昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
第1部 昭和43年度の景気動向
1. 昭和43年度景気の諸特徴
43年度の景気上昇で目立つたことは,経済拡大のなかで国際収支の黒字基調がつづいたことである。これまでの日本経済では景気の上昇がつづくと国際収支が悪化し,そのため景気調整策がとられ,やがて国内景気が沈静して国際収支が改善するというのがつねであつたから,今回のような経済成長と国際収支黒字の両立ははじめての経験である。恵まれた内外条件ということもあるが,日本経済の体質がそれだけ強化されたといつてよい。
国内経済の拡大を需要の面からみると,その主役は設備投資(当庁内国調査課推計,対前年度比25.1%増)と輸出と海外からの所得(同26.2%増)であつたが,個人消費も堅調に伸び(同15.0%),民間住宅投資(同29.7%)も大きく伸びた。こうした多面的な需要の増大に支えられて鉱工業生産も対前年度17.2%の上昇を示した。こうしたなかで企業収益は好調に推移し,本年3月期で7期連続の増収・増益で岩戸景気と並ぶ記録を示した。
このような経済の根強い拡大基調のなかで,輸出の増大と輸入の落着き,さらには外資の流入があつて国際収支は前年度の大幅赤字(534百万ドル)から大幅黒字(1,627百万ドル)に転じ,外貨準備高も史上はじめて30億ドルをこえた。
42年中,期ごとに赤字幅を拡大していた国際収支は,43年に入ると急速な改善をとげた。43年1~3月期には総合収支(季節修正値,以下同じ)でほぼ均衡を回復し,4~6月には基礎的収支でも月平均1億ドルの黒字となつた。その後も,7~9月期,10~12月期と同程度の黒字をつづけ,さらに44年に入つてからは1ヵ月に2億ドルをこす黒字を記録している。
この結果,43年度を通じてみると総合収支は16.3億ドルと政府の当初予想(年度間3.5億ドルの赤字)とちがつて,前年度と様変りの黒字となつた。
国際収支のこのような好転は,貿易収支が30.2億ドルの黒字と前年度より19億ドル増加したことに加えて,外国資本の活発な流入で長期資本収支が84百万ドルの赤字にとどまり,前年度にくらべ6.6億ドル改善したからである(第2表)。さらにこれを取引の性格別に分けてみると第3表のように,まず,輸出入に貨物運賃,延払い信用などその関連取引を合わせた貿易関連収支は,42年度には貿易収支の黒字にもかかわらず10.9億ドルの赤字であつたのが,43年度には7.1億ドルの黒字と大きく改善した。また,そのほかの長期資本収支および収益面では,インパクトローン,証券投資,外債の大幅流入があつた反面,返済や収益などの流出が落ち着いていたため,前年度の1.4億ドルの赤字から4.8億ドルの黒字に転じた。
このように,43年度の国際収支の好転には貿易収支の改善が大きく寄与しており,また,それが景気上昇期と両立していることが特色となつているが,今回の景気上昇期における貿易収支の悪化とその後の改善の過程を過去の場合とくらべると第4表にみるように,今回の場合,貿易収支悪化過程での輸出の伸びが最も低い反面,輸入の伸びも最も低い。これに対し改善過程では,輸出の伸びが最も高く,また景気上昇期であることを反映して輸入の伸びも最も高くなつている。このように,今回の主役は悪化期に輸出停滞,改善期に輸出急増と,ともに輸出であつた。
42年前半に停滞した輸出(通関)は,後半から回復に転じ,43年に入ると急増して前半年率4割近い増加をつづけた。その後も増勢に鈍化をみせながらもひきつづき増加基調を示している。
輸出の急増を市場別にみると,アメリカ向け輸出は42年7~9月期から増勢に転じていたが,43年に入つて鉄鋼ストを見越した備蓄買いも加わつて急増をみせ,当初の輸出増加の大部分を占めた。しかし,43年春ごろから東南アジア向け,西欧向けなどほとんどすべての市場で増加を示すようになり,輸出の増勢が本格化してきた。
43年度を通じてみると,船舶輸出の関係でEFTAおよびアフリカ向けが伸び悩んだほかは好調であり,なかでも主力市場であるアメリカ向け,東南アジア向けの増加がいちじるしく,両者合わせて輸出増加に68%の寄与を示している。
また,品目別にみても,当初は鉄鋼,船舶が中心であつたが,43年に入つてほとんどすべての品目で増加がみられた。43年度を通じてみると,食料品,船舶を除いて大幅な増加となり,なかでも自動車,電気機器を中心とする機械(船舶を除く)と,鉄鋼を中心とする金属・同製品が著増し,合わせて輸出増加の67%の寄与率を示した(第5表)。
以上の結果,43年度の輸出は前年度にくらべ約27%増加と36年~42年平均の16%を大きく上回つたが,その要因は何であつたであろうか。
その第1は,世界貿易の拡大である。先進工業国の同時的景気停滞を反映して,世界輸入(共産圏,日本を除く,季節修正値)は,41年半ばから鈍化をみせ,42年夏ごろにはいちじるしく停滞した。しかし,42年後半からアメリカ,西ドイツを中心に,先進工業国の景気がいつせいに回復し,日本の景気調整措置実施後,それら諸国の輸入も急速な増勢に向かつた。さらに,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,南アの輸入がそれに1四半期遅れ,東南アジア,アフリカ,ラテンアメリカなど開発途上国の輸入も1~2四半期遅れて増勢に転じ,世界貿易の拡大は本格化してきた(第6図)。
このような世界貿易拡大のなかでも,とくにわが国輸出の3割を占めるアメリカ輸入の増大が日本の輸出に有利に働いた。日本の輸出構成で修正した世界貿易の伸びは,43年で12.5%と,世界輸入の増加11.3%(36~42年年率8.2%)を上回つた。
第2は,日本の強い輸出競争力である。それによつて,日本の輸出は世界貿易の伸びを上回つて拡大をつづけた。
43年における日本の輸出(共産圏を除く)は,前年にくらべ25%伸び,この期間における世界輸入(日本の輸出市場構成で修正)の伸び12.5%の2倍の増加を示した。この関係を36年から42年までの6年間についてみると,日本の輸出は年平均15.7%,世界の輸入は7.9%の伸び,日本の輸出弾性値は2.0であつた。43年は世界輸入が大幅に拡大し,しかも国内景気が上昇期にあつたにもかかわらず,これまでと同じ輸出弾性値を維持したことは,わが国の輸出競争力の強さを物語るものである。さらに,企業経営の面でも,後にみるように(第2部2-(3)競争社会の企業の項),輸出比率の上昇にともなつて輸出が企業経営のなかに定着する動きがある。これは,輸出余力を待つて輸出にふりむけるという従来の型とは違つて,国内景気の上昇期でも輸出弾性値を維持する原因として働いたと思われる。
42年中増加をつづけていた輸入(通関)は,42年10~12月期をピークに43年半ばまで落ち着き,以後ケネディ・ラウンド実施の影響や素原材料在庫の積増しもあつてやや増勢を強めたものの,44年に入つてからはむしろ減少気味に推移した。この結果,景気上昇期にもかかわらず43年度の輸入は前年度にくらべ10.2%増と42年度の伸び(20.4%)を大幅に下回つた( 第7表 )。
このように輸入が落ち着いた動きを示したのは,第1に素原材料輸入の増加が小さかつたからである。 第8表 にみるように素原材料輸入弾性値(素原材料輸入増加率/鉱工業生産増加率)は岩戸景気にくらべると大きく下がつている。これは,加工度の高い産業のウエイト上昇による輸入関連工業生産比率(輸入関連工業生産/鉱工業生産)の低下,技術進歩による原単位(素原材料消費/輸入関連工業生産)の低下,在庫管理技術の進歩による在庫幅の縮小などによるものである。
43年度における素原材料輸入の落着きには,このような長期的,構造的要因とともに一時的な要因も働いていた。その一つは在庫投資の変動などによる輸入関連生産比率の低下であり,輸入関連生産そのものの伸びも43年度には対前年度比13.1%の増加(前年度は17%増)に鈍つた。また,43年度にはこれに加えて輸入価格低下による減少もあつた。
第2は,製品原材料輸入が落着いていたことである。これには,前年度急増した銑鉄,非鉄金属が,42年10~12月をピークにしてその後減少したことが大きく寄与している。鉄鋼,非鉄金属業の稼働率が上昇すると輸入は急増する傾向がみられる( 第9図 )。43年度は製造業全体の稼働率は高かつたが,これらの業種では設備能力の増加もあつて稼働率は頭打ちとなり,限界供給的な性格の強い銑鉄などの製品原材料輸入を低く抑えた。
輸入落着きの要因の第3は,農産物輸入が落ち着いていたことである。43年度の農産物輸入は前年度にくらべ4.3%の増加にとどまつた。これは,国内生産の増加で米の輸入が減少したことのほかに,42年の世界的豊作を反映して輸入価格が低下したこと(飼料,大豆,小麦など)や乳製品など国内需給緩和があつたことなど,主として一時的な要因によるものとみられる。
以上のように,輸入弾性値が長期的に下がつているところへ輸入関連工業生産の落着きや鉄鋼業等の稼働率が頭打ちとなつたことなどから,43年度の輸入は景気上昇期にもかかわらず,輸入の約7割を占める工業用原料(素原材料,製品原材料)輸入が落着き,また,農産物輸入もあまりふえなかつたために,全体として,比較的低い増加にとどまつたのである。
外国資本の大幅な流入による長期資本収支の改善も国際収支改善に大きな役割を果した。
43年度の長期資本収支の赤字は84百万ドルにとどまり,前年度にくらべ6.6億ドルの大幅な改善を示した。これは,本邦資本が前年度にひきつづき流出超過幅を拡大したが,インパクトローン,外債,証券投資を中心に外国資本が大幅な流入増となつたからである( 第10表 )。
第11図 は外国資本の流入を前回大幅に流入した時期(37~39年度)とくらべたものであるが,今回の大きな特色は,①形態別にみると,証券投資の比重が増大し,②導入先別にみると,西欧の比重が増大し,③わが国の導入業種別にみると,機械,金属などの比重が増大していることである。
このように外資が大幅に流入をつづけている要因は何であろうか。
まず基本的には,わが国経済に対する評価が高まつていることである。外銀の貸出しや支店開設に関する積極的な動き,欧州等におけるわが国を投資対象とした機関のあい次ぐ設立(ザ・ニッポン・ファンド(1968年8月),ジャパン・セレクション・ファンド(9月),トウキヨウ・トラスト(12月),太平洋ファンド(1969年2月)等々)などはこのことを裏付けている。
第2に,資金供給源としての国際長期資本市場の発達があげられる。その背景にはユーロ・ダラー市場の発達があり,その規模は1967年末の175億ドルから1968年末には250億ドルに達している(国際決済銀行推計)。また,貿易収支の大幅黒字を背景とした西ドイツの積極的な資本輸出の影響も大きかつた。1968年にはアメリカからの資本流出が停滞したが,西欧からの流出が急増し,国際資本移動をひきつづき活発化した。 第12図 にみるように,わが国の外資流入はこのような動きに沿つたものであつた。
第3には,国内要因として,設備投資の急速な盛り上がりを背景にした企業の旺盛な資金需要があげられる。 第13図 にみるようにインパクトローンの借入れの動きは,ほぼ設備投資の動きに沿つているが,今回も設備投資の急速な盛り上がりにともなう資金需給のひつ迫が外資の大幅流入をもたらした要因の一つであつた。
第4に,株式投資の増大の要因として,世界的に株式市場が活況を呈しているなかで,相対的にわが国の株価が割安であることがあげられる。1株当たりの利益に対する株価の水準を示す株価収益率は,アメリカ16~7倍,西欧20倍前後であるのに対し,わが国は12~3倍である。このように,西欧の株価がかなり高水準になつていることから,最近の株式投資が西欧からアメリカ,日本へと向かつたものと思われる。