昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
第1部 内外均衡に向かった昭和53年度経済
第1章 昭和53年度の日本経済―その推移と特徴―
53年度における景気の拡大に財政支出の増加が大きく貢献したところであるが,財政の景気に対する効果は,次の二つに分けることができる。すなわち一つは,既に決められた制度などに基づいて,経済成長や所得水準の上昇などに伴ない,ほぼ自動的に財政支出が変動したり,税収が変化したりすることによる効果である。いま一つは,景気の動向などに応じてとられる,裁量的な政策運営による効果である。景気政策としての財政政策の有効性を考えるうえでも,財政による景気刺激効果がどの程度裁量的な政策運営によるものであったかを振り返ってみる必要があろう。
財政支出,税収の変化のうち,どの部分が裁量的であって,どの部分が自動的なものであるかを区別するのは容易でない。たとえば,最も弾力的な運営が可能と考えられる公共投資についても,景気政策の手段であるだけではなく,長期的な視点から良質の社会資本ストックを供給していく役割があり,景気動向だけで規模を決定するのは困難である。
しかし,一応の目途をつけるためいくつかの大胆な仮定に基き,マクロモデルにより栽量的政策の効果を,仮に抽出してみたところ( 付図1 参照),52~53年度においてGNPの押し上げに寄与したのは,主にこの裁量的な政策であったことが示されており,積極的な財政運営が景気回復の力強い原動力となったことを裏付けている。また,この効果は同様に積極的な財政運営が行われた46,47年度に匹敵するものである。
ところで,裁量的な政策は一方において景気浮揚をもたらしたものの,他方では財政の赤字幅拡大を加速することとなった。国の一般会計だけをみても,このような赤字を埋めるために,53年度において約11兆円の国債発行を余儀なくされ,また,54年度についても,当初予算ベースでは,53年度をさらに大幅に上回る15.3兆円の国債発行が予定されている。
こうした国債の大量発行の結果,国債の発行残高(短期国債を除く)は,53年度末において42.6兆円強に達しており,また,国債残高のGNP(名目)に対する比率も49年度には7%弱であったのが,53年度には約20%にまで上昇している。このような国債の大量発行および残高の累増は,経済に対してどのようなインパクトを持っているのか検討してみよう。
国債の大量発行の問題点については,これを発行に伴う,いわばフローとしての国債発行の問題点と,国債残高増加によるストックの問題点とを一応分けて考察することができよう。
前者,すなわちフローとしての国債発行が持つ一つの問題は,国債発行による歳入の調達が増税による調達に比べて,社会的・政治的な摩擦が少なく,財政支出拡大に対する抑制力が働きにくいため,財政の規模が肥大化し易い,という点にあり,この結果,経済の効率=活力が損われる可能性を潜在的にもつ,という問題である。
いま一つは,通貨供給に対する影響で,国債発行による財政支出は,マネーサプライの増加要因となりうる点である。後出 第I-1-54図 にみるとおり,金融機関の政府向け信用(このほとんどが,国債の引受けによるもの)の寄与度は,52年10~12月期(2.7%)を底に上昇し,54年1~3月期にはM2を5.4%も押し上げる要因となっている。この間,民間向けの信用供与は比較的安定していたが,設備投資,在庫投資が上向きつつあるため,今後とも高水準の国債発行が続く場合には経済情勢の推移によっては対民間信用を圧迫し,またこれを避けようとすれば,対民間信用と対政府信用がともにマネーサプライを押し上げる要因として寄与し,マネーサプライのコントロールにとって大きな問題となる可能性が高まっているといえよう。もちろん,ここでみたような国債発行とマネーサプライの関係は,いわば事後的にとらえたバランスシート上の対応関係であり,実際の因果関係上のメカニズムは,そのときどきの金融調節のあり方等により変わってくるわけであるが,ここに述べたような可能性が潜在しているとみられる点に問題があるといえよう。
財政運営自体という視点からは,大量の国債発行が続き,その残高が累増すると,利払い,償還負担が嵩み,国民生活の安定と経済の発展のために貢献するという,財政本来の役割を適時適切に果すことが困難になる可能性がある,という問題がある。
次に,国債残高の累増の経済全体に対する問題点について考えてみよう。
国債発行残高の増加にもかかわらず,非金融部門の金融資産構成にはこれまでのところ,余り大きな変化は生じていない。これは,長期国債の発行の8割前後が金融機関引受けにより行われてきたためである。この結果,53年度末における長期国債の発行残高42.6兆円から,資金運用部等の公的金融機関と日本銀行の保有を差し引いた30.1兆円の市中残高のうち,69%が民間金融機関の保有となっており,国債残高増加の影響をみる場合,金融機関に対する影響の検討が最も重要な意味を持っている。
金融機関における国債保有の増加状況を振り返ってみると,全国銀行の資金量に対する国債保有の比率は,49年度末には,1.6%であったのが,53年度末には10.3%に達している。また,その内訳をみると,オペレーションの対象とならない発行後1年未満(残存期間9年以上)の国債も増加しているものの,増加の主因は,残存期間の9年未満の銘柄の増加にある。すなわち,50年頃までは,発行後1年を経た国債のうちかなりの部分が日本銀行の買オペレーションにより吸収されていたが,その後は国債の引受け額が増加を続けた一方,成長通貨の増加に見合って行われる買オペレーションの規模は,これに比べてはるかに小幅にとどまったため,国債残高が急増したのである。また,保有国債の有価証券全体に対する比率も上昇をみている。
金融機関の国債保有増加の問題としては,金融機関経営自体の問題と,国債保有の増加による金融機関行動の変化が経済全体に及ぼす影響とに分けられる。
まず前者については,国債の保有は必ずしもマイナスの影響だけではない。 第I-1-52①図 により,全国銀行の貸出利回りと,有価証券利回りとを比ベてみると,貸出利回りが急速に低下した一方,有価証券利回りはこれに比べて安定的な推移を辿り,52年後半以降は貸出利回りを上回っている。もちろん,個別銀行にとっては,派生預金の期待できる貸出と,これがない国債等有価証券の利回りを直接比較するわけにはいかないが,金融機関全体としてみれば,預貸金利鞘が縮小するなかで,高金利時代に引受けた国債等の有価証券からの収入が収益を下支えしてきたといえる。しかし,有価証券保有には,貸出と異なってキャピタルゲイン・ロスの可能性が伴う。 第I-1-52②図 はいくつかの銘柄につき,国債の取得価格を対応する市場価格と比較したものであるが,52年度から53年度にかけては,長期金利の低下を反映して総じて市場価格が前者をかなり上回っていた。しかし53年央以降,資本市場において長期金利が上昇に転じ,とくに54年に入って急速な上昇を示したのを反映して,国債の市場価格は急落し,最近では,表面利率の低い銘柄については,既に市場価格が取得価格を大幅に下回っているため,保有国債を現行の低価法により評価した結果,53年度下期においてかなりの評価損が計上された。また,このような経理上の問題を別にしても新規発行国債の引受け,民間資金需要の増加に対応するために,金融機関の保有国債の売却も起こりうることを考えれば,金利の推移は,金融機関経営にとって大きな問題となりうる。
第2の問題として,金融機関における資金運用と資金調達の期間構成の乖離が広がっている点を指摘できよう。
すなわち金融機関の預金,債券などによる資金調達の満期構成は,非常に安定した推移を示している( 第I-1-53図 )。一方,金融機関の保有資産の満期構成は,国債を中心とした有価証券保有の増加を主因に,着実に長期化しており,調達期間との乖離が広がっている。
資金運用主体の資産保有動機と,調達側の要請とのギャップを埋めるのが金融機関の一つの機能である以上,このような乖離は常に存在する。しかし,金利の固定された長期資産の割合の拡大は,将来金利水準が変化した場合,資産の運用利回りに比べ調達コストが速く変化するため,金融機関にとって,収益の不確実性の増大を意味している。
以上のような収益への影響,資産構成の長期化は,金融機関の経営にとって大きな問題であるとしても,これが金融機関の行動にどのような影響を与えているかが,国債残高累増のインパクトを考えるうえでより重要といえよう。
まず,資産構成の長期化によるリスク増大は,当然のことながら金融機関の短期資産に対する選好を強めることになる。53年央以降,公社債市場において中・短期債の利回りが比較的安定した推移をたどるなかで,長期債の金利がかなりの上昇をみたのも,このことの一つの表われといえよう。しかし,より注目すべきは貸出に対する選好の強まりとの関係である。運用資産に占める有価証券のウエイトが上昇すると,資産構成是正のため,金融機関は貸出意欲を強める可能性があり,とくに52~53年における貸出意欲の強まりが,かなりの程度この要因によっているという可能性がある( 付図2 参照)。
もちろん,貸出に対する意欲が高まっている背景には,金融機関が貸出を本来の業務と考える傾向が強く,資金需要の盛上がりが乏しいなかで派生預金,手数料収入等各種有形,無形のメリットが期待できる貸出を確保したいという側面などもあるものの,資産の運用期間の調整も無視できないように思われる。
いま一つの問題は,長期資本市場への影響である。すなわち,市中消化により発行された国債の過半が金融機関に累積している一方,金融機関の貸出選好が強まっている状況のもとで,資金需要が上向けば金融機関はこれに応じようとするが,このためには,保有する有価証券を市中で売却する必要が生じてくる。また,現実には資金需要が余り盛上がらなくても,金利の上昇予想が強まれば,国債の保有者はキャピタルロスを防ぐため売却を増やそうとし,また余資金融機関等の買い手は見送り姿勢を示すが,これはまた金利の上昇に拍車をかけることになる。とくに,資金ポジションに余裕の少ない我が国金融機関の場合には,満期まで保有する余地が少なく,期限前に売却する可能性が大きいだけに,金融機関における国債残高の累増は,資本市場における長期金利の安定性を損うおそれも少なくないといえよう。
現在のような金融機関引受けに大きく依存した状況の下での国債の大量発行は,新規発行時において直接マネーサプライの押し上げ要因となりうるばかりでなく,その残高の累増もマネーサプライに対する一つの増加要因となりうるのである。
このように,フロー面からも,またストック面からも大量の国債発行の是正,ひいては財政赤字の縮小は,我が国経済にとって重要な問題となっているといえよう。
金融情勢は,53年度も全体としては緩和を続けたが,そうしたなかでも一つの転期を迎えることとなった。すなわち,53年3月には,公定歩合が財政面における積極策と平仄を合せて終戦直後の混乱期を除き,戦後最低の水準にまにで引下げられ,また企業金融もこうした政策運営に加え,在庫調整の進展等による資金需要の落着きから,一段と緩和の度合いを強めていった。
しかし,秋以降は国内需給の改善のなかで,輸入物価の上昇を契機に卸売物価がかなりの上昇に転じ,こうした状況下日本銀行は過度の緩和を防止するため,54年4月には,50年4月に公定歩合が引下げられて以来,4年ぶりに公定歩合を引上げた。また,資本市場では,年央以降,短期金利が低下を続ける一方,国債の流通利回りを中心に長期資本市場の金利が上昇に転じるという,いわゆる長短金利の乖離現象が目立ちはじめ,しかもこの傾向が徐々に強まっていった。
以下では,まず53年度における金融情勢を概観したのち,こうした長短金利乖離の背景について検討してみたい。
まず,マネーサプライの動きを振り返ってみると,M2(現金通貨+預金通貨+定期性預金)の前年同期比増加率は,53年4~6月にかなりの増加を示したあと,緩やかに伸びを高めている( 第I-1-54図 )。その内容を信用面における対応によりみると,対外資産の寄与度は年度当初はやや高まったものの,後半には国際収支の赤字を反映してむしろ減少要因となっている一方,政府向け信用の寄与が期を追って上昇を続けているのが目立つ。この間,民間向け信用は,企業の資金需要の動きを反映して年度の前半は52年度に続き落着いた推移をたどっていたが,後半にはやや高まってきている。
そこで,次に最近の企業金融の動きについて検討してみよう。
53年度における企業金融は,①資金不足幅の縮小とこれを反映した資金需要鎮静,②運用面では現預金保有抑制のなかにおける短期運用有価証券保有の増加,③現実の手元流動性の増加を上回る金融緩和感の進展という,52年度と共通の特徴をもっていた。
第I-1-55図 により部門別の資金過不足の推移をみると,法人部門の資金不足幅は49年央をピークに縮小を続けているが,とくに52年以降はそのテンポが早まり,53年4~6月期にははじめて小幅ながら資金余剰となった。
第I-1-56図 法人企業投資超過の推移(前期比増加額ベース)
この点をやや詳しく検討するため,法人企業の投資超過幅とその内訳を 第I-1-56図 によりみると,52年後半における投資超過幅の縮小は,主として在庫の増加幅縮小を反映したものであった。53年に入ると投資超過幅は一段と縮小し,とくに4~6月期には小幅の貯蓄超過となったが,これは設備投資はやや増加したものの,依然低水準で推移するなかで,在庫が減少に転じ,さらに利益の回復を背景に内部資金がかなりの増加を示したためであることが,同図から読みとれよう。
業種別にみると,こうした傾向は製造業においてとくに目立っており,52年10~12月期以降,貯蓄超過幅が拡大を続けている。
その後,53年の後半には,収益の回復を反映して内部留保は引続き増加したが,一方で設備投資が増加し,また在庫も製造業では減少したものの,非製造業では増加となったことから,全体としてみれば再び投資超過に転じている。もっとも,その幅はなお水準としてみれば小幅なものにとどまっている。
次に,企業の金融投資についてみると,現先市場での運用は引続きかなり活発に行われたものの,一方で現預金の圧縮が続けられたため,全体としては落着いた推移を示している。これを企業の広義の手元流動性比率〔(現預金+短期保有有価証券)/売上高〕でみると( 第I-1-57図 ),年度の前半は52年度に引続き上昇したものの,後半には売上高の回復が進むなかで,現預金が増加を示さなかったため,再び低下に転じている。
このように,企業の手元流動性比率は年度を通してみれば,若干低下したにもかかわらず,一方で金融機関の貸出態度が弾力的であったことなどから,金融の緩和感は一段と広まっていた。たとえば,日本銀行「短観」により全産業の資金繰り判断をみると,53年2月には「楽」とする企業が「苦しい」とする企業を9%ポイント上回っていたが,54年5月は24%ポイントにまで上昇している。
以上のように,企業の資金不足は年度の後半にやや拡大したとはいえ,なお小幅にとどまり,また金融投資も総じて落着いていたため,金融機関の企業向け貸出は一段と伸び悩んだ。すなわち, 第I-1-58表 にみるように,不動産業向け,サービス業向けなどの貸出が伸びを高めたものの,大きなウエイトを占める製造業向けの貸出はほぼ純増ゼロに近く,まだ卸・小売業の資金需要も落着いていたため,全国銀行の企業向け貸出は,53年度中7.5%の増加にとどまり,貸出全体でみても個人向け貸出の順調な増加にもかかわらず,52年度に続いて1ケタの伸びにとどまっている。
以上のような資金需要の落着きに加え,53年3月に公定歩合がさらに引下げられたこともあり,市中の貸出金利は急速な低下を示した( 第I-1-59図 )。すなわち,53年度中における全国銀行の貸出約定平均金利は,総合で0.785%,短期については0.921%の低下となった。また,金融緩和期間中(50年4月~54年3月)の通計では,総合で3.537%の低下となり,この間の公定歩合引下け幅(5.5%)に対する追随率は64.3%と非常に大きなものとなった。しかし,54年4月には公定歩合が引上げられ(3.50%→4.25%,4月17日実施),市中の貸出金利も4月以降上昇に転じている。
より特徴的な動きを示したのは,資本市場の金利である。すなわち,短期の市場である現先市場の金利は低下気味に推移したのに対し,長期債の市場流通利回りは,53年4~5月を底に緩やかな上昇に転じ,54年に入って,上昇テンポを高めている。この時期になると,現先市場の金利もさすがに上昇に転じているが,そのピッチは比較的緩やかなものにとどまっている。
資本市場における長短金利の動きの乖離は,51年にもごく緩やかながらみられたものの,このように明確なかたちで表面化したのは今回がはじめてである。その背景としては第1に,金融機関の資産構成の長期化を反映して,短期の資産への選好が強まった一方,新規に供給される債券の大半は長期国債であった,という長短資産需給のミスマッチが挙げられる。とくに年度の前半における動きは,主としてこの要因によるものであったと思われる。第2により重要な要因として,金利の先高観の強まりから,長期的に受取利子が固定されてしまう長期の有価証券が敬遠されたという点が指摘される。すなわち,年度の後半において長期債の流通利回りが急上昇したのは,新規発行条件改定予想等の心理的な要因による面も大きいが,基本的には,国内需要の回復,低落を続けた物価の反転のなかで,金利水準の底入れ観,さらには金利水準の先高見通しが強まっていったことを反映したものといえよう。このような流通利回りの上昇を反映して,新規発行債の消化地合が急速に悪化したため,発行条件が54年に入って2度にわたり改定された。
53年度にみられた金融情勢の変化,とくに資本市場の動きは,今後の財政金融政策運営上の課題をいくつか示唆している。
まず第1に,財政再建の推進である。すなわち,我が国の財政は,石油危機をきっかけとする経済の停滞により,50年度以降,租税収入の水準が落ち込み,その後も租税収入の伸びがはかばかしくないにもかかわらず,歳出面では国民生活の安定と景気の回復を図るため,必要な規模を確保せざるを得ず,このため財政収支には大きなギャップが生じ,財政は,大量の公債及び借入金に依存するに至っている。
この大量の公債発行は財政の機動的運営のみならず,これまで検討したように,フロー・ストックの両面から経済そのものの安定にとっても大きな問題となってきている。
一方,我が国経済は今後従来のように高度成長を望めないことを考えると,税の自然増収のみによって財政赤字が解消すると期待することは困難である。従って,歳出の節減,合理化を推進するとともに,歳入面においても税負担の公平確保に努めつつ,租税および社会保険負担を財政支出に応じた適正なものとしていくことにより,財政を再建し,その健全化を進めることが急務であるといえよう。
以上のような財政上の課題,および一般経済情勢をふまえ,金融情勢,とくに資本市場の動きに注目して,その課題を考えてみると,まず,金利弾力化の推進が挙げられる。すなわち国債を通ずる通貨供給が引続き高水準に推移すると見込まれ,民間の資金需要は緩やかながら増勢に転じつつあるが,こうした状況のもとで,海外商品市況の上昇,国内需給の改善などの物価上昇圧力は強まりをみせており,マネーサプライの適切な管理の重要性は一段と増している。このような観点から,日本銀行は公定歩合を引上げるとともに,その趣旨に沿って窓口指導の強化に努めている。しかし,これらの措置がより有効に働くためには,各種金利の弾力化・自由化を一層進めていく必要がある。すなわち,コール・手形市場等短期金融市場金利の弾力化は金融機関の貸出意欲のコントロールを,また金融機関貸出金利の弾力化は企業の借入意欲のコントロールを容易にする。さらには,資本市場における資金の需給に応じた弾力的な金利の変動は企業および金融機関の資金調達・運用意欲の両面に影響を与えていくことになるのであり,こうした条件が整うことにより,マネーサプライのより機能的なコントロールが可能となる。53年から54年にかけては,コールレートの自由化,日本銀行の債券オペレーション金利の弾力化,さらにはCD(自由金利による譲渡性定期預金)の発行など,多くの弾力化措置がとられた。我が国金融市場の実情を考慮すると,金利を直ちに全面的に自由化することには問題が少なくないが,金融情勢の推移等に配慮しつつ,可能な範囲で今後ともこうした努力を進め,日本銀行,市中銀行,さらには企業,家計といった各経済主体が参加する各金融市場の金利水準の裁定を円滑にすることにより,金利機能が有効に作用する素地を作っていく必要があろう。最近における物価上昇要因の強まりや長期資本市場の動向を勘案すると,金利の自由化・弾力化は,まさに重要な問題となってきている。
次は,長短金利の乖離と係わる問題である。物価をめぐる環境が厳しさを増しているなかで,息の長い景気拡大を達成するためには,設備投資が着実な回復を示す一方で,仮需等の投機的な動きを極力抑制する必要があり,こうした観点からは,長期金利が低く,短期金利は相対的に高いことが望ましい。国債の期間多様化は,こうした点に資するとともに,国債の消化をより円滑にすることも期待できる。現実にも,国債の多様化は実施されてきているが,資本市場における情勢の変化を見守りつつ,これを引続き推し進めていかなければならない。
このような国債の多様化により,長期金利の上昇が幾分緩和されるとしても,国債の大量発行が見込まれるなかで,企業の設備投資が回復に向かっていけば,当然金利の先高観が広がり,長期金利には上昇圧力が加わることになる。このような状況のもとで,国債の発行を円滑にするために,国債価格支持政策により国債をはじめとする長期債の流通利回りの抑制を図れば,結果的にはハイパワードマネーの供給増→金融機関の資金ポジション好転→貸出の増加,というルートを通じて,マネーサプライの増加を招く可能性が大きい。一方,長期金利の上昇が続けば,設備投資意欲に水をさし,中期的な成長力の後退につながる懸念がある。
今後長期金利の上昇圧力が続くような情勢の下では,民間の需要が回復に向かっているわけであるから,財政支出の抑制や増税による国債発行の削減が可能な筋合いである。しかし,タイミングのずれ等から一時的に公共部門と民間部門の資金需要の競合が生ずる可能性があることは否めない。そのような場合には機動的な財政政策運営に努めるとともに,金融政策面でも民間資金需要に適切に対処していくようポリシーミックスが必要とされよう。