昭和52年
年次経済報告
安定成長への適応を進める日本経済
昭和52年8月9日
経済企画庁
第II部 均衡回復への道
第3章 国際収支黒字の背景と課題
まず,わが国輸出の増加の背景を分析するに当たって,その要因を内外の2つの観点からとらえ,第1に世界の輸入需要との関係,第2に国内経済全体の中での価格競争力及び輸出圧力がどのように働いたかをみてみよう。
73年末における石油危機を契機として74年から75年前半にかけて世界経済は同時的不況に落ち込み,OECD全体の鉱工業生産は73年10~12月期をピークとして75年上期にかけて11%も低下し,1930年代に次ぐ大きな不況を経験した。しかし,このような大幅な景気後退も75年1~3月期にまずアメリカ,日本が景気低入れから回復に転じたのに続き,75年7~9月期には他の主要国も回復に向かった。この結果,OECD全体の生産は75年央から増加に転じ,年率で75年下期6.6%増のあと,76年上期は12.0%増と急速に拡大し,74年から75年前半にかけての生産の落ち込みを2年かけてようやく取戻した。このような生産拡大をもたらした要因は,財政支出の拡大,在庫投資の増加,個人消費の回復,主要国の景気回復に伴う輸出の拡大などであった。
しかし,76年央には,主要国の多くは,ほぼ同時に景気回復テンポがスローダウンしたことから,下期のOECD全体の生産は5.1%増と上期の伸びに比べ大幅に鈍化した。このような76年央からの景気回復テンポの鈍化をもたらしたものは,先の4つの要因が持続できなくなったことである。すなわち,
① 各国とも73年以降の不況により財政赤字は大幅なものとなっており,この下で,財政面からの景気拡大策を持続することには限度があったことに加え,金融政策も,インフレ率の底が上がったことから,物価安定を優先し,持続的な経済成長を目指す観点から慎重なものであった。そして,76年下期には,イギリス,フランス,イタリアでは,インフレ率が高まったことや国際収支が再び悪化したことなどから財政,金融政策は引締め基調となった。
② 今回の景気拡大の中心となった個人消費,在庫投資とも,一時的な性格が強く,在庫投資は,76年前半の積極的な積み増しから大幅に増加したあと,後半においては,その一巡から景気拡大要因とはならなかった。また,個人消費の拡大も73年以降の不況期に買控えられた自動車など耐久消費財を中心としたものであったことから,買替需要の一巡,インフレ率の高まり,及び,それによる実質所得の低い伸びなどから,後半は消費が伸び悩んだ。
③ 一方,設備投資は,稼働率が低いこと,景気の先行きに対する不確実性が残っていることなどから,盛り上がらなかった。
④ また,世界貿易も,主要国の景気拡大テンポの鈍化を反映して,76年上期から下期にかけては大きく伸びが低下した。
このように76年中の景気回復は前半は急拡大,後半は停滞というパターンを描いたが,これは民間の自立的な景気回復力が弱い下で,経済政策の運営態度の変化によって景気動向が左右される面が強かったためである。
すなわち,OECD諸国の中でも,イギリス,フランス,イタリアなどにおいては,根強い物価上昇が続きまた国際収支も悪化した。これは反映して76年中(76年12月の前年比)にはリラ,ポンド,フランの実効レート(IMFベース)は各々22,17,10%低下した。通貨の下落自体は本来国際収支改善に貢献するはずであるが,一方では輸入価格の上昇を招きコストアップ要因となるため,通貨の下落と同時にインフレ率が加速化しないような国内引締め政策が本来とらなければならないが,これらの国ではこうした政策運営が不十分であったといえる。このため,これらの通貨の下落はインフレ率を高め,国際収支悪化につながり,これまでのところ国際収支改善の効果は充分に現われてはいない。石油価格高騰以降76年までにOECD諸国の経常収支における累積赤字は600億ドルにのぼったが,OECDの中でGNPの30%しか占めないイギリス,イタリア,フランスをはじめとした赤字諸国(76年中公的借入に依存した諸国)の累積赤字は750億ドルにものぼっている。こうしたことから,これらの諸国の中には,国際収支の赤字対策の一つとして第1節でみたように輸入制限措置をとっている国も出てきている。また,以上みたように景気回復が緩やかであったことから,雇用情勢の改善は各国ともはかばかしく進んでいない。OECD諸国の失業率は62~73年平均の2.8%から75年下期には5.2%と著しく増加したあと,76年上期には5.0%に若干下がったが下期には再び5.3%に増加した。その後77年に入っては,アメリカ,日本においては景気再上昇が,消費支出,住宅建設(アメリカ),輸出,財政支出(日本)などの増加を通じてみられるが,他の主要国では,インフレ,国際収支などの制約から,景気拡大はかならずしも順調なものではない。そのため,OECD全体の失業率も依然上期には5と1/4%と高水準にある( 第II-3-3図 )。
このようなOECD諸国の景気回復をうけて,世界貿易も75年から76年にかけて順調に回復し,世界輸入(数量)は75年の前年比3.8%減から76年には同11.8%増となった( 第II-3-4図 )。しかし,76年中の動きは一様な拡大でなく,その景気回復のテンポを反映して,前期比でみて76年上期8.1%増のあと,下期には4.3%増と伸びが鈍化した。このような下期の伸びの鈍化は,先にみたように,アメリカ,日本,西ドイツの景気回復テンポの鈍化から先進国輸入が上期の9.0%増から下期に4.9%増へと伸びが半減したこと。発展途上国の輸入も上期の5.4%増から下期には2.1%増へと伸びが鈍化したことなどによる。
しかし,77年に入ると,アメリカを中心とした輸入の拡大から世界貿易もやや持直してきている。
以上にみたような,世界貿易の拡大から,わが国輸出数量も今回の景気回復局面(50年1~3月期から52年1~3月期まで)において28.5%と大きく増加した。
これを商品別輸出パフォーマンスでみると51年には日本は著しく改善を示し,世界貿易の伸びを上回って日本の輸出は拡大し,世界の輸出市場における日本のシエアは上昇したが,これは,76年中の世界貿易の商品構成に日本の輸出の商品構成がうまく適応したことを示している( 第II-3-5表 )。すなわち76年における世界貿易は機械機器,特に乗用車,鉄鋼,などの需要拡大を中心に伸びたが,わが国の輸出構成におけるこれらの商品構成のウエイトが大きかったためである。
それでは,次に国内景気との関連で価格競争力及び輸出圧力について考察する。
50年から51年にかけては,国内の民間需要が盛り上がりを欠いたことから,製造業の稼働率は比較的低水準にとどまった。このような状況のもとで輸出に期待する企業は多かったが,一般に国内向出荷が伸び悩み,これと生産能力との間に大きなギャップがある場合には,輸出への意欲は強まると考えられる( 第II-3-6図 )。
従って,ここでは,生産能力と国内向出荷との伸びの相対比を輸出供給余力指数として,この動きを製造業全体でみると50年から51年にかけて大幅に上昇した。これを業種別にみると,電気機械では50年中はかなり輸出供給余力が大きかったものの51年後半には縮小してきているのに対し,鉄鋼,一般機械では輸出供給余力は依然かなり残っている。また,自動車についてみると50年後半から51年年初にかけて大きかった輸出供給余力は,年央には縮小したものの51年末から内需の弱さを映じて再び拡大している。
このように潜在的な輸出増加要因である輸出供給余力が存在する下で,日本の輸出価格の世界の輸出価格に対する相対比が有利化したことが現実の輸出増加につながったのである。
いま,世界の輸出価格(工業製品)と日本の輸出価格(工業製品)との動きをみると,世界の輸出価格は世界的インフレの中で世界貿易の拡大により74年には前年比21.8%と急上昇したあと,75年には世界貿易の縮小均衡の中でその上昇率は12.3%に低下したのに対し,日本の輸出価格(ドル建)は74年29.1%と世界のそれを上回ったものの,75年には0.4%の上昇にとどまった。そして76年においても世界の輸出価格は,後半になって上昇したが前年比では0.5%の微騰となったのに対し,日本の輸出価格は同2.4%の下落となったことから,日本の相対価格比は75年後半から76年にかけて有利化した( 第II-3-7図 )。これには,この間為替レートが円安で推移したことに加え,国内需要の低迷から輸出供給余力が大きかったとも影響していたとみられる。一方,76年央から77年にかけて,日本の輸出価格は世界需要の増加を反映した世界の輸出価格の上昇を上回って上昇し相対価格の有利性は低下している。
ところでこのように日本の価格競争力の動きも,業種別にみるとかなりの相違がみられる。こうした相違の背景には減量経営の度合いが業種によって相違がみられたことがあった。企業はエネルギー価格の上昇に対応して,48年以降減量経営を続けてきた。その結果,生産コストの上昇率は低下してきているが,原材料原単位の低下幅についてみると,機械は製造業全体よりも著しかったのに対し,繊維,鉄鋼,化学などでは相対的に小さかった。また人件費比率の動きをみると機械においては50年以降その低下幅は大きくなっている。
このような業種別の生産コストの切下げ幅の違いが,卸売物価上昇率の相違に反映している面もある。いま,石油危機前(48年9月)と最近時点(52年4月)の業種別の卸売物価上昇率を総平均の上昇率との相対比でみると,電気機械,輸送機械,一般機械などの機械部門は,総平均の上昇率を大きく下回っている。そしてこの期間の日本の卸売物価上昇率(42.0%上昇)は,西ドイツ(24.6%上昇),アメリカ(35.5%上昇)などの先進国と比べ,相対的に高く,また実効為替レートの上昇率は小さかった(日本:1.5%上昇,西ドイツ:10.1%上昇,アメリカ:10.3%上昇)。この結果,卸売物価・総平均の上昇率より小幅な上昇率であった機械部門(電気機械:20.9%,輸送機械:28.6%,一般機械:30.6%)では,相対的に価格競争力が有利化した( 第II-3-8図 )。
次に,このような価格競争力以外にも輸出の増加要因として非価格競争力があげられるが,これについて当庁が52年1月実施の前述の「企業行動調査」でみると,非価格競争力について,現在「強い」が35%,「強くも弱くもない」が60%,「弱い」が5%と日本の企業の多くが非価格競争力に対して自信をもっていることを示しており,先行きに対しても強まる(先行き「強い」企業の割合は45%)という見方が増加している。これは機械部門に顕著にみられており,特に一般機械,電気機械が「納期遵守」「技術的優位」「サービス網の充実」などから,また自動車では「燃費効率のよさ」「車種の豊富さ」「供給力の強さ」から非価格競争力の強まりを見込む企業が多い。
以上のように価格及び非価格両面での競争力の強まりが,ここ1年余の輸出増加の背景にあった第2の要因である。