昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


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第II部 経済発展への新しい課題

第2章 石油制約への対応

第3節 発展と生活防衛のための生産性向上

1. 石油価格の上昇と生産性

(生産要素ごとにみた生産性)

一人当たりの所得水準の上昇は,基本的には生産性を上げるか,交易条件を有利化させるか,他国からの援助を受けるか等の,いずれかによって達成される。これまでの日本経済の発展は基本的には生産性の向上を通じてもたらされてきた。

いま,生産要素として,労働,資本ストック,エネルギーの3つをとり,それぞれで測った生産性の動きをみてみると( 第II-2-22図 ),①資本ストッ生産性は30年代前半上昇したもののその後低下してきていること,②労働生産性が一貫して上昇していること,③49年以降の成長率の屈折に伴い,どの生産要素の生産性でも上昇率は鈍った。もっとも,労働生産性は最近になって再び上昇テンポが高まっていること,④エネルギー生産性は,48年までは低下してきていたが,49年以降は上昇に転じていること,等の特徴がみられる。このことは,日本経済は資本が少なかった時は,海外の技術を導入し,それを設備投資に体化して生産性を高め,労働力が不足して,その制約が強くなると労働力で測った生産性を高め,エネルギー資源の制約が明らかになるにつれてエネルギー投入量で測った生産性を高めてこれまでの発展を支えてきたことを反映している。つまり,日本経済は,相対的に稀少性の高い資源で測った生産性を上げるようにして発展してきたのである。

(製造業の生産性上昇要因)

このうち特に,わが国の製造業の労働生産性は一貫して他の主要国に比べてかなり高い上昇率を続けてきた。労働時間の増減による表面的な生産性の変動を除くため,就業者の人数に労働時間を乗じた労働投入量当たりの生産性の推移をみると,わが国の生産性上昇率は,石油危機後かなり下ったものの,相対的には依然として,他の主要国よりもかなり高く加えて53年以降になると,さらに高い上昇率に回復している( 第II-2-23表 )。

それではなぜ,日本の労働生産性は,このように強い上昇基調にあるのだろうか。それは,就業者1人当たりの生産設備ストックの量,つまり,資本装備率が高かったからである。生産性上昇の要因は,資本装備率,稼働率,それに生産設備当たりの生産量つまり産出係数の3つに分解できる。この要因分解を,アメリカと比較してみると,日本の生産性が高いのは,主として資本装備率の伸びが高かったことによっている( 第II-2-24表 )。

資本装備率が高かったのは,設備投資が一貫して高い伸びを続け,48年以降でも設備投資が伸び悩んだとはいえ,なおかなりの資本ストックの増加がみられた反面,企業が減量経営を進めて雇用調整を図ったからである。

(生産性上昇を支えたそのほかの背景)

つまり,これまでの労働生産性を支えたのは,旺盛な設備投資に伴う資本装備率の上昇によるものであった。

しかし,それは単に量的な資本ストックの蓄積だけによって生じたものではない。そのような要因のうち重要なものとして,資本蓄積の速度が速かったため,資本の平均的な年齢が若く,最新の技術を体化した効率的な資本ストックを保有できたことをまず指摘しておく必要がある。

いま,日本とアメリカの資本の平均年齢を比較してみると,アメリカは10~11年で安定しているのに対して,日本の平均年齢は40年代前半,活発な設備投資を背景に急速に低下し7年前後となった。その後,石油危機後の景気停滞の中で設備投資が停滞したため近年では平均年齢は上昇してきているが,それでも水準としてはアメリカよりもかなり若いところにある(アメリカ約10年,日本は約8年)。

また,わが国の場合,労働者の質が高く,既存のものの進歩,改善をめざす意欲が強く,そうした小さな努力の積み重ねが生産性の上昇や,品質の向上をもたらした面も見逃せない。一つ一つは小さくとも積み重なると大きい労働者の創意や工夫もわが国経済の発展を支えたのである。

(49年以降の生産性の動き)

48年頃までの生産性の上昇は,物的なレベルでの生活水準の向上に寄与し,日本経済社会の先進国化に大きく寄与してきた。しかし,48年末以降,石油価格の上昇をはじめとする環境条件の変化のなかで,生産性の上昇はこれまでとは違った意味も加わって重要性を増しつつあるように思われる。

第1次石油危機後の製造工業生産性指数(日本生産性本部調べ)の動きをみると,いくつかの局面を経ながら変化してきた( 第II-2-25図 )。

第1の局面は49~50年にかけての生産性低下期である。この局面では,総需要が大きく落ち込む中で,稼働率が急激に下がり,これにつれて生産性も大きく低下した。第2は,51~52年にかけての生産性回復期である。しかし,この間生産性は上昇したとはいえ,それは主として企業の減量経営による人減らしによってもたらされたものであり,極めて苦痛にみちたものだった。第3は,53年以降の生産性上昇期である。減量経営に伴う人減らしは54年前半まででほぼ終わり,一方景気は53年後半から本格的な自律的上昇局面に入った。このため稼働率がかなりのテンポで上昇し,生産性の伸びも高まった。つまり,最近の生産性の上昇はかつての減量経営型のものから他の分野にシワ寄せのない稼働率上昇型のものになっているのである。

(石油価格の上昇と生産性)

前述のように(本章第2節),石油価格の上昇は,インフレ,デフレ両面での影響を日本経済にもたらす。しかし,生産性の上昇は,こうしたインフレ,デフレ両面での悪影響を緩和する働きをもつものである。労働生産性の上昇は,生産物一単位当たりのコストを低下させ,それは物価上昇圧力を軽くし,家計の実質所得の低下を防ぐ一方,企業収益のプラス要因となるからである。

54年に入ってからの名国の賃金,生産性,賃金コスト上昇率の関係をみると( 第II-2-26図 ),わが国は賃金上昇率が落ち着いているのに加えて,生産性が大幅に上昇しているため,賃金コストの低下が続いている。これに対して,アメリカは生産性上昇がほとんどなく,イギリス,イタリアも賃金上昇率が生産性を大きく上回っているため,西ドイツを除く各国で賃金コストがかなり上昇している。

これまで日本経済が第2次石油危機の影響を比較的うまく乗り切ってきたのは,景気の自律的上昇に伴い生産性がかなり上がっていることによる面が大きいといえる。

石油価格の上昇そのものは,わが国にとってほとんど操作できない,また避け難く生ずる与件の変化であり,これに対して国内の経済的対応としてとりうる有効な手段は生産性の上昇である。高度成長期に,生産性上昇の成果は,所得の増加,生活水準の上昇のために振り向けられてきた。しかし,54年以降の石油価格上昇下においては,生産性の上昇が,生活水準の防衛のために活用されているといえる。

2. 石油生産性上昇のために

(石油生産性の推移)

40年代に入ってからの石油生産性の動きは,2つの時期に分けて考えることができる。1つは,40年代前半までの生産性低下期であり,もう1つは,48年以降の生産性上昇期である( 第II-2-27図 )。石油生産性が上がる(下がる)ということは,実質GNP1単位当たりの石油需要量が減少する(増加する)ということと同じである。

実質GNP1単位当たりの石油需要量の変化を,鉱工業やその他の部門ごとの影響に分解してみると( 第II-2-28図 )。次のような点を指摘できる。

第1に,石油生産性低下期には,いずれの部門でも石油に対する依存度を高めたが,特に非エネルギー需要部門の寄与度が高かった。これは,合成繊維,プラスチック製品などの普及により,エネルギーとしてこの用途以外の部分で石油を原料として使用する製品の比率が高まっていったためである。この時期には,石油はエネルギーとしても,エネルギー以外の用途としても経済の各面に深く浸透し,経済全体が石油依存型の構造へと変化していったのである。

第2に,石油生産性上昇期には,特に鉱工業部門で石油需要量が低下し,全体としての石油需要量の低下に大きく寄与したことである。産業部門は,石油価格の上昇に対して他の部門より敏感に対応し,石油節約の方向に努力し,これが経済全体の石油生産性の上昇に寄与してきたのである。

(産業部門の石油需要変化)

産業部門において,石油依存度が低下してきた背景をさらに詳しくみてみよう。

鉱工業部門の生産額1単位当たりの石油需要量(石油原単位)は,50年以降低下している。この要因を,①産業構造が変化(石油原単位の高い業種と低い業種の相対的ウエイトの変化)することに伴う効果(産業構造要因),②生産額当たりのエネルギー投入量の変化による効果(エネルギー原単位の低下要因),③エネルギーのうち石油への依存度を変化させたことによる効果(石油代替要因)の3つに分解してみたのが 第II-2-29図 である。

これによれば,ここ数年の原単位の低下には,特に化学,鉄鋼などの素材型産業で生産量当たりのエネルギー投入量を低下させたことが大きく寄与している。また,鉄鋼,窯業・土石などを中心に,石油から他のエネルギー源への代替が進んだことも,全体としての原単位の低下に寄与した。

産業構造の変化についても,特に49年以降の景気後退の中で,石油原単位の高い素材型産業が不振だったことが原単位の低下に寄与した。

(石油生産性とGNP弾性値)

以上のように,産業部門の石油消費節約を中心に実現してきた石油生産性の上昇は,石油消費のGNP弾性値にも反映されている。

わが国の石油消費量のGNP弾性値をみると( 第II-2-30表 ),48年以前は1~1.2程度で安定していたのが,その後は急低下した。経済成長率に比べて石油消費の伸びが低下したのである。48~54年の間に,実質GNPは約27%増えているが,石油の消費量(燃料油消費者向け販売量+原油非精製用出荷量)は48年の257百万klから54年の259百万klへとほとんど増えていない。

これは,石油生産性が上がったからはじめて可能となったのである。石油生産性とGNP弾性値の間には,石油生産性の上昇率がプラスであれば弾性値は1以下,マイナスであれば1以上,生産性不変であればちょうど1という関係がある。したがって今後,今の石油生産性のレベルを維持するだけでは弾性値は1に戻ってしまうこととなる。量的な石油の制約の下で,ある程度の成長を確保していくためには,中期的にみた石油のGNP弾性値を低めにしておくことが必要だが,そのためには不断の石油生産性向上努力が不可欠である。

(脱石油の動き)

こうした石油生産性向上の一つとして,企業の脱石油の動きが活発に進められている。

経済企画庁企業アンケート調査によって,企業の石油制約に対する中長期的な対応の姿勢をみると,石油依存度の低い産業では,主として石油以外のコストの切詰め及び原単位の向上によって対応しようとしているが,石油依存度の高い産業では,これまでの原単位の向上から,今後は代替原材料,代替エネルギーへの転換を図ろうとする企業の割合が高い( 第II-2-31図 )。企業が従来にも増して脱石油に取り組んでいるのは,中期的な石油の相対価格の上昇を回避しがたいという予想が,企業の意思決定の中に織り込まれているからである。

わが国のエネルギー価格の変化をみると( 第II-2-32図 ),石油価格が48年末に大幅に上昇した後,若干のタイム・ラグを置いて他のエネルギー価格も上昇している。これは,エネルギー需要の中で極めて大きな位置を占める石油の価格が上昇すれば,多かれ少なかれそれと代替関係にある他のエネルギー資源の価格水準も底上げされるからである(いわゆる「逃げ水効果」)。しかし,それでも石油価格の上昇率が最も大きかったため,石油の他のエネルギー源に対する相対価格はかなり上昇し,石油以外のエネルギー源への代替が進むこととなった。そして企業がエネルギー源の代替を進めようとすれば,既存の設備ストックの下で代替を進めるのは限界があり,ストックの変更を含んだ代替のための設備投資が実行されることになる。

前回の石油危機の場合は,石油価格の上昇が急激でかつ一回限りのものだったため,企業にとっては石油情勢の見通しについての不確実性が大きく,設備変更を伴う本格的な代替エネルギーへの移行は行われにくかった。このため,省資源・省石油は既存の設備,生産体系の下で可能なソフト面を中心に行われてきた。今後は石油の相対価格上昇が中期的に続くという可能性が高いという認識が強まってきており,ソフト面での対応に加えて設備ストックの変更などハード面も含めた脱石油への動きが高まってきたといえよう。

(脱石油の具体的な動き)

脱石油の動きを具体的にみてみると,54年に入って,石炭に対する重油の相対価格が上昇するにつれて,紙・パルプ,窯業・土石などの業種では,生産1単位当たりの重油原単位が低下し,石炭原単位が上昇する動きがみられる( 第II-2-33図 )。セメント製造業ではキルン燃料の石炭転換を行う動きが活発に進められており,紙・パルプ製造業でもボイラー燃料の重油から石炭への転換が進められている。

また,53年後半からの景気上昇の中で稼働率が高まり,ひところ大幅だった需給ギャップが縮小したことも石油代替投資の活発化の背景となった。前回の石油危機後は,景気が極度に停滞して需給ギャップが大きかったため,企業も設備投資を伴うような石油代替にまでは踏み切らなかったが,それが縮小するにつれ,代替投資が生産設備の更新,合理化,能力増強と相まって行われるようになったのである。

また,電力部門では,原子力,石炭など石油に代替する電源の開発が積極的に進められている。

(石油制約克服の道)

以上のようにこれまでの石油生産性の推移は,主として民間企業部門における省エネルギー,石油代替投資などの努力を通してマクロ的にも石油生産性の向上がもたらされたことを物語っている。今後とも,こうした投資が進められる環境を確保しつつ,民間の活力を生かしていく必要があることはいうまでもないが,今後一層強まると思われる石油制約に対し,日本経済が「石油への弱さ」を克服していくためには,次のような諸点に一層積極的に取り組む必要がある。第1に,一層石油生産性の向上に努めることである。企業部門はもとより,経済社会全体として,一層その必要性が高まっている。このため,産業,運輸,民生等各エネルギー消費部門において最大限の省石油,省エネルギー化を推進する必要がある。

しかしそのためにも第2として,価格メカニズムによる市場機構の力の活用が必要である。石油の価格の上昇は,従来よりも石油という資源が不足がちになったということを示す「信号」である。より少なくなった資源を使おうとする人は,従来よりもより大きな「犠牲」を払った上でなければ手に入れられない。このことは,各経済主体にとっては苦しい対応を余儀なくさせる。しかし,そうした苦しいコストを払わなければ真の節約は進まない。

第3は,機動的な物価対策の活用である。石油価格が上昇した時,それを石油価格の相対的上昇のみにとどめることが必要である。逆にそれが一般物価の上昇,ホームメード・インフレにつながるようになると,相対価格の変化による石油節約効果が減退することはもちろん,スタグフレーションも進行する。

第4は,石油の備蓄の充実である。避けることのできない事情によって,石油の供給量が不安定化する場合に備えて,ある程度の備蓄を持ち,バッファーとして使用し得るようにしておく必要がある。

わが国の石油備蓄水準は,48年末の石油危機前(47年当時)はわずか45日分にすぎなかった。その後備蓄の増加が進み,55年5月末では94.6日分(民間備蓄)となっている。

備蓄の重要性は,供給制約が強まった時に備蓄を取り崩せるという点だけではない。十分な備蓄がないと,一時的な供給不安に対しても需要が高まりやすく結局価格の急騰を招いてしまう。逆に,備蓄に余裕があれば,将来不安に基づく需要の盛り上がりをある程度抑えることができ,価格の安定に役立つ。

第5は,省エネルギー,石油代替技術の開発,利用,普及の推進である。既存の技術体系だけに頼って石油生産性を高めていこうとしても限界がある。それだけでは,生活上の不便が増し,生産システムの効率も阻害される。その限界を越えて石油の節約を進めるには新しい技術を開発し,利用し,普及していく必要がある。