昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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第1部 昭和44年度の景気動向

第1章 長期繁栄の内容と性格

2. 活発な需要の拡大

昭和44年度の需要動向はひきつづき活発であつた。44年度の国民総支出の成長率は,名目で18.8%,実質で13.0%となつた。今回の景気上昇過程における需要の拡大速度は,30年代において最も急激な景気上昇を示した岩戸景気に比べて相対的には安定持続的であるものの,44年度についてみれば需要の伸びは岩戸景気時の平均に匹敵する高い伸びであつた(第12図)。

国民総支出の動きを需要各部門についてみると,総じてかなり著しい拡大がみられたが,なかでも設備投資,住宅投資や輸出の増勢が著しかつた。民間設備投資は過去3年度間20%をこえる増大(41年度25.4%,42年度28.9%,43年度22.5%)をつづけたあと,44年度においても29.8%と3割近い増大をつづけた。民間住宅投資も28.6%の高い伸びを示した。輸出(海外からの所得)も前年度26.2%増のあと,44年度は23.1%の増加となつた。個人消費も名目では15.0%の増大であつたが,物価上昇の影響を差引いた実質の伸びも8.6%と,長期繁栄下で堅調な増加をつづけた。政府固定投資は44年度に名目15.1%,実質で9.6%の増加となつたが,民間部門の著しい投資拡大に比べると相対的な立遅れかみられた。

つぎに,44年度および今回の長期繁栄期の需要増加の寄与率を,岩戸景気時と比較してみると,第13表のとおりである。岩戸景気当時とちがつて,今回の長期繁栄期(40年10~12月期45年1~3月期)においては,①輸出の寄与率が目だつて高まつていること,②住宅投資の寄与率も高まつたこと,③一方,岩戸景気時には需要増加への影響がきわめて大きかつた在庫投資の寄与率が著しく低下している反面,設備投資はきつづき大きな寄与を示しており,とくに44年度については景気拡大の大きな要因であつたことなどが特徴的であつた。

輸出の需要増加に対する寄与率の上昇は,日本経済の世界経済に占める比重の増大とあいまつて,近年のわが国の景気がそれだけ海外景気と影響しあう度合いが強まつていることを示唆するものである。また,在庫投資変動の小幅化は,それだけ景気の波を小さくさせ,現在の好況持続の要因となつている。しかし,高い稼働率がつづき需給がひつ迫しているなかで在庫バッファーが少なくなったことは,価格が上がりやすいことを意味している。また在庫調整の余地も比較的少ないことは,金融引締めの効果が遅れがちになりやすい需要構造になってきたことを示しているといえよう。

(1) 設備投資の持続的拡大

民間設備投資は,44年度も前年にひきつづき予想を上回る拡大を示して前年度比29.8%増,12兆8千億円程度に達し,過去4年間年々2割をこえる大きな伸びをつづけてきた。

44年度の設備投資を業種別,規模別にみると,製造業でも非製造業でも,また大企業でも中小企業でも,そろつて高い伸びを示した(第14図)。今回の景気上昇過程では,40年末の景気回復から,41年中頃までは,非製造業や中小企業の設備投資がリードしたが,41年後半以降になると,製造業大企業の投資が急増し,42年における非製造業や中小企業の設備投資鈍化を補つて,43年半頃まで投資拡大の主役の役割を果たしてきた。43年後半以降は,ふたたび非製造業や中小企業の設備投資の伸びも高まり,44年に入つてからは,各部門はそろつて高い伸び率を示している。

このように,各部門の設備投資が互いに補完しつつ拡大してきたが,そうした投資増加の要因について考えてみよう。

第1は,技術革新の成果をとり入れた大型投資が次々と行なわれていることである。とくに,活発な内外需要を背景とした鉄鋼,国際競争力の強化を目ざして規模の利益を追求する化学,さらに,近年の需給のひつ迫に対応して供給力拡充につとめる電力などにおける設備投資の大型化にはめざましいものがある。しかも,これら大型投資は長期間にわたるものが多いことから,設備投資に占める継続工事の割合は年々高まつており,これが投資を持続的に拡大させる要因ともなつている。

第2は,省力化,公害防止など,新たな経済社会環境に対応した投資の高まりである。なかでも近年の労働力不足のなかで,労働から資本への代替のための投資は著しく増加している。第15図は,1億円の生産に必要な資本量の38年から42年にかけての変化をみたものであるが,技術革新などによる資本の節約効果にほぼ匹敵する省力投資が投入されていることがわかる。さらに,公害防止に対する社会的要請の高まりに対応した新たな投資が必要となつており,石油精製,電力など産業によつては,公害防止のための投資が設備投資総額の1割以上を占めるケースもみられる。

第3に,そして最も重要なことは最終需要がいずれの部門でもおう盛で全体として高い伸びをつづけてきたことである。

産業連関表によつて各最終需要が誘発した,設備投資の割合をみると(第16表),岩戸景気当時においては,景気変動に敏感な設備投資,在庫投資が大きなウエイトを占めており,その反動が重なり合つた結果37年には大きな景気後退がみられたが,今回は,個人消費,輸出,住宅投資などのウエイトが高まり,需要の多角化を通じて投資の持続的な拡大をもたらすこととなつた。もちろん,需要拡大のなかで,設備投資自体が新たな設備投資を誘発している面,つまり「投資が投資を呼ぶ効果」もかなりみられるが個人消費の高度化と多様化に対応して卸小売業,サービス業の設備投資は増大しており,また需要の高まりを反映して不動産業建設業の設備投資も高い伸びを示している。こうした要因を背景に非製造業の設備投資は堅調な伸びを維持してきた。

第17図 輸出増大が民間設備投資に与えた影響

さらに,近年の設備投資のなかには,輸出の急増が設備投資の拡大にかなりの影響をあたえてきたことも特徴的であつた。設備投資のうち,輸出によつて誘発されたものの割合は,20%弱という高い水準に達している(前掲第16表)。これには,わが国の企業の多くが海外市場を前提とした生産力拡大につとめていることや,とくに最近における輸出の急増が企業の投資意欲を高めたことなどがひびいていよう。こうした動きを,当庁経済研究所短期経済予測マスターモデルのシミュレーションにより,さらにくわしくみたものが第17図であるが,世界貿易の近年における著しい増大が,輪出のいつそうの伸長とその国内経済への波及効果を通じて設備投資をより拡大させる方向に働いてきたことがわかる。

こうした要因に加え,銀行貸出の増加や企業収益の好調など企業財務の面からも投資を支える要因があつた。近年における企業収益の好調は,一方で投資資金の調達をより容易にするとともに,他方では高い収益期待が販売価格の堅調ともあいまつて企業の投資意欲をいつそう強めてきたといえよう。

(2) 小幅だつた在庫投資変動

在庫投資は44年度にもゆるやかな増加傾向を示した。これは,最終需要の根強い拡大を背景に,流通在庫投資が漸増傾向を示したこと,製品・仕掛品・原材料在庫投資が総じて大きな変動を示さなかつたことなどによるものである。

第18図 形態別在庫投資の動き

やや長期的にみても,近年の在庫投資は,総じて安定的に推移しており,国民総支出に対する割合も4%程度の水準をつづけている(第18図)。岩戸景気の頃には,それが最高8%の水準にまで達したことに比べると,最近では在庫投資変動が景気に与える影響は,相対的に低下しているといえよう。

このような在庫投資変動の小幅化とそのウエイトの低下の理由としては,次のような要因が指摘されよう。

第1は,原材料在庫投資がそれほどふえなかつたことによるものである。専用船による弾力的な輸入,パイプラインによる在庫量の節減や在庫管理技術の向上などを通じて,原材料在庫率はすう勢的に低下してきた(第19図 )。また原材料在庫投資と原材料価格との関係をみると,40年以前においては,両者の動きはほぼ同時的な変化を示し,景気変動に敏感な生産財価格の動向と対応関係がうかがわれたが,近年,とくに44年度においては価格の上昇のわりには在庫投資は比較的落着いている。

このことは,近年原材料在庫投資が価格よりもむしろ需要動向や在庫管理技術などに影響される度合いが比較的強まつていることを示すものと思われる。

第2は,製品在庫投資の42年以降の横ばい状態である。根強い経済拡大を背景に製品在庫投資は,41~42年にかけて急増したが,43年頃から需給がひつ迫の度合いを強めてくるにつれて,製品在庫投資は目だつた変化をみせなくなつた(第20図)。ただ,ひきつづき製品在庫投資はかなりの規模であり,在庫率でみると,岩戸景気当時と比べて比較的高い水準で推移し,43年以降にはゆるい増加傾向を示した。これは鉄鋼など供給力不足気味に推移した業種では在庫率が低下した一方,設備投資の急増を背景に一般機械などで意図した在庫投資がかなり積極的に行なわれたこと,また44年にはエアコンディショナーが天候不順の影響もあつて,大量に売れ残つたことなどによるものと思われる。

以上のような原材料在庫投資での落着いた動きが在庫投資全体の水準を安定させてきたものと思われるが,その一方で,流通在庫投資は,最終需要の堅調な増加やスーパーと大型総合小売店の登場を背景とした流通機構の変化,さらに商品の多様化を反映して,近年増大をつづけ,在庫投資に占める比重も高まつている。

(3) 個人消費の高い伸び

個人消費支出を対前年度比増加率でみると41年度13.4%,42年度14.1%,43年度15.0%と伸びを高めてきたが,44年度も15.0%の増加と高い伸びをつづけた。また,百貨店売上高も43年度の前年度比15.5%増につづいて,44年度も19.7%の高い増加となつた。

a. 都市世帯の消費動向

44年度の都市勤労者世帯の消費支出は,前年度比11.6%の高い伸びを示した。これを支えたのは賃金の上昇を中心に一段と高まつた所得の増大である。すなわち44年度の全国勤労者世帯の月平均実収入は前年度比12.6%増と39年度以降最も高い上昇を示した(第21表)。

このような都市世帯の消費支出のなかで,とくに目だつのは,第1に住居費および雑費が40年度以降高い伸びをつづけていることである(第22表)。住居費支出の上昇の要因としては①43年頃から白黒テレビに代替しながら,カラーテレビの普及率が高まり,乗用車の購入世帯も最近著しく増加してきたこと,②電気冷蔵庫,電気洗濯機などすでに普及率が高い水準に達している耐久消費財についても,更新もしくは2台目需要というかたちで根強い需要がみられたこと(第23図),③生活の洋風化もあつて,家具の需要が大幅に増加していることなどがあげられる。

第2は,食料費が40~43年度の平均(7.0%増)を上回るこれまでにない高い上昇(前年度比伸び率10.2%)を示したことである。これは主として生鮮食料品を中心とする価格の高騰によつている。すなわち,野菜,生鮮魚介,果物の消費者物価はそれぞれ前年度比28.2%,16.9%,15.0%の大幅上昇となり,これらの食品に対する実質支出はむしろ減少した。

このような動さをみせた勤労者世帯の支出は全体としては,所得の伸びを下回つており,貯蓄性向(可処分所得に対する家計黒字額の割合)は,43年度の18.0%から44年度には19.0%へと上昇した。

b. 農村の消費動向

44年度の農家の消費支出も,前年度比11.0%(名目),実質伸び率は8.2%と高い伸びを示した。

40~42年度平均18.2%と伸びてきた農業所得は,43年度に前年度比3.3%増と大きく鈍化したあと,44年度には1.2%の減少に転じた。このため農外所得が14.7%と高い伸びを示したにもかかわらず,農家所得は7.3%の伸びにとどまつた。農家所得の伸びが相対的に鈍化したものの農家の消費支出は高い伸びをつづけたため,農家の平均消費性向(可処分所得に対する消費支出の割合)は85.8%へと大きく上昇した。

近年における農家消費支出で特徴的なことは,おう盛な耐久消費財の購入である。農家の耐久消費財の購入は,都市世帯にやや遅れて盛りあがりをみせながら農村消費を高めており(第24図),その普及率は,都市世帯とほとんど差がなくなつている。また,農家の勤労者世帯に対する一人当たり家計費の格差が縮小するなかで,消費パターンの都市化が進行している。たとえば,飲食費のうち穀類の消費支出が低下し米食依存度が低下する一方,副食費は年々かなりの増加を続けている。

(4) 住宅投資の増勢

近年の住宅投資は,30年代を上回る高い伸びをつづけている。住宅投資の大部分を占める民間住宅投資の伸び(名目)は,42年度28.4%,43年度20.0%のあと,44年度も28.6%と高い伸びを示した。政府住宅投資を合めた全住宅投資の国民総支出に占める割合と,35年度の4.4%,40年度の6.2%から,44年度には7.3%となり,国内需要に占める比重も一段と高まつた。

住宅投資が高い伸びをつづけている要因は,第1に,都市部を中心とする世帯数の急増が住宅の量的な増加をうながしていることである。急速な産業構造の変化等にともなう人口の都市集中化傾向は住宅需給の地域的アンバランスをもたらし,大都市地域ではいぜんとして住宅に対する未充足状態がつづいている(第25図)。

一方農村では,土地所有のちがいから,都市世帯に比べて住宅の新築,増改築が盛んに行なわれている。すなわち都市における44年の新築世帯率,増改築世帯率はそれぞれ約3%,10%なのに対し,農村ではそれぞれ5%,16%に達している。

第2は,所得上昇にともなう質的改善意欲が古い住宅の建てかえをおし進めていることである。とくに,近年における除却戸数(含む滅失住宅)の増加は著しく,新設戸数から除却戸数を差引いた住宅戸数の純増分は落着いた動きを示している。これは住宅戸数が世帯数を上回るようになつた40年頃から,住宅投資が量的拡大から質的向上へ転換しつつあることを反映しているとみられる (第26図)。第3に,民間住宅金融の拡充があげられる。長期的観点から融資対象の多様化をはかる民間金融機関は,消費者信用の一環として住宅金融制度を整備してきたが40年代に入つてその拡大には著しいものがある(第27図)。

最近の住宅建設の特徴は上に述べたような建てかえの増加のほかに,①新設住宅の1戸当たりの規模が持家ではかなり拡大しているのに対して,貸家では停滞していること,②地価の高騰にともなつて,住宅の高層化集合化と,それにともなう不燃化が進んでいること,③分譲住宅の急増などにみられるように,住宅の商品化が進んでいることなどである。とくに持家の規模拡大が住宅ストックの質的改善をもたらしているのに対して,大都市地域などでは狭小な借家が新設されていることは,劣悪な住宅ストックが再生産されていることを示している。

第24図 都市と農村の耐久消費財新規購入率

このように,現在は,住宅投資は高い伸びをつづけている。今後所得水準にふさわしい居住水準を実現するための建てかえ需要がますます強まると思われるが,加えて,40年代後半には,戦後のベビーブーム世代が新世帯形成にむかうことなどから量的需要もふたたび急増するものとみられる。

第28図 財政支出の推移

(5) 財政支出の動向

財政支出は総じて景気に対して抑制的に機能した。42年度以降,財政支出の伸びは国民総支出の伸びを下回つてきたが,44年度も警戒中立型の予算編成が行なわれ,この結果,政府財貨サービス購入の国民総支出に占める割合は,41年度の18.5%から44年度には16.9%へと低下した(43年度は17.7%)。

9月以降の景気調整過程においては,44年度当初予算が景気に対して警戒気味に編成されていたこと,社会資本等に対する需要が強かつたことなどが執行繰延べなどの財政措置はとくにとられなかつたが,租税の大幅な自然増収から,財政は景気に対して抑制的に働いたとみられる。

このような44年度の財政には,いくつかの特色がみられた。第1は,経常購入と経常補助金の伸びが高まつたことである。まず,経常購入は30年代を通じて12.9%(すう勢伸び率,年率),40~43年度で14.6%の伸びであつたが,44年度には公務員給与改定など人件費の増加が大きかつたため,国民総支出に対する比率は低下したものの,前年度比15.3%増となつた (第28図)。また,経常補助金も前年度比24.8%増と大幅にふえた。これは主に食管の赤字増大によるものであつて,一般会計から食管会計への繰入れ額は44年度(補正後)には3,530億円(前年度は2,785億円)と,一般会計予算の5.1%(前年度は4.7%)を占めるにいたつた。

なお,米需給の著しい不均衡を是正するため45年度予算において本格的な米の生産調整のための措置がとられた。

第2に,固定資本形成についてみると,中央政府(一般会計+非企業会計)は,第1四半期にやや落ち込んだが,第2四半期以降,過去のすう勢(37年~44年)にそつた伸びとなつている。一方,地方政府による固定資本形成は,年度当初から支出が進捗し,過去のすう勢を上回る伸びを示している(第28図)。こうしたなかで,地方の普通建設事業費も前年にひきつづき高い伸びとなるとみられるが,その内容をみると住民生活に関連の深い住居費,都市計画費,道路橋りよう費などの土木費や学校建設費などの教育費が高い伸びとなるとみられる。

第3は,政府部門の赤字が大幅に縮小してきたことである。国民経済計算上の財政赤字率(政府バランスの政府総支出に対する割合)の推移をみると,41年度の11.9%から44年度には1.6%へと低下している(第29図)。これは42年度以降租税を中心に経常収入が高い伸びをつづける一方,総合予算主義や財政規模の節度を保つための努力もあつて,政府総支出の伸びが相対的に鈍かつたためである。民間需要の圧力が強い景気局面で政府部門が国民経済計算上の赤字をつづけることは,経済の過熱をまねきやすい。その意味で,このような政府バランスの改善は好況期におけるフィスカルポリシーの一つの姿を示すものであつた。