちついていたから実質貨幣残高供給が増加することとなった。第3は,住宅地ストック供給量の伸び率が51年以降減少を続けていることである。この中には,地価の先高をみこんだ宅地所有者の保有指向の高まりもあるとみられる。なお,実質割引率の要因については,53年から54年にかけてインフレ期待が高まりつつあったが,他方,金利も上昇局面にあったため実質割引率は大きくは変化せず,地価に対しての影響は小さかった。
その後55年半ばから56年初にかけての地価上昇率は依然として高水準ではあるが,54年から55年初の上昇テンポに比べるとやや鈍化した。これは,成長期待の低下,実質貨幣残高供給増加率の低下によるところが大きい。
以上みてきたように,住宅投資をとりまく中期的要因についてみると,最近では新規の住宅需要を規定する世帯数の増勢鈍化と人口移動数の減少がみられ,また,住宅ストックの平均年齢がかなり若返っていること,持家の建て替え戸数が漸減傾向にあることから40年代のように建て替え需要の大きな増加が望めない局面にある。しかし,住宅ストックの平均床面積がまだ新設着工住宅の床面積に比べて狭いことなどから,潜在的な住宅需要はかなり根強いものがあり( 第I-2-28図 ),このような需要を顕在化させるためには,基本的には所得の増加と住宅価格の安定,とくに宅地需給の不均衡の改善による宅地価格の安定が必要である。こうしたなかで,現状では宅地供給の隘路という制約要因はあるものの,55年度の住宅建設の落ち込みの主要な要因であった実質所得,建築費ローン条件等の住宅建設をめぐる環境が徐々に好転してきているため住宅建設はゆるやかではあるが,回復の兆しがみられ始めている。