昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
第1部 昭和43年度の景気動向
3. 息の長い景気上昇のための課題
海外経済の動向とならんで,今後の景気動向を左右する大きな要因は需給バランスの先行きである。現在では,需給はほぼ均衡状態にあるとみられる。しかし,こうした状態は必ずしも自律的に持続するものではない。以下,需給関係の実態と設備投資の動向などについて分析し,今後の方向と問題点をみてみよう。
需給バランスの実態をつかむことはむずかしい問題であるが,総じてみれば,40年不況時に大きく開いていた需給ギャップは,41年初来急速な需要の拡大で縮小しつづけ,現在ではおおむね均衡を保つている状態にあるといえよう( 第74図 )。
そのように判断される一つの理由は,製造業における設備能力の拡大テンポと生産の増加率がほぼ見合つてきたことである。 第75図 にみるとおり,製造業の生産の伸びは41年に入つてすぐに高まつていたが,景気下降期における設備投資の沈静を反映して,当初,生産能力の増加は遅れていた。しかし,その後,設備投資の増勢によつて,生産能力の増加テンポも次第に速まり,43年末ごろには,ほぼ生産の伸びと見合うようになつた。
このような動きを反映して稼働率の上昇テンポもようやく鈍化し,43年末ごろには,高水準ながらほぼ横ばい状態に入つている( 第76図 )。
以上のように,現状では需給はほぼバランスした状態にある。しかし,現在の需給動向が常に今後の需給均衡を保証するとはかぎらない。その意味で注目されるのは一方において供給力を生みだし,他方においてそれ自体需要をつくり出す民間設備投資の動きである。
設備投資は今回の景気上昇期においてもこれまで年率27.2%という高い伸びをつづけてきたが岩戸景気のときが31%であつたのにくらべると,いくぶん低い。主要業種についてみても,3年間の設備投資の伸びはほとんどの業種において岩戸景気のときを下回つている( 第77表 )。
第78図 岩戸景気と今回景気とにおける製造業設備投資増減率比較
また,最終需要の増加に対応して必要とされる設備投資の伸びと現実の伸びを製造業について比較してみると,岩戸景気のときのように実際の設備投資が必要な設備投資を大幅に上回つて伸びるという状況はおこらなかつた( 第78図 )。もつとも岩戸景気のときには,ここでの最終需要に含まれていない製造業の設備投資や在庫投資による需要が急速に増加し,それに応じて現実の設備投資を伸ばしたという面もあるが,こうしたふえ方はそれだけ安定性に乏しかつたといえる。たとえば,在庫投資による需要が多いと,それはつぎの段階での需要減少から需給バランスを崩しやすい。その点現在は岩戸景気の末期と違つて,在庫分を調整しても需給の均衡にはほとんど変りがない( 第79図 )。
もちろん業種別にみると需給バランスには程度の差があり,また改善テンポにも差がある。いま設備不足感と業種別機械受注を合せてみると,不足感が高まつている業種からの機械受注はなお高い伸びを示しているのに対して,不足がやや緩んできた業種からの受注は,ほぼ同時期から横ばいないし減少に転じている。この点からも,企業の投資行動が需給バランスに敏感に対応していることがわかる( 第80図 , 第81表 )
しかし,投資の能力化が進み設備不足感がやや緩和した業種においても,需要そのものはいぜん強い増加基調にあるため,設備不足と判断する企業の数はなお5割近くを占めており,これが全体としての投資意欲を底固いものにしている。企業の投資理由をみても,一方で労働力不足や国際化の進展に対応して着実な合理化投資を実行しながら,同時に需要増加に対処した投資もむしろ割合を高めていることが注目される( 第82表 )。
以上のように,今回の景気上昇期における設備投資の増加は,岩戸景気のときらにくべて安定性をもつており,需要の伸びにもほぼ見合つていたと考えられる。
しかし,現在需給がほぼ均衡している状態であるといつても,これは過去3年来の年率13.0%(実質)という経済の拡大テンポに供給能力の増加テンポが追いついてきたことを意味しているが,こうした経済の速い拡大がいつまでもつづくという保証はない。もし,このさき設備投資の増勢がかりに衰えないとか,なんらかの事情で需要の拡大テンポが鈍るというような場合には,需給の均衡が崩れ,ギャップが拡大することになろう。
最近では,設備投資の増勢には一部の指標に幾分落着きのきざしもあるが今後景気の安定性と持続性を高めるためには,投資の落着きが定着していくことがのぞましく,政策面でもその方向で配慮していく必要があろう。
企業の設備投資資金に大きなウエイトをもつ銀行貸出の動きをみると,43年8月の金融緩和措置以降,金融機関の貸出は増加傾向をたどつている( 第83表 )景気調整期中,貸出増加のいちじるしかつた生命保険,信託銀行等では余資の減少から貸出増加のテンポが落ちてきているが,都市銀行の貸出増加が目立ち,地方銀行相互銀行,信用金庫などでもいずれもかなりの増加となつている。
金融機関の貸出態度についてみると,都市銀行では日銀の資金ポジションを重視した指導がつづけられたほか,自主的なポジション改善意欲も高まつてきたため,貸出増加は預金吸収や手持ち債券の売却による資金調達の限界を大きくこえることができず,貸出増加額規制撒廃後もひきつづき抑制的にならざるをえなかつた。しかし,3月ころには日銀の指導がやや弾力化したことや,財政資金の支払い進捗,個人所得の上昇を反映して,預金が好調に推移したことなどから貸出態度も若干弾力的となり,貸出の増加もいちじるしくなつている(本年3~5月都銀貸出増加額5,089億円,前年比74.5増。)
また,相互銀行,信用金庫等中小企業金融機関では景気調整期に融資が伸び悩み余資が増大していたことや,金融再編成の動きをながめ業容拡大に積極的となつていることなどから積極的な貸出態度をつづけている。
企業の資金需要が増勢をつづけていることから企業金融にはさほどの緩和感はみられないが,こうした金融機関貸出の増加は,企業の旺盛な投資活動を支える要因の一つとなつている。今後,設備投資の落着きを定着させていくためには,こうした貸出増加にも節度ある態度が要請される。