昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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第1部 昭和44年度の景気動向

第1章 長期繁栄の内容と性格

3. 速い所得の上昇

昭和44年度の国民所得は,前年度比16.9%増となり4年連続して16%以上の高い伸びを記録した。そのなかで,①賃金上昇の加速化を反映して雇用者所得が年々伸びを高めていること,②9期連続の好決算を背景に法人所得が高い伸びをつづけていること,③反面,ここ2年ほど堅調な伸びをつづけてきた個人業主所得が,農林水産業所得の減退によつて,鈍化したことなどが特徴的であつた(第30表)。また,今回の景気上昇期間全体について岩戸景気時と比較すると各所得は総じて伸びが高まつているが,とくに雇用者所得と法人所得の伸びが目だち,国民所得増大に対する寄与率も高まつている。

以上,このような高い伸びを示してきた企業収益と賃金の動向についてくわしくみてみよう。

(1) 9期連続の増収増益

44年度の主要企業の収益は,前年を上回る拡大を示し,9期連続の増収増益を記録した。売上高純利益率が上昇を示す一方,総資本回転率も有形固定資産回転率のいつそうの上昇を主因に向上を示した結果,総資本収益率は今回の景気上昇過程での最高水準となつた(第31図)。

このように企業収益が好調だつたのは,設備投資,個人消費,輸出などの内外需要が総じておう盛な伸びをつづけたことによる。

加えて,最近価格上昇率の高い輸出の伸びが高まつていることが大きく寄与している。第32表にみるように,輸出価格上昇による輸出増加分が製品価格上昇による売上高増加分に占める寄与率はかなり大きい。もつとも,44年度には輸入原材料価格も相当上昇したが,輸出価格上昇による輸出増加額に比べ輸入価格上昇による輸入原材料増加額は小さく,輸出入価格変動による価格効果はプラスに働いている。

このように,輸出が企業収益に大きな影響を及ぼすようになつてきたことによつて,これまでの景気上昇過程に比べ,各コスト要因には異なつた動きがみられる。これまで景気上昇の初期の局面では,純利益の伸びが生産量の伸びを上回り,その後両者の関係が逆転するという局面を迎えるのが常であつた。これは,景気上昇初期には稼働率の急速な上昇による生産の拡大によつてコスト負担は相対的に小さいが,その後しだいに稼働率の上昇幅が小さくなるとともに,コスト負担が大きくなり,しかも製品価格も弱含みになることが影響したものであつた(第33表)。しかし,今回の景気上昇過程では,最近ふたたび純利益の伸びが生産量の伸びを上回るようになつた。これは,第1に活発な需要を背景に生産量が一段と伸びを高め,コスト面で圧迫要因となりはじめていた人件費,資本費の上昇を生産量の拡大によつて吸収していることである。これには,企業の輸出比率が43年度下期以降ふたたび上昇に転じたことも影響している。第2に,価格効果がマイナスに働かなかつたことによる。第2部で述べるように価格効果は収益を増大させる面と費用を増大させる面がある。しかし,44年度についてみると,原材料価格の上昇をも反映して原材料費の伸びは高まつているが,根強い内需の拡大に加え輸出の高成長から需給がひつ迫し,製品価格は大きく上昇した。

以上のように,最近の企業収益はおう盛な需要を背景に大幅な増収増益がつづいてきたわけである。

また,中小企業の企業収益も,活発な生産,売上げ活動を反映して前年をさらに上回る高い水準を記録した。大蔵省「法人企業統計季報」によれば,44年の中小企業(資本金200~5,000万円,製造業)の総資本収益率は9.5%(43年8.9%)と36年以来最高の水準となつた(第34表)。要因別には,活発な設備投資にともなう固定資産の増加,経営の拡大にともなう棚卸資産の増大なともあつて総資本回転率はほとんど変化しなかつたが,売上高純利益率(税引前)が5.3%(43年5.0%)と上昇したためである。売上高純利益率の上昇をコスト面からみると,賃金上昇,原材料高や活発な設備投資による減価償却費の増加などがあつたものの,製品価格の上昇,生産性の向上などから売上高原価比率が低下(43年77.1%→44年76.5%)したことに加え,金利負担もそれほど増加しなかつたため営業外費用比率も下がり,販売競争の激化に対応した一般管理販売費比率の上昇を補つてあまりあつたからである。

(2) 高い伸びを示した賃金

好況の持続にともなう労働力需給のいつそうのひつ迫を背景とし,企業収益の好調,春闘の大幅賃上げなどから44年度の賃金は一段と増勢を強めた。

労働省「毎月勤労統計」による現金給与総額は,全産業で前年度比16.2%増,製造業で17.1%増となり,27年以来最高の伸びを記録した。これを給与種類別にみると,定期給与の着実な上昇と特別給与の上昇率の加速化が目だつている(第35表)。規模別(製造業)にみると,前年度にひきつづき中小企業での伸びが大きく格差縮小の動きがみられる(第36図)。これは主として中小企業では,44年は転職防止などのため中高年齢層の上昇率が大企業に比べて高かつたためである。

なお,45年春闘における主要民間労組の賃上げ額は8,983円,賃上率は18.3%と30年に春闘がはじまつて以来の高額妥結となつた。これは企業収益の好調,労働力需給の一段のひつ迫,消費者物価の上昇などによるものとみられる。もつとも,近年の交渉においては,賃上げに対し企業側から,賃金制度の変更,労働時間の変更,事業所の廃止統合など対策提出件数の割合が増加しているのが特徴的である。春闘が全産業における賃金上昇にどの程度影響しているかは明らかではないが,波及効果を考慮するとその影響は年々強まりつつあるものと思われる。日本生産性本部「賃上げ交渉主要企業状況調査」によれば,賃上げ額決定のよりどころを独自で決定する企業の割合は年々低下し,44年は17%(38年42%)となつており,また賃上げ額の格差も縮小傾向にある。