昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
第1部 昭和44年度の景気動向
第1章 長期繁栄の内容と性格
長期繁栄のなかで,国際収支は44年度も1,989百万ドルの黒字となり,前年度の黒字幅(1,627百万ドル)をさらに上回つた(第1表)。これは貿易収支の黒字幅が拡大する一方,貿易外収支が貨物運賃収支保険収支の改善などにより,貿易規模拡大のわりにはさほど大きな赤字にならなかつた結果,経常収支が20億ドルをこえる黒字となつたこと,長期資本収支が外人証券投資の著増により,赤字幅がそれほど大きくなかつたことなどによるところが大きい。
国際収支の大幅黒字のもとで,為銀部門の対外ポジションは著しく好転する一方,外貨準備もかなりの増加となつた。為銀ポジションは海外金利が相対的に割高となつたことや円シフト促進策などによつて改善傾向をつづけ,43年度末の830百万ドルの負債超から44年度末には395百万ドルの資産超となつた。また外貨準備は円シフトの進捗により年央やや増勢が鈍化したものの,総じで増加傾向を示し,さらに45年初にはIMF特別引出権の配分も行なわれた。その結果,44年度末の外貨準備高は3,868百万ドルと前年度末を655百万ドル上回つた(第2表)。
44年度の国際収支黒字の主因となつた貿易収支は,前年度を755百万ドル上回る3,726百万ドルの黒字を計上した。これは,輸入がかなりの増大(前年度比2,318百万ドル増)をみせたにもかかわらず,輸出がこれをはるかに上回る増大(同3,073百万ドル)を示したことによるものである。
このような輸出入の動向は,のちに述べるような背景によるものであるが,海外インフレの進行が,結果的にはわが国の貿易収支黒字を増大させる方向に働いたこともあつた。国際価格の上昇を反映してわが国の輸入物価は,3.8%と近年にない上昇をみせたが輸出物価が4.0%とそれをやや上回る上昇を示したために,交易条件も若干上昇し,貿易収支で約160百万ドルの黒字要因となつた(第3表)。
44年度の輸出(通関額)は前年度比23.0%増と43年度(26.9%増)にひきつづき大幅な増加を記録した。
市場別には,年度後半以降,アメリカと東南アジア向け輸出に多少伸びの鈍化がみられたが,西欧,その他の地域向けの増加がこれを補い,全体としてはほぼ一貫して増加をつづけた。商品別には,44年秋頃からアメリカ向けの鉄鋼,カラーテレビ,繊維などで伸び悩みがみられたが,44年度を通してみると,鉄鋼と機械の伸びが輸出全体の増加を促進した(増加寄与率約7割)。
急速な経済拡大がつづくなかで,このように2年つづきの輸出増大が実現した要因は何であつたろうか。
その第1は,世界貿易が著しい拡大を示したことである。1969年の世界輸入(共産圏を除く)は,前年比13.1%増と68年の11.4%増にひきつづき過去のすう勢(53~69年平均約7.3%)を上回る高い伸びを示した。第4図にみるように,わが国の輸出は世界貿易の変動に大きく左右される傾向があり,67年後半以降の世界輸入の増大がわが国輸出の2年つづきの大幅増加をもたらした大きな要因であつた。
第2は,過去の景気上昇期に比べ,今回は国内需給の引き締まりが輸出を抑制する方向にそれほど働かなかつたことである。近年輸出の収益性はかなり向上し(後掲第32表),輸出が企業の成長戦略に重要な比重を占め,供給力の拡大にも輸出を見込んで行なうものが多くなつてきた。このような背景もあつて,第5表にみるように近年の景気上昇過程では内需の輸出抑制圧力は以前に比べて小さくなつているものとみられる。
第3は,わが国の強い国際競争力である。わが国の輸出は長期的にみて,相対価格の変化を除外して試算した場合,世界輸入が1%増加すれば1.8%増加するという傾向がみられる。さらに,価格競争力の面をみても,いぜん優位性を保つている(第6図)。わが国輸出価格はこのところ上昇が著しく,世界輸出価格との相対比は40~41年ころに比べれば上昇しており注目されるが,35年ごろに比し,総じてなおかなりの低位に推移しているといえる。
これは,先進部門での生産性向上を背景として,卸売物価の上昇テンポが先進国に比べゆるやかであつたことによる。最近のわが国の卸売物価の騰勢は著しいが,先進国の卸売物価はこれを上回る騰勢を示している。
44年度の輸入(通関額)は前年度比20.4%増と,43年度(102%増)に比べかなりふえ,42年度並みの増加となつた。アメリカの港湾ストなどの影響によつて,輸入は44年前半は鎮静化していたが,後半に入つて,その反動や輸入関連工業生産の増大などから急増するという特色ある動きを示した。これを品目別にみると金属原料や原粗油,コークス用炭などの素原材料や非鉄金属などの製品原材料が増加しているほか,機械機器や食料品の増加も顕著であつた(第7表)。
こうした輸入増加の第1の要因は,鉄鋼業や石油・石炭製品工業などを中心とする輸入関連工業生産が前年度比18.1%増(43年度は13.3%増)と大幅にふえ,その結果,素原材料輸入の増加が18.6%(前年度9.6%)に及んだためである。また,製品原材料も銑鉄は世界的品不足により前年度並みの輸入にとどまつたが,非鉄金属が銅を中心に大幅増加となつたため全体では20.0%の増加となつた。
しかし,素原材料,製品原材料輸入の動きをやや長期的にみると,景気上昇期における輸入増加率が漸次低下してきている反面,景気下降期の減少率は小さくなり,全体として安定化する傾向にある(第8表)。ウエイトの大きい原材料輸入がこのように変動幅を縮小してきていることは,輸入全体のフレを少なくする方向に働き,44年度輸入も過去の景気上昇期に比べれば低い伸びにとどまつた。
輸入増大の第2の要因は,機械機器の輸入増大である。機械輸入は,一般機械33.7%増,電気機械49.8%増,輸送用機器20.0%増といずれも高い伸びとなつた。これはおう盛な設備投資を反映したものである。
第3の要因は食料品輸入の増大である。食料品輸入は,42年度以降落着いていたが,44年度は肉類,魚介類,砂糖などが大幅増加となり,全体では前年度比15.4%増と40年代に入つて最も高い伸びとなつた(41~43年度平均5.8%増)。
輸入増加の要因として最後に指摘しなければならないのは,輸入価格の上昇である。輸入価格の上昇は,輸入数量を若干抑える効果をもつと考えられるが,実際には価格上昇によつて名目輸入額がふくらむ結果になる。第9表 は輸入が生産活動,価格変動,需給ギャップ率などの動きによつて影響される度合いをみたものであるが,44年度に入つてからの推移でみると,輸入価格の上昇は数量を抑制する効果より,輸入額を名目的に増大させる効果の方に大きく働いたことがわかる。
44年度の長期資本収支は640百万ドルの赤字となり,前年度の赤字幅80百万ドルを大きく上回つたが,41年度,42年度を下回る水準にとどまつた。これは,本邦資本の流出超過幅が大きかつたものの,外国資本の流入がひきつづき活況を呈したことによる(第10表)。
まず,本邦資本については,従来から延払信用は,船舶やプラントの輸出によつて左右される傾向があるが(第11図),44年度も船舶等の輸出増加にともない延払信用供与が増大した。また経済規模に見合つた援助促進の要請から借款の供与が著増した。さらに国際機関への出資等や米国輸銀受益証書の購入などがあり,出超幅が大きくなつた。一方,外国資本では好調をつづける企業収益や株価の堅調に支えられて,証券投資が前年度にひきつづき急増した。一方,借款・外債は,おう盛な設備投資による資金需要の増大から比較的高水準であつた。
44年度のわが国資本取引のなかで外人証券投資の流入の急増はきわだつた特色であつた。流入総額では1,735百万ドル(前年度604百万ドル)に達し純増額は782百万ドル(前年度344百万ドル)となつた。このような証券投資の著しい増大は,欧米諸国でわが国経済の認識が高まつたこと,長期繁栄のなかでわが国の企業収益が向上してきたこと。それにともない株価収益率が相対的に低下し,わが国の株価の割安感が強まつたこと。世界的にみて,欧米株式市場が低迷していたのに比べ,わが国株式市場が好調であつたこと,さらにこの時期に日本株専門の投資ファンドがあいついで設立されたことなどによるものである。
以上みてきたようなわが国国際収支の大きな変化に対応して,44年度には対外経済政策にかなりの進展がみられ,内外経済の均衡ある発展に寄与することとなつた。すなわち,経常取引関係では,残存輸入制限の撤廃ないしその方針決定(44年度中に撤廃を決定したもの22品目),海外渡航費の為銀承認限度額引上げ,輸出入金融措置の一部変更など,資本取引関係では,海外投資日銀許可限度額引上げ,海外証券の投資信託組入れなど,経済援助関係では,世銀,アジア開銀などへの出資等による協力,特恵問題の具体化などがその主なものである。