昭和51年
年次経済報告
新たな発展への基礎がため
昭和51年8月10日
経済企画庁
第1章 昭和50年度経済の推移と特色
上にみたような今回の景気回復過程における様々な特色は,経済全体としてみた場合の需要の動きが従来の回復局面とかなり異なつたものであつたことと密接に関連している。
今回の回復過程における需要面での第1の特色は,総需要の伸びが従来に比べて弱かつたことである( 第1-17図 )。今回の場合,景気の谷から4四半期後(51年1~3月)の総需要の水準は谷に比べて6%強の増加にとどまっており,従来の回復初期に比べると今回の回復テンポの遅さが目立っている。
第2の特色は,従来の回復期と比べて各需要項目の動きに足並みの不ぞろいが目立つたことである。景気の谷から4四半期後までの需要項目別増加寄与度をみると(前出 第1-17図 ),個人消費や住宅投資など家計部門の需要,政府支出,それに輸出などは,従来の回復局面と比べて著しくかけはなれた姿にはなつていない。一方,これまでの回復期において力強い主導力となることが多かつた民間設備投資や在庫投資など企業部門の需要は,今回は景気底入れのあとの1年間においては従来とは様変つてマイナスの要因となつている。このような企業の投資行動の停滞は,あとでやや詳しく検討するように,今回の景気の谷そのものが従来にない深いものであつたことに加え,47~48年ごろに手当てされた過大な在庫の蓄積が持ち越されたため,企業の保有する在庫についての過剰感がこれまでになく高まつた一方,これを適正水準に引下げるべく操業度を大幅に落とした状況を続けざるをえず,このため設備過剰感も著しく強いまま推移したことが基本的原因である。
また各需要項目別にそれぞれの推移をみてもこのような足並みの不ぞろいが明らかであるほか,とくに今回回復の初期(50年4~6月と7~9月)において輸出が連続してかなり落込みをみせたうえ,10~12月以降は逆に急速に伸びてきているといつた輸出についての特異な動きも,今回の回復の特色をもたらした大きな要因であることが指摘できる( 第1-18図 )。とくに51年1~3月以降の景気の急回復については,内需がそれまでの微弱な伸びに比べると持直していることのほか,とりわけ輸出の急増が大きなけん引力となつて,景気が着実な回復軌道に乗ることになつたことが今回回復期の大きな特色のひとつとなつている( 第1-19図 ,なお,この点の詳細は第2章を参照)。
第3の特色は,48年秋のいわゆる石油危機以降の原油価格の高騰が,50年度中においても経済全体に後遺症を残していたことである。
原油価格高騰の影響はさまざまなかたちをとつてあらわれる。まずわが国のように輸入原油に大きく依存している場合には,石油依存度の高い業種を中心に投入コストが上昇するため,企業が大幅な赤字継続を回避しようとする限り,これを製品価格に転稼しようとする強い圧力が働らく(インフレ的効果)。このように物価上昇要因が加わつてくることに対処するため,政策当局は厳しい総需要抑制策を採ることになる(48年以降の引締め政策強化)。これが2つめの影響である(原油高騰を契機に採られた政策の効果)。第3に,上記のようにコスト・プッシュ的な物価上昇が進展し相対価格体系も大きく変化してゆく過程では,先行きに対する不確実性が高まり,企業の投資行動や家計の消費態度も慎重化せざるを得ない(不確実性増大による需要の萎縮)。このほか第4として特に重要なものに,原油値上がりにより対産油国支払代金が急増する結果として国内の購買力が産油国に移転し,これが国内総需要を抑制するという影響(原油値上がりによるデフレ効果)がある。以上のうち,引締め政策の効果は原油の値上がりによる直接の効果そのものではないから一応除外し,また不確実性の増大によるマイナスの効果についても定量化が困難なためとりあえず考慮の外におくことにしよう。そして,輸入原油の大幅値上がりによるデフレ的影響についていま少し考えてみよう。
原油の値上がりに伴いデフレ的影響が生じるのは,その値上がりがきわめて大幅でかつ一時集中的なものであるため,わが国の国内購買力が原油支払代金の急増というかたちで産油国に移転する一方,産油国はその巨額の購買力を直ちに全額わが国からの輸入増加などに振り向けることはないために生じるものである。すなわち,わが国から産油国へ移転した購買力は,それがきわめて巨額であるため,そのうちわが国の対産油国輸出の増加というかたちをとつて購買力移転分の理め合わせに結びつくのは短期間のうちには一部分にすぎず,結果として,その差額分にその波及効果(乗数効果)を加えたものだけわが国の総需要は減少することになるわけである。原油の大幅値上がりに伴うこうしたデフレ的影響を調べるため,マクロ・モデルを用いていまひとつの試算を行ない,原油値上がりが全くなかつたとした場合と比較してみると 第1-20図 のような結果が得られる(なお,この試算は原油値上がりに基づく影響だけをとり出したものである)。
すなわち48年度下期の輸入原油価格の急上昇により,とくに翌49年度の輸入物価水準はそれがなかつた場合に比べて大幅な上昇となる。この値上がりの影響が国内物価面にもあらわれるため,49年度における卸売物価,消費者物価とも,原油値上がりがなかつた場合に比べてそれぞれ8%ポイント強,3%ポイント強だけ追加的に上昇する。この結果,政府投資などに代表的にみられるように,名目金額ベースで固定して計上されているものについては,物価上昇に見合うだけ連続的に名目支出額の追加計上が行われない限り,実質ベースでの支出(需要額)はいわば自動的に減少することになる。このような事情があるため,実質ベースでの政府投資は原油値上がりにより49年度中に最も大きなデフレ的影響をもたらした(50,51年と次第にその効果は減衰)。一方企業にとつては,輸入原油をはじめとする投入物価の上昇が起きる結果,製品価格がそれら投入費用の値上がりをカバーするだけ全く同時的に値上がりをしない限り,利益の圧迫を招かざるをえない。このような利益の圧迫に対処するため,企業では,金利負担の軽減を意図した在庫圧縮をはじめ,各種支出の削減などさまざまな対応をとるであろう。設備投資計画についても,このような利益圧迫に加え,上にみたような事情から生じる公共投資の減少という事態に遭遇して縮小の動きをみせることになるなど,原油の値上がりが全くない場合に比べると企業は投資活動を手控えざるをえない結果を招く。また家計にあつても,賃金受取額は通常名目額として固定されているため,物価上昇が進行する場合には,それに見合つただけ連続的に受取額が増大(たとえばインフレ手当の受領)してゆかない限り,実質ベースでの所得減となる。また,企業は収益悪化を反映して,特別給与など賃金支払額の一部を削減することになる(家計にとつての所得減)。これらの事情により,家計では,消費性向が変らないとすれば,実質ベースでの消費支出は減少することとなり,経済全体にとつてデフレ効果をもたらすわけである。なお,このような実質ベースでの支出の減少に至るまでの時間的な経過を考えると,企業や家計の場合には,政府投資などの場合の物価上昇によるいわば自動的な目減りによるデフレ効果とは異なり,かなりの時間的ラグを伴つて尾を引いてあらわれる点が特徴的である。このため,個人消費支出や民間設備投資の減少としてあらわれるデフレ効果は,48年度ないし49年度よりも50年度において最も大きくなる。
以上のようなプロセスで作用したと考えられるデフレ効果をすべて合わせてみると,経済成長率(実質国民総生産増加率)は,原油の大幅値上がりが全くなかつたとした場合に比べて49年度は2%ポイント強,50年度は3%ポイント強それぞれ引下げられたものとみられる。原油高騰の影響は,物価面では49年度に集中的にあらわれたのに対し,経済全体への需要面へのインパクトという点に関する限りでは,49年度よりもむしろ50年度における後遺症がより大きかつたのである。なお51年度に関しては,このようなデフレ効果が成長率を引下げる働らきは次第に減衰してゆくものとみられる。
すでにみたように,今回の景気回復に際しての在庫投資は,これまでの動きをならしてみると,従来の同局面のように積極的な景気引上げ要因とならずむしろ足かせといつた色彩が濃かつたのが大きな特色である。もともと在庫投資は,それ自体が独立的なものとして動くというよりも,最終需要の動向を敏感に反映しながら,ある時は最終需要の動きに先行し,また別の時には遅れをとるという時間的ずれを伴いつつ,経済全体としての需要水準に限界的に大きなプラス要因またはマイナス要因として作用するものである。今回の場合には,景気の反転は従来とほぼ同様に在庫調整の一巡によりおこつたが,その後50年末までは最終需要の伸びが著しく低いまま推移したあと51年1~3月になりそれが急伸するという異例のパターンをとつただけに,在庫投資も,景気回復過程としては特異な動きをすることとなつた。
景気は昨50年1~3月期に底を打ちその後回復過程に入りえたが,その転換をもたらした基本的要因は,確かに,従来みられたような在庫調整の一巡による内在的な景気反転のメカニズムが作用したためであつた( 第1-21図 )。すなわち,50年1~3月の段階において,まず流通段階ではそれまでの在庫圧縮の継続とこの時点での最終需要のかなりの伸びにより調整がほぼ一巡していたとみられる(ちなみに流通段階の在庫率だけはこの時期にすでに低下しはじめていた。 第1-22図 )。このため,昨年春先にかけて商品市況がかなり上昇したことにうかがわれるように,流通段階ではかなり在庫補充の動きが出はじめていた。こうした流通在庫の積み増しは,メーカーにおいては最終需要の伸びを上回る出荷となつてあらわれるため,メーカーの製品在庫は一時的に意図した以上に減少した。
この結果,メーカーでは,これまでの大幅減産による固定費圧力を解消すべく生産増加のインセンティブが強まつていた折でもあるので,このような在庫減少の補てんを意図して減産を急速に緩和した。また一方で,これまで圧縮しつづけてきた原材料の手当てを開始しようとの動きも出はじめつつあつた。ちなみに鉱工業の国内向け出荷の内訳をみても,50年4~6月には,流通在庫調整が比較的早く一巡していた非耐久消費財のほか,中間原材料である生産財の様変りの出荷増が目立つており,とくに後者は7~9月においても引続き増加している(前出 第1-19図(2) )。このような在庫投資の胎動開始により,4~6月および7~9月の実質国民総生産は,最終需要を上回つて伸びることとなつた(前出 第1-21図 )。
しかし,このようなプロセスはそれ以上長く続くことができなかつた。それは,最終需要の伸び自体が弱々しかつたからである(4~6月期,7~9月期の最終需要は前期比でいずれも約1%増にとどまつた)。いちはやく積み増しに転じていた流通段階では,一方で,金融の緩和傾向から在庫保有コストの低下をみたものの,他方で夏場にかけての売行きの鈍化と先高感の後退がみられたため,それ以降次第に手当て態度を慎重化させることになつた( 第1-23図 )。このためメーカーでは再び出荷が減少し意図せざる在庫が積み上がることとなり,やがて減産緩和のテンポを遅らせるないし再び減産を強化するなどのかたちで軽微ながらも在庫の再調整を迫られた。こうしたことから7~8月以降年末にかけては鉱工業生産が足踏み状態におちいることとなり,また原材料需給の動向を示す商品市況も秋頃には軟弱商状に転じるなど,景気回復が足踏み状態を呈するに至つた(10~12月期における在庫率は各形態とも低下傾向が一時的にストップした。前出 第1-22図 )。今回の回復過程におけるひとつの大きな特色といえる10~12月期にかけての明確な足踏み状態は,このように在庫投資の一時的な慎重化が直接の要因となつている(最終需要自体の伸びは 第1-21図 に示されるとおり,4~6月期や7~9月期と大差ない)。
年明け後1~3月においても在庫投資額(フロー)は前期に引続き減少した。しかし10~12月期のそれが,国内最終需要が伸び悩んでいるなかでの在庫圧縮であつたのに対し,1~3月期の減少は,輸出の急増と内需の持直しという要因が重なり,いわば急拡大した最終需要に吸い出されたかたちでの減少であつた点で異なつている。昨年度上期における在庫投資が,最終需要を過大視した増加であつたとするならば,今年1~3月期の在庫投資は,最終需要の予想外の急伸を反映した減少であつたといえよう。この期においては,流通在庫が需要の急増を反映していわば意図せざる減少となつたうえ,メーカーの製品在庫も,一部では前期に引続き圧縮を図る構えにあつたところへ全般的に出荷が大幅に増えたため,結果としては減少した。商品市況が昨年11月中旬を底に半年以上もほぼ一本調子の上伸基調を続けたことは,これら一連の動きを裏づけるものといえよう。
50年度における個人消費支出は,従来の景気回復局面に比べればその景気けん引力は弱いものにとどまり,また目立つた動きをすることも比較的少なかつたものの,景気の下支えとしてはそれなりに大きな要因となつた(国民所得統計ベースの50年度実質個人消費支出は前年度比5.4%増)。これは,石油危機による異常インフレが漸次収束するにつれ家計の萎縮していた消費態度がほぐれてくるとともに,戦後最大の不況を反映して伸び悩んだ実質所得や厳しい雇用情勢なども,一進一退はあつたものの景気全体の回復につれて次第に好転してきたことが基本的原因である。
個人消費支出は,49年にはそれまでに例をみない落込みを示し,その後50年初以降は,景気回復が徐々に進むなかで,ならしてみれば持直し傾向を強めてきている。
このような落込みと持直しを直接左右した第1の要因は,家計にとつての実質可処分所得の動向である。不況過程が急速に進行した49年においては,春季賃上げ率がこれまでにない大幅であつたにもかかわらず急テンポの減産強化を反映した残業手当ての減少により名目所得が賃上げ率を下回る伸びにとどまる一方,物価の騰勢が続いたため実質可処分所得はほぼ前年並みにとどまつた(前年比0.1%減,家計調査ベース,以下同じ)。そして50年初以降においては,これとちようど逆のプロセスにより,実質所得が増大したのである。すなわち,50年においては,春季賃上げ率が大幅に鈍化したにもかかわらず,50年1~3月期を底とした生産の回復に伴う残業手当の増加などから名目所得額が増加した一方で,物価上昇率が急テンポで鈍化したため,実質可処分所得の伸びは堅調であつた(50年は前年比2.6%増)。このような実質所得の回復が,個人消費支出の回復の基本的要因となつている。
ところで家計の実質消費支出の伸びは,49年においては実質可処分所得の伸びを下回り前年比でわずかながらもマイナスになつたのに対し,50年の実質消費支出は実質可処分所得の伸びをも上回つて増加している(前年比4.5%増)が,これは第2の要因,すなわち消費性向の回復に起因している。消費性向,すなわち家計の可処分所得に対する消費支出の割合をみると,石油危機後の49年4~6月期に急低下したあと49年中は低水準で推移し,その後一高一低はあるものの徐々に上昇傾向をたどつてきており,50年末ないし51年1~3月以降はならしてみればやや長期的にみたすう勢的なレベルにまで近づいているとみられる。ちなみに,石油危機以前の約10年間における消費性向のすう勢線を求め,これをその後について延長するとこの点が確認できる( 第1-24図 参照)。以上のような消費性向の持直しを消費支出面がら支出費目別にみると( 第1-25図 ),食料費が比較的低い伸びにとどまつている反面,雑費(とくに自動車関係費),住居費(とくに家庭電器製品の購入)など耐久消費財への支出の伸びが消費支出の伸びに大きく寄与している。このように,50年初以降の消費支出の増加には,それまで大きく落込んでいた消費性向が回復したことも大きな要因となつている。では,消費性向はなぜ49年に急落し,50年以降は回復してきているのであろうか。
家計の消費支出に際しては,その大きさを決定する最も大きな要因は家計の所得であるが,そのうちでも比較的安定して水準が上昇してきていると考えられる部分(恒常性の強い所得)に依存する度合が大きいとみてよいであろう。すると,変動の大きい臨時収入(ボーナス,賃上げ差額支給など)については,その増減に見合うほど大きく消費支出額を変化させることはないことになり,むしろ定期収入(所定内給与,残業手当てなど。とりわけ世帯主のそれ)が家計の消費支出額にとつて,従つて家計の消費性向にとつて第一義的要因となつてくると考えられる。従つて,49年にみられたように,ボーナスおよび賃上げの差額支給が高水準となるなど変動性所得のウエイトが高まる場合には,消費支出は所得が増加するほどには伸びず,結果として消費性向は低下する。逆に50年にみられるように,不況の進行によりボーナス支給額が大きく圧縮されるなど変動性所得のウエイトが低下する場合には,所得の鈍い伸びに比べれば消費支出の伸びは相対的に高いものとなり,この結果,消費性向が上昇することになる。このように,変動性所得の総所得に占めるウエイトの変化(この点に関しては後出 第1-27図 参照)が最近における消費性向の動きを説明する第1の要因と考えられる。
第2の要因は,物価水準や名目所得額の伸び率が大きく変化する場合には,家計がたとえ実質ベースでこれらの動きに見合つた消費行動をとろうとしても,それが完全に達せられるまでにはある程度の時間的ラグが避けられないことから,結果的に消費性向が変化するという点である。とくに,それまでにない大幅賃上げ(賃上げ率32.9%)となつた49年においては,所得の上昇がこれまでになく大幅であつたことから,それまでの消費支出水準や消費支出の内容が新しい所得水準に見合つたものに変化するまでには,ある程度の時間的ラグを要したとみられ,この過程においてこうした時間的ラグが消費性向を低下させる方向に働いたと思われる(インフレ進行に伴う貯蓄効果)。50年以降については,物価が急速に落着き傾向を強めてきたことから,上記のような消費性向の引下げ効果は大きく減衰したとみられる。なお,実質ベースでみた消費支出増減にラグが伴うという場合には,上にみたように物価上昇が大幅である時には結果的に節約がおこるという受動的な側面のほか,家計が意図して節約するという能動的な側面も無視しえず,とくに49年には後者の節約効果もかなり寄与したものとみられる。
さらに,上記と並ぶ要因として,今回の不況がこれまでになく深いものであつたため,失業の増大または減少にみられるように家計をとりまく不確実要因の増大ないしその後退が家計の消費態度をかなり左右したことがあげられる。これは,49年中は家計の消費態度を萎縮させる働きをする一方,50年以降は,景気回復に伴う家計での心理的明るさのよみがえりというかたちで,ある程度消費性向の引上げに寄与してきたとみられる。
以上みたような消費性向の動きを所得階層別に検討してみよう。 第1-26図 は,家計の階層分けを,世帯員全員の年間総収入(定期収入,臨時収入等)の合計額を基準とした場合(ケースA)と,世帯主の年間定期収入を基準とした場合(ケースB)の2つの場合を示したものである。後者はどちらかといえば比較的安定的な属性を基準に家計を階層分けした場合であるが,これによると,世帯主が低収入の家計ほど家計の消費性向は高く,一方世帯主の収入が高いほどその家計の消費性向は低いという通常考えられているパターンが確認できる。しかも,年次別にみてもこのパターンは極めて安定しており,49年,50年についてケースAの場合にみられるような階層別消費性向の逆転という現象はみられない。また,このケースでは,49年にみられた消費性向の落込みは,ほぼ各階層にわたる結果として生じたものであることもわかる。このことは,消費支出が,恒常性の強い所得によつて基本的に決定されるという上にみたような観点からみた場合,49,50年には一般的にどんな家計でも節約に努めようとしたことを意味するものであろう。これに対して前者の場合(ケースA)には,49,50年という不況の年には,全体としての消費性向が低下するなかで,低所得家計と高所得家計の消費性向の水準が逆転する現象が生じている。これは,有業人員が多く世帯主の定期収入以外の収入が多いことから最高分位(第V分位)に属しているような家計では,その消費態度が従来通りに維持されるか,あるいは積極化したこと,などを意味するものであろう(なお, 第1-27図 参照)。
以上みたような都市世帯の消費動向に対して,農家世帯の消費支出は,その水準は平均してみると都市世帯を引続き上回つているものの,例えば40年不況時にみられたようにそれが消費全体の下支えをする度合いは弱まり,次第に都市世帯の消費支出パターンと共通した動きを示すようになつた( 第1-28図 )。このため,それが,個人消費支出全体の動きの景気感応度を高める一因になつているといえよう。これは,兼業化が一層進展( 付図1 参照)して農外所得のウエイトが高まつているという構造的な要因があつたところへ,企業の雇用調整の動きの強まりなどの影響から日雇労賃収入や出稼ぎ収入などの農外収入の減少を余儀なくされるなど,農家の所得も全体としてみれば景気の動きの影響を受けやすくなつていることが大きな原因である。
近年,このような傾向がみられるなかで,ここ1両年の農家の消費支出の動向をみると,49年度においては,物価が大幅に上昇するなかで,農業生産資材価格の高騰による農業支出の増加からとくに年度前半に農業所得が著しく伸び悩んだことが大きく響いて,実質消費支出は前年度比1.4%増と伸びは大きく鈍化した。しかし50年度には,農外所得の伸びが上記のような事情から鈍化したが,一方で,農産物価格の相対的上昇や米の豊作等により農業所得が大幅に増加したため,農家の所得は都市勤労者世帯のそれを上回る伸びを示した。こうしたことなどから農家の実質消費支出も,50年度には前年度比5.6%増と都市勤労者世帯における実質消費支出の伸び(同3.2%増)を上回つた。
今回の景気変動を通じてみた場合,住宅投資について第1の特色は,公共事業と並んで景気対策の中心に据えられ従来になく政策的拡大がはかられてきたことである。これは,住宅の質的向上という社会的要請に応えるべく住宅金融公庫の融資枠拡大などの相次ぐ措置をとつたものであり,この結果,景気回復要因としては従来の同一局面にはみられなかつた大きな寄与をすることとなつた(前出 第1-17図 )。
第2の特色は,以上のような政策的対応による影響のほかに,最近の住宅投資は景気全体の動きを反映して動く傾向が強まつてきたことである。新設住宅着工戸数の推移をみると( 第1-29図 ),47~48年の景気上昇期に急増を示したあと,石油危機以降の不況進行局面では急減した。その後景気の底にやや先立つて谷となり,50年1~3月期以降は最近まで再び増加基調にある。このような動きを前回景気調整時の45~46年と比較すると,景気全体の動きと住宅投資動向は,とりわけ民間資金による建設に大きく左右されるというかたちで同時性が一段と強まつていることが大きな特色である。
住宅建設がこのように景気感応度を高めたのは,最近においては,住宅建設需要が量的需要よりむしろ質的向上に基づく性格を強めてきているということが基本的な背景となつている(ちなみに昭和48年には,いずれの都道府県においても住宅総数が総世帯数を上回つている)。このような状況下にあつて住宅建設に際しての金融機関借入れへの依存度が高まつているため,まず第1に,金融情勢のいかんに左右されやすくなつてきていることが大きな要因である。第2には,住宅需要者の所得,住宅価格の家賃等に対する相対的価格,さらには住宅建設価格の先行き見通しなど景気情勢全般と密接な関係を持つ諸要因によつても影響をうけやすくなつていることによる。いいかえれば,住宅投資は,これまでは絶対戸数の不足という量的側面を中心とした需要の根強さによつて大きく支えられていたのに対し,最近ではむしろ経済内的諸要因が住宅投資を決定する型へ変つてきているわけである。ちなみに最近の住宅投資の増減要因を分析してみると( 第1-30図 ),銀行の住宅ローンや公庫融資の増大(金融要因)や住宅建設価格の相対的落着き(価格水準要因)は49年半ば以降明確に住宅建設支持要因となつている。また所得の向上(所得要因)や建設価格の上昇率(価格変動要因)も,ならしてみると,50年1~3月の景気の谷を境にそれぞれそれまでのマイナス要因からプラス要因に転じていることがわかる。このうち,とくに金融要因についてみると,金融機関ではいわゆる大衆化路線推進という方針に加え行政指導もあつて住宅ローンの拡充を図つてきたことから,今回は景気全体の回復に先行してすでに50年1~3月には住宅着工戸数を回復させはじめる重要な契機になつた。またその後4~6月以降も,このような傾向に加え,企業の資金需要が総じて減少傾向をたどつたこともあつて,銀行等では住宅ローンに対し一段と積極的に取り組むようになつた。このため住宅ローンは引続き増勢をたどり,住宅建設の着実な増加の大きな要因となるなど,このところとくに住宅金融面での安定的拡大が住宅建設に果している役割の大きさは注目すべきものとなつている。
以上のような動きの背景を利用形態別にみると,最近とくに回復の目立つ持家の建設や分譲住宅の取得には,上記の諸要因のほか,これらを計画する家計の実質貯蓄残高の増加もかなり大きな要因となつているとみられる( 第1-31図 )。また貸家の建設もこのところ増加傾向にあるが,これには最近の貸出金利の低下などの金融要因が大きく影響している。このように住宅投資の動向は,こうした要因が大きな影響をもつてきているとするならば,今後の景気回復過程では従来にない景気上昇加速の要因となつてきているといえよう。