昭和55年
年次経済報告
先進国日本の試練と課題
昭和55年8月15日
経済企画庁
第II部 経済発展への新しい課題
第2章 石油制約への対応
48年以降,石油情勢は大きく変わった。
48年10月,第4次中東戦争の中で,アラブ諸国は石油の生産削減と原油価格の大幅引上げを決定し,アラビアンライト(標準油種)は48年8月から49年1月までの間にバーレル当たり3.07ドルから11.65ドルへと3.8倍になった( 第II-2-1図 )。こうして世界経済は石油危機の荒波に揺れることとなった。特に原油価格の急激かつ大幅な上昇は,世界経済全体にスタグフレーション的要因として働き,大きな影響を及ぼした。
こうした中で,石油情勢そのものは,50年以降,世界景気の停滞による石油需要の落ち込みなどもあって小康状態を保ち,原油の実質価格は低下を続けた。しかしその後,イランの政情不安に伴い53年末~54年にかけて石油情勢は再び厳しさを増すこととなった。53年時点で,イランの原油生産量はOPEC全体の約17%のシエアであった。それだけの石油が53年末から54年にかけて,世界市場から姿を消したため,需給はかなりひっ迫し,先行き供給不安も高まった。54年3月にイランの石油輸出は再開されたが,中断前に比べるとかなりの減少となったため,年前半原油の供給は不足気味に推移した。こうした中で,供給面では,OPEC原油の販売に占めるメジャーのウエイトが低下し,産油国による直接販売がそれに取って代わるという流通経路の変化が生じ( 第II-2-2図 ),一方需要面では消費国が在庫の積み増しを図ったことから需給はひっ迫し,スポット価格は上昇を続けた。そしてこうした需給ひっ迫を背景に,OPEC諸国は54年に入って原油価格を数次にわたって引き上げ,53年末にはバーレル当たり12.7ドルだったアラビアンライトの公式販売価格は55年5月には28ドルまで上昇した。
一方,量的な面では,54年7月以降サウジアラビアの増産もあって,一時期の供給不安はかなり薄れたものの,本年5月のサウジアラビアの公式販売価格の引上げは原油価格統一への方向へは至らず,むしろその他諸国の販売価格を上昇させることとなった。そして,55年6月,アルジェのOPEC総会では,標準原油価格の上限をバーレル当たり32ドルとし,それを超える油種間格差をバーレル当たり5ドル以内に抑えるとの新たな価格体系が決定された。なお,スポット価格は需給緩和を反映して,比較的安定的に推移している。
このような48年以降の石油情勢の変化はいかなる背景の下で生じてきたのだろうか。
第1の背景は,長期的にみた石油資源の有限性である。エネルギー供給の長期的動向からみると,1980年代は一種の端境期であり,期待が持たれている太陽エネルギーなどの新エネルギーの利用はまだ本格化しない一方,従来からの石油については,供給制約が強まっていくと考えられている。
こうした中で,世界の石油生産に圧倒的シエアをもつOPEC諸国の生産と埋蔵量の動向をみると,1973年以降,生産量が横ばい気味であるのに,埋蔵量は低下傾向にある( 第II-2-3図 )。このことは,フローとしての生産水準が,新たに発見される石油資源の量(ストックの追加分)を上回っており,ストックの食いつぶしが生じていることを意味している。このため,産油国側も資源保存政策を強めている。
第2は,石油の供給カルテルが形成されやすい状況下にあることである。需要サイドからみると,先進諸国はこれまで石油資源が安くて豊富だった時期に,基幹的なエネルギーを石油に強く依存したいわゆる「油づけ」の経済構造になってしまった。このため,簡単に他の資源に代替できないという事情がある。一方,供給については,先進国は原油をほとんど全面的に発展途上国(うち大部分はOPEC諸国)に依存している。( 第II-2-4図 )。このため,何らかの事情で,産油国の供給カルテルが形成されると,消費国として有力な対抗手段を持ちにくく,カルテルの力が維持されることになる。
第3は,もう少し短期的なものであるが,世界の景気変動に伴う需要変化の影響である。世界景気は53年以降アメリカ,日本の引き続く景気上昇に加えて,ヨーロッパ諸国の景気も上向きに転じるに至ったため,先進諸国全体の生産活動も活発化し,石油に対する需要も強まり,石油需給のひつ迫をもたらした。
特に,53年には例年のパターンとは異なり不需要期の夏期に在庫取り崩しが行われ,石油の在庫水準は低かった( 第II-2-5図 )。こうした状況下で54年に入って先行き供給不安感が強まり,在庫増加意欲も急速に高まった。結果的にみると,54年に入って先進諸国はかなりの在庫積み増しを実現したが,これは需給ひっ迫による石油価格の再上昇という高価な代償を払って実現されたといえる。
こうした長期短期の要因を背景として,これまで石油情勢は世界景気の回復・上昇→石油需要の増大→需給のひっ迫→価格上昇という変動を示してきた。このことは,こうした変動をくり返さないためにも,省エネルギー・代替エネルギー利用の本格的推進等が急がれることを示している。
このような石油制約は,世界経済にどのような影響を及ぼすか。石油の量的
な制約も強まったとはいえ,世界経済に最も大きな影響を生じさせてきたのは石油価格の上昇である。
まず,当然のことながら,石油に支払う代金が増大した。全世界の名目GNPに占める石油支払額の比率は73年頃までには1~2%だったが,74年以降は4~5%に高まった( 第II-2-6図 )。石油の相対価格が上がり,それによって所得移転効果が生じた時,それを相殺するだけ石油生産性(石油消費量1単位当たりの実質GNP)が上昇しない限り(石油の節約が進まない限り),各国は国内で生み出される所得のうちからより多くの割合を石油輸入又は,国内の石油生産者のために支払わなければならない。前回の石油危機により石油の相対価格が大幅に上昇したことから,世界で生み出される所得のうち産油国の取り分は飛躍的に増大し,74年以降,石油の相対価格の低下と世界の石油生産性の上昇により産油国の取り分は若干低下したものの,78年においても石油危機前の水準を大幅に上回っている。
石油生産性の上昇が鈍いのは,それを上げようとすれば,生産構造や消費構造の変化を必要とするからである。各国が既にストックとして持っている生産設備や消費財は,当然のことながら,一定の石油消費を前提としており,それが,生産構造,消費構造を形成し,経済全体としての石油生産性を決定している。しかもこうしたストックは長期にわたって蓄積されてきたものであるだけに,一挙に変化させることは難しい。
このようなメカニズムを通じて,いわば産油国に富が集中しているが,それは世界に新たな所得が生み出されたからではなくて,石油消費国の所得が減少することによって生じているといってよい。そして非産油国の所得の減少は,物価の上昇を通じた家計の実質所得の減少又は企業収益の減少というかたちで非産油国自身によって賄われている。
また,こうした産油国で増えた所得が,すべて輸入を増やすために使われるならば,世界全体にとっての有効需要の水準には影響がない。しかし,産油国で急増した所得の多くの部分は必ずしも輸入に振り向けられるとは限らないので世界景気にデフレ的影響が生じ,それが乗数効果を伴って回り回って波及していくことになる。前回の石油危機後,世界の景気はほぼ同時的に停滞したが,それには消費国の需要抑制政策のほか,こうした産油国における所得の漏出効果が働いている。