昭和46年
年次経済報告
内外均衡達成への道
昭和46年7月30日
経済企画庁
第1部 昭和45年度の日本経済
第3章 引締めから緩和への財政金融政策の展開
景気鎮静化が進むなかで資金ポジション指導が大幅に緩和され,45年10月末には公定歩合が0.25%引下げられて金融引締めは解除されることとなつた。さらに,46年1月,5月に公定歩合がそれぞれ0.25%引下げられ,金融政策はしだいに景気回復促進を円滑化する方向で運用されるようになつた。一方,財政政策の運営もしだいに景気回復促進の役割をになうようになつた。
引締まり基調で推移した金融市場は引締め解除以降緩和に転じ,しだいに緩慢化のテンポを速めていつた。コール・レートの低下も急速で,45年7~9月の9.25%(月越物,出し手)をピークに低下傾向に転じ,46年5月には7.0%となり,約8カ月間に2.25%の大幅低下を示した( 第33図 )。
金融市場の緩和が急速に進んだのは政策転換以降の市場調節が緩和基調で進められたことが背景となつているが,次のような事情も緩和の進展を促進している。
第1は,実体面の景気停滞を反映して日銀券増発額が減少し,金融市場の緩和要因として働いたことである。
第2は,45年10月以降,外貨準備の増勢が強まり,外為会計の散超額が巨額になつたことである。外為会計の散超額は10~12月3,136億円,1~3月4,257億円,4~6月9,845億円と巨大な規模に達している。
第3に,中小企業の資金需要に後退がみられるようになつたため中小企業金融機関ではコール市場で有利な運用をふやそうと意図するようになつた。こうした動きを反映して金融緩和以降,信用金庫,相互銀行,地方銀行などのコール放出残高は著増している。
公社債市場に金融緩和効果が明瞭にあらわれるようになつたのは,46年にはいつてからのことである。
45年12月ごろまでは,都市銀行が貸出増加にともなう資金ポジションの悪化から債券売却をつづけたことや,先行きなお企業の資金需要が強いとの見方が多く,中小企業金融機関などの既発債買入れが積極的でなかつたことなどから既発債市場も概して軟調に推移した。
しかし,46年1月以降既発債の利回りは急速に低下し,発行条件との利回りのかい離幅縮小が急テンポで進んでいつた。事業債のうち残存期間1~2年の短期物には4月以降応募者利回りを下回るものも生じるようになつた( 第34図 )。
既発債市場の急速な変化をもたらした第1の要因は,信用金庫を中心に中小企業金融機関などが先行きの資金需要減退を見越して既発債投資を積極化していつたことである。第2は,外人による公社債投資が急増したことである。海外金利の低下から,45年秋以降利回り採算を中心とする外人公社債投資が増加し,さらに4~5月には西欧通貨不安をきつかけに外人買いが急増した。また,都市銀行の預金が好調な増加を示したためポジションが改善し,都市銀行の債券売却が減少したことも公社債市場の回復をたすけた。
こうした既発債市場の変化にともない発行市場では消化環境が著しく好転し,一部の事業債には5月ごろから応募超過となるものがみられるような情勢となり,起債規模は逐月拡大傾向をつづけている。
金融機関の貸出は,引締め解除とともに急速に増勢を高めており,企業金融面でも徐々に緩和の効果がみられるようになつた。
まず金融機関貸出の動向をみると,都市銀行,長期信用銀行を中心として全国銀行(銀行勘定)の貸出増加が著しい( 第35図 )。これを過去の緩和局面と比較してみると,40年,43年を上回る増加テンポである。このように全国銀行を中心に引締め解除以降,貸出が高い増勢にあるのは,引締め期中に生じた未充足の資金需要に対応しなければならないことを反映している面もある。また同時に,金融機関の貸出態度が,コール・レートの大幅低下や先行きの資金需給緩和見込みから積極化していることも影響している。
引締め解除以降とくに貸出の増加が目立つのは大企業向け設備資金の貸出であるが( 第36図 ),これは電力,鉄鋼,化学などの大企業では,設備代金の決済が高水準であること,引締め期中に高金利の金融機関から調達した資金を長期低利の資金に借り換えていることなどを反映している。一方,引締め期間中も増勢をつづけた建設業などの貸出は,解除後一段と増勢を高めており,金融機関が収益マインドの高まりのなかで,これらの業種に積極的に貸出していることを物語つている。
こうした動きとは逆に中小企業金融機関の貸出は45年度中増勢の鈍化が著しい。これは,優良中小企業の資金需要が金利負担の低い都市銀行などに移行していることによる面もあるが,基本的には中小企業の資金需要が設備投資の後退によつて大きく落込んでいることを反映するものである。
このように,中小企業金融機関では貸出の伸びは低くなつているが,金融機関全体としての貸出は増勢が強まる方向にあり,マネーサプライの増勢をもたらしている。加えて46年春ごろからは国際通貨不安にともなう輸出前受金の増加,財政支払いの進ちよくなどから企業の手元流動性は急速に回復しつつあり,この面からの通貨増加要因も大きくなつている。
こうした銀行貸出,マネーサプライの高い増勢がつづく一方で,企業の資金需要はしだいに落着く方向にある。鉄鋼,電力など一部業種では設備代金の支払いが高水準であり資金需要はなお根強いものの,企業部門全体として設備資金需要は増勢鈍化を示しはじめており,売上げ急減にともなう滞貨,減産など後向き資金需要もひところに比べ減少してきている。
第37図 全国銀行(銀行勘定)業種別貸出残高の伸び(前年同期比増減率)
こうした貸出の増勢,手元流動性の増加,資金需要の鈍化を反映してほとんどの企業の資金繰りがかなり改善してきており,その借入態度にも余裕が生じはじめている。
企業間信用については,製品需給が軟調であることから売上債権の圧縮が進まない面があるものの,設備代金,原材料手当てなどに支払条件改善の動きがでてきつつある。
貸出約定平均金利は引締め開始とともに速いテンポで上昇し,公定歩合引上げ幅に対する割合(83%)は39年(44%),42年(33%)の引締め時を大きく上回つた。逆に緩和後の金利の低下は46年春にいたるまできわめて小幅にとどまつている( 第38図 )。このような金利の動きは長期貸出金利改定(45年4月)の影響がつづいていること,従来の同一局面に比ベて企業の資金需要がきわめて高水準となつたことなどにもよるが,近年銀行側では収益性の高い中小企業金融や長期金融を重視するようになつており( 第39表 ),こうして貸出のウエイト上昇が平均としての金利水準を高めている面もみられる。今後金融緩和のいつそうの進展にともなつて,貸出金利の低下も進むものと予想されるが,従来の緩和期と異なり,銀行経営環境の変化による影響で,企業の資金調達コストの低下度合は企業間,業種間でかなりの跛行現象を示すことも考えられる。
景気の停滞色が明確になつてくるにつれて財政にも新しい役割が求められるようになつた。金融緩和の前後から財政収支の動きにも次のような変化がみられ,景気回復を促す方向に働いている( 第40図 )。
第1に,45年度上期中低い伸びをつづけていた公共事業関係の支払いは下期にはいつて増勢を高めたことである。45年度予算現額に対する公共事業関係費の支払進ちよく率(対民間収支ベース)をみると,46年5月には87.9%と前年(88.1%)並みの水準となつた。さらに46年度予算の執行にあたつても上期中公共事業の施行促進が図られており,景気回復を早める効果が期待されている。
第2に租税収入も,所得税などを中心に,このところ増勢が弱まり,自動安定機能が作用するようになつている。
ここで,今後の経済の動きにあたえる財政の影響をみると,46年度一般会計予算の規模は18.4%増(前年度当初予算比)と,42~45年度に比べで伸びが高くなつており,国民総生産に占める比率も46年度には上昇するものと見込まれる。また,46年度予算では,経済情勢の推移に応じて機動的に財政運営を行なうため,政府保証債の発行限度などを弾力化するとともに,使途を特定しない国庫債務負担行為の限度額を増額するなどの配慮が行なわれた。