昭和52年
年次経済報告
安定成長への適応を進める日本経済
昭和52年8月9日
経済企画庁
第I部 昭和51年度の日本経済―推移と特色―
第4章 財政・金融両面からの景気回復の促進
50年度において緩和基調に転じた金融政策は,51年度に入ってからもそうした基調を引き継ぎ,金融緩和の行き過ぎから物価面に問題が生じないように注意する一方で,景気の着実な回復に必要な資金の供給は図っていくという方針で政策が運営された。また,はかばかしい進展を示さない景気をより着実に回復させるため,日本銀行は52年3月12日に公定歩合を0.5%引下げ(6.5→6%)さらに4月19日には金利全般の低下を一段と促進するため再度1%引下げる(6→5%)など機動的な対策を講じた。この結果,こうした政策運営を直接反映する短期金融市場は51年度を通じて概ね平静に推移し,手形売買レートやコール・レートなど市場金利は,51年春先まではほぼ一本調子の低下のあと,51年度は通年弱含み横ばいで推移した。また,企業等に対する貸出金利も引続き低下傾向をたどった。なお,上記の2回にわたる公定歩合引下げについては,その結果公定歩合の水準は米国のそれ(5.25%)を下回ることとなるなど国際的にも低い水準となったほか,4月の引下げに際しては,その後半月以内に長・短市場金利(コール・手形売買レート,公社債の流通利回り及び発行条件等)をはじめ,預金金利,貸出金利(標準金利,長期貸出最優遇金利等)などの全面的低下が進められるといった動きがあらわれた点が特に注目される。
50年度において急速に緩和が進んだ企業金融は,51年度初に一段と引緩み,その後もそうした基調で推移したため,51年度を通して緩和基調が一層定着するかたちとなった。これは,まず資金需要面で,設備投資や在庫投資など実物投資が引続き盛り上がりを欠いたことを主因に前年度比ほぼ横ばい程度にとどまったうえ,資金調達面でも,自己資金による調達のウエイトが上昇する一方,借入金,社債等他人資金については金利負担軽減のため極力圧縮するという方針がとられたため,企業内部の資金需給がいわば縮小均衡の方向をたどったことによるものである( 第I-4-5図 )。
こうした事情のほか,51年度における緩和進展の特色を企業の手元流動性水準や資金繰り繁閑度合いなどからみようとしたのが 第I-4-6図 である。特徴的な動きとしてまず指摘できるのは,金融緩和期にありながらも51年4~6月期には,手元流動性比率のうち対売上高比率でみた現預金の水準は急低下しその後も低下を続けてきていることである(この結果,52年6月末におけるその水準は44,45年の引締め時にすらみられなかった低い水準となっている)。こうした推移がみられたにもかかわらず,企業金融は窮屈化するどころかむしろ緩和傾向を強めたのが今回の大きな特色である。現に,手元現預金対売上高比率の急落した51年4~6月期には,企業の現預金水準についての判断指標はむしろ「多目」とする方向に動いており,また資金繰りの繁閑度に関する判断指標においても同様に「楽である」との見方を強めていることがわかる。さらに51年度を通してみても,上記手元流動性比率の低下傾向にもかかわらず,現預金水準の判断指標では引続き潤沢な手元現預金を有しているとの判断にはさして変化はなく,また資金繰り判断指標においても総じて緩和が進んだとする企業の見方がうかがえる。こうした企業の判断が生れた背景には,まず金融機関借入が容易になるという意味での資金のアベイラビリティーが急速に高まり( 同図 における企業からみた金融機関の貸出態度判断を参照),その結果,いわば予備的動機に基づく通貨需要が大きく減退し,より少量の現預金でも資金繰りのうえで支障がないと企業がみなすようになったことがあげられる。こうしたことに加え,すでにみたように企業の行動様式がこのところ大きく変化してきているところによるところも大きく影響している。すなわち,企業の手元流動性を対売上高比率でみる場合,現預金だけでなく,これに短期所有有価証券を加えてみると( 同図 中破線グラフ),51年度中かなりの水準でほぼ横ばいを続けたことがわかる。これは,企業経営全般の効率化を進めるという減量経営の方針の下において,企業が手元流動性保有に関しても,現預金よりも運用益の期待できる有価証券のかたちで保有しようという動きが強まってきたことを示したものである。その意味では,企業金融面でも従来みられない動きが現われている。
以上のような企業金融の緩和進展と企業の減量経営の努力に伴い,企業の金利負担は引続き低下した。いま売上げに対する金利負担率の推移をみると,51年度は,逐次低下幅を拡大した前年度とは異なりむしろ低下頭打ちの傾向があらわれたとはいうものの,引続き低下した。低下テンポが前年度に比べて鈍化したのは,51年後半には景気回復テンポ自体の著しい鈍化により資産の回転時間が長期化したうえ,借入金の金利水準も低下幅が小幅化したためである。しかし,こうした状況にもかかわらず,金利負担率が結果的に低下を続けたのは,企業における減量経営の効力が,借入依存度の引下げというかたちで徐々に実を結びはじめたからであった。
こうした企業金融の緩和や金利負担低下などは各業種に平均的にあらわれたのではなく,業種間に大きな格差を伴っていた点も今回の特色である。例えば,自動車,家庭電器など輸出好調業種においては資金繰りの緩和がとくに目立つうえ借入金返済の動きも活発化した一方,繊維などでは赤字補てん資金需要が引続きみられ,また鉄鋼,化学などでは在庫調整が予想以上に長引いたことなどを反映して一部では比較的窮屈な資金繰りを余儀なくされており,実体経済面での業種間格差が企業金融面でも映し出される結果となっている。
以上のような企業部門の金融の動きに加え,政府部門の金融をも合せてマクロ的な側面からみれば,51年度は一体どういう特徴を持った動きとしてあらわれているだろうか。そういうあらわれの一つの場は資本市場のうち債券発行市場である。債券発行全体における各債券のシエアの推移をみると,公共債は,すでにみたような財政赤字をファイナンスするため長期国債を中心に50,51年度と急増を続けている。一方民間事業債は,根強い増勢にある電力債が51年度にはややシエアが上昇しているものの,一般事業債の起債は設備投資の停滞を背景に大きく落ち込んでいるほか,転換社債の発行や有償増資も51年度には一段とシエアが低下している。このように資本市場においても,実体経済面における民間需要の弱さと,それを補てんする役割を演じる公共部門の需要(投資超過)という姿が投影されている。
また経済全体における流動性の水準をあらわすマネー・サプライ( M2 )につきその推移と要因をみると( 第I-4-7図 )。51年7~9月期以降はそれまで高まりを示していた伸び率が次第に鈍化している。これは,年度後半においては,税収の持直し等から財政の払超幅が小幅化したこと(対政府信用の減少)もかなり影響しているが,より基調的な要因としては,51年初において企業の手元流動性復元が一巡したあと,企業ではむしろ借入抑制の姿勢を強めていることから金融機関の企業向け貸出が傾向的に鈍化してきたこと(対民間信用の減少)があげられる。このように,マクロ的な金融面の動きをみても,51年度は,企業行動の変化をはじめ,景気回復テンポの鈍さといった実体経済面にみられる特徴的な動きが色濃く映し出された年であった。