昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
第1部 昭和43年度の景気動向
1. 昭和43年度景気の諸特徴
昭和43年度の企業収益は好調に推移した。製造業主要企業の収益の動きをみると( 第14図 )43年度上期には,鉄鋼,非鉄,石油など市況産業が不振であつたため増益率はかなり鈍化したが,下期には高い増益率を回復し,岩戸景気と並ぶ7期連続の増収,増益を記録した。
企業収益力の総合指標ともいうべき総資本収益率(期間損益ベース)の動きをみると,42年度下期にピークに達したあと若干低下したが( 第15図 ),これは,景気上昇初期の改善要因である稼動率上昇による総資本回転率の上昇や各種コストの低下がみられなくなつているからで,利益率のレベル自体はかなり高く,企業収益の好調がつづいている。業種別の統資本収益率の動きをみても,岩戸景気と同様ほとんどすべての業種で改善をみせており,前回(37年度下期-38年度下期)の収益上昇期に改善がみられなかつた受注産業や消費関連産業でも今回は大幅な改善をみた。
このような好決算の背景には,①個人消費,設備投資など国内需要の好調(重電,機械,建設,弱電など)②,輸出の大きな伸び(鉄鋼,合繊,電機,機械など)などの要因があるが,43年度下期については販売価格が堅調(鉄鋼,紙パなど)に推移したことも影響している。
現在,なお,景気は上昇局面の途中にあるが,いままでの企業収益の動きを岩戸景気の全期間(7期)の動きとくらべると,いくつかの特徴がみられる。
その第1は,総資本収益率および企業収益率などのレベルが岩戸景気のピーク(35年度上期)をまだかなり下回つている点である( 第15図 )。このことは岩戸景気時にくらべると,同じ好況期でもそれだけ利潤幅が縮小していることを意味しており,投資活動,経営管理面などで慎重な行動が必要とされる要因になつている。
第2は,各コストの動きの違いである。岩戸景気のときには減価償却費と金融費用が大きく増大した反面,人件費の伸びが低く,これが収益改善の主要な要因となつた。これに対し,今回は資本費の動きが収益に寄与した反面,人件費は大幅に伸びさほどの収益改善要因とはならなかつた( 第16図 )。これは岩戸景気末期には,相つぐ巨額の設備投資の結果が,借入金の増大による金融コストの上昇,設備効率の低下による償却コストの増大となつてあらわれたのに対し,今回は自己金融力が岩戸景気時にくらべてなお高水準にあり,製品単位当たり借入金が大幅に低下していることによるものである( 第17図 )。また,企業の投資行動が計画化していることもあつて,岩戸景気のときにくらべ設備効率のピーク時における改善幅が大きく,さらに,岩戸景気末期と異なり,稼動率が低下していないことから設備効率のピーク時からの低下幅も小さくなつている( 第18図 )。
これに対し人件費コストは,岩戸景気時に大幅な低下をみせたにもかかわらず,今回はほぼ横ばいとなつている(後述 第32図 )。
第3は,収益力の企業間格差が拡大する傾向にあることである。 第19図 は主要39業種について岩戸景気と今回の総資本収益率の企業間でのばらつき(変動係数)を比較したものであるが,かなりの業種で企業間格差が拡大していることがわかる。このような企業間格差の拡大は,それ自体優勝劣敗の原則を意味するものであるが従来にくらべ経営環境がきびしくなつていることを示唆しているものといえよう。
中小企業(製造業)は41年,42年に急速な業況の回復をみたあと,43年度も順調に推移し,生産は前年度を15.6%(日銀調ベ)上回つた( 第20図 )。
もつとも,この間業種あるいは企業規模によつて生産鈍化がみられなかつたわけではない。42年9月からの引締め期間中は,軽工業,小規模企業で生産鈍化がみられた。また構造的な要因もあつて需要が鈍化した自転車部品,クリスマス電球,綿織物,人絹スフ織物などでは生産の減少が目立つた。
さらに,43年末から44年はじめにかけての暖冬によつて,繊維,同二次製品,暖房器具などが影響を受けた。しかしそれにもかかわらず,中小企業が全体として高い生産活動を持続したのは,重工業関連中小企業の生産が比較的順調に伸びてきたからである。
これは,重電機,一般機械などで引締め下にもかかわらず需要が根強い増勢をつづけ,このため重工業関連中小企業の受注が衰えなかつたこと,また金属,機械などの下請でも親企業からの受注がつづいたことなどがそのおもな理由であつた。
他方,小売業(百貨店を除く)の販売額も根強い消費需要に支えられて総じて順調に稚移し,43年の後半には増勢が一時鈍化したが,44年に入ってからは再び増勢を示している( 第21図 )。
このように比較的順調な生産,売上げ活動がつづくなかで,中小企業(製造業)の販売条件は,ここ2~3年ほとんど目立つた変化を示していない( 第22図 )。これは一つには41年以降の好収益の持続で,中小企業自身,手元資金に余裕があり,このため中小企業相互間の販売条件が悪化を示さなかつたことと,いま一つは大企業の手元が厚く,そのうえ下請の確保,維持という配慮から,大企業からのシワ寄せが薄らいだためである。
生産,売上げの増加のなかで中小企業の収益率もかなりの向上をみせた( 第23図 )。総資本回転率は過去の水準に達していないが,売上高純利益率は42,43年ともに,これまでの最高(36年)に達し,また総資本収益率も42~43年には過去の最高水準に近くなつている。
以上のような状況を反映して,企業の整理倒産もかなり減少した( 第24図 )。企業倒産は,これまで引締めの初期に急増を示すのが例であつたが,今回も43年1~3月期にピークに達し,その後高水準ながら減少をたどつている。全国銀行協会連合会調べによると,原因別にはコスト高・人手不足・採算悪化などが増加しているが,売上げ不振,売上金回収困難,融手操作禍,高金利依存など金融引締めによるものが減少し,また業種別には製造業,卸売業,建設業などが減少している。