昭和55年
年次経済報告
先進国日本の試練と課題
昭和55年8月15日
経済企画庁
第II部 経済発展への新しい課題
第2章 石油制約への対応
日本経済は他の諸国に比べて石油に依存する割合が高く,それだけに石油情勢の変化に対して敏感に揺れ動く。しかし,中期的にみた日本経済の環境変化への適応力は前回,今回の石油危機後の経験にもみられるように強い。簡単にいえば日本経済は「石油危機に弱い」かも知れないが「石油危機からの回復力は強い」といえよう。以下では,こうした石油制約に対する日本経済の強さと弱さの二面性をみてみよう。
まず,わが国のエネルギー需要について概観してみよう。
エネルギー需要を,工業部門,運輸部門,民生部門に分けてみると,わが国は諸外国に比べて,民生用部門,運輸部門の比率が低く,その反面工業部門の比率が高いという特色がある( 第II-2-7図 )。
民生,運輸部門の比率が低いのは,わが国の場合,①公共輸送機関がよく利用されていること等により,国民一人当たりの運輸部門エネルギー需要が低いこと( 第II-2-8図① ),②他の先進国に比べて平均気温が高く,住宅が狭いこと等により暖房用エネルギー消費量が少なく,このため一人当たり住居エネルギー需要量もかなり低いこと( 同図② )などのためである。他方エネルギー需要に占める工業部門の比率が高いのは,まだサービス経済化の程度が低く,加工貿易型の貿易構造となっているため,国民総生産に占める工業部門の比率が他の先進諸国より高いことが影響している。このうち輸出のための工業生産の部分は,その製品輸入国に代わって,原材料やエネルギーを日本が輸入していることを意味している。日本では資源が少ないから,工業製品の輸出が増えれば増えるほど,原材料やエネルギーの輸入が増えざるをえないことになるのである。
こうしたエネルギー需要構造の中で,30年代以降,石油への依存度が急速に高まってきた。一次エネルギーのうち,石油によって供給された割合は,30年代初には約20%にすぎなかったのが,48年のピーク時では80%近くにまで達した。この間の日本経済は,安価で大量に供給されてきた石油資源を活用して発展を続けた結果,しだいに経済全体が石油に強く依存する体質になってきたのである。
いうまでもなく,こうして増えてきた石油資源はほとんど100%輸入によるものであり,そのうちの約8割は中東地域からの輸入によるものである。この結果,全エネルギーのうち中東からの石油に依存する度合は,主要国中わが国が最も高くなっている( 第II-2-9表 )。これは,①全エネルギーのうち石油に依存する割合が高い(先進国中最高),②石油の輸入依存度が高い(ほぼ100%),③輸入石油のうち中東に依存する度合が強い,という3つの事情が複合した結果である。このことは,この間の経済的発展は,中東からの石油が量的にも価格面でも安定的に確保できるという前提下で可能となっていた,ということを意味する。
石油情勢の変化は,具体的にはわが国が輸入する石油価格の上昇というかたちを通して,わが国経済に,①国際収支の赤字,②物価の上昇,③デフレ圧力というトリレンマ(三重苦)的影響を及ぼす。以下では,こうした影響についてみてみよう。
石油価格の上昇は,ほぼその分だけ輸入金額の増加要因となる。石油は必需品としての性格が強く,価格が上昇したからといってその使用量を直ちに弾力的に減らすわけにはいかないからである。前回の石油価格上昇後,49年の国際収支はかなりの赤字となったし,今回も54年に入ってから国際収支はそれまでの黒字から赤字に転じ,55年1~3月期に至るまで期を追って赤字幅は拡大してきた。
いま,石油の輸入数量は価格変動によって影響されないと仮定して,石油価格上昇の赤字効果を試算すると,前回の場合は49年に約140億ドル,今回の場合は53年の石油輸入量を前提として53年末から55年4月までの上昇幅によって推計すると約310億ドルもの輸入金額増加要因となる。従って,国際収支への影響は,今回の方がかなり大きい。前回は4倍もの価格上昇だったのに比べると今回は2倍と上昇率はかなり低いのに,国際収支への影響は逆に今回の方が大きい。これは,国際収支の赤字拡大に影響するのは,石油価格の上昇率ではなくて上昇幅であり,その点では今回の方がかなり大きかったからである。
ただし,この赤字効果の総輸入額に対する比率は,いずれの場合も約29%でほぼ等しい。また,前回の場合は原油価格が一時期に上昇し尽くしたため,国際収支への影響も直ちに顕在化したのに対し,今回の場合は原油価格が段階的に引き上げられたため,その影響も徐々に現われた。54年中に実際に顕在化した赤字効果は約90億ドルであった( 第II-2-10図 )。
こうした石油価格上昇に,よる輸入増加額を他の主要国と比べてみると,絶対額ではアメリカに次ぐ大きさだが,輸入総額に対する比率でみると日本が最も高い( 第II-2-11図② )。これは,わが国の輸入に占める石油輸入金額の比率が国際的にみてかなり高いからである。
前回の石油危機前(1973年)において,わが国の石油輸入金額の輸入総額に対する比率は15.7%で,ほかの主要先進諸国(平均7.9%)に比べてかなり高水準だった。その後石油の相対価格が上がったため各国ともこの比率は大幅に上昇したが,わが国と他の諸国との相対的な関係はそれほど変わらず,今回の石油価格上昇前の78年には主要先進諸国平均が13.3%であるのに対して,わが国は29.5%であった。
日本の石油輸入比率が高いのは,①他の諸国に比べて水平分業度が低いため,輸入に占める原材料の比率が高いこと,②エネルギーのうち輸入石油に依存する割合が高いことといった理由があるためである。
結局,これまでのエネルギー構造,貿易構造からみる限り,わが国の国際収支は石油情勢に相対的に「大きく影響される」体質になっているといえる。54年以降の主要国通貨の動きをみると,円の低下が目立った。石油価格の上昇があった後には,他の主要国通貨に比べて円価格が相対的に低下するという傾向も,前回と同様であった( 第II-2-12図 )。これには国際収支の赤字幅の拡大等のファンダメンタルズのほか,上記のような円が石油に大きく影響されるという面からくる心理的要因が働いたためとみられる。
石油輪入国の国際収支がすべて赤字の方向に動き,産油国には膨大な石油収入が流れ込む。このうち,産油国が輸入をふやすために支出しない部分は,産油国の経常収支の黒字となる。そこから,2つの問題が生ずる。1つは,前述のようにこの黒字分に当たるいわゆるオイルマネーが石油輸入国に還流しないと,世界経済が縮小均衡になってしまうことである。もう1つは,還流がどういうかたちで生じるかである。
石油輸入代金の増加によって経常収支が赤字になると,その分を資本収支の黒字か,外貨準備の減少か,為銀の負債増加によって埋めあわされることとなる。
49~50年に経常収支が赤字となった時,国際収支,金融取引面でどのような変化が現われたかをみると,経常収支の赤字に見合う分はほぼ為銀の負債増加となった( 第II-2-13図 )。これに対して,今回の場合は,赤字の期間が長引いており,為替相場が円安に動いたこともあって,外貨準備の取崩しと,為銀の負債増加の両方で賄われている。
こうした動きから,OPECに累積した経常収支の黒字が巨額のオイル・マネーとなってアメリカを中心とした民間金融機関に流入し,それが民間べースの金融取引としてわが国に流れこんできて,それによってわが国の経常収支のかなりの部分がファイナンスされていると思われる。
さらにこの石油輸入代金の増加に伴う負担は,インフレ,デフレ両面を通して経済に影響を及ぼしてくる。この場合,わかりやすくいうと,2つの極端なケースがある。
1つは,企業が石油輸入コストの上昇分を価格に転嫁せず,企業収益が減る場合であり,もう1つは,企業がコストアップを価格に転嫁し,物価が上がって家計の実質所得が減る場合である。前者の場合には,企業収益の低下が設備投資にマイナスの影響を及ぼし,後者の場合は物価が上がる一方,家計の実質所得の低下が消費水準を低める。現実にはこの2つの極端なケースの中間の事態となり,物価の上昇と有効需要の低下となる。
こうしたインフレ的,デフレ的影響両方の原因となる産油国への所得流出が,国内で形成される所得のうちどの程度の割合を占めるかをみると,わが国の場合は国際的にみても高い方に属するし,前回と比べても決して小さいとはいえない大きさである(前掲 第II-2-11図③ )。この所得流出分のGNP比率は,石油価格の上昇率とその時点での名目GNPに占める石油輸入金額(以下,「産油国所得移転率」と呼ぶ)の水準によって決まる。産油国所得移転率が高いほど同じ石油価格の上昇率に対して,所得流出の割合は高くなる。
わが国の産油国所得移転率は,前回の石油危機発生前には1%程度だったが,その後かなり上昇し,一時は3%を超えた後やや低下して,今回の石油価格上昇が生ずる直前では約2%だった。産油国所得移転率が前回の1%から今回の2%へと2倍になったということは,同じ上昇率でも今回の方が2倍の衝撃を与えることを意味している。
この産油国所得移転率は,石油の相対価格(輸入石油価格/GNPデフレーター)を石油輸入量当たりの実質GNP(以下,「石油生産性」という)で割ったものとして求められる。48年末に石油の相対価格が急上昇した時,石油生産性はほとんど変わらなかったため産油国所得移転率は急上昇し,わが国は,国内で形成される所得のうち従来よりかなり多くの割合を産油国に支払わなければならなかった( 第II-2-14図 )。
その後,石油の相対価格が下がり,石油生産性が上がるにつれて,産油国所得移転率もかなり低下してきたが,53年末の時点では,前回の石油価格上昇前のレベルまでは低下していなかったのである。
産油国所得移転率の上昇は,生産コストという面からみると,国民経済がGNPという生産物を生み出すために必要な石油コストの上昇を意味している。
これを,企業の立場からみれば,生産コストに占める石油関連コストの割合が高くなっていることを意味する。45年と50年の産業関連表によって,総コストに占める石油関連コストの比率をみると,各業種とも最近の方がかなり比率が高まっている。特に石油依存度の高い石油・石炭,電力・ガス,化学,窯業・土石,鉄鋼などの業種でコスト上昇圧力が強まっており,全産業の平均でみても,45~50年の間に原油コスト比率は約3.6倍になっている( 第II-2-15図 )。したがって,仮に石油価格の上昇に伴うコストアップ分をすべて製品価格に転嫁していくとすると,同じ石油価格上昇率でみて今回の方が物価上昇率が高まることになる。このため,今回の原油価格の上昇率自体は前回をかなり下回っているものの,産業連関表によって波及効果を含む卸売物価への影響を試算すると,今回が前回を上回ることになる( 第II-2-16図 )。
以上のように,石油価格上昇の影響は,国内経済に多面的な影響を及ぼすことになるが,その場合次のような側面に注意する必要がある。
第1は,石油価格上昇に伴う輸入インフレと,国内要因によるホームメード・インフレとでは,所得分配に及ぼす影響が本質的に違っていることである。
国内要因による物価の上昇は,それに見合って国内のどこかで必ず名目所得の増加が生じているはずである。しかし,輸入インフレの場合は,物価上昇に見合う所得の上昇は海外で起こっているのである。
第2に,わが国はエネルギー需要のほとんどを輸入に依存しており,石油価格上昇の影響を避け難いということである。例えば,アメリカのように国内にエネルギー生産部門がある場合には,輸入エネルギー価格が上昇すると,国内のエネルギー価格もそれに見合って上昇する。この場合には,輸入インフレ下でも国内で所得が増加する。また,国内のエネルギー産業の価格が上昇し,採算が好転すれば,設備投資も活発になるからその分デフレ効果も相殺される。従って,デフレ的影響はそれだけ緩和しうる可能性がある。これに対して,わが国は一次エネルギーのほとんどを輸入に依存しており,国内の第一次エネルギー生産部門の比重は極めて低い。従って,純粋なかたちで石油価格上昇の影響を受けることになる。
以上の諸影響を定量的につかむのはなかなか困難である。例えば,経済のある部門にデフレ的な影響が及ぶと,今度はそれ自身が経済の各面に波及効果を及ぼすなど経済各部門の相互依存関係が複雑にからみ合っているからである。
そういう難しさはあるにしても,一つの参考として,経済企画庁経済研究所の計量モデルを利用して,外生変数である原油価格のみを変化させてその影響をみると,原油価格の上昇は,それ自体のトリレンマ的影響をはじめとして,経済の各面に多様な影響を及ぼすこととなり,53年末以降の原油価格上昇の影響を試算してみると,今回の原油価格上昇は期を追って影響を拡大し,54年平均では,成長率を0.6%引き下げ,民間在庫デフレーターを4.1%,民間最終消費支出デフレーターを1.1%それぞれ引き上げ,経常収支を約140億ドル赤字に動かす方向に作用したことになる(ただしこうしたアプローチはどの期間をとるかによって結果に差異をともなうのでこの結果を単純に他の期間にあてはめるべきではない。 第II-2-17図 )。
以上でみてきた石油価格上昇の影響は,潜在的インパクトとしての影響の程度を示したもので,これらが現実にどの程度の物価上昇,景気抑制効果となって現われるかは,その時の経済環境,政策的対応などによって異なる。
第I部で示したように,今回の石油価格の上昇においては,①石油価格上昇の時点では景気がちょうど自律的上昇に転じたばかりであり,景気はまだ若く,48年当時のようなホームメード・インフレの徴候が見られていなったこと,②政策運営も早目に物価警戒型に移行し,マネー・サプライも安定的に推移していたこと,また,後述するように(本章第3節)③今回は,生産性の上昇が石油価格上昇の影響を吸収している,といった事情があるため,インフレ,デフレ的影響が現実化するのをかなり抑えられた。こうした経済環境の変化に加えて,今回の場合,④期待成長率の屈折が生じていないという点も,重要な点である。
経済企画庁の企業アンケート調査によって,企業が中期的にもっている期待成長率をみると,40年代半ばには10%程度の成長期待だったのが,48年末の石油危機後は,5~6%に低下した( 第II-2-18表 )。
こうした期待成長率の低下により,企業はそれまでの高い期待成長率に合わせて持っていた設備,雇用を5~6%成長に見合うように調整しなければならなかった。この調整過程では,設備投資は通常の景気下降局面以上に停滞し,雇用情勢も厳しいものとならざるをえない。こうして,前回の石油危機後の日本経済では,高価格原油への適応過程と,高成長から5~6%成長への調整が重なって停滞が強まったのである。
しかし,54年以降の石油価格上昇下ではこれまでのところこのような期待成長率の大きな低下は生じていない。
以上でみてきたように,わが国はエネルギー資源のほとんどを輸入に依存しているため,当初の経済的インパクトは他の石油輸入国に比べて相対的に大きい。しかし,中期的にみてそのインパクトに対応し,元の均衡に復する力は強いように思われる。
前回と今回の石油危機後の経済の動きをみると,わが国は前回の石油危機直後は,成長率,物価,国際収支等の面でかなり悪化したが,その後は他の諸国に比べてかなり急速に好転してきた。今回の場合も,国際収支の赤字幅は大きいものの,成長率,物価についてはかなり良好なパフォーマンスを維持している。ではその回復力の強さの原因は何か。
石油危機からの回復力を左右する一つの要因として,賃金変動が弾力的であるか否かということが指摘できる。
経済各部門で前回の石油価格上昇に伴う負担が,どう分担されたかを振り返ってみると,まず,企業のコスト上昇は,インフレ期待に基づく仮需に支えられて,急速に製品価格に転嫁された。このため,消費者物価は急騰し,家計の実質所得の伸びは鈍化した。すなわち,石油価格上昇による所得の減少は第一次的には家計の負担となった。
しかし,49年の賃金は約30%も上昇した。つまり,家計は物価上昇による実質所得の減少を賃金上昇によってカバーしたのである。しかし,そうなると今度は企業が賃金コストの上昇による収益の減少に当面することとなった。言いかえれば,賃金の上昇によって,石油価格上昇の負担は家計から企業に再転嫁されたのである。
もちろん,企業がこの賃金コストの上昇分を再び価格に転嫁すればもう一度物価が上がり,家計の実質所得が減る。そうなれば,循環的なホームメード・インフレとなる。しかし,49年以降は厳しい総需要の抑制によって需要は減退し,インフレ期待的心理も冷えていったから結局再転嫁は抑えられ,その結果,企業の収益は長期的な停滞局面を迎え,減量経営へと進んでいった。
このような分配面での変化は,石油輸入国である多くの先進国で共通の現象だった。48年以降,ほとんどの国で企業所得のシエアが急減し( 第II-2-19図 ),それが各国のその後の企業の設備投資活動の停滞の一因となった。
以上のように,輸入インフレ下での賃金コストの上昇と企業収益の悪化は,物価上昇圧力を底上げし,設備投資を停滞させるとともに,企業の雇用調整を誘発し,雇用情勢を悪化させてスタグフレーション状況を一層悪化させることになる。
こうしたスタグフレーション状況からいかに速やかに脱出するかは,賃金の弾力性に左右されるところが大きい。賃金の変動が雇用情勢に対して感応的であれば,賃金上昇率が鈍化し,賃金コストの上昇,雇用の悪化もそれ以上は進まない。しかし,賃金が雇用情勢に対して非感応的で,物価にスライドして決まる度合が高ければ,賃金コスト上昇,雇用の悪化はなかなか止まらず,スタグフレーションの症状は尾を引く。
主要国の賃金決定要因について比較してみると,アメリカ,イギリス,イタリアなどの諸国では賃金が消費者物価の動向に左右される度合が非常に強いのに対して,わが国の場合は消費者物価の動向が大きな影響を及ぼすことはいうまでもないが,雇用情勢に対する感応度が相対的に高い( 第II-2-20図 )。これは,①アメリカ,イタリアでは賃金の物価スライド制がとられていることの影響も考えられること,②わが国の労働組合は通常企業別組合であるが,欧米諸国は産業別や職能別組合が多く,これに加えて特にアメリカでは賃金契約の期間が長いこと,などのためであろう。
こうした相違に加え第1次石油危機後いち早く物価安定を達成したためわが国の賃金上昇率はしだいに落ち着いてきたが,55年の賃金決定においては,労使双方が従来以上に物価の安定や雇用の確保を重視して賃金交渉を行った(春季賃上げ率は単純平均で6.9%)。こうした対応は,石油価格上昇の悪影響からの脱出をさらにスムーズにするものと評価されるとともに,今後における物価安定の必要性を一層示唆するものといえよう。
強い回復力をもたらすもう一つの要因は,活発な企業間競争である。
企業をめぐる経済環境が変化した時,その変化した環境に対していち早く適応した企業が相対的に有利な地位に立つことができる。この場合,企業間の競争が激しいほど,各企業は競って環境への対応を急ぐから経済全体の適応も急速に進む。
わが国の企業は,高度成長期には成長をもたらしやすい内外諸条件を十分生かして,活発な設備投資,技術の導入を行い生産力を拡充してきた。また,48年末の石油危機後は各企業は競って減量経営に取り組んだ。これは,有効需要を低め,雇用情勢を悪化させるというマイナス面もあったが,一方では,生産性を高め,高度成長から5~6%成長への適応を早めるという効果もあった。
また,前述したように(第I部第2章)近年では省エネルギー,石油代替型の設備投資がかなり活発に行われている。これも,厳しい企業間競争の中で,企業が競って石油の相対価格上昇に対応するための最も効率的な生産体制の整備を急務としているからである。
今後とも日本経済の外的ショックからの回復力を維持していくためには,市場の競争条件を整備し,企業間の競争の維持を図っていくことが重要である。企業間の競争を反映するような諸指標を合成して,「企業競争環境指数」を試算してみると( 第II-2-21図 ),最近は景気の回復に伴って競争環境も従来なみに近づいてきているが,経済が停滞していた50年頃は40,45年のレベルを下回る業種が多かった。成長率が鈍化すると企業の競争環境が弱まりやすいという点にも留意しつつ,市場の競争的性格を維持していく必要がある。
以上みてきたように,各国の経済が石油価格の上昇によっていかなる打撃を受けるかは,①石油価格の上昇という外的ショックからどの程度の潜在的な影響を受けるか,②また,その影響が顕在化するのをどの程度防ぎ,元の状態にもどる回復力をどの程度発揮できるか,にかかっているといえよう。
わが国は前者については,相対的に大きなインパクトを受けるが,後者については適切な経済政策の運営の下で,弾力的な賃金変動,競争的な企業環境等の諸条件が維持されるなら,外的ショックからの回復力は相対的に大きいといえる。また,特に労働生産性の上昇は,今回の石油価格上昇に伴うインパクトを乗り切る上で大きな役割を果してきた。
従って,今後,持続化すると予想される石油制約の中で,良好な経済パーフォーマンスを確保していくためには,これまで発揮されてきた回復力を維持し,労働生産性の上昇を図るとともに,経済全体の石油に対する依存度を下げて,潜在的インパクトそのものをまず小さくしていくことが重要である。これは経済全体の仕組みを石油利用の面でより効率的にしていくこと,すなわち石油生産性を上昇させることにほかならない。次節では,この点を詳しくみてみよう。