昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


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第I部 景気上昇と物価安定への試練

第2章 景気上昇の性格

第2節 在庫投資の増大

第1次石油危機後の民間在庫投資動向をみると,51年中に増加したあと,52年から53年前半にかけて調整局面を迎えたが,53年後半からは再び緩やかな拡大局面に入り,54年も引き続き増大した。企業の在庫投資行動は従来に比べれば慎重であり,「控え目な増加過程」にあるが,同時に石油価格上昇に伴う国内エネルギー価格の上昇及びその波及に伴って,いわば「輸入インフレに伴う在庫循環」がそれに重なっているのが特徴である。

1. 在庫投資の推移と特徴

(財別・形態別在庫投資の動き)

在庫投資の循環過程では,一般的には流通在庫→メーカー原材料在庫→製品在庫の順で在庫投資が波及していく。今回の在庫投資の動きもやはりこのパターンであった( 第I-2-17図 )。

財別・形態別の在庫投資の推移をみると,まず,最終需要財の流通在庫が53年7~9月期から増加に転じ,同時に生産財の流通在庫も増加しはじめた。そして流通在庫の動きにやや遅れて,メーカーの原材料在庫も増加傾向に入った。これは,原油価格や海外一次産品市況の高騰が国内市況にも影響を及ぼしはじめたため,メーカーの原材料手当ては少し早めになったとみられる。しかし,メーカーの製品在庫は落ち着いた動きに終始した。最終需要財メーカーの製品在庫は,51年以降安定的な増加基調で,54年に入ってからも特に目立った変化はみられなかった。さらに生産財メーカーの製品在庫は,51年前半から52年前半にかけて増加したあと,その後調整を続け,54年に入ってようやく下げどまり基調に転じた。

(在庫投資回復の要因)

このように53年後半以降,緩やかな在庫投資の回復がみられたが,回復の要因として次の諸点を指摘できる( 第I-2-18図 )。

第1は,当然ながら53年前半までで,在庫調整がほぼ一巡したことである。最終需要の回復に伴って,在庫率はかなり低い水準にまで低下し,企業の在庫過剰感も薄らいでいたのである。

第2は,商品市況や卸売物価が上昇に転じたことである。53年秋までの商品市況や卸売物価は,円高の影響もあって,低下傾向に推移した。しかし,石油情勢の変化から,原油価格や海外一次産品市況が高騰しはじめ,円レートがそれまでの円高から円安に変化したこともあって,国内の商品市況や卸売物価は上昇に転じた。景気回復局面では,商品市況が上昇に向かうと,先高感や市況好転に伴う金利割安感から流通在庫や原材料在庫が増加するのは通常のパターンである。今回も同じ埋由が働いた。

(概して慎重な在庫投資行動)

以上のような要因が重なり合って,在庫投資は増加に転じたが,その後の盛り上がりは従来に比べればはるかに緩やかなものであった。市況の動きに敏惑な流通在庫投資や原材料在庫投資も,従来の景気回復局面より増加テンポは緩やかであった。製品在庫はなお一層その傾向が強かった。在庫率水準も,原材料在庫率が54年後半に上昇したほかは低下傾向を続けた(前掲 第I-2-18図 )。

このように在庫投資の盛り上がりが緩やかであった背景として,次の点が指摘できる。

第1は,企業行動が慎重さを維持したことである。53年後半からの景気回復過程での,企業の売上高見通しと実績を比べると,見通しは常に控え目で実績がそれを上回るという状態が続いている( 第I-2-19図 )。この傾向は過去の在庫投資回復の局面と比較しても一層著しい。GNPに対する在庫投資比率も高度成長期に比べてかなり低下している。これには在庫管理技術の向上が寄与していることは言うまでもないが,企業の慎重さも反映しているといえよう。

第2は,第1次石油危機後の過剰在庫の重圧がいわば企業の在庫投資行動に「学習効果」をもたらしたことである。在庫評価益と在庫保有コストを比べると,48年には製品価格の高騰から大幅な在庫評価益が発生し,企業収益にもプラスに働いたが,その後は商品市況の低迷が続き,在庫評価益は低下傾向を示した。一方,在庫保有コストも,50年頃の高水準から次第に低下していったものの,それでも53年末までは在庫評価益を上回る水準にあった( 第I-2-20図 )。低い売上高見通しの下では,こうした在庫保有コストは大きな負担となる。こうしたことも,企業の在庫投資意欲を慎重化させたとみられる。

第3に,多少,上記の2点とも重なるが,生産財メーカーにおいて,より慎重な生産,在庫行動が行われたからである。後にみるように,生産財産業の生産の伸びは,最終需要財産業の生産の伸びに比べて相対的には緩やかであった(本章第5節参照)。これには生産財メーカーが,従来に比べて需給バランス重視型の生産態度をとったことに加え,海外原材料の調達がスムーズでなかったことなどが影響している。このため,生産財メーカーの原材料在庫投資の盛り上がりは緩やかであり,製品在庫投資は落ち着いた推移を示した。

2. 第2次石油危機と在庫投資

以上のように,慎重さの中で緩やかな増加にとどまった在庫投資であったが,製品別や時期別にみると,先高見込みによる在庫投資行動が生じたことは大きな特徴であった。特に流通在庫や原材料在庫の段階では,市況の変化と投資行動が密接に結びついているだけに,それなりの影響が生じた。それは,いわば「正常な在庫投資循環」が控え目であっただけに「石油や海外一次産品高,いわば輸入インフレに伴う在庫投資変動」を目立たせることとなった。

第I-2-20図 在庫評価益と在庫保有コスト

(動意のみられた石油関連製品)

まず,石油情勢の急変から,54年初めから54年度中にかけて一部の石油関連製品の在庫にそれが起こった( 第I-2-21図 )。

石油関連製品の在庫投資について川下から川上(プラスチック製品→石油化学工業→石油製品)へさかのぼっていくと,以下のような特徴がある。

    ① プラスチック製品は,53年後半から生産,出荷が増勢にあったが,54年に入ると夏頃にかけて出荷の伸びが高まり,製品在庫が減少した。これは,末端ユーザーや流通段階で仮需があったからである。その後は,反動もあって出荷が減少し,製品在庫も増加したが,再び55年1~3月期には高い出荷の伸びと製品在庫の減少がみられるようになった。そして,こうした過程を経てプラスチック工業の原材料在庫はほぼ一本調子で積み増された。

    ② 石油化学製品では,53年後半から54年初にかけて,生産,出荷が急増し,その後夏頃にかけて停滞したものの,再び年末にかけて増大し,製品在庫もこの時期になって急増してきた。そして実はすでにこの段階において一部では需給悪化の懸念も生じていたものの,55年1~3月期には需給者側に先高感が強まり,出荷の増勢が著しく,メーカーの製品在庫は減少気味となった。こうして化学工業の原材料在庫は漸次積み増されていった。

    ③ 最後に石油製品段階では,53年後半から54年初めにかけて増加した出荷が,その後も高水準を続けた。もちろん,プラスチック製品や石油化学製品の需要の伸びが高かったのにくらべると,その伸びは低かったが,それは原油供給量の制約と,上記以外の需要業界での省エネルギー努力による抑制要因や暖冬などの季節的要因が働いたからである。こうした出荷の落ち着きに加え,製品輸入も増勢を続けたことから,製品在庫は54年後半以降増加に転じた。

(55年1~3月期における在庫投資変動)

こうした輸入インフレに伴う在庫投資行動は,石油関連製品だけでなく55年に入ってから,いろいろな産業に広がってきた。確かに,流通,原材料在庫投資は,従来に比べれば,緩やかであったが,それらの価格がしだいに上昇テンポを高めるに従って先高見込みも強まり,在庫積増し行動が積極化してきた。特に,55年1~3月期には電力や各種資材の値上げを控えて,市況性の強い一部生産財関連品目を中心に流通,原材料在庫投資が動意を増し,いわゆる「前倒し需要」が顕在化することとなった。

主要な市況商品について,55年1~3月期における市況の騰落率と原材料在庫の増減率との関係をみると,ポリエチレン,純ベンゾール,塩化ビニル樹脂,酸化チタン,天然ゴム,段ボール原紙といった品目では正の相関がみられた( 第I-2-22図 )。これはそれぞれの製品のユーザーが先高予想を強めて,原材料在庫手当てを活発化させたからである。

こうした動きを,メーカー側の動きでみると,生産を上回る出荷の増加によって,製品在庫が減少するというパターンとなって現われた( 第I-2-23図 )。55年1~3月期には,非鉄金属,セメント,板ガラス,無機薬品及び顔料,合成ゴム,プラスチック製品などの製品で,そうした傾向が顕著にみられる。もちろん,この他の市況商品についても,同様な傾向が多少生じたものとみてよい。しかし,55年4月以降,流通,原材料在庫はこうした仮需の反動による調整過程に入ったものと思われる。それはもともと先高予想にもとづく積増しであったから,一過性のものであった上に,公共事業の抑制,住宅建設等一部需要の停滞,金融引締めに伴う企業金融の引き締まり等が働いたと思われる。最近における国内商品市況の軟化の背景には,国際商品市況の下落,円高傾向等の要因も働いているが,加えてこうした流通,原材料在庫の調整も響いているものと思われる。