昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
第1部 内外均衡に向かった昭和53年度経済
第1章 昭和53年度の日本経済―その推移と特徴―
石油危機後久しく力強さを欠いていた民間需要は,53年度には,7.1%と比較的高い伸び(52年度3.1%)となった。景気の回復は民需に火がついて初めて自律的な拡大が本格化する。53年度は民需に火がつきかけた状態といえる。しかし,その中には電力の設備投資などが含まれており,景気循環という視点からは真に内生的ではない性格の部分もある。今後,着実な内需中心の景気回復が続くかどうかは,現在の民需回復の確からしさに依存している面が大きい。そのような観点から53年度の民需の動向を検討してみよう。
景気循環という視点からは,在庫投資とことに設備投資の動向がポイントになる。消費は引続き堅調に推移しており,かつその動きは経済全体の動向に規定されるという従属的な性格が強い。また52~53年度にかけての住宅投資は住宅金融公庫の融資枠の拡大という政策的措置によって増加している面が大きい。こうした点を考えると,内生的な景気循環は主として在庫投資と設備投資の動きによって生み出されるといわざるをえない。
在庫投資は,52年後半から調整局面にあったので,53年度の動きとしては,在庫調整の終了と今後の動向及び経済に与える影響が問題になる。設備投資は,電力を除いても非製造業はすでに上昇局面にあるので,製造業の動向がポイントになる。まさに,石油危機後の長いストック調整期間が過ぎて製造業の設備投資が上昇局面に転ずるかどうかが現在の景気判断の最大のポイントであろう。それは景気の自律回復の条件がどの程度整ったかということを検討することにもなる。
そのような問題意識を念頭におきつつ,53年度の民需の動向を需要項目別に概観することにする。
石油危機後,大きな局面としては53年初まで在庫調整が続いており,景気変動に対してはマイナスの影響を与え続けた。在庫調整がいつ終り,在庫投資が増加に転じ,経済に対してプラスの影響を与えるようになるかということは大きな関心事であった。
ふりかえってみると,53年中は総じていえば,在庫の変動はあまり大きくなく,景気変動に対して大きな影響を与えなかったように考えられる。そこに石油危機後の状況を経験した企業行動の慎重さがうかがわれる。しかし,53年10~12月期頃から市況の上昇などにより在庫循環は緩やかな上昇局面に入ったようにみられる。ただ,需要が予想以上に好調なこと,54年に入ってからの石油問題の発生により石油関連品で在庫積増しの動きが生じたことなどから,在庫全体の動きに攪乱的な要素がもちこまれている。
以下では,①53年度中の在庫の推移と経済に与えた影響,②企業の在庫行動の慎重さの態様,③在庫上昇局面での特殊な動きなどに留意しつつ,53年度の在庫動向を分析する。
在庫は,石油危機後の異常な積み上がりを調整するということと,51年末から52年にかけて生産財の製品在庫を中心に結果的に意図せざる在庫増となった小さな在庫調整局面が重なるといった状況が53年初まで続いていた( 第I-1-20図 )。そして,53年初には在庫調整がほぼ終了し,53年度は在庫積み増しに転じてもおかしくない局面になっていた。
そこで, 第I-1-21図 によって形態別に在庫投資の推移をみると,まず,最終需要(GNPベース,在庫投資を除いたもの)の引続く堅調な推移に伴って,最終需要財の流通在庫が53年7~9月期から目立って増加し始めたことが読みとれる。規模別には,大企業で依然慎重さが続いているなかで,中堅・中小企業では51年から積み増しが続いており,在庫率も上昇傾向にある( 第I-1-22図 )。最終需要財のメーカー原材料在庫も生産の伸びに伴って53年後半からは緩やかながら増加に転じている。最終需要の増加の影響が遅れて現われる生産財についても53年に入って流通在庫は増加しており,原材料在庫も53年度後半には増加している。しかし製品在庫は生産財を中心として53年半ばまでむしろ減少し,その後も緩やかな増加にとどまっている。
このように,53年度中の在庫動向は方向としては在庫調整を終え,在庫循環の上昇局面に入ったといえるが,在庫率は引続きかなりのテンポで下落している(前掲 第I-1-20図 )ことからもわかるように積み増し額はさしたるものではなく,とくに製品在庫投資に慎重な行動が続いている点に特徴がある。
以上のように,全体として比較的慎重な在庫行動が続いた結果53年度の民間在庫投資(GNPベース,実質)は7,079億円と石油危機前の1~2兆円台の投資額と比べて小幅なものにとどまった。また,前年度に比べると2,443億円増加しているが,経済成長率に対する寄与度は0.2%にすぎず,51年度の0.6%をも下回っている。53年度の在庫投資の経済に与えた影響はいうなれば中立的であったといえよう。
鉱工業製品在庫指数は53年10~12月期から微増に転じている。これを本格的な在庫循環の上昇の始まりととらえれば,在庫が減り始めた50年1~3月期以降実に4年ぶりのことである。途中,いったん52年に積み上がりがあったが,これは当時の情勢の下では過大なものであり,設備投資等他の経済活動活発化につながることなく,再び調整局面を迎えなければならなかった。石油危機の爪あとはきわめて大きかったといわねばならない。また,最近の上昇傾向が今後どのような展開をみせるかも注目を呼ぶところである。
それでは,製品在庫を中心に,慎重だった企業の在庫行動の背景を考えてみよう。
在庫投資の変動には企業の現状判断が少なからず影響するはずである。そこで,在庫投資に関係すると思われる企業の判断指標の動きをみると,53年度に入ってから変化がみられるようになった。
まず,53年4~6月期以降,企業の予想以上に売上げが増加するようになった( 第I-1-23図② )。予想売上高の実現率の推移をみると,51~52年にかけてマイナスが大きくなっており,これが意図せざる在庫増をもたらす一つの背景となったが,逆に,53年4~6月期からは実現率のプラス幅が大きくなっており,景気が企業の期待以上に上昇しはじめたことがわかる。こうしたなかで,企業が前期に予想した在庫率を実績が下回るようになったという変化もみられるようになった( 同図④ )。石油危機後は,ほとんど一貫して実現在庫率が予想在庫率を上回っていたのと様変りである。すなわち,53年初までは,企業の在庫調整意欲は強かったものの,なかなか思うように在庫率が下がらないという状態が続いていたのが,53年度に入ってからはむしろ意図せざる在庫の減少が生じるようになったのである。
以上のような点からいえば,企業は在庫の積み増しに転じてもおかしくない局面にあったにもかかわらず,53年度中積み増しへ向けての目立った動きが見られなかったということは,それだけ企業の行動が慎重だったことをうかがわせる。
これは,石油危機後の減量経営の中で,企業が在庫保有に伴うコストを切下げようとする姿勢を続けているためであろう。それは以下のような動きとなって現われている。
在庫投資は短期資金の借入れによってまかなわれることが多い。従って,製品価格の上昇率が金利水準を上回り,しかも在庫の回転率が高まっている時には在庫保有に伴う金利負担感は生じないが,逆の現象が生じはじめると,負担感が高まる。実質金利(貸出金利-卸売物価上昇率)の動きをみると,47~48年はマイナスとなっており,それが在庫保有意欲を強める方向に作用したが,49年以降はプラスの状態が続いている。52~53年にかけては,金利もかなり下がったが,円高の影響もあって物価がかなり下がったため53年10~12月期までは実質金利はほとんど下がらなかった( 同図③ )。
こうした状況の下で,企業の減量経営によるコスト切下げ意欲が高かったため,予想以上に在庫が減っても積み増さないという状態が続いている。
減量経営のもう一つの現われは,仕掛品在庫の減少である。本来,仕掛品在庫は生産の増減に伴って変動する性格をもっているが,49年以降は特に最終需要財において仕掛品在庫率が大幅に低下してきている( 第I-1-24図 )。近年,生産工程が複雑な最終財産業などで減量経営の一環として,在庫管理技術の向上により,無駄な在庫保有をできるだけ省こうとする動きがみられるが,上記のような在庫の姿はこうした努力を反映した面もあるものと思われる。
前述のように,在庫の動きは最終需要財から生産財ヘ,流通面から原材料面へと増加が波及しつつある。通商産業省の製品在庫統計でみると最終需要財の製品在庫は,53年10~12月期以降増加している。最終需要財産業におけるこうした在庫の増加は生産財産業の生産,出荷を増加させ,ひいては製品在庫も増やす要因になり,今後全体として在庫が増加する局面となろう。それがまた生産の拡大テンポを高め,製造業の設備投資等他の経済活動に波及していく可能性がある。
54年に入ってから卸売物価はかなりの上昇を示しており,実質金利は一転してマイナスになっている(前掲 第I-1-23図③ )。これは企業の在庫負担感を軽減させ在庫増へのインセンティブをもたらすことになろう。また,企業マインドの好転は企業の考える適正在庫水準を引上げる可能性をもつ。
しかし,石油危機後,企業行動は慎重になっているので,在庫が上昇局面になるとしても,その程度は従来に比べ穏やかなものと予想される。
なお,全体としての在庫投資行動は以上の通りであるが,54年に入ってから石油関連品の一部では在庫変動に目立った動きが生じているすなわち,LPG,揮発油,繊維原料のテレフタル酸,合成ゴム等のような石油関連品では,景気の回復及び需要家の積極的手当てもあって,出荷が大幅に増加する中で,メーカー段階での意図せざる製品在庫減が生じていることがうかがわれる( 第I-1-25図 )。
このように,石油関連品の一部の製品在庫は減少しているものの,生産財全体としてみれば供給余力があること,企業行動が慎重であることなどから,このような動きは目立った波及を示していない。
53年度の民間設備投資(実質)は前年度に対し11.7%増と,久しい低迷の後(49年度9.7%減,50年度4.4%減,51年度は2.3%増,52年度1.5%増),増勢を強めたのが目立つ。年度中の推移をみても,上期の前期比4.2%増のあと下期は12.1%増と尻上がりに伸びが高まっている。下期における設備投資の急拡大には,備蓄用ウランなどの緊急輸入も寄与しているが,それを除いても前期比8.1%増とこの傾向は変わらない。民需回復の主役たるべき設備投資の増加がどの程度確かなものかを検討することは,これからの景気動向を考える鍵になる。そのような視点から,53年度の設備投資動向の特徴と要因をみてみよう。
53年度における民間設備投資の推移をみると,電力の投資が大幅に増加し,また電力以外の非製造業における設備投資も引続き拡大をたどったこと,さらには減少を続けてきた製造業の投資がようやく増加に転じたことなどが目立っている( 第I-1-26図 )。以下ではこれらの点を中心に,53年度における設備投資の特徴についてやや詳しくみてみよう( 第I-1-27表 )。
第1の特徴は,電力投資の大幅な増加である。たとえば,日本開発銀行の調査(54年2月)では53年度における全産業の設備投資は,52年度に対して15.2%の増加をみているが,これに対する電力投資の増加寄与度は12.4%であり,投資増加の8割以上を説明している。電力業の設備投資がこのように大幅な増加をみたのは,備蓄用ウランの緊急輸入といった特殊要因があることや,景気刺激策の一環として政策的に促進されてきたことによる面も少なくない。しかし,基本的には長期的な需給見通しからみて,適正な供給余力を確保するためには,投資の懐妊期間を考慮した場合,かなりの設備能力増強が必要となる点にあり,従って今後も引続き高い水準の投資が見込まれる。
第2は,前にもみたように,公共事業の大幅な増加に誘発されて,建設業や運輸業,さらには窯業などにおける投資がかなりの増加をみたことである(第1章第2節参照)。
第3は,小売やサービスなど,個人消費関連の非製造業の設備投資が,個人消費の堅調やサービス需要の多様化を背景に拡大を続けたことである。この傾向も根強いといえよう。
第4は,これまで減少を続けてきた製造業の投資がようやく下げどまり,年度後半には緩やかながら増加に転じたことである。業種別にみると,石油精製が備蓄・防災設備の増強を中心に大幅な増大を示したほか,電気機械や自動車等の加工型産業でも,小幅の増加となった。一方,鉄鋼や化学等の素材関連業種は減少を続けたものの,減少幅は小さくなっている。
53年度における設備投資の第5の特徴は,企業規模別にみた投資の動きにある( 第I-1-28図 )。石油危機後の設備投資動向を規模別にみると,50年から51年にかけて製造業中小企業の投資が一時的に増加したほかは,総じて低迷を続けた。しかし,51年の後半以降,まず非製造業中小企業の投資がかなり高い伸びを示しており,52年後半からは非製造業の大企業も増加に転じている。さらに53年度に入ると,製造業中小企業の設備投資が上向いてきている。一方,製造業大企業の投資はなお低迷を続けているが,53年度の中葉以降はほぼ下げどまり,極めて緩やかながら増加に転じている。
このような非製造業→製造業,中小企業→大企業という設備投資増加の波及は,過去の投資回復期にもみられた現象である。これは,一つには資金需要の増大する好況期には,中小企業等の資金調達が困難な場合があり,また金利水準の変化に対する速い対応が可能な中小企業,非製造業の設備投資が資金需要の少ない時期に相対的に多い傾向があるという金融的な理由によるものである。しかし,他方では不況期にあっても,非製造業に対する需要の落込みが相対的に小さいうえ,設備の規模が製造業大企業に比べて小さいため,ストック調整が比較的早く進展することも大きな理由と考えられる。特に今回の調整局面においては,既にかなり長い期間にわたり金融の緩和が続いていることを考慮すると,最近における非製造業や中小企業の投資増加は,主として後者の理由によるものとみられる。
以上のように,53年度の設備投資の増加には,金額的には電力を中心とする非製造業が圧倒的なウエイトを占めているが,製造業の設備投資が下げ止まり,増加に転じたことは景気循環的な意味からも,今後の経済成長のための供給力という点からも重要な意義をもつ。そこで,ここではそのような動きの底固さをみるために,製造業の設備投資動向に係る諸条件を検討してみよう。
まず,製造業の設備投資を考えるに当たって,最も重要な意味を持つ需給ギャップの動きとその背景についてみてみよう。
製造業の需給ギャップ率は,50年から51年にかけて縮小を示したあと,52年にはむしろやや拡大したが,53年に入って再び順調に縮小を続けており,54年1~3月期には11.3%にまで縮まっている( 第I-1-29図① )。これは前回の不況期のボトムの水準にほぼもどったことになる。こうした需給ギャップの動きを,素材型産業と加工型産業に分けてみると,後者では既に10%を下回っており,前回の景気循環局面と比較してみても,設備投資が急速な拡大をみた47年後半の水準に達している。一方,素材型産業では生産の回復が遅れたうえに,生産能力の伸びも52年までは余り鈍らなかったこともあって,需給ギャップはかなり大きかったが,53年以降は加工型産業と同様に急速な縮小を示し,最近ではほぼ前回におけるボトムの水準にまで回復してきている。以上のような点からみて製造業のストック調整は,素材関連業種ではなおしばらく続くとしても,全体としてはようやくにして最終局面に入ったといえよう。(第I-1-29図②)。
ところで,最近における需給ギャップ縮小の主因は,生産の着実な拡大にあることはいうまでもない。しかし,一方で生産能力の伸びが,過去のストック調整期にもみられないほど鈍っていることも見逃すわけにはいかない。例えば,前にみた需給ギャップを算出するために推計した生産関数により,過去における需給ギャップの縮小局面と比較してみると( 第I-1-30表 ),40年不況からの回復期,46年不況からの回復期ともに,生産能力は年率7~8%の伸びを示たのに対し,今回はわずか2%の拡大にとどまっており,この結果,生産の上昇テンポが前回までと比較してかなり低くなっているとしても,その上昇がそのままギャップの縮小につながるという,従来にないパターンとなっている。
生産能力の伸びが鈍化しているのは,雇用と物的な生産設備の双方の要因に基づくものであるが,主因は後者,すなわち生産設備ストックの伸びが縮小化したことにある。これはいうまでもなく,設備投資が抑制されたことを反映したものであるが,さらにその投資のなかでも直接能力の拡大に結びつかない投資が増えていることも大きく影響している。
また,ここで用いている需給ギャップ計算の基礎になる生産能力は,過去の傾向から考えられる潜在的な最大労働投入量,すなわち労働時間を各時点において可能な限度まで延ばすとともに,雇用者数も趨勢を考慮した最大値まで引上げることを前提にして試算したものである。そこで,企業が各時点において現実に雇っている雇用者数をそのままにして,労働時間だけを最大限に引延ばした場合の生産能力はこれより低く,従って,需給ギャップは,ここで推計したものよりも小さい。ちなみにこれを54年1~3月期について試算してみると,製造業全体では需給ギャップが1.0%,なかでも加工型産業では2.0%,低くなる。つまり,企業がどのような雇用態度をとるかによって,現在の需給ギャップの評価が異なってくるのである。このようにみてくると,今後生産の着実な増加,企業の慎重な雇用態度が続くとすれば需給ギャップは意外に急速に縮まる可能性があることには留意する必要があろう。
需給ギャップと並んで,設備投資の重要な決定要因である投資の収益率について検討してみよう。 第I-1-31図 は,企業の総資本に対する利子支払前の利益率を借入金の利子率と比較したものである。従って,両者の差は,いわば企業規模拡大の採算性を示すものといえよう。この利払前総資本利益率は,50年1~3月期をボトムに51年の半ばまでかなりの回復を示し,一方で借入金利が低下したこともあって,両者の差は急速に縮小していたが,51年央以降は金利は引続き順調な低下をみたものの,総資本利益率も低下したため,差はほとんど縮まらなかった。しかし,52年の後半以降は借入金利が引続き低下するなかで,総資本利益率が再び着実な上昇を示し,この結果53年に入って両者の関係は石油危機後はじめて逆転し,その後も緩やかに拡大を続けている。ところで,過去の回復局面を振り返ってみると,こうした逆転に続いて設備投資が上昇に転じている。石油危機後の物価上昇などを考えると,新規投資の採算性は,業種によっでは現在保有している設備を前提とした利益率とはかなり異なり,また,利益率の上昇が減量経営の結果を反映したものでもあることを考慮すると,この事実だけでは直ちに投資採算が回復したことは断定できないとしても,製造業の投資環境がかなり好転してきていることを示しているといえよう。
第I-1-33図 製造業新設備投資額及び除却額の推移と除却資本ストックの経過年数
以上のように状況の下で,現在どのような内容の投資が増加しているのかを検討してみよう。 第I-1-32図 は,製造業の設備投資を,投資の性格別に分解したものであるが,最近の特徴としてまず挙げられるのは,更新・維持補修のための投資がウエイトを増している点である(ここでは新設投資のうち,除却に見合う分を更新・維持補修投資と考えた。なお,以下では維持補修も更新に含むものとする)。すなわち,最近の製造業投資のうち約半分は,設備ストックの増大に結びつかない投資になっている。
この,更新投資は,今後高まっていくことが予想される。 第I-1-33図 は,ある設備が新設されてから何年後に更新されたかを試算し,これを更新設備の経過年数として示したものである。これをみると,更新された設備の経過年数は,石油危機後やや長期化しているものの,11年弱でほぼ安定した推移を示している。一方,過去における設備新設の動きを振り返ってみると,42年頃を境に急速に増大している。従って,仮にこれまでと同じような経過年数で設備更新が実施されていくとすれば,この40年代初に急増した設備が現在更新期に入りつつあるわけである。この時期に急増した投資は,30年代の投資に比べて大規模な重化学工業の大型設備装置を中心としたものであったことを考慮すると,必ずしもこれまでの更新投資と同様の期間で更新が実施されるとはみられないが,更新投資需要が今後一段と規模を拡大し,設備投資需要を支えていく公算は大きいように思われる。
設備投資から更新・維持補修を除いた,純投資の内容についてみてみると,生産能力の増大に直接には結びつかない公害坊止投資は,既存設備に係る公害対策がほぼ一巡したことなどから49~51年を峠にウエイトが低下している。他方,純投資のなかで単なる生産能力増強のための投資は,石油危機後,年を追って減少を続けた反面で,労働代替的な性格の投資のウエイトが着実な増加を示している点が注目される(前掲 第I-1-32図 )。
このような動きの主な理由としては,おおよそ次の3点を挙げることが出来よう。第1は,NC工作機械の発達,鉄鋼業における連続鋳造技術など,省力化,合理化技術は着実に進歩し,需要が全体として伸び悩むなかでも,これを取入れていくメリットが大きかったことである。
第2は,賃金が48年から49年にかけて大幅な上昇を示し,その後もテンポこそ鈍化したものの,緩やかな上昇を続けたのに対して,投資財の価格は石油危機直後に上昇したあと,ほとんど上昇をみせておらず,このため労働代替的な投資の相対的な有利性が高まっていることである( 第I-1-34図 )。また,第3には,企業が厳しい雇用調整を行ってきただけに,生産拡大の必要が生じても,調整コストの大きい雇用の増加による対応には慎重になっているとみられることである。このような点からみる限り,省力化・合理化を中心とした労働代替的な投資は,今後とも着実に増加していくものと予想されよう。
以上のような設備投資をめぐる情勢をまとめてみると,製造業のストック調整は全体として最終局面を迎えつつあり,また利益率,労働コストに対する投資費用の関係,さらには更新需要の増大などの環境からみても,設備投資拡大が続くことを期待できるようになってきたとみられる。これを過去の回復局面と比べると( 第I-1-35図 ),かつてはいずれも景気の谷から1年前後で製造業の設備投資の力強い拡大が始まったが,今回は実にほぼ丸4年を要したことになる。ここでも石油危機の後遺症の大きさが現われている。
このような状況を反映して,54年度の製造業の投資計画は5年ぶりに増加となっており(前掲 第I-1-27表 ),業種別にみても,電気機械,輸送機械など稼働率が既にかなり高い業種だけでなく,鉄鋼,紙パルプ,化学などの素材関連業種でも増加計画となっている。
非製造業については,投資全体を押し上げてきた電力については,引続き高水準であるとしても,これまでのようなリード役となるのを期待するのは困難である。しかし,その他の産業では総じて需要が順調に拡大していることもあって,投資意欲は比較的強いように思われる。
しかしながら,現在の設備投資動向に問題がないわけではない。それは,企業の投資行動がかつてなく慎重なことである。この点は第2部で詳しく触れるとして,ここではこの慎重さが最近の投資計画にも反映していることを指摘しておこう。例えば,稼働率と設備投資計画の変化の関係をみてみると,46年不況からの回復期には稼働率の上昇に対応して多くの産業で投資計画の大幅な拡大がみられたが,53年から54年にかけては,稼慟率がかなりの上昇をみたにもかかわらず,紙パルプ,非鉄金属,繊維等一部の産業を除いて鈍い反応しかみられていない( 第I-1-36図 )。今後の客観情勢が,設備投資にとって有利に進展することによって企業の慎重さも薄れていくことも考えられよう。しかし,設備投資の場合,この対応が余りに遅れるようなことがあれば経済のバランスという観点からは,一つのやっかいな問題をもたらす可能性がある。すなわち,生産能力の増加率が下がっている状況の下で,需給ギャップに余裕が乏しくなってから設備投資の積極化が広汎におこれば,設備投資自体の需要増加が供給力増加に先行し,需要超過になりかねない。従って,将来このような事態が生じるのを回避するためにも,企業の早めの適応が望まれる。当面の景気回復をより確かなものとすると同時に,中期的な供給力を確保し,活力ある経済を維持するためにも,企業の投資環境を悪化させない経済運営の重要性がより一層増しているのである。
53年度の民間最終消費支出(実質)は5.5%増(52年度4.2%増)と比較的堅調な推移を示した。個人消費は,物価の落着きと底固い景気回復のなかで,かつての高度成長時代とは比較にならないがまずは順調に推移しているといえよう。ここでは,①そうした個人消費の動きの特徴を概観するとともに,②最近の消費性向の停滞の要因をさぐることとする。
53年度における消費を,勤労者世帯,一般世帯(商店主,法人経営者,自由業などの世帯),農家世常に分けてみると以下のとおりである( 第I-1-37図 )。
勤労者世帯の実質消費は1.5%増となり,前年度(2.2%増)に引続き緩やかな伸びにとどまった。ただ,年度後半には増加率が高まってきている。収入と支出の関係をみると,賃金上昇率が低かったため,名目可処分所得は5.2%増と前年度(8.9%増)をかなり下回る伸びとなった。しかし,消費者物価が3.4%の上昇にとどまった(前年度は6.7%の上昇)ため,実質可処分所得は1.7%増とほぼ前年度(2.1%増)なみの伸びとなった。消費性向も77.3%とほぼ前年度(77.5%)と変わらない水準となった。
一方,一般世帯の実質消費は52年度の停滞から一転して53年度はかなり高い伸びを示した(52年度0.8%減,53年度3.4%増)。当庁「消費動向調査」によって53年度の一般世帯の収入状況をみると,名目手取り収入は7.9%の増加,平均消費性向は78.7%(52年度は78.4%)となっており,一般世帯の消費支出の好調な動きは,基本的には収入の増加によるものであることを示している。このように,一般世帯の消費支出はこのところ大きな変動をくり返しているが,この動きは中小企業の経営状況と似通っている。 第I-1-38図 は,一般世帯の消費支出と中小企業の景況感の推移を比べてみたものだが,両者がほぼ共通の動きを示していることが読みとれる。こうしたことからみて,一般世帯の多くが個人業主(商人,職人)や経営者層からなっているため中小企業の収益状況に代表されるような経営環境の好転が53年度の消費の高い伸びをもたらしたものとみられる。
農家世帯の家計費現金支出(実質)は53年度3.8%の増加となり,前年度(3.6%増)に引続き高い伸びを続けた。農家世帯の消費がこのところ好調な要因としては,物価の落着きの下で,農業所得の伸びに比べて,農外所得の伸びが大きかったことがあげられる。53年度の農外所得による家計費充足率は87.7%に達しており,農外所得の動向が農家消費の動向を大きく左右するようになっている。
家計消費支出の内容をみると(家計調査,勤労者世帯と一般世帯を合計した全世帯),①耐久消費財が消費全体の変動にかなり影響しており,52~53年度ではその伸びの高まりが目立つこと,②サービスが総じて消費全体より高い伸びを続けていること,の2点が目につく( 第I-1-39図 )。
そこで,まず耐久消費財支出の変動要因について考えてみよう。
所得の変動が,耐久財支出を左右することはいうまでもないが,それ以外の要因で,特に重要な要因の第1は,ストック調整要因である。フローとしての設備投資の変動に,ストックとしての資本設備の量が影響を及ぼすことはよく知られているが,同様の関係は耐久消費財支出にも生ずるものと考えられる。耐久財は,いったん家計に購入されると,かなり長期の間ストックとして存在し続けるという点で設備投資に類似しているからである。こうしたストック調整要因は,耐久財の普及率が上昇し続けている時はそれ程重要な意味を持ってこないが,普及率が高原状態に達した耐久財が増えてくると,次第に全体の変動を左右する役割を持つようになる。
こうしたストック調整要因からみると,45~48年にかけての耐久財ブームによって,家計にはかなりストックがたまり,その後のストック調整による落込みを大きくしたといえる。しかし,51~52年ごろから再びストックの補填という形でのフローの耐久財支出の増加が生じたものと思われる。
第2は,他の消費財,サービス価格と耐久財価格の相対的な関係の変化である(相対価格要因)。耐久財価格の上昇率が相対的に低ければ,耐久財に対する割安感が生じて耐久財支出が増えるという関係がある(これらの要因をおり込んだ回帰分析については 第I-1-40図 参照)。
現実の推移をみると,49年には卸売物価の上昇率が消費者物価を上回る状況になったほどであるから,工業製品の割安感はなくなったが,その後急速に卸売物価は落着いた。53年度の消費者物価のなかで,サービスは5.1%,商品は2.4%の上昇を示したが,商品のうち耐久消費財は1.1%の上昇にとどまっている。このような傾向が最近の耐久消費財支出増加の一因になっているとみられる。
第3は,消費者の意識面で明るさが増したことである(消費マインド要因)。耐久財は一時に多額の支出を伴うものが多く,必需的性格が薄いため,消費マインドの影響を特に受けやすい。49年頃の耐久財の停滞は,インフレ,雇用不安等で消費の節約を図った消費者が,耐久財をまず第一の制約の対象にしたことからきており,最近はその逆の現象が生じているといえよう。
以上のような諸要因により,52年以降の耐久消費財の消費好調が最近まで続いている。
主な品目ごとに最近の動きをみると,電気冷蔵庫などのように,すでに普及,率が飽和状態に達したものははとんどが買い替え需要であり,カラーテレビ,乗用車などのように40年代に入ってから普久率が高まったものは約半分が買い替えとなっている。他方,エアコンディショナなどはまだ普及途上にあり,ほとんどが新規需要である(以上, 第I-1-41図 )。
52~53年度については,大勢としては買い替え要因が大きかったのに加えて,猛暑によるエアコンの新規及び買増し需要が盛上がり(普及率52年度末の29.9%→53年度末35.5%),温風ヒーター(同9.6%→13.4%),ふとん乾燥機(同6.2%→11.2%)などの新製品の売行きも好調だったため,耐久財購入が全体として堅調な伸びとなった。
消費支出を性格別に分けてみると,53年度はレジャー関係費の伸びが目立った。全世帯の実質消費の伸び2.1%のうち,1.6%はレジャー関連品目の伸びによってもたらされたものである。その中身は,自動車等関係費を除けば,外食費,交通・通信費,交際費など大部分がサービスに対する支出である。以下では,こうした中から,いくつかの特徴的な動きを拾ってみよう( 第I-1-42図 )。
その第1は,外食費の増加で,食料費支出が「モノ」的なものから「サービス」的なものへと向かっていることである。50~53年度には実質食料費はほとんど増えていないが,この間外食費(実質)は,4.8%増となった。食料費に占める割合も40年代前半には約8%だったのが,53年度には12.8%になった。
外食産業の盛行は,技術革新等により比較的低価格で良質のサービスが提供されるようになったことが消費者の需要,ことに家族の団らんという欲求にマッチした点に求められよう。
第2は,交際費の増加である。これも,仕事関係のつきあいというよりは,近隣,学校,趣味など家庭ないし個人ベースの交際が増えているように思われる。
第3は,旅行の増加である。国内でも沖縄への観光客が26%(53年度)も増えるといった遠距離化がみられたが,折からの円高もあり,海外への観光者が増え(第2章参照),旅行の大型化現象がみられる。所得水準の上昇に伴い,消費面でも国際化が始まっている。
第4は,映画,スポーツ等の入場,観覧料の支出が減り,けいこごと,スポーツ,ゲームといった能動的かつ資質が発揮できる余暇活動のための支出がふえていることである。
かつては,消費の方向は強く耐久消費財の方に向いていたが,最近は主要耐久消費財の普及率が高まったため,状況によっては耐久財消費が減ることもある段階に達した。しかし,代ってサービスに対する需要は着実に増えており,その内容も上記のように家庭や個人の生活をより豊かにするような方向で多様に展開されている。それは,我が国の産業の発展や政策のあり方にも新たな光を投げかけるものといえよう。
勤労者世帯の消費性向は49年にかなり大きく落込んだ。その理由としては,①インフレの進行で将来への不安感が高まったこと(消費者物価上昇率は41~47年の平均上昇率5.4%から48年11.7%,49年24.5%の上昇となった),②貯蓄ストックがフローの所得に比べて相対的に過少になったこと(47年末の勤労者世帯の貯蓄残高はほぼ年収の97%だったが,49年には88%に低下)などのためである。
その後,こうした消費性向の低下をもたらした消費者の経済環境は急速に好転した。53年度の消費者物価上昇率は3.8%となり,53年末の貯蓄残高の年収に対する比率も96%にまで回復した。しかし,勤労者世帯の消費性向は,50年にやや上昇したものの,その後あまり目立った変化はなく,52,53年にはむしろ低下している。
まだ,消費者の行動には習慣形成効果があるから,実質所得の伸びが下がれば消費性向は上がるはずである。しかし,石油危機後,実質所得の伸びは顕著に落ちている(実質可処分所得の増加率,45~48年平均5.5%,50~53年平均0.8%増)にもかかわらず,このところ消費性向が上昇しないのはなぜだろうか。
消費性向とは,可処分所得に占める消費支出の割合であり,それは可処分所得に占める貯蓄の割合と逆の動きとなる。その家計の貯蓄は三つの形態に分けられる。金融資産の純増(預・貯金など),実物投資の純増(土地,家屋などの購入),及び契約貯蓄の純増(生命保険料の支払いや借入金の返済など)である。家計の目からみると,このうちの契約貯蓄に見合う分は,すでに義務づけられているものだから,裁量の余地は少ない。そこで,可処分所得から契約貯蓄を引いたものを,より裁量度の大きい所得という意味で「任意可処分所得」とし,これに対する消費性向をみたものが 第I-1-43図 である。
これをみると,通常の可処分所得に対する消費性向は,53年に至るまで48年のレベルを下回っているのに対して,「任意可処分所得」に対する消費性向は50年以降着実に上昇し,53年には,48年を上回ってほぼ石油危機前の46~47年のレベルに達している。
こうした点から見る限り,最近の経済環境の変化と消費マインドの好転はある意味で消費性向を引上げていることがわかる。それが,現実の消費性向の上昇として現われていないのは,契約貯蓄が急増していることが大きく影響している。
このところ契約貯蓄が増加してきている一つの大きな原因は,住宅,土地購入のための負債(以下これを住宅ローンと呼ぶ)が増加しているためである。
勤労者世帯の負債額は,52,53年とかなり増加したが,この大部分は住宅ローンの増加によるものである( 第I-1-44図 )。住宅ローン保有世帯の割合は,45年には16%だったが53年には29%にまで高まっている。一世帯当たりの住宅ローンによる負債総額は45年には15万円にすぎなかったが,53年には115万円に達している。
ところで,住宅ローンの返済は,貯蓄というよりも消費に近いという性質をもっている。家計にとって,金融資産の増加を図る通常の貯蓄とは異なり,住宅ローンの返済は,すでに取得した土地,家屋の代金を延べ払いで支払っていると考えられている場合が多い。家計の視点からすればそれは一種の家賃のようなものだからである。53年の住宅ローン保有世帯の消費性向は70.3%であり,その他の世帯の79.5%に比べてかなり低い。しかし,住宅ローン返済額(土地家屋借金純減)も一種の消費だと考えて消費性向を計算すると81.1%となり,その他の世帯の消費性向とほとんど変わらない水準になるのである。
従って,家計は,特に消費水準を切り下げたという意識がなくても,ローンへの支払いが増えるような状況では,通常用いられる消費性向という数字は低下することになるといえよう。
48~49年にはインフレの進行の中で消費が鈍化したのに対して,最近では物価が著しく鎮静化している中で,消費はそれ程盛り上がりがみられないという非対称性は,住宅ローン保有世帯のウエイトの高まりに,一つの原因が求められる。
53年度の住宅投資は景気対策の一つとして位置づけられ,民間住宅投資(実質)は6.4%の伸びと前年度(2.5%)を上回った。しかし,新設住宅着工戸数はほぼ前年度並となった。
53年度の新設住宅着工戸数は149万8千戸で,前年度に比べ2.2%減少した。これを資金別にみると,住宅金融公庫の融資戸数枠の拡大,貸付条件の緩和によって,公的資金を利用した住宅がかなり増加した反面,民間資金のみによる住宅は前年に引続き減少している( 第I-1-45図 )。前年度と同様に公的資金分の増加と民間資金分の減少がちょうど相殺し合い,総戸数はほぼ年間150万戸の水準で横ばいになるという姿が2年続いているわけである。
これを利用関係別にみると,貸家は微増となったが,分譲住宅は共同建て(マンション)は好調だったものの一戸建てが不振だったため全体としては前年をやや下回り,持家もかなり減少した。
52~53年度にかけては,金利の低下,建設コストの落着きなど住宅取得の条件はよく,さらに,公庫融資の大幅増といった住宅投資刺激要因が大きかったにもかかわらず,2年続けて全体としての住宅着工がほぼ横ばいにとどまっている理由は何だろうか。その最大の理由は,住宅の絶対的需要ともいうべき新規需要圧力が低下してきていることである。世帯数と住宅ストックの関係をみると,住宅ストックは43年に初めて世帯数を上回って絶対的不足の時代が終り,48年には全都道府県で世帯数を上回り,地域別にみた絶対的不足もほぼ解消した。53年の一世帯当たり住宅ストックは1.08戸に達し,空家率(別荘などを除く)も7.2%となっている。また,世帯数自体の増加率も,婚姻件数,人口移動の減少などにより最近低下してきている(総理府「住宅統計調査」)。このため,最近の住宅建築では建替分(ストックの増加につながらない戸数)の比率が高い
結局,住宅ストックの量的充実と,世帯数増加テンポの鈍化という環境の中で,フローとしての建設戸数は,住宅ストックの不足を解消するために40年代前半のような高い伸びを示す状況にはないといえよう。
最近の住宅投資は,ストックでみた量的な充実ではなくて質的な改善と,より良い住宅を求めての建替え,住み替えの動きが重要な意味を持つようになってきている。
住宅建設戸数が横ばいであるにもかかわらず,GNPベースでみた実質民間住宅投資が増加しているということは,住宅の質的改善が進んでいるということを意味している。住宅の質には,広さのほか設備や構造の高度化など種々の要素があるが,このうち統計的にとらえやすい戸当たり床面積の推移をみると,52,53年度と増加していることがわかる。53年度には,相対的に床面積の大きい持家の建設戸数が大きく減少したため持家のシェアが下がり,平均的な床面積の拡大テンポがやや鈍化したものの,各利用関係別にみれば戸当たり床面積は向上している( 第I-1-46図 )。
住宅の建替え,住み替えの潜在的需要を知るために,住宅に困っている世帯の状況と推移をみてみよう。住宅需要実態調査によれば,住宅に「困っている点がある」又は「何とかしなければならないほど困っている」と感じている世帯(困窮世帯)の割合は全国で53年には38.9%(1,256万世帯)に達している。その理由としては「住宅が狭い」というものが1位を占めている(35.3%)。そこで,住宅の種類ごとに,広さと困窮世帯の割合の関係をみたのが 第I-1-47図 である。これによれば,持家は平均的にみて広く,困窮世帯の割合も低いが,民間借家は最も狭く,困窮世帯の割合が高い。さらに,この関係を43→48年,48→53年の2つの時期に区分してみると,43→48年については,いずれの世帯も平均的に広くなる中で,困窮世帯の割合も低くなっていったが,48→53年については,広さは引続き改善しているのに,困窮世帯の割合が逆に高まっている。この背景には,国民の住宅に対する要望が,広さの改善とともに,便利さ,快適さといった方面に多様化していったということがあるものと考えられる。
従って,狭い民間借家層を始めとして,住み替え,建替え需要は潜在的になおかなり根強いものがあるとみられる。
以上のような潜在的需要は,持家の取得を志向する面が大きいといえよう。そこで最近の持家の取得についてみると,まず,持家建設は,52,53年度と公庫資金の利用によるものが急増する一方,民間自力建設分が大幅に落ち込んだため,全体としてはほぼ横這いにとどまっている。急増した公庫資金利用者には,次のような特徴的な変化が認められる。
第1は,土地の取得方法の変化である。近年は公庫資金利用者の中で,新たに土地を購入する割合が減少傾向にあり,代って贈与,相続,借地により,多額の負担なしに土地を取得した非購入層の割合が高まった( 第I-1-48図② )。
第2は,公庫利用者の低所得化傾向である。公庫利用による持家建設者を所得階層別に5分し,所得分布係数の推移をみたのが 同図① である。これによると,所得分布係数は,52,53年度と著しく低所得層にシフトしてきている。特に前述の非土地購入層における低所得化は著しい。
他方,公庫を利用しない民間自力建設分については,高所得層のウエイトが高いという状態が続いている。
以上のような変化は,次のように考えることができる。40年代を通じて,中・高所得者層を中心に持家の建設が進み,このようなことから,最近の持家取得に対する潜在的需要は低所得者層にシフトしていったものと思われる。52,53年度と連続して拡大された公庫融資は,これら低所得層の持家建設需要を顕在化させた。しかしそれは,新たに土地を購入することなく土地を確保できた層にかなり比重のかかったものであり,公庫資金を利用したとしても新たに土地を購入し,かつ住宅を建設することは依然として容易ではなかったと思われる。すなわち,金融的条件が緩和されることにより,所得という点からくる住宅建設の難易度の差が薄れ,それによって,土地入手に関する難易度の差がより明瞭になってきたのである。
持家取得のもう一つの形態である分譲住宅のうち,共同建て(マンションなど)のものは首都圏を中心にこのところ高い伸びを続けている。
首都圏におけるマンション需要は,47年当時のブームがマンション価格急騰と金融引締めにより,48年半ば頃から急速に冷え込んだあと,50年頃から再び増加局面に入った( 第I-1-49図 )。しかし,50~51年は2万戸にまで積み上がった過剰在庫の整理が行われ,新規マンションの供給は抑えられていた。その後,52年以降,新規供給も増加したが,需要はそれを上回るテンポで増大し即月契約率(当月発売されたマンションのうち,その月のうちに契約された戸数の割合)も,かつてのピーク水準に近づき,在庫もかなり減少するなど,再びブーム的様相を呈している。これは,民間借家層を中心とする潜在的な持家取得需要が,公庫融資を中心とする金融条件の緩和やマンション価格の安定的推移を背景に顕在化し,利便性重視の傾向のなかで都心に近い場所での土地付住宅取得の困難さから,マンションの購入へ向かったものであると思われる。
上にみたように,持家建設において土地の取得が鍵になってきている。それは,とくに首都圏などの大都市において宅地価格が平均的な家計にとっては手の届きにくい水準となってしまっているためであろう。限られた資金量で一戸建て持家の建設を行おうとすると,都心から相当遠隔の地になることを覚悟しなければならず,通勤時間もそれだけ長いものとなる。
宅地問題は,本質的に地域的問題であるため,それぞれの地域によって程度,性格に差があることはいうまでもないが,例えば貯蓄動向調査による借家住いの平均的サラリーマンが宅地問題の最も深刻な東京圏において,一戸建ての建設(宅地の購入を含む)を行おうとすると,宅地価格の水準からみて都心からどれほど離れなければならなくなるかを,仮設例で示してみよう。まず,入手可能資金量を試算すると,貯蓄残高に住宅金融公庫の融資及び銀行からの借り入れを加えて,総額およそ1,400万円強となる。これから70m2程度の住宅の建築費及び配管等諸工事費,手続等雑費を控除し,残りを150m2程度の敷地の購人に当てるとすると,宅地単価は1平方メートル当たり4万円程度となる。一方,都心に少しでも接近するため敷地面積を100m2という小規模なものにした場合,1平方メートル当たり6方円程度ということになる。このような価格水準の宅地が東京圏でおよそどのように分布しているかをみたのが 第I-1-50図 であるが,居住者にとって特に関心の深いと思われる都心への通勤時間をとってみると,宅地価格が4万円でも6万円でも,概ね1時間20分ラインをこえ,結局あまり大きな差異はない。建設省「昭和53年住宅需要実態調査」によれば東京圏の一戸建て長屋建て持家居住の通勤世帯のうち通勤時間1時間半以上の地域に住んでいる人々の8割強はこのような通勤時間を「苦痛」と感じているということをみても,上記のような土地取得をした場合には,通勤の不便さなどのマイナス面がかなり大きいものと考えられる。一方,敷地面積をさらに小さくして都心への接近を図った場合,居住環境の悪化はもとより都市防災などの面からも問題が多くなる。
上にみたように大都市圏における宅地価格が高水準であるとしても,価格の上昇率が低ければ,何年かすれば平均的家計にとっても一戸建て持家取得が可能となるはずであるが,最近の大都市の住宅地価格はむしろ強含みに推移している。この背景には,宅地需要が堅調なところに,新たに開発される宅地の供給量が47年度をピークとして急速に減少しているため,宅地需要が逼迫化していることがあげられる。近年の新規宅地供給量をみると,全体ではピーク時の60%程度にとどまり,区画整理による供給はほぼ横ばいで推移しているものの,公共機関及び民間による宅地開発による供給はピーク時の50%程度に落ち込んでいる。とくに,宅地需給の逼迫している東京圏についてみると民間供給の減少を中心にかなり落ち込んでいる( 第I-1-51図 )。
近年,宅地供給が減少しているのは,概ね次のような原因によるものと考えられる。
第1は,将来の値上がり期待などによる土地所有者の強い土地保有志向である。地価はここ数年間概ね安定的に推移してきたが,それでもなお大都市住民の多くは,今後数年間の地価は物価程度ないしそれ以上に上昇するとみており(総理府「大都市地域における住宅・地価に関する世論調査」52年10月実施),また東京近郊農家に対するアンケート調査(日本住宅公団委託調査,53年8~9月実施)でも,地価値上がり待ちなどによる保有志向が強く,「そろそろ売ってもよいとする者は1割にも満たないとの結果が得られている。
第2に,大都市周辺の市町村では,財政負担が大きいことや良好な街づくりに努めていることなどから,宅地開発に慎重になっていることがあげられる。特に財政負担については地元自治体では,宅地開発による人口急増に対処するため,上下水道,学校など多くの関連公共・公益施設を一時期に整備する必要が生じ,その負担が大きいものとなっているのである。
第3に,大規模な宅地開発の場合,宅地価格が総じて安定的ななかで素地価格の高水準,関連公共・公益施設等の経費の増大,事業期間の長期化などにより採算性が悪化しており,宅地開発業者が開発意欲を失いつつあることや開発適地が減少していることが指摘できる。
なお,このような状況のもと,地方では都市計画法の開発許可制度の下限(1,000m2。都道府県の規則により300m2まで引下げることは可能)以下の規模で,十分な公共・公益施設の負担をせず,住環境の悪化を招くいわゆる「ミニ開発」が増加している。
このような宅地供給問題の解決は一朝一夕にできるものではないものの,最近の大都市における住宅地価格が根強い需要を背景に強含みとなっていることを考えると,宅地開発に関連する施策を総合的に購じ,その解決を図ることがますまず重要かつ緊急の課題となってきていると言える。