昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
第1部 昭和43年度の景気動向
3. 息の長い景気上昇のための課題
わが国の景気調整策は,これまで主として国際収支の観点から行なわれた。今後においても国際均衡の維持は景気政策の重要な課題である。しかし,内外環境の変化は,国内均衡をよりいつそう重視しながら,機動的かつ多面的な微調整を行なうことの必要性を示している。
いまかりに,当庁の景気警告指標を構成する諸統計を国際収支に関するものと国内経済に関するものとに分け,それぞれについて警戒的信号がつく最も低い実質経済成長率の軌跡を求めてみると, 第84図 のようになり,これによると,近年国際収支面で警戒的信号のつく最低成長率が高まつていることが見受けられる。
最近の景気警告指示標をみても,国際収支関係の指標では,青信号のものが多い。その反面,国内経済関連の指標では,赤ないし赤黄信号のものが多いため,総合指標としては,さきにも見たように43年初以降ひきつづき中立信号(景気政策にとくに変更の必要性のないことを示す信号)を示している。
このような事情のもとで,景気を安定的に維持し,それを息の長いものにするための条件は何か。
第1は,需給の均衡的成長をはかることである。そのためには,とくに①設備投資が長期的に経済のバランスを崩さない形で増加すること,②需給の変動に対応して財政金融政策が適切に組合わされ,かつ機動的に運用されることを通じてポリシー・ミックスがその効果を十分に達成しうるようあらかじめ配慮しておくことの2点が必要である。
第2は,景気の判断材料と政策手段の整備である。これまでの景気調整策の発動は,引締めのときも緩和のときもややタイミングを失した感があることは,すでに43年度の年次経済報告で指摘したとおりである。景気政策を機動化するためには,基礎統計の充実,景気警告指標の改善をはじめ需給ギャップの測定,予測や政策効果測定技術の開発にいちだんと努力を払わなければならない。また,ポリシー・ミックスが適切かつ機動的に行なわれるためには,金融政策については金利メカニズムが有効に働く環境を整備し,金融調節手段の多様化をはかり,財政政策については支出政策とともに租税政策の活用など多角的な手段の整備が必要となつてこよう。海外の金利高などで金融政策の対内的自由度が制約され,また社会資本の充実など財政支出の資源配分面での役割を考慮する必要性が高まつてきているだけにこの点はとくに重要である。
いうまでもなく景気政策は,多様な目的をもち広範な分野におよぶ経済政策の一部である。景気政策と他の政策はある場合には相互に補完し合いながら,またある場合には相互に対立する要素を含みながら,経済政策としての体系をなしている。
しかし,これまでのわが国の経験を顧みると,はげしい景気の変動がややもすると経済政策の重点を短期の景気政策におくことを余儀なくせしめ,そのため消費者物価の安定や社会資本の充実といつた長期の資源配分にかかわる政策や制度慣行の硬直化の打開といつた長期的課題への取組みが二次的になる場合もあつた。今後はこうした状態はさけられなければならない。
さきにあげたような諸条件を整備することによつて,景気変動に対して予防的かつ機動的に対処し,変動を平準化することができるならば,景気上昇は息の長いものとなるであろう。それは同時に,第2部でみるような日本経済がかかえている長期的課題の解決への第一歩を踏み出すことでもある。