昭和51年

年次経済報告

新たな発展への基礎がため

昭和51年8月10日

経済企画庁


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第1章 昭和50年度経済の推移と特色

第3節 2年ぶりに下げ止まつた民間設備投資

1. 立直りの著しい遅れ

今回の不況では,民間設備投資の立直りが著しく遅れたことが不況の谷を深くかつ長いものにものにする大きな要因であつた。四半期別にみると,石油危機直後の49年1~3月に経済全般の混乱の中で激減したのをきつかけに,今年1~3月に下げどまるまで実に8四半期(丸2年間)にわたり前期比で連続減少を記録した。この結果,設備投資の今回の落込み幅はピークに比べ27.6%にも達し,37年不況時(落込み幅は2.9%),40年不況時(同13.1%),46年不況時(同2.1%)のいずれをも上回る深い谷を形づくることとなつた(50年度としては前年度比10.6%減と2年連続の大幅減少)。従来の回復局面では,非製造業の設備投資が景気の谷に先んじて増加するかもしくは景気後退局面でも減少しなかつたため,設備投資全体としては景気底入れとほぼ同時に増加に転じた。その後やがて製造業の投資が回復するに及んで設備投資の増加テンポは加速してゆくというパターンとなるのが常であつた( 第1-32図 )。ところが今回は,非製造業の落込み幅の縮小化が先行するという点では従来と同様であつたが,景気全体が谷を脱したあとにおいても,製造業はもとより非製造業の投資もなお減少傾向が続いたため,設備投資は景気底入れ後もおよそ1年間減少を続けることとなつた。

非製造業の立直りが遅れたのは,投資の背景となる需要の伸びが今回の場合は弱々しかつたこと,企業収益が著しい低水準であつたことなど今次不況の特色をそのまま反映していることが,大きな原因である( 第1-33図 )。また製造業では下げ止まりがこれよりさらに遅れることとなつたのは,操業率の異例の低下を余儀なくされたうえ生産の回復テンポも総じて鈍かつたため,企業の設備過剰感が著しく高まり,それが根強く尾を引いたことが基本的背景である。さらに,景気底入れ後に一段と落込むといつた企業収益の動きやその水準の低さという点についても,ともにこれまでみられなかつた動きであるだけに,企業の投資マインドを慎重化させたとみられる( 第1-34図 )。このほか,長引く低操業の結果として企業の中期的需要見通しがやや下方に屈折しはじめたこと(前出 第1-3図 )も,投資の立直りを遅らせる重要な一因であつた。

2. 年明け後の下げ止まりとその背景

(51年1~3月期には2年ぶりに下げ止まり)

年明け後1~3月には,民間設備投資(国民所得統計ベース,実質値,季節調整値)は前期比0.5%増と9四半期ぶりに小幅ながら増加し,ようやく下げ止まつた。また先行指標である機械受注額や建設工事受注額をみても,1~3月期にはいずれも大幅に増加している( 第1-35表 )。このように下げ止まつたのは,製造業ではなお減少傾向が続いているものの,例えば40年不況からの立直り時にもみられたように,非製造業での投資がようやく増加しはじめたためである(前出 第1-32図 )。企業規模別にみると( 第1-36図 および 37図 ),非製造業中小企業ではすでに昨年度初より持直していたほか,製造業中小企業でも昨年後半以降増加に転じており,ただ盛り上がりのテンポに関し従来と比較していずれも鈍いものにとどまつているという点を別とすれば,全般的な設備投資の盛り上がりに対してこれら中小企業の投資がはつきりと先行して増加してきている点は,従来ときわめて類似した回復パターンとなつている。一方大企業の動向をみると,非製造業では年明け後増加基調に転じている。しかしウエイトの高い製造業大企業では,従来も持直しが最も遅れるのが通例である(通常景気の谷から2~4四半期たつてから増加に転じた)ように,今回もまだ回復するには至つていない。このように今回の投資の持直しは,そのテンポと力強さは今のところ従来ほどでないにせよ,以上のような回復のパターンはこれまでの設備投資回復期にみられた姿をとりつつある。ちなみに,設備投資に関連の深い機械類のメーカー出荷をみても( 第1-38図 ),電動機(モーター),事務用機械,土木建設機械,産業用電気機械(変圧器等)などどちらかといえば中小企業ないし非製造業での投資の対象とみられる比較的小型の機械類が持直してきている反面,化学機械,特殊産業機械(製紙機械など)といつた比較的大型で大企業向けが主体とみられるものは停滞傾向が続いている。

(下げ止まりの背景)

以上のような最近の動きのなかで,最も回復が遅れている製造業大企業の設備投資も,アンケート調査などでみる限り,51年度中は非製造業などとともに増加に転じることが見込まれている( 第1-39図 )。とりわけ製造業については,これまでになく大きい供給余力を残していることから,それが解消しない限り設備投資は持直すことは期待できないとの見方がかなりみられた。しかし全体としてはなおかなりの供給余力を残しているとみられるにもかかわらず,製造業を含めた設備投資全体はなぜ下げ止まつたのだろうか。

その基本的理由は,今年1~3月期以降,現実に輸出が急増したうえ内需も増加傾向をはつきりさせたことから,企業では先行きの需要増加見通しに徐々に確信を強めてきたことである。もとより現実の需要が増加しても,供給余力が大きい場合には,その需要増加自体が設備投資刺激要因となるとは限らない。しかし設備投資は,その計画立案,工事施工,設備完成といつた過程を経るため,現実の能力増強や既存設備の更新完了に結びつくまでにはかなりの期間(数か月から時には4~5年間)を要するものである。このため,企業では,経営戦略の鍵ともいえる設備投資の計画にあたつては,現実の供給余力(需給ギャップ)の水準そのものよりもむしろ将来における需給の見通し,ないしこれを示唆するその時点での供給余力の変化方向と変化幅に敏感に左右される。従つて現在の供給余力がある程度大きくとも,1~3月にみられたようにその余力が急速に小幅化の方向へ動き,かつそのような状態が今後続いていくという確信を深めれば,企業の投資マインドは動意を示す。現に,このような投資マインドの変化をみると( 第1-40図 ),わずか3か月間をとつてみても,一方で石油精製,化学やもともと水準の高かつた鉄鋼など素材関連業種では計画が下方に修正されているが,他方,内外需とも一段と好調に推移している自動車,電気機械をはじめ,食品,卸小売といつた個人消費関連業種,さらにもともと圧縮した計画でスタートの構えにあつた紙・パルプ,窯業などではいずれも当初計画を上方へ修正するに至つている。

このような動きを示す背景は,マクロ的な統計では次のように理解することができる( 第1-41図 )。設備投資の動向を端的に表わす設備投資対資本ストック比率をみると,石油危機発生前までは設備投資の盛り上がりからそれは上昇傾向にあつたが,49年1~3月以降は急激に低下してきた。これは,最終需要の急減とこれを反映した大規模な在庫調整の進展から企業の先行き需給見通しが急速に弱気化し,設備投資(フロー)の抑制をはかることによつて資本ストックの増加率の調整を図つたためである。このようにして,設備投資対資本ストックの比率が低下するという過程がおよそ2年間続いた結果,資本ストックの増加率,すなわちおよその生産能力の伸び率は漸次鈍化し,51年1~3月期には前年同期比で6%増程度にまで低下してきていた。また,このように設備投資が圧縮されたため,設備全体としてはある程度の老朽化が進み,更新を要するものも出てきていた。一方需要面では,50年10~12月期まではきわめてゆるやかな伸びにとどまつたが,今年1~3月には,上記のような鈍化した生産能力の伸びに比べて急伸した(1~3月期の実質GNPの前期比は年率で14.8%増)。また先行きについてもいましばらくは総じてみればこのような生産能力の伸びが需要の伸びを下回るという見通しを強めてきたとみられる。このように,1~3月期以降の設備投資の反転には,これまで設備ストックの調整が進展してきていた一方,実際の需要増加とこれによる先行き需要見通しの確信が強まつたことが基本的背景となつているとみられる。なお,今次不況では,原油価格の高騰により諸製品間の相対価格が比較的短期間で大きく変化したため,既存設備の中には,急速に採算点が高まり非効率化するといつたものもあつたと推察される。このような事情も,設備ストックの調整一巡を促進させる一因として作用したとみられる。

設備投資の下げ止まりには,以上のような需給要因の変化に加え,それを反映した企業収益の急速な改善もあずかつているとみられる。企業収益の水準自体は,過去の不況期に比べても依然として低水準にある(前出 第1-5図 参照)が,50年度下期には,企業自身の予想を上回る好転をみたことから,先行きの予想収益についても企業では総じて次第に自信をとりもどしつつあり,これが企業の萎縮した投資マインドをときほぐす一因となつている。

これらのほかに,50年春以降の金融の漸進的な緩和は,従来の回復期と同様,金融要因に比較的大きく左右される非製造業の設備投資を製造業に先んじて増加させた要因として見逃せないところである。

(設備投資環境の変化)

以上のように設備投資は51年1~3月には下げ止まつたが,今回の景気回復局面では従来と異なつた諸条件の中での投資の回復である点を考慮しなければならない。その第1は,中長期的な制約要因としての工場稼動に伴う各種公害の問題や工場立地難の問題である。環境保全要請の強まりや住民意識の高揚などの点を40年代前半と比較すれば,今後は大規模な新規工業地帯の形成といつた大型投資をする余地はごく制限されたものにならざるをえない。第2は,設備投資の動機ないし内容がかなり変つてきていることである。能力増強投資の比率は,高度成長期からすでに低下する傾向がみられるが,短期的にみても, 第1-42図 でみるように非製造業では電力などを中心に能力増強投資の増加が見込まれるが,製造業ではそれはむしろ減少する一方,維持・補修や開発・研究への投資が増えている。これは,一単位の設備投資による追加的な生産能力増強の効果が従来に比較すると小さくなつてきていることを意味すると同時に,そのような内容の投資が増えることは,従来の同局面以上に早いピッチで供給余力が縮小してゆく可能性もあることを示している。第3には,以上の点にも関連するが,企業の経営方針の面で従来の量的拡大を重視する姿勢がやや後退し,これに代つて企業体質の強化をねらう方向への傾斜がみられることである(詳細は第4章を参照)。このため,企業が最も重視する経営上の利益指標をみても従来の売上高利益率に代つて最近は総資本利益率を経営上の基準とする企業が急速に増えてきている。以上のように企業自身の設備投資に対する見方の変化に加え,企業をとりまく環境もこのところかなり変つてきていることを考えると,設備投資が,目先,従来の回復期のように急増してゆくという公算は比較的小さいと見られる。しかし,最近の投資内容の変化や価格志向性を強めつつある企業行動(第3章を参照)を考えると,もしここで需要の急増が続くことにでもなれば,予期しない需給の急速な引締りと物価の急上昇をもたらす可能性があることは否定しえない。このため,今後の需要管理政策は,景気回復促進に重点をおいた段階とは異なり一段とむずかしさを加えているといえよう。