昭和51年

年次経済報告

新たな発展への基礎がため

昭和51年8月10日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1章 昭和50年度経済の推移と特色

第1節 けわしかつた景気回復の道

1. 経済情勢の推移―3つの時期

49年1~3月期から鋭角的な落込みをみせた日本経済は,およそ1年を経た50年1~3月期には景気底入れの様相を呈した。それ以降は,国民総生産や鉱工業生産など経済全体の動きを示す指標からみる限り,戦後最大の不況もようやく回復に向かいはじめることとなつた。しかし,その回復の足取りは,落込みに至る急テンポの動きに対比すればきわめて緩慢で,しかも小波動をくりかえしながら上昇してゆくというけわしい道のりをたどるものであつた。

このような回復過程にあった50年度経済の動きは,次のように3つの時期に分けてその推移を特徴づけることができる( 第1-1表 )。

まず第1の時期は,50年4~6月期である。これは,今回の不況の深い谷となつた1~3月期から一時的にせよ急テンポでのかけ上がりがみられた時期であつた。鉱工業出荷が2月以降増加に転じたあとをうけて,生産も3月からようやく持直し傾向となり,4~6月期には出荷は前期比3.6%増(年率換算15.2%増)というかなり早い回復を示した。これは,在庫調整が進んできていた流通段階において,政府の景気対策(2月および3月)がとられたこともあつて,一部には在庫の積み増しの動きが出はじめ,それがやがてメーカーの生産回復を呼びおこすという従来みられた景気反転期の動きが今回もまたこの時期にみられたためである。こうしたことを反映して,原材料を中心とする商品市況も5月半ばごろまでは比較的強含みに推移した。

しかし,このようなかたちでの回復は夏場以降次第に勢いが弱まり,その後年末近くにかけては景気は足踏み状態となつた。景気回復途上にありながらこのように4~5か月間にもおよぶ停滞傾向があらわれたが,これが第2の時期である。それまでの国内最終需要の伸びがもともと弱かつたうえ,夏場までは海外景気の低迷から輸出が引続き減少した。このため,それまで増加傾向を示していたメーカーからの出荷が再び停滞気味になり,順調に進んでいた減産緩和もそのテンポについて見直しを要請されることとなつた。さらに,深い景気の谷のあとであつたためこの時期においては企業の収益はなお悪化傾向を続け,また家計にとつても労働市場の情勢がなお厳しさを加えつつあつただけに,秋口以降年末近くにかけては景気停滞感に一層拍車をかけるところとなつた。

第3の時期は,年明け後の1~3月期以降である。年末近くから急増しはじめた輸出が,1~3月期には記録的な増加を示し(通関ベースで前期比15.7%増),これに伴い景気の回復が急ピッチで再び進みはじめた時期である。この時期には,企業の収益面では,その水準はなお従来になく低いものの予想を上回つた回復を示したうえ,厳しかつた雇用の情勢にもようやくほの明るさがみられた。また,従来の景気回復局面において力強い回復のリード役を演じた民間設備投資は,今回は景気底入れ後もなお減少を続けたが,この時期になつてようやく2年ぶりに下げ止まった。このように,今回の回復期では,従来の景気回復期にみられたさまざまな動きが景気の底から約1年経つてからようやくみられはじめ,その後全体として順調な回復過程をたどつてきている。

2. 今次景気回復における特徴点

(1) 回復の足取りの鈍さ

今回の景気回復を従来と比較した場合,次のような4つの大きな特色を指摘することができる。

その第1は,景気が年明け後の本格的な力強い回復基調に転じるまでは,総じて回復のテンポが鈍く,かつその局面がこれまでに例のない長期間(1年弱)にわたつたことである。経済全体の動きを代表する指標のひとつである鉱工業生産の動向を従来の回復局面と比較すると( 第1-2図 ),今回の落込みはこれまでになく長期にわたりまた大幅であつた(ピーク比約2割の下落)。しかしその回復テンポは,ならしてみれば,落込みのスピードに比べてきわめて緩やかにとどまるという局面がかなり長期間続いたことがわかる。このように落込み幅が過去最大であつたにもかかわらず,それに続く回復が後述するように,輸出の引続く減少などから総じて緩慢にとどまつたことから企業の先行きの見方が次第に慎重になり,それが,再び設備投資の立直りを遅らせるなどして景気全体の回復テンポを鈍いものにした面があつたといえよう。このため,企業がいだいている中期的な成長率見通しをみても( 第1-3図 ),ひところの不確実性(予想成長率のばらつき)はやや減退してきている一方,やや中期的な見通しとしては年率4~6%程度の成長を見込む企業が増えることとなつた。

(2) 物価上昇圧力が強い中での景気回復

第2の特色は,物価上昇圧力が根強いなかでの景気回復であつたことである( 第1-4図 )。これは,今回の不況では企業の操業度が著しく落込んだことから,人件費,金融費用など固定的費用による企業収益の圧迫が大きかつたことに加え,一部業種では原油の大幅値上がりによるコスト・アップが製品価格ヘ十分転稼しきれていないという事情もあつて,企業では製品価格の引上げにより,これをカバーしようとする意欲がこれまでになく強かつたことが大きな原因である。このような状況にあつたため,景気回復という点では,秋口から年末にかけては回復スピードが目立つて鈍化してきていたにもかかわらず,卸売物価は逆にかなりの騰勢をみせはじめるという従来には例をみない現象が生じた(物価についての詳細は第3章を参照)。また物価の安定化達成が経済政策の最重要目標のひとつであつたことから,このような状況の下では景気対策も急激な転換は適当でなく徐々に不況対策を強化してゆかざるをえない状況にあつた。

第1-5図 主要企業(製造業)の売上高経営利益率の推移 ―過去の同一局面との対比―

(3) 経済全体の動きと景況感との大きな乖離

第3の特色は,経済全体の動きとしては,50年1~3月に底を打ち,その後緩やかながらも回復過程をたどつていたにもかかわらず,企業や家計の景況感はその過程でもこれとは逆になお後退を続けるなど両者の乖離が大きかつたことである。もつとも今年1~3月以降回復が加速化するに至りこのような乖離現象は次第に薄れてきている。

(企業収益の回復の遅れ)

企業にとつて景気回復感が出遅れた基本的な原因は,収益率の水準がこれまでにない低水準に落込んだうえ,その回復が景気の動きにおよそ半年も遅れをとるなど従来にない厳しい状況が続いたことにある( 第1-5図 )。50年度上期において生産の増加がみられたのに企業の収益がなお悪化したのは,次のような事情によるものである。

すなわち,この期においては,最終需要の伸びが低くこのため出荷の伸びが生産の増加を下回り,在庫が累増し,その結果需給バランスが崩れ製品価格の低迷を招いた。一方,企業においては,前年度の32.9%に比較すればモデレー卜な伸びでおさまつたとはいえ,50年度の春季賃上げ率が13.1%と人件費が引続き上昇したことに加え,借入金増加を中心とした金融費用の増加もあつて,固定費コストが上昇した( 第1-6表 )。製品価格が低迷し,固定費負担が増加したのであるから,現行価格(時価)の下での採算点を示す損益分岐点操業度は上昇せざるをえない。損益分岐点操業度は,卸売物価の上昇が始まつた47年度下期以降急速に低下したものの,49年以降は価格上昇率のスローダウンとともに再び上昇に転じている( 第1-7図 )。このように,50年度上期においては,損益分岐点操業度がすでに著しく高まつたため,個々の企業としては操業度を上げて収益を改善しようとする意欲がことのほか強かつた。こうした状況の下では,在庫率が低下に向い,また景気回復の期待が強まるや否や,企業は生産増加に転じたのであつたが,輸出の減少,国内最終需要の伸び悩みなどから製品価格が低迷したので,当初の意図に反して損益分岐点がさらに上昇する結果を招き,かえつて収益悪化に追いこまれたのである。これが,生産の回復と収益悪化という一見矛盾した現象(いわゆるマクロとミクロの乖離)を生みだした。この結果,秋口から年末にかけては,価格を建て直すことによつて,損益分岐点操業度の引下げを意図したことから,再び減産体制をとらざるをえなかつたのである。50年度上期中においては,収益悪化に対処するため,かなりの企業において,土地や株式など保有資産の売却により利益をねん出する動き(営業外収益による経常損益への補てん)をみせた。その後,年度下期に入ると,製品価格が徐々に上昇してくる一方,投入費用が相対的に落着きをみせ,また輸出の急増もあつて売上げ数量がかなりの増加を示したことから企業の収益はようやく好転することとなつた。

(なお高水準の企業倒産)

景気回復の中にあつても企業の倒産が高水準で推移した(50年7~9月以降は金融緩和政策に転換する以前よりも倒産件数がむしろ増加)。しかもこのなかで中堅ないし大企業の倒産がかなり目立つたことも企業の先行きに対する不安を高め,企業にとつての景気回復感が出遅れる一因となつた( 第1-8表 )。回復期に倒産が増えるという現象は,必ずしも今回特有とは言えない(40年不況からの回復時にはその傾向があつた)。しかし,今回倒産が増加しているのは,企業の業績不振長期化を反映したいわば不況主因型の倒産や,サービス,卸売業など非製造業での倒産が目立つていることのほか,47~48年ごろに土地投機に走るなど安易な経営を進めていた企業が長期不況の過程で体力を消耗し,淘汰されていつたからでもあつた。このため,景気回復過程とはいえども,企業にとつては厳しい試錬が続いている時期であつた(企業をめぐる諸問題については第4章を参照)。

第1-9図 景気回復局面における労働関係指標の推移

(雇用情勢の改善も遅れる)

今回の景気回復テンポの緩さは,企業にとつては,上にみたような種々のかたちであらわれたが,一方,家計にとつても,これまでになく厳しい雇用情勢が続くというかたちであらわれた。従来の景気回復局面では,景気の上昇反転とほとんど同時に求人数が急速に回復し,また求職者数も減少したことから求人倍率が上昇に転じた。その後やがて常用雇用者の減少も止まるので失業率もさほど上昇することはなかつた( 第1-9図 )。ところが今回の不況では,景気底入れ後の生産増加に際しては,主として既存雇用者の時間外勤務(所定外労働時間)の増加というかたちで対応した点では従来と同様であつたが,すでにみたように,生産の落込みがこれまでになく大幅であつたうえ,企業では,そのような状況の下で中期的成長率の下方屈折を現実化しつつある問題としてとらえ始めていたこともあつて雇用調整の動きが根強く続いた。このため,景気底入れ後も求人数が減少を続けた一方,求職者はじりじり増加することとなり求人倍率は低下傾向をたどつた。このような状況下,失業率も前2回の不況時を大きく上回る水準に達した。そしてこれらの指標でみた労働市場の改善は,景気の底入れから約3四半期も遅れることとなり,今年になつてようやく好転を示しはじめている。

ここで注目されるのは,年明け後の景気の急速な回復につれ雇用情勢が改善傾向を示しているとはいつても,企業の雇用態度が従来の回復期に比べれば慎重さを増してきていることである。雇用者の内訳をみると( 第1-10図 ),今回の景気変動において雇用者数が比較的大きな変動をみせている中小企業では,繊維,電気機器や卸小売業など個人消費関連業種が比較的多いことなどから昨年夏以降すでに雇用が増加する方向にあり,またパート・タイム雇用なども比較的早い段階で増加に転じている。しかし,大企業では,景気底入れ後も雇用調整の動きが長く尾を引いてきたため,雇用の伸びは小幅なものにとどまつている。

また,新規求人の動向を業種別にみても,電気機械など消費財関連ないし輸出好調業種での回復が目立つているが,製造業の大半の業種においては,当面の生産増加には常用求人の増加よりもむしろ臨時・季節求人の大幅な増加を通じて対処しようとする傾向がみられてきた。もつとも,最近に至り常用求人の回復も目立つてきている。このように,今回の景気回復過程を全体としてみた場合,企業では慎重な雇用態度を続けているため,労働市場での需給の本格的改善には今後なおかなりの時間を要しよう。(なお,これらと関連した企業の体質改善の動きについては第4章を参照)。

もうひとつ見逃してはならない点は,このような雇用情勢の好転の遅れのなかにあつて,とくに中高年齢者など特定の層にしわ寄せ的な厳しさがあらわれていることである。中高年層では,就職の機会が著しく減少するなどこのところとくに厳しい情勢に直面してきており,このため高水準を続ける失業者総数をみても,その中に占める中高年齢者のウエイトが高まつてきている( 第1-11図 )。わが国の労働市場では,次第に流動化の傾向がみられるとはいえ,全体としてはなお終身雇用の色彩が濃いだけに,とくに中高年齢者の就業確保は今後ともなお大きな課題となつている。

第1-12表 新規学卒者の求人倍率

なお,新規学卒者の就職についてみると( 第1-12表 ),これまでの好況時に比べれば最近の就職環境にはそれなりに厳しさがうかがわれるが,求人倍率は引続き比較的高い水準にある。

(4) 業種間などでの好不調に大きな格差

第4の特色は,今回の景気の落込みから回復にかけて,生産物種類間,業種間,企業間,企業規模間などにおける好調,不調に大きな差がみられたことである。

(生産物種類間格差)

まず鉱工業生産の動向を財別にみると( 第1-13図 ),消費財は落込み幅が比較的小さく,また回復についてもとくに耐久消費財については国内需要が比較的堅調に推移したこと(第2節(2)参照)や,昨年7~9月ごろから先進諸国への自動車の輸出が急増したこと(第2章参照)などから,今年1~3月における生産水準はこれまでのピーク時におけるそれをかなり上回るに至つている。一方,資本財(輸送機械を除く)や建設資材も,今年1~3月にはかなりの回復をみせたが,後述するように民間設備投資の減少が続いたことにより落込み幅がとりわけ大きく,とくに資本財(輸送機械を除く)については,その回復時期が遅れたこともあつて,それらの今年1~3月における生産は,ピーク時と比べていずれも依然20%強下回る水準にとどまつている。こうした中にあつて生産財(各種素材)は消費財向けが好調な反面,投資関連財向けでは回復が遅れているため,その生産水準の回復は両者の中間にある(1~3月にはピーク比約13%落込んだ水準)。

(業種別格差)

以上のような財別の格差は,業種別にはつきりと投影されている。いま,生産水準の回復度合いのほか,原油の大幅値上がり以降の投入および産出価格の動きを加えて業種別収益動向をみると( 第1-14図 ),輸送機械や電気機械などでは,上にみたような個人消費支出の堅調や輸出の増加に支えられて生産の回復が顕著であるうえ,原油依存度が比較的少ないこともあつて投入原材料値上がりに伴う収益圧迫が相対的に少ないため,50年度下期にはかなりの利益率をあげることができた。一方,石油・石炭製品,化学など原油依存度の高い素材関連の業種では,生産面に限つていえば製造業のほぼ平均程度の回復を達成しているものの,他方で投入価格の大幅上昇に起因するコスト増加に見合つて産出価格が必ずしも十分に上昇するに至つていないことなどから利益率の水準はきわめて低いものにとどまつている。こうした中にあつて,生産の回復,産出価格の上昇とも相対的に遅れている業種(窯業・土石)や,産出価格の好転にもかかわらず生産水準の回復の鈍さが目立つ業種(鉄鋼,非鉄<銅>)なども低い利益率を余儀なくされている。また,開発途上国の追上げもあつて値下がりしている繊維などでは欠損となつた。なお,一般機械の利益率は相対的には高いが,これは一方で,国内向けウエイトの高い企業を中心に欠損企業数がなお増加したものの,他方,かなりの企業で輸出の急増から高収益をあげたことが影響したものであり,企業別にみた場合にきわめて大きな格差があることを示している。

第1-15図 創業以来最高利益計上企業と東証第1部上場企業の収益推移

(企業別および企業規模別格差)

企業別にみても今回の景気変動を通して著しい格差がみられた。企業活動の集約としての利益の動向をみると,企業全体としての50年度の利益率は40年不況時を大きく割込む未曾有の落込みとなつたが,こうしたなかにあつて創業以来最高の利益をあげるといつた企業も少なからずみられた( 第1-15図 )。一方,企業規模別に40年不況時と今回とを比較してみると( 第1-16表 ),中小企業では今回の業績悪化は比較的軽微にとどまつたのに対し,中堅ないし大企業では今回は相対的に業績不振が目立つている。このように大企業の収益の落込みが特に大きかつたのは,今次不況が原油価格の高騰につづく不況であつただけに,その結果としては,原油依存度が比較的高く,かつ大規模な設備を必要とする素材関連の製造業大企業が今回は最も大きな打撃を受けることになつたためである。