昭和53年
年次経済報告
構造転換を進めつつある日本経済
昭和53年8月11日
経済企画庁
第3章 経常収支黒字の背景と円高の国際収支調整効果
52年度の通関輸入の伸び率はドルベースで6.5%にとどまり,輸出の19.9%の伸びに比してはるかに低く,貿易収支の黒字拡大の主因のひとつとなった。これを数量ベースでみると0.7%という僅かな伸びであり(前掲 第3-1-2表 ),実質GNPの5.5%増,鉱工業生産の3.2%増に比しても低いものであった。過去の景気回復局面においては,輸入数量の伸びは経済成長率や鉱工業生産の伸びをかなり上回っていた(「昭和51年度年次経済報告」参照)のであるから,これは関心を呼ぶ現象といわざるを得ない。まずここに焦点をあてて分析してみよう。
我が国の輸入の商品別構成は,名目通関額でみて52年度において食料品が全体の14.3%,原燃料が63.4%,製品類が22.3%であり,要するに原燃料のウエイトが圧倒的に高く,この動きが全体の動きを大きく左右することになる。原燃料の輸入はまさに鉱工業生産活動に密接につながっているので,日本の輸入の変動は今のところ鉱工業生産活動に規定される面が大きいといえる。従って,輸入伸び悩みの基本要因は鉱工業生産の伸び悩みにあるが,輸入がさらにそれを下回ったのは,この両者の関係が最近変わったためであろうか。
工業の中でも,石油・石炭製品,化学,鉄鋼,非鉄金属など輸入原材料を直接多く使う産業と,それらの産業の製品を加工する機械産業のような,輸入原材料と直接あまり関係のない産業とがある。そこでまず,鉱工業生産から輸入原材料使用産業を抽出してみると,このグループの生産は他の産業より停滞していたことがわかる( 第3-2-1図 )。輸入原材料使用産業は大体において素材産業であるといってよいが,このグループが石油危機後振わない事情は他の諸章で明らかにされているとおりである。
さらに,石油危機後,素材産業における原単位の向上が目立っている。この点は第4章でも分析されるところであるが,ウエイトの大きい鉄鋼業を例としてみると,近年コークス比が高炉規模の拡大等により50年以前より一段と下がっていること,連続鋳造法の採用が広がっていることなどが原単位向上の背景にあることが窺われる( 第3-2-2図 )。
前出の 第3-2-1図 における原材料の消費と輸入との動きのギャップは,定義的に言って輸入素原材料の在庫変動によるものと考えてよいであろう。つまり,原燃料輸入が増えない要因のひとつは,その在庫水準がなお高いからである(49年初に50年=100の指数で約80であった輸入原材料在庫指数は50年初にかけて100前後へ上昇し,その後小規模な変動を経たのち,51年央から52年初にかけての上昇で,110前後の水準となった。その後53年に入っても低下せず,むしろやや上昇し,このところ110を上回る月が続いている)。
これとの関連で注目されるのは輸入の長期契約である。長期契約が行われているのは主として原料炭と鉄鉱石であり,石油危機までの高度成長,さらにはその後の資源不足の懸念からかなりの量の伸びを見込んだ長期契約が結ばれているとみられる。しかし,その後日本の成長趨勢は落ち,鉄鋼業など輸入原材料使用産業の需要が落ちた。従って,契約通り輸入されれば消費しきれなくなり,在庫が積み上がることになる。こうした長期契約も一因となって,輸入素原材料在庫率が高くなっているのであるが,今や在庫を保存する物理的限界にきているといわれ,引取りの削減交渉が行われている。また,原料炭を例にとれば,10~20年といった長期の契約は主として豪州,カナダといった,鉱山の開発に我が国が関与した国々との間で行われており,4分の1ほどの供給シェアをもつアメリカとの間には,より短期の期間契約が結ばれている。しかし,いずれにせよ長期的視点からは顧客としての信頼関係を保持する必要があり,契約上の削減率まで引取りを減らしたうえ保有能力一杯は輸入しているようである。そのような点を考慮すると今後高水準の在庫を急激に取り崩す動きは現われず,素材産業の生産が増えた場合は輸入をなるべく増やそうという動きが出てくるとみられ,ゆるやかな輸入増大につながっていくであろう。
ところで,貿易収支との関連で輸入を考える場合には,数量ばかりでなくドル建て輸入価格の動向が無視できない。例えば,52年度は通関ベースで数量は0.7%しか増えていないが,価格が5.8%も上昇し,金額としては6.5%増となり,むしろ価格要因の方が大きいのである。49年度の場合などは,数量が7.8%減っているが,価格が51.5%も上がって輸入金額は39.3%増えた。
輸入物価の動向については, 第3-2-3図 でみられるとおり,52年度中の動きとしては落ち着いていたが,今年に入ってからはブラジルの天候不順,ソ連の穀物不作,ザイールの内戦などによりロイター指数は緩やかながら上昇気味である。他方,欧米諸国の物価上昇率もさらに低下していく気配はみせていない。これらを考え合わせると,ドル建て輸入価格は下げ止まりまたは上昇に転ずる可能性があり,日本の輸入金額を減少させる要因が一つなくなることも十分考えられる。
日本の輸入に占める製品輸入の割合は2割強であり,アメリカ,イギリスの56%,西ドイツ,フランスの6割弱(「52年度年次世界経済報告」)に比してはるかに低い。これは日本の資源賦存の低さ,周辺に先進工業国がないため水平分業が行われにくいこと,人口が1億を超え,かなりの所得水準となっていて国内のマーケットが大きいため,多くの産業が成り立ち得ることなど,いくつかの条件に規定されているものであり,必らずしも工業品に対する輸入障壁が高いためではないが,対日貿易赤字に悩む欧米諸国からはことに昨年から本年にかけて製品輸入の増大を強く求められてきた。そこで行われた政府の対応と円高の影響もあり,最近製品ないし半製品の輸入の増加がかなり目立ち始めている。これは日本の産業構造の水平分業型化を促進する面もあり,注目を要するので若干くわしくみてみよう。
最近,いわゆる製品輸入の増加が目立ち始めていることは,前出の 第1-2-4図 でみたとおりである。さらに原燃料の輸入の停滞に比べると食料品の輸入も増加傾向にあるといえよう。
こうした品目の輸入の増加は過去の為替レート上昇期にもみられた( 第3-2-4図 )。例えば,ニクソンショックの時期の46年には耐久消費財が目立った増加を示しており,また,フロートに移行した48年初以降においては資本財と耐久消費財の伸びが大きかった。また食料品も緩やかではあるが両時期とも増大を示した。もちろん,こうした輸入の増大は,為替レートの変化だけによるものではない。例えば耐久消費財については国産品に対する需要もあわせた耐久消費財需要の動向が影響する。
しかし, 第3-2-5表 にみるように非耐久消費財を除いて,食料品,資本財,耐久消費財のいずれも輸入価格の低下が(ということは為替レートの上昇が)輸入数量を増加させるという傾向は認められる。こうしたことから,原燃料以外の輸入については価格にかなり感応的に動くことがわかる。
48年の石油危機前後に交易条件も極端に不利化したが,その過程で輸入に占める一次産品,原燃料の割合がみかけ上大きく現われることになった。すなわち,40年に名目額でみた製品類の輸入は総輸入の20%であったが,48年には30%にまで上昇していた。それが49年には一挙に23%にまで戻ってしまっている。しかし実質値でみると,48年の37%から49年は39%へとむしろ高まっている。今後も円高の効果が浸透し,所得水準の上昇にともなって製品輸入が増大するならば,輸入全体に占める価格に感応的な部分の割合が高まることにより,輸入全体としても価格に対する弾力性が高まっていくことが考えられる。
過去の円高期に製品類の輸入増がみられたのと同様,今次の円高においてもこれらの財での増加が53年に入るとようやく目立つようになってきた。
こうした更年期の多くの品目での急増は,52年中の為替レートの急激な上昇の影響が遅れを伴って発生したものと解することができよう。
53年1~4月期について前年同期と比較すると,広汎な品目で輸入の増加が目立ってきている( 第3-2-6表 )。加工製品については10%前後,品目によってはそれ以上のドル建ての輸入価格上昇があり,それが円高の効果を相殺している面もあるが,ドルベースで輸入金額が20%以上の増加を示す品目も相当ある。例えば資本財では原動機,金属加工機械,電気機械,「その他の一般機械」と全般にわたって増加している。消費財についても総じて伸びが高いが,ハンドバッグ,家具などのように海外産銘柄に対する志向が強いものや,書籍・新聞・雑誌,運動用品・美術品・収集品・こっとうなど,趣味,嗜好に関連したものの増加がとりわけ目立っている。
また,製品類として分類しているもののうち,半製品的なものの輸入もこのところ急増している( 第3-2-7表 )。とくに綿糸,合繊繊維糸など繊維関係の半製品とパルプが,今年に入ってからの急増品目であるが,アルミニウムのように52年中にすでに増加を示していたものもある。
これらの現象は,円高による相対的なコスト高に対して,半製品を輸入して国内で加工度を高めるといった動きが出ているものとみられ,水平分業のひとつの形として産業構造的にも注目される。
ところで,ボンにおける先進国首脳会議の共同宣言等にもあらわれているような現在の対外経済調整の重要性にかんがみ,これまでも我が国は各種の輸入拡大などの努力を行ってきている。政府は昨年9月の対外経済政策の一環として原油の貯蓄量の積増し,非鉄金属の備蓄,輸入促進ミッションの派遣等の輸入促進措置を決定し,さらに本年3月には,民間航空機の輸入,タンカーによる原油備蓄,稀少金属および鉄鋼石ペレットの備蓄輸入,輸入手続簡素化等,対外取引の円滑化など,輸入その他の促進を決定した。また,4月には12品目にのぼる部分自由化,長期外貨貸付制度の創設,緊急輸入外貨貸付制度の条件緩和等の促進,経済協力の推進を決定している。
一方,現在,ガット(関税及び貿易に関する一般協定)において東京ラウンドと通称される多角的貿易交渉が重要な局面を迎えている。これは前回のケネディ・ラウンドを上回る規模のものを目指しており,関税引下げだけでなく,各種の非関税措置の軽減,撤廃も大きな課題になっている。この交渉は,全面的妥結にはまだ至っていないが,その過程で我が国は2つの輸入拡大措置をとった。
第1は,熱帯産品を対象にするものであり,これは他の先進国と時期をほぼ同じくしてとったものである。熱帯産品とは,要するに開発途上国の輸出拡大関心品目のことであり,我が国は最恵国税率による措置28品目,一般特恵制度による措置52品目,輸入手続きの簡素化3品目を対象にし,52年4月1日から実施した。
第2は,東京ラウンド妥結前の関税一括引下げ(いわゆる関税の前倒し引下げ)である。関税率の引下げの仕方は全交渉終結時に確定するものであるが,今回の関税の前倒し引下げは,我が国が独自の立場で行ったものである。対象品目は,7桁分類のベースで318品目,関税率引下げ幅は11%から100%まで分散しているが平均23%(実行税率ベース),実施は本年3月4日である。
つぎに,このような多国間ベースでなく,日米,日EC間等の協議を通じ,輸入拡大措置(協議は2国間であるが,輸入拡大対象はグローバル・ベース)を明らかにしたのも最近の特徴である。
日米間においては,本年1月13日の牛場対外経済担当大臣とストラウス通商交渉特別代表大使との間の共同声明によれば,製品輸入増大のため適当な方策を講ずる意向を明らかにするとともに,高級牛肉1万トンの輸入増加努力,オレンジの輸入の3倍増,かんきつ類の果汁の輸入の4倍増などをグローバル・ベースで図ることとし,さらに輸入促進ミッションの派遣,政府調達に対する外国供給者の参加機会の増大などが述べられている。日EC間においては牛場大臣とハーフェルカンプ副委員長との間の本年3月24日の共同コミュニケにおいても,やはりグローバル・ベースで,輸入自動車型式認定制度の簡素化,外国で実施された医薬品の前臨床実験データの主要部分の受入れなどがあげられている。
以上のような諸措置は,当然のことながら日本の輸入を増大させる効果をもつことになろう。